元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第19話

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 カノンの言葉は想像もしていなかったもので、理解に少しの時間が必要だった。でもすぐに疑問を抱いて私は首を傾げる。

「それって予知能力を持っているって事じゃないの?」

 アナスタシア王女が未来に起こりうるような事柄を知っている、というのならそれは未来が見えるのと何が違うのだろうか?
 例え完全なものじゃなかったとしても、未来が見える――予知が出来るのならカノンの事を知っていたのも、リフがいることもおかしな事じゃない。それに、私を使者様と呼んでいたことも。

 でもカノンは緩く首を横に振ると、

「いいや、予知とは違う。アレはそういう能力を持っているとは思えない」
「……断言しているということは、確信を持てる事でも?」
「予知が出来るなら、それが自分にとって望ましいと思うなら尚の事、能動的になる必要がないんだよ」

 重ねるように尋ねるテオにカノンはそう答えたけれど、私には分からないのよねー。テオはその返答だけで何か気付く事があったのか、口元に手を遣って考え込み始めたけれど。
 そんなテオを横目にじっとカノンを見詰めていると、カノンは小さく笑みを浮かべながら口を開いた。

「そもそもとして千里眼は、数多ある未来の中から最も可能性の高い事象を観測するものなんだ。だから、何もしなくともその事柄はほぼ確実に発生する」
「……うん? 例えば、明日転ぶ未来が見えたら、本当に転ぶってことだよね?」
「そうだな、リリィがわかりやすいならそれでいい。じゃあリリィ、明日転ぶと知って、でも転びたくないと思ったらどうする?」
「それはもちろん、気をつけられる限り気をつけるよね。何かに躓いて転ぶならその原因を取り除いたり、誰かとぶつかって転ぶならその時間に歩くのをやめたり……」
「――そうか、逆なのか」

 と、テオが気付いたようにぽつりと呟いた。

 逆? 逆ってつまり、転びたいから転ぶようにするってこと?

 あれ、それって、と目を丸くしながらカノンを見上げると、カノンはそう、と言って頷いた。

「あの王女サマは、観測した事象を座して待つことをせずに自分で引き起こそうとしている。未来視が出来るというよりは、いずれ未来で起きる出来事を予め知っているから、そうなるよう行動しているように俺は感じた」
「だから、ジェド達に起きた事柄を知っていた。だが今日のことも含め、王女が予め知っているものとは異なる出来事が今は起きている……?」
「…………」

 その時、カノンとテオの会話を聞きながら私の脳裏に過ぎったのは、アクアリアを突き落とした時の姉さんアナスタシアの言動だ。

 あの日、あの瞬間、恍惚とした表情で姉さんアナスタシアは言った。
 ――これでもう大丈夫、と。
 その言葉がずっと鮮明に残っているのだから、当然アクアリアを突き落としたのには目的があっての行動だという事は分かっていた。
 でもそれが、カノンの言う通りいずれ起きる出来事の為だとしたら。それが確実のものになるように、という理由での行動だというのなら。

 今の姉さんアナスタシアにとって自分以外は、どういう存在なのだろうか。

 そう考えて、息が苦しくなるような、胸の内にぽっかりと穴が空くような感覚に襲われた。

「リリィ」

 不意に名を呼ばれて、ハッと我に返る。
 視線を遣ると、カノンと真剣な面持ちで言葉を交わしていたテオが心配そうに私を見ていた。

「大丈夫か?」
「え?」
「……いや、大丈夫なわけがないか。すまない、馬鹿な事を聞いた」
「そ、そんな事ないよっ? 私は大丈夫! 少し考え事をしていただけだから」

 しゅん、と気落ちしたように眉を情けなく下げるテオに慌てて告げる。
 本当に私は平気なのだ。強がりでも意地っ張りでも何でもない。

「私なんかより大丈夫か心配なのはテオやカノン、それにリフのほうよ」

 怖い思い、嫌な思い、不要な心労。
 私が感じたもの以上に抱いたのは三人の方だ。案じるべきも案じられるべきも彼らの方だろう。

 じっと見上げると、テオは意外そうに目を瞬かせ、その間にカノンの頭から離れたリフが私の頬に擦り寄ってきた。

「クルルルルル……」
「怖い思いも嫌な思いもさせてごめんね、リフ。でももうあんな思いはさせないし、貴方のことを彼女に預けたりもしないから、安心してね」

 喉を鳴らすリフにそっと片手を添えて、頬ずりする。

「我慢もしてくれて、ありがとう。あんなことするなんて思いもしなかったけど、それでも誰も傷付ける事なく、自分の思いを伝えられたのは良いことだったんだと私は思う」
「キュー……♪」

 嬉しそうに鳴いて、尻尾を揺らすリフに笑みを零す。
 リフはこれまで嫌なものからは逃げるようにして避けてきた。それもまた間違いじゃないけれど、こうした逃げられない状況になった時にどんな態度を取るのかと心配していなかったといったら嘘だから。
 けど今回リフは逃げるでもなく唸り続け、そして我慢しきれないといった風に飛び出した。
 それは歓迎すべき場所での行動であったとは言い切れなかったけど、それでも拒絶の意を示せるようになったのはひとつの成長――強くなったのだということだと思うから。

 これでもか、というほどリフを愛でていると、笑み混じりのカノンの声が言葉を紡いだ。

「確かに今までは鳴いて逃げ回るだけのオチビさんだったもんな。それが我慢ならなかった事っていう強い後押しもあったとはいえ、嫌だと叫ぶことができた。俺も良い成長だと思うよ」
「キューイ!」
「それにリフに拒まれた姿を見たことで、少なくともテオの中ではアレが〈竜巫女〉ではないという確証は持てただろう?」

 するりと肩から降りて腕の中に収まったリフを抱えながら、カノンに確かめるような言葉を掛けられたテオを見ると彼はふ、と息を吐きながらしっかりと頷いた。

「ああ。俺には彼女が〈竜巫女〉には思えない。……いや、ああまで明確にリフに拒絶される〈竜巫女〉などあってたまるか。竜は、きっと人間が思うよりもずっと機微に何かを察知するのだから」

 言いながらテオはじっとリフに視線を注ぐ。視線を受けたリフは小さく首をかしげているけれど。
 そんな様子を見てか、吹き出すように笑ったテオはまた口を開き、

「むしろ、アナスタシア王女よりもリリィのほうがよっぽど〈竜巫女〉らしいと思うよ」
「……私?」
「リフに懐かれているし信頼もされているし、愛されているだろう?」
「う、うぅん……?」

 そりゃあまあ、リフに関してはそうだったら嬉しいとは思っているしそうじゃないかなあ、とは思っているけれど、だからといって私が〈竜巫女〉らしいと言われると、そんなことはないんじゃないかって気持ちにしかならない。
 だってテオなんて初対面からリフに懐かれたし、善良なのがわかっていたからって言ったってレイン兄からもシル姉からも優しく接してもらっていたわけじゃない? 私からすればテオの方がらしい、と思うのよね。……その場合巫女って表現はおかしくなるけど。

 うんうんと唸りながら眉をひそめていると、カノンの楽しそうな声が耳を叩いた。

「リリィが〈竜巫女〉らしい、か……良いな、テオのそういう観点もすごく俺は好き。それこそ契約でも何でもしたくなるくらいには」

 あっさりと言ってはいるけど、精霊だけじゃなくて幻獣にそれを言わせるって相当なことだと思うんだけど?!
 図らずもテオと同時に弾かれたようにカノンを見ると、カノンはにっこりと笑って、

「冗談、でもないがするつもりはないよ。……今のところは、だけど」
「い、今のところはって、いずれはしたいってこと? え……たまには会いに来てね?」
「契約する前提で話すのかあ。リリィも一緒にいるって事は考えない?」
「え……? どうやって?」

 テオとカノンが契約をしたとして、私が残るだなんてことはないよね?
 テオは王族で、私はただの村娘なんだもの。
 当たり前だけどテオは多くをお城で過ごしているわけだし、私も学院に編入したい気持ちなんてひとつもない。そうなのだから、一緒に、だなんて絶対に無理だ。

 そうであるはずなのに、カノンはにこにこと笑みながら私を見ていて。だけど私がじっと見上げ続けていると、

「…………リリィは本気で言ってるんだもんなあ、これ」

 呆れたような困ったような顔でそんなことを言った。なんでそんな反応するのよぅ。

「この子は手強いぞぉ、テオ?」
「何の話だ」
「とはいえ、簡単にはあげられないけど」
「だからなんの話だっての」

 ……うん、まあ、カノンが楽しそうならそれでいいや。
 私は考える事を放棄することにした。わからないことを気にしてても仕方ないのだ。何せリフも興味なさそうに尻尾を揺らしているわけだしね、私も見習おう。

「さて、テオをからかうのは此処までにして、だ」
「やっぱからかわれてたのか、俺」
「グレンたちとは違う反応をするものだから、つい」
「…………」
「あははっ、そう怖い顔をしないでくれ。……あれであの王女サマが〈竜巫女〉じゃないのではないか、と思わせることはお前や騎士サマ含め、何人かには出来たわけだ」

 改めて話し始めたカノンの話に、私は耳を傾ける。
 強引な舵の切り方にテオは恨みがましそうな目をカノンに向けていたけれど、カノンは気にした様子はない。こういう人なのよ。諦めて、テオ。

「…………まだもう少し、疑念を抱かせる必要はあるとは思う。特にアルノーとリュシアンは、あれだけでは頑なになりかねない。だが、またリリィたちをアナスタシア王女と接触させるのはどうなのだろうか、と思ってもいてな」

 小さな嘆息をしながらも気遣わしげな顔を向けるテオに、私はにこりと笑ってみせる。

「私達なら大丈夫だよ。嫌な思いをするかもしれないことくらい、覚悟はしていたもの。それに、アナスタシア王女に会わなきゃわからないことも確信を得られない事も、まだあるんだもの」
「だが、これからは俺も常に居合わせられるかは分からない。あの様子では、リリィたちが何と言おうとも止まってはくれないだろう」
「だとしても、だよ。そんなに心配しないで。……たぶん、アナスタシア王女はカノンに嫌われる事も拒絶される事も嫌みたいだし」

 カノンの対応への免疫というか、耐性がないだけという可能性もあるけれど、少なくともアナスタシア王女はカノンに対して私やリフに対するような強行は出来ないだろうことはわかる。
 有効打があるのだから、不必要に怯える必要はない。
 カノンにおんぶにだっこ、っていうのは申し訳なくはあるけれどね。

 テオはしばらく私を心配そうに見ていたけれど、カノンを一瞥すると、まだ納得していない様子ながらも頷いた。

「……わかった。ただ、可能な限り俺も行動を共に出来るようにはするから、遠慮なく声を掛けて欲しい。それと恐らく明日には侍従をつけられると思う。多少不自由にはなるだろうが、もろもろを考えると一人くらいはつけておきたいからな」
「うん。知らない場所だから失礼や間違いがあったら困るし申し訳ないし、むしろそうしてくれるとありがたいかな」
「こちらの勝手を飲んでくれて助かるよ」

 少しだけ眉を下げながら微笑を浮かべたテオは、佇まいを正すと、

「今日のところはこれで失礼させてもらおう。慣れない長旅で疲れているだろうからな」

 夕食になったら声を掛ける、とだけ言ってテオは扉に手を掛けた体勢で振り向いた。

「すまないが、カノンはもう少し着いてきて貰えるか?」
「うん? 俺に何かまだ用事があるのか?」
「いや、用事というか、部屋に案内する必要があるだろう?」
「部屋……? テオの?」
「俺のではなく、カノンのだが」

 お互いにいまひとつ話が通じないといった風に首を傾げ合いながら問答を繰り返していたテオとカノンだったけど、

「……ああ、俺に別途で部屋は要らないぞ。リリィと同じ部屋で構わない」
「――は?」

 ようやく納得したようなカノンの言葉にテオは王子らしからぬ顔をしながら低い声を発したのだった。
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