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第15話
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アルマン陛下は部屋の準備は済ませてあるからテオに案内してもらうようにと言い括り、その前にテオと少し話があるから廊下で待っていて貰えるか、と私とカノンたちを外へと促した。
その言葉に従い、フードを被り直してリフにまた大人しくしているように言い聞かせると、リフは元気よく一声鳴いた。我慢させてばかりで心苦しくはあるけど、お部屋に着けば少しは自由に飛び回れると思うから、もう少しだけ、ね。
廊下は人の行き来は少なく、とても静かだった。
謁見の間の扉の側に立つ騎士たちも、中から出てきた私達に目礼をするだけで口を開くことすらなくて。
「何も聞いてこないものなんだね」
目深にフードを被って外套を着込んだ人間と、平凡な顔立ち――とは言えない整った顔立ちの男の人が第二王子と共に謁見の間に入ってく、なんて不思議だし疑問を抱いても当たり前じゃないかと思うけど。
ぽつ、と呟く様に言うと、カノンは騎士たちを見て、
「疑問は抱いているだろうが、立場を弁えた上で正式な手順を踏んでいる相手なのだから、と職務に準じているんだろう。大変真面目で好ましいな、若い侍女達の間では噂話もたくさんされていそうではあるが……それはない方がおかしいだろうからなあ」
少しだけ楽しげに言うカノンを見上げて、私は首を傾げた。
「カノンって不思議なことを知ってるっていうか、妙な知識が多いよね?」
なんというか、人間じゃないのに人間の社会に詳しいというか、俗世に詳しいというか。そもそも知識に偏りがあるような気がするというか?
多くの幻獣たちよりは人里近くで生活していると言ったって、カノンはその中で生活しているわけではない筈なんだけど。
私の疑問にカノンはきょとんとした顔を浮かべ、それからにっこりと笑った。
「こう見えても長生きだから、俺」
「そういう問題なの?」
「そーいう問題」
……違うと思うけどなあ、と思いはしても聞き出すことは出来なさそうだから、これ以上話を広げるつもりはない。
元々テオと陛下のお話が終わってテオが出てくるまでの時間潰しの意図しかなかったのだから、音を立てて開かれた扉が終わりの合図になったとも言えるけれど。
大きな扉が開かれて、出てきたテオに騎士達が深く頭を下げる。テオはそんな彼らに小さく感謝の言葉を口にすると、少し離れた場所で待っていた私達の元へと近づいてきた。
「待たせてしまってすまない」
「ううん、そんなに待ってないよ。むしろ思ってたよりずっと早くてテオと陛下がちゃんとお話ができたのか心配なくらい」
私達をその場に居させられないのだから、聞かれてはならないような大事なお話だったのだと思うのだけれど、数分も経たずしてテオは出てきてしまったのだ。少し心配になってしまってもおかしくはないだろう。
するとテオは意外そうに眼を丸くして、それから緩やかに首を横に振った。
「心配せずとも、ちゃんと話はできたさ。というより、いくつか父上……陛下からお言葉をいただいただけだからな」
「ふぅん……そっか。それなら良いんだけど」
テオが心配しなくていいって言っているのだから、大丈夫なのだろう。彼が嘘をつく必要などないし、おかしな反応をしたわけでもないのだから。
そうほっとしたように息を吐いていると、何故かテオが目を瞬かせていた。
「どうかした?」
「ああ、いや。なんでもない」
とは答えたものの、テオは安心したような表情を浮かべているようにも見えて。その理由が皆目見当もつかない私は眉根を寄せたけれど、カノンは察したようにくすくすと笑って、
「テオドール王子殿下は根掘り葉掘りと知りたがりな人間に絡まれた経験がお有りらしい」
「茶化さないでくれ。正常な反応をされると驚くくらいには、しつこくされた時の記憶が鮮明に残ってるんだ」
「え、大丈夫……?」
眉間に皺を寄せて盛大にため息を零すテオを見て、ひっそりと心配層に顔を覗かせたリフと共に目をやると、テオは答えを返さずに力無く笑った。
大丈夫じゃないっぽい。とはいえ私たちにどうこう出来ることでもないし……せめてそれがアナスタシア王女のせいじゃない事を祈っておこうと思う。
私達に割り振られた部屋へは、アルマン陛下の言葉通りテオに案内されることになった。
迷うことない足取りでテオが向かったのは他国からの賓客用の部屋ではなく、より王家の居室のある区域。その事実に気付いて戸惑う私を見透かしたように、テオは前方を見たまま口を開いた。
「可能な限り人との接触を避け、かつカノンの行動やリフの自由の妨げにならない場所を、と考えるとこの方が良いだろう、と陛下からの提案なんだ。……それに、賓客用の部屋は幾つかをアナスタシア王女に貸し出されていて、彼女が連れてきた侍女達も含めて出入りが激しいからな」
呆れたような色を滲ませるテオの心労は察しながらも、私はその言葉に疑問を抱く。
「その割にはとても静かに感じたけど……」
テオの言うアナスタシア王女らに貸し出された部屋があるであろう廊下も通りがかったけど、利用する人間がいるとは思えないほどに人の気配が少なかったように思う。
学院には学生寮があるけれど、他国とはいえ王族であるアナスタシア王女が寮を利用しているとは思えないし。
私の疑問にテオは肩越しにこちらを窺うと、
「今はまだ学院にいる時間帯だろうからな、そのせいだろう。連れ歩く一人の以外の侍女も王女の機嫌を損ねぬように、と忙しなく走り回っていて立ち話をしている暇もないだろうしな」
「機嫌を損ねないように、って……」
どれだけ勝手気ままに振舞っているの、とまでは呆れて紡ぎきれずにいると、カノンが肩を竦めながら、
「侍女を顧みる事の出来るような人間なら、そもそも他国での振る舞いだって弁えてるだろうさ」
ですよね。言い返す言葉もないです。
カノンの言葉にその通りだと言わんばかりに頷くテオは、気を取り直すようにして再度口を開く。
「弟妹――リュシアンとリディアーヌも学院に通っているから日中はいない。ジェラルド兄上は大事を取って休んでおられるがあまり出歩くような方ではないし、王妃様もほとんど決まった過ごし方をなさっているから、多少は気楽に過ごしても平気だとは思う。此処に詰める人間も口は固いし、何より出入りする者は事情を把握している者ばかりだからな」
「ありがたい話ではあるけど、だからといってリフやカノンが自由に過ごして平気ってわけでもないでしょ?」
「確かにそうなんだが……リリィだって出歩くたびに外套を着込むのは窮屈だろう」
テオの言葉に私は思わずきょとんとしてしまう。
別に今のように外套に覆われたような姿で過ごすことを面倒と思ったことはない。むしろこれを怠る事の方が面倒な事になる可能性が高いからだ。
でも確かに窮屈だなあ、と感じる事はある。
欠かすことの出来ない理由があったって、フードを目深に被ってしまっては周囲を窺う事も一苦労で。ほんの少しだけ、息苦しいなあって感じる気持ちがないって言ったら嘘になる。
テオは私がこのような姿でいる事情を正確には知らない。
漠然と、あまり姿を知られたいとも思わないから、ってくらいの理由しか把握していない。
だから、窮屈だなんて。面倒だろう、と言われていたらさらりと受け流していただろうけれど、気遣いの言葉としか取れないからこそむずむずとした感覚がある。
思わず緩む頬のままに笑みを浮かべてそうだね、と首肯してからありがとう、と告げた――その直後の事だ。
「テオさま!」
弾むような声が後方から聞こえてきて、びくりと肩が跳ねた。
だってその声は、甘やかで媚びるような色を宿すようになっていたとしても私にとって聞き覚えのあるもの――アナスタシア王女の声だったのだから。
だからこそ、どっ、と心臓が騒がしくなる。一瞬だけ熱を失ったような感覚があって、けれどもすぐに暑い程に熱を感じ――それが繰り返される。
胸元をぎゅっと握りながら少しだけ前に身を屈める私の耳は、ぱたぱたとした足音の接近と――
「ちっ……!」
間近から聞こえた舌打ちを拾い上げた。
思いもよらない音を拾い上げた事に耳を疑いながら顔を上げると、視線の先――舌打ちをしたであろうテオがこれでもかというほど表情を歪めていて。
「アルノーの奴、知らせやがったな……!」
低く唸るようにつぶやかれた言葉に私は舌打ちは空耳などではないと確信をしたけれど、それならばと今度は困惑を隠せなくて。
「て、テオ?」
「キャウ……?」
思わず名を呼ぶ私と、異変を感じ取ってびっくりしたような声を上げたリフに気付いてテオがそれはそれは綺麗に笑った。
ああ、これは、うん。
「付き合いが浅くてもこの表情が何を意味しているのかなんて、容易にわかるってもんだよなあ」
そうだね、カノン。
だってテオのこんな綺麗な笑顔、初めて見たし普通じゃ見れないと思うもん。おまけに舌打ちと地を這うような声まで出されてしまったら、思いがけない事態に遭遇して駆られていたはずの動揺だって薄れるというもので。
どうやら姉さんはテオにここまで嫌がられるような事をしたらしい。
その言葉に従い、フードを被り直してリフにまた大人しくしているように言い聞かせると、リフは元気よく一声鳴いた。我慢させてばかりで心苦しくはあるけど、お部屋に着けば少しは自由に飛び回れると思うから、もう少しだけ、ね。
廊下は人の行き来は少なく、とても静かだった。
謁見の間の扉の側に立つ騎士たちも、中から出てきた私達に目礼をするだけで口を開くことすらなくて。
「何も聞いてこないものなんだね」
目深にフードを被って外套を着込んだ人間と、平凡な顔立ち――とは言えない整った顔立ちの男の人が第二王子と共に謁見の間に入ってく、なんて不思議だし疑問を抱いても当たり前じゃないかと思うけど。
ぽつ、と呟く様に言うと、カノンは騎士たちを見て、
「疑問は抱いているだろうが、立場を弁えた上で正式な手順を踏んでいる相手なのだから、と職務に準じているんだろう。大変真面目で好ましいな、若い侍女達の間では噂話もたくさんされていそうではあるが……それはない方がおかしいだろうからなあ」
少しだけ楽しげに言うカノンを見上げて、私は首を傾げた。
「カノンって不思議なことを知ってるっていうか、妙な知識が多いよね?」
なんというか、人間じゃないのに人間の社会に詳しいというか、俗世に詳しいというか。そもそも知識に偏りがあるような気がするというか?
多くの幻獣たちよりは人里近くで生活していると言ったって、カノンはその中で生活しているわけではない筈なんだけど。
私の疑問にカノンはきょとんとした顔を浮かべ、それからにっこりと笑った。
「こう見えても長生きだから、俺」
「そういう問題なの?」
「そーいう問題」
……違うと思うけどなあ、と思いはしても聞き出すことは出来なさそうだから、これ以上話を広げるつもりはない。
元々テオと陛下のお話が終わってテオが出てくるまでの時間潰しの意図しかなかったのだから、音を立てて開かれた扉が終わりの合図になったとも言えるけれど。
大きな扉が開かれて、出てきたテオに騎士達が深く頭を下げる。テオはそんな彼らに小さく感謝の言葉を口にすると、少し離れた場所で待っていた私達の元へと近づいてきた。
「待たせてしまってすまない」
「ううん、そんなに待ってないよ。むしろ思ってたよりずっと早くてテオと陛下がちゃんとお話ができたのか心配なくらい」
私達をその場に居させられないのだから、聞かれてはならないような大事なお話だったのだと思うのだけれど、数分も経たずしてテオは出てきてしまったのだ。少し心配になってしまってもおかしくはないだろう。
するとテオは意外そうに眼を丸くして、それから緩やかに首を横に振った。
「心配せずとも、ちゃんと話はできたさ。というより、いくつか父上……陛下からお言葉をいただいただけだからな」
「ふぅん……そっか。それなら良いんだけど」
テオが心配しなくていいって言っているのだから、大丈夫なのだろう。彼が嘘をつく必要などないし、おかしな反応をしたわけでもないのだから。
そうほっとしたように息を吐いていると、何故かテオが目を瞬かせていた。
「どうかした?」
「ああ、いや。なんでもない」
とは答えたものの、テオは安心したような表情を浮かべているようにも見えて。その理由が皆目見当もつかない私は眉根を寄せたけれど、カノンは察したようにくすくすと笑って、
「テオドール王子殿下は根掘り葉掘りと知りたがりな人間に絡まれた経験がお有りらしい」
「茶化さないでくれ。正常な反応をされると驚くくらいには、しつこくされた時の記憶が鮮明に残ってるんだ」
「え、大丈夫……?」
眉間に皺を寄せて盛大にため息を零すテオを見て、ひっそりと心配層に顔を覗かせたリフと共に目をやると、テオは答えを返さずに力無く笑った。
大丈夫じゃないっぽい。とはいえ私たちにどうこう出来ることでもないし……せめてそれがアナスタシア王女のせいじゃない事を祈っておこうと思う。
私達に割り振られた部屋へは、アルマン陛下の言葉通りテオに案内されることになった。
迷うことない足取りでテオが向かったのは他国からの賓客用の部屋ではなく、より王家の居室のある区域。その事実に気付いて戸惑う私を見透かしたように、テオは前方を見たまま口を開いた。
「可能な限り人との接触を避け、かつカノンの行動やリフの自由の妨げにならない場所を、と考えるとこの方が良いだろう、と陛下からの提案なんだ。……それに、賓客用の部屋は幾つかをアナスタシア王女に貸し出されていて、彼女が連れてきた侍女達も含めて出入りが激しいからな」
呆れたような色を滲ませるテオの心労は察しながらも、私はその言葉に疑問を抱く。
「その割にはとても静かに感じたけど……」
テオの言うアナスタシア王女らに貸し出された部屋があるであろう廊下も通りがかったけど、利用する人間がいるとは思えないほどに人の気配が少なかったように思う。
学院には学生寮があるけれど、他国とはいえ王族であるアナスタシア王女が寮を利用しているとは思えないし。
私の疑問にテオは肩越しにこちらを窺うと、
「今はまだ学院にいる時間帯だろうからな、そのせいだろう。連れ歩く一人の以外の侍女も王女の機嫌を損ねぬように、と忙しなく走り回っていて立ち話をしている暇もないだろうしな」
「機嫌を損ねないように、って……」
どれだけ勝手気ままに振舞っているの、とまでは呆れて紡ぎきれずにいると、カノンが肩を竦めながら、
「侍女を顧みる事の出来るような人間なら、そもそも他国での振る舞いだって弁えてるだろうさ」
ですよね。言い返す言葉もないです。
カノンの言葉にその通りだと言わんばかりに頷くテオは、気を取り直すようにして再度口を開く。
「弟妹――リュシアンとリディアーヌも学院に通っているから日中はいない。ジェラルド兄上は大事を取って休んでおられるがあまり出歩くような方ではないし、王妃様もほとんど決まった過ごし方をなさっているから、多少は気楽に過ごしても平気だとは思う。此処に詰める人間も口は固いし、何より出入りする者は事情を把握している者ばかりだからな」
「ありがたい話ではあるけど、だからといってリフやカノンが自由に過ごして平気ってわけでもないでしょ?」
「確かにそうなんだが……リリィだって出歩くたびに外套を着込むのは窮屈だろう」
テオの言葉に私は思わずきょとんとしてしまう。
別に今のように外套に覆われたような姿で過ごすことを面倒と思ったことはない。むしろこれを怠る事の方が面倒な事になる可能性が高いからだ。
でも確かに窮屈だなあ、と感じる事はある。
欠かすことの出来ない理由があったって、フードを目深に被ってしまっては周囲を窺う事も一苦労で。ほんの少しだけ、息苦しいなあって感じる気持ちがないって言ったら嘘になる。
テオは私がこのような姿でいる事情を正確には知らない。
漠然と、あまり姿を知られたいとも思わないから、ってくらいの理由しか把握していない。
だから、窮屈だなんて。面倒だろう、と言われていたらさらりと受け流していただろうけれど、気遣いの言葉としか取れないからこそむずむずとした感覚がある。
思わず緩む頬のままに笑みを浮かべてそうだね、と首肯してからありがとう、と告げた――その直後の事だ。
「テオさま!」
弾むような声が後方から聞こえてきて、びくりと肩が跳ねた。
だってその声は、甘やかで媚びるような色を宿すようになっていたとしても私にとって聞き覚えのあるもの――アナスタシア王女の声だったのだから。
だからこそ、どっ、と心臓が騒がしくなる。一瞬だけ熱を失ったような感覚があって、けれどもすぐに暑い程に熱を感じ――それが繰り返される。
胸元をぎゅっと握りながら少しだけ前に身を屈める私の耳は、ぱたぱたとした足音の接近と――
「ちっ……!」
間近から聞こえた舌打ちを拾い上げた。
思いもよらない音を拾い上げた事に耳を疑いながら顔を上げると、視線の先――舌打ちをしたであろうテオがこれでもかというほど表情を歪めていて。
「アルノーの奴、知らせやがったな……!」
低く唸るようにつぶやかれた言葉に私は舌打ちは空耳などではないと確信をしたけれど、それならばと今度は困惑を隠せなくて。
「て、テオ?」
「キャウ……?」
思わず名を呼ぶ私と、異変を感じ取ってびっくりしたような声を上げたリフに気付いてテオがそれはそれは綺麗に笑った。
ああ、これは、うん。
「付き合いが浅くてもこの表情が何を意味しているのかなんて、容易にわかるってもんだよなあ」
そうだね、カノン。
だってテオのこんな綺麗な笑顔、初めて見たし普通じゃ見れないと思うもん。おまけに舌打ちと地を這うような声まで出されてしまったら、思いがけない事態に遭遇して駆られていたはずの動揺だって薄れるというもので。
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