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第14話
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姉さん――アナスタシア王女殿下の振る舞いの問題は、既に看過できるような域を超えている。
例え立ち居振る舞いや所作が記憶にある通りの淑女そのもののままだったとしても、身分などを隠して他国にやってきた訳でもなく、それどころか伝承の存在を自称することで様々な身勝手を押し通しているだなんて。
きっと姉さんはそれらを決して悪いこととは思っていないのだろう。
両親に甘えたような態度を取り、そのくせ王城仕えの侍女たちといった人達には理不尽なまでに厳しく当たり、私を崖から突き落とした時と同じだ。
自分のすることは正しいことで、自分の全ては許され受け入れられるべき事で、従わない方がおかしいのだ、と。
心の底からそう思っているのだろう。
でなければ、私を崖から突き落としたときのあの表情に説明がつかない。
だってあの時の姉さんは私を疎んでいたわけでもなければ、嫌っていたわけでもなかった。ただ純粋に――私が生きてそこにいた事こそがおかしいのだと言わんばかりで、だからこそ排除しようとしていたのだから。
姉さんが私と同じだったとして、何がどうしてそんな行動を取ったのかは未だにわからないけれど。
「判断を誤った、とお思いなのはわかりましたけど、フェルメニアの国王夫妻から自国の王女――娘の行動に関して何か動きはなかったんですか?」
呆れ返りながら問い掛けるカノンの言葉に、言われてみれば、と思い出す。
姉さんの変化に戸惑いながらも喜んでいたとはいえ、フェルメニアの国王夫妻――お父様とお母様は優しくて尊敬の出来る方々だった。そんな二人が此処までの過ちを犯している姉さんを、いくらなんでも許したりはしないと思うんだけれど……。
けどそんな思いを裏切るように、
「……動きがなかったわけではないが」
アルマン陛下が眉を顰めて絞り出すような声で前置きし、
「我が国の王女をよろしく頼む、としたためられた親書が儂に届いたのみだ。謝罪も綴られはしていたが、儂の目には形式だけの文字の羅列にしか感じられんものだった」
重々しい息を吐きながらはっきりと言った。
陛下の言葉に私は言葉を失い、耳を疑ってしまう。
だって、いくらなんでもあの二人が姉さんの行動の全てを許すだなんて……王城で暮らしていた僅かな日々の記憶を思い返してみても、悪いことをすれば叱られることはあったのに。
思わず眉根を寄せていると、ため息混じりにテオが口を開いた。
「とはいえ、アナスタシア王女が事実を捻じ曲げて伝えている可能性もある。……だからといって到底許されるものではないんだが」
「まあ、人の世の常識的には考えられないことばかり起きていることは分かる。それで? リフによってその王女が〈竜巫女〉であるかの真偽が判明した時、どうするおつもりで?」
軽く肩を竦めてテオからアルマン陛下に視線を向けたカノンの問いに、陛下は静かに目を閉じ、
「本物だというのならばフェルメニアに親書を送り、正式に賓客としてもてなすつもりだが、偽物というのならばしかるべき処置をせねばならぬだろう」
「それは、異国の姫君でありながら我が物顔で振舞う、愚かで傲慢な小娘として処罰を下すということですか?」
「いいや。裁くべきは我らではなく、神なる竜であるべきあり、竜種であるべきだ。その時、儂が成すべきはその為の手足となる事。〈竜巫女〉は言わば竜達の寵児、騙られて最も憤っておるのは神竜と竜達であろうからな」
「…………」
ゆるゆると首を横に振り、それから眉を下げて少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
アルマン陛下はあくまでも裁きを神と竜に委ねるつもりではあるみたいだけど、そこに至るまでに下すべき処罰は厳格に下すつもりでもあるのだろう。
そうなれば姉さんは、お父様とお母様はどうなってしまうのか――なんて、考えてしまうのは仕方ないだろう。
レイン兄ははっきりとアナスタシア王女は〈竜巫女〉であるはずがないのだと言っていて、私にはそれを疑う余地などありはしないのだから。
唇を真一文字に結びながら言葉を噛み締め、じっと陛下を見詰めていると、カノンはなるほど、と言いながらふっと表情を緩め、
「それを聞いて安心しました」
「天狼たるそなたにとっても看過できぬ自体であったか」
「精霊種よりは憤りは感じていませんよ。というよりも実害が今のところはないので、見逃せるというだけですが」
「ふふ、そうか。だとしてもやはり天狼種を敵に回すような愚行はすべきではないな。過てば喉笛を食いちぎられてしまいそうだ」
「それほど理性なき振る舞いはしませんが……結果としてそうなるでしょうね。少なくとも俺は弁明の余地は残しますが」
あながち間違いじゃないというか、カノンならそうするだろうなあって思ってしまう自分が嫌だわ。
にこりと笑うカノンを横目で見て小さく嘆息すると、対照的にアルマン陛下は楽しげに笑った。かと思えばすぐに表情を引き締める。
「いずれにせよ、そなたらの助力により〈竜巫女〉についてはこれで公式に決着がつくだろうが……問題は〈黒鱗病〉――あれに纏わる全てだ」
「……その様子では、未だ手がかりの方は?」
険しい顔で問い掛けるテオに、アルマン陛下は緩やかに頭を横に振った。
「何一つとして見付けてはおらぬ。当然進展はなく、正直に言うならばお手上げだ」
「呪いであると思われるなら、呪具の類といったものも見付からないのですか?」
呪い――呪術は魔法とは違って、呪具と呼ばれる特別な道具と媒体を揃えてようやく扱うことのできるとても特殊な術だ。
レイン兄は〈黒鱗病〉について知っていて、その上でその媒体は竜であると言っていた。
呪術の媒体は付近に置く必要は決してないけれど、呪具は手元に置く必要がある。例えば装身具などとして身につけていたり、部屋のどこかに設置していたり。そして呪具は決して無視出来ない気配を放っているものだ。
だから恐らく呪具はこのお城――離れていたとしても街の中には存在するはずだと思うのだけれど……私の問いに、アルマン陛下はまた首を横に振った。
「国抱えの魔道士にも調査させたが、少なくとも探査に引っかかった呪具はなかった。考えられるのは何者かが肌身離さず持ち歩く、或いは設置した上で隠蔽だが……人間には容易く調べられるものでもなくてな」
確かにいくら優れた魔道士だとしても隠蔽をされてしまっていたら、個別に接触した上でより詳細な情報を得るための探査の魔法を掛けるしか調べる方法はないだろう。
でもそれはある意味、プライバシーの侵害だ。
呪具は呪いの掛けられた道具のこと。言い換えれば強い願いのこもったお守りといったものもまた、呪具として識別されてしまうからだ。
〈黒鱗病〉はまだ正式に発表された病じゃない。
そうでありながら魔道士が何かを探しているとなれば、きっと多くの人達の混乱と不安を煽る事だろう。
そこまで理解ができたからこそ、私はそうですか、と口にすることしかできなかった。
そんな私に、アルマン陛下は言葉を紡ぐ。
「リリィ嬢、カノン殿、そしてリフ殿。儂はそなたらの呪具を探し出して欲しいとも元凶を排して欲しいとも言わぬ。だがもし何か気付く事があれば、すまぬが知らせて欲しい。儂にでも良い、宰相や騎士団長、魔道士長らも全て知っておるのでな。もちろんテオドールでも良い」
「その事ですが、父上」
と、テオがアルマン陛下に切り出し、視線が自分に注がれると更に言葉を口にした。
「リリィ達が城を離れるまでの間、このまま学院に通わずにいることをお許しいただけませんか? どうせリュシアンはあの状態のままでしょうし……」
「確かに今のリュシアンには期待が出来ぬだろうな。だが、アレのなすべき執務はジェラルドにも可能であろう? 案ずる必要はないが?」
「ただでさえ〈黒鱗病〉の影響で心的な負担も増えている兄上に無理はさせられません。……それに、何より俺自身が城に残り、代わりに執務に励むべきと思っているんです」
じっとテオを見詰めるアルマン陛下から、テオは決して視線を外すことはなかった。
その理由は私にはわからないけど、何処かアルマン陛下がテオを見定めているようにも思えて静かに見守っていると、やがて陛下が優しい表情で目を伏せた。
「ふむ、よかろう。学院には儂の方から伝え、手続きを終えておこう」
「ありがとうございます、父上」
「それと、ティートをお前の近衛に戻す手筈を整えておく」
付け足すような陛下の言葉に、テオが驚いたように目を丸くした。
ティートさん、って確か簀巻きにされたアルノーさんと話している時にもテオが名前を出していたはずだけど、ゆるゆると嬉しそうな表情を浮かべたテオの様子を見る限り、親しくしている人なのだろう。
「元々ティートはお前の近衛だからな。アルノーも引き続きお前の近くに置く事になるが、あやつにとっては必要な事だろう」
「はい、承知しました。重ねて感謝します」
深く頭を下げるテオを、アルマン陛下は優しく見詰めていた。それから陛下はまた私達を見て、
「そなたらは我が国の賓客だ。このような言い方をするのはおかしいのかもしれぬが、せっかく我が国――我が城に来たのだ。どうかゆるりと過ごして欲しい」
問題も不安も心労も積もり積もっているだろうに、優しく笑みを浮かべる陛下にしっかりと頷く私の肩の上で、リフもまたキューイ、と元気よく返事を返した。
例え立ち居振る舞いや所作が記憶にある通りの淑女そのもののままだったとしても、身分などを隠して他国にやってきた訳でもなく、それどころか伝承の存在を自称することで様々な身勝手を押し通しているだなんて。
きっと姉さんはそれらを決して悪いこととは思っていないのだろう。
両親に甘えたような態度を取り、そのくせ王城仕えの侍女たちといった人達には理不尽なまでに厳しく当たり、私を崖から突き落とした時と同じだ。
自分のすることは正しいことで、自分の全ては許され受け入れられるべき事で、従わない方がおかしいのだ、と。
心の底からそう思っているのだろう。
でなければ、私を崖から突き落としたときのあの表情に説明がつかない。
だってあの時の姉さんは私を疎んでいたわけでもなければ、嫌っていたわけでもなかった。ただ純粋に――私が生きてそこにいた事こそがおかしいのだと言わんばかりで、だからこそ排除しようとしていたのだから。
姉さんが私と同じだったとして、何がどうしてそんな行動を取ったのかは未だにわからないけれど。
「判断を誤った、とお思いなのはわかりましたけど、フェルメニアの国王夫妻から自国の王女――娘の行動に関して何か動きはなかったんですか?」
呆れ返りながら問い掛けるカノンの言葉に、言われてみれば、と思い出す。
姉さんの変化に戸惑いながらも喜んでいたとはいえ、フェルメニアの国王夫妻――お父様とお母様は優しくて尊敬の出来る方々だった。そんな二人が此処までの過ちを犯している姉さんを、いくらなんでも許したりはしないと思うんだけれど……。
けどそんな思いを裏切るように、
「……動きがなかったわけではないが」
アルマン陛下が眉を顰めて絞り出すような声で前置きし、
「我が国の王女をよろしく頼む、としたためられた親書が儂に届いたのみだ。謝罪も綴られはしていたが、儂の目には形式だけの文字の羅列にしか感じられんものだった」
重々しい息を吐きながらはっきりと言った。
陛下の言葉に私は言葉を失い、耳を疑ってしまう。
だって、いくらなんでもあの二人が姉さんの行動の全てを許すだなんて……王城で暮らしていた僅かな日々の記憶を思い返してみても、悪いことをすれば叱られることはあったのに。
思わず眉根を寄せていると、ため息混じりにテオが口を開いた。
「とはいえ、アナスタシア王女が事実を捻じ曲げて伝えている可能性もある。……だからといって到底許されるものではないんだが」
「まあ、人の世の常識的には考えられないことばかり起きていることは分かる。それで? リフによってその王女が〈竜巫女〉であるかの真偽が判明した時、どうするおつもりで?」
軽く肩を竦めてテオからアルマン陛下に視線を向けたカノンの問いに、陛下は静かに目を閉じ、
「本物だというのならばフェルメニアに親書を送り、正式に賓客としてもてなすつもりだが、偽物というのならばしかるべき処置をせねばならぬだろう」
「それは、異国の姫君でありながら我が物顔で振舞う、愚かで傲慢な小娘として処罰を下すということですか?」
「いいや。裁くべきは我らではなく、神なる竜であるべきあり、竜種であるべきだ。その時、儂が成すべきはその為の手足となる事。〈竜巫女〉は言わば竜達の寵児、騙られて最も憤っておるのは神竜と竜達であろうからな」
「…………」
ゆるゆると首を横に振り、それから眉を下げて少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
アルマン陛下はあくまでも裁きを神と竜に委ねるつもりではあるみたいだけど、そこに至るまでに下すべき処罰は厳格に下すつもりでもあるのだろう。
そうなれば姉さんは、お父様とお母様はどうなってしまうのか――なんて、考えてしまうのは仕方ないだろう。
レイン兄ははっきりとアナスタシア王女は〈竜巫女〉であるはずがないのだと言っていて、私にはそれを疑う余地などありはしないのだから。
唇を真一文字に結びながら言葉を噛み締め、じっと陛下を見詰めていると、カノンはなるほど、と言いながらふっと表情を緩め、
「それを聞いて安心しました」
「天狼たるそなたにとっても看過できぬ自体であったか」
「精霊種よりは憤りは感じていませんよ。というよりも実害が今のところはないので、見逃せるというだけですが」
「ふふ、そうか。だとしてもやはり天狼種を敵に回すような愚行はすべきではないな。過てば喉笛を食いちぎられてしまいそうだ」
「それほど理性なき振る舞いはしませんが……結果としてそうなるでしょうね。少なくとも俺は弁明の余地は残しますが」
あながち間違いじゃないというか、カノンならそうするだろうなあって思ってしまう自分が嫌だわ。
にこりと笑うカノンを横目で見て小さく嘆息すると、対照的にアルマン陛下は楽しげに笑った。かと思えばすぐに表情を引き締める。
「いずれにせよ、そなたらの助力により〈竜巫女〉についてはこれで公式に決着がつくだろうが……問題は〈黒鱗病〉――あれに纏わる全てだ」
「……その様子では、未だ手がかりの方は?」
険しい顔で問い掛けるテオに、アルマン陛下は緩やかに頭を横に振った。
「何一つとして見付けてはおらぬ。当然進展はなく、正直に言うならばお手上げだ」
「呪いであると思われるなら、呪具の類といったものも見付からないのですか?」
呪い――呪術は魔法とは違って、呪具と呼ばれる特別な道具と媒体を揃えてようやく扱うことのできるとても特殊な術だ。
レイン兄は〈黒鱗病〉について知っていて、その上でその媒体は竜であると言っていた。
呪術の媒体は付近に置く必要は決してないけれど、呪具は手元に置く必要がある。例えば装身具などとして身につけていたり、部屋のどこかに設置していたり。そして呪具は決して無視出来ない気配を放っているものだ。
だから恐らく呪具はこのお城――離れていたとしても街の中には存在するはずだと思うのだけれど……私の問いに、アルマン陛下はまた首を横に振った。
「国抱えの魔道士にも調査させたが、少なくとも探査に引っかかった呪具はなかった。考えられるのは何者かが肌身離さず持ち歩く、或いは設置した上で隠蔽だが……人間には容易く調べられるものでもなくてな」
確かにいくら優れた魔道士だとしても隠蔽をされてしまっていたら、個別に接触した上でより詳細な情報を得るための探査の魔法を掛けるしか調べる方法はないだろう。
でもそれはある意味、プライバシーの侵害だ。
呪具は呪いの掛けられた道具のこと。言い換えれば強い願いのこもったお守りといったものもまた、呪具として識別されてしまうからだ。
〈黒鱗病〉はまだ正式に発表された病じゃない。
そうでありながら魔道士が何かを探しているとなれば、きっと多くの人達の混乱と不安を煽る事だろう。
そこまで理解ができたからこそ、私はそうですか、と口にすることしかできなかった。
そんな私に、アルマン陛下は言葉を紡ぐ。
「リリィ嬢、カノン殿、そしてリフ殿。儂はそなたらの呪具を探し出して欲しいとも元凶を排して欲しいとも言わぬ。だがもし何か気付く事があれば、すまぬが知らせて欲しい。儂にでも良い、宰相や騎士団長、魔道士長らも全て知っておるのでな。もちろんテオドールでも良い」
「その事ですが、父上」
と、テオがアルマン陛下に切り出し、視線が自分に注がれると更に言葉を口にした。
「リリィ達が城を離れるまでの間、このまま学院に通わずにいることをお許しいただけませんか? どうせリュシアンはあの状態のままでしょうし……」
「確かに今のリュシアンには期待が出来ぬだろうな。だが、アレのなすべき執務はジェラルドにも可能であろう? 案ずる必要はないが?」
「ただでさえ〈黒鱗病〉の影響で心的な負担も増えている兄上に無理はさせられません。……それに、何より俺自身が城に残り、代わりに執務に励むべきと思っているんです」
じっとテオを見詰めるアルマン陛下から、テオは決して視線を外すことはなかった。
その理由は私にはわからないけど、何処かアルマン陛下がテオを見定めているようにも思えて静かに見守っていると、やがて陛下が優しい表情で目を伏せた。
「ふむ、よかろう。学院には儂の方から伝え、手続きを終えておこう」
「ありがとうございます、父上」
「それと、ティートをお前の近衛に戻す手筈を整えておく」
付け足すような陛下の言葉に、テオが驚いたように目を丸くした。
ティートさん、って確か簀巻きにされたアルノーさんと話している時にもテオが名前を出していたはずだけど、ゆるゆると嬉しそうな表情を浮かべたテオの様子を見る限り、親しくしている人なのだろう。
「元々ティートはお前の近衛だからな。アルノーも引き続きお前の近くに置く事になるが、あやつにとっては必要な事だろう」
「はい、承知しました。重ねて感謝します」
深く頭を下げるテオを、アルマン陛下は優しく見詰めていた。それから陛下はまた私達を見て、
「そなたらは我が国の賓客だ。このような言い方をするのはおかしいのかもしれぬが、せっかく我が国――我が城に来たのだ。どうかゆるりと過ごして欲しい」
問題も不安も心労も積もり積もっているだろうに、優しく笑みを浮かべる陛下にしっかりと頷く私の肩の上で、リフもまたキューイ、と元気よく返事を返した。
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