元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第5話

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 落ち着いて考えようものなら明白だったのだろう。
 〈竜巫女〉の存在の有無はさておきとしても、噂が流れている以上はその噂に近いなにかは存在するはずなのだから。例え尾ひれがついたような、実際にはありえないような内容になってしまったとしても、だ。火のない所に煙は立たぬ、ってことわざを前世で聞いたことがあったけどまったくその通りよね。

 つまりはまあ、私がリフを連れ歩いていることこの噂――テオが耳にした〈竜巫女〉の正体、ということだ。

「どういうことなんだ? リリィが噂の正体?」

 困惑しきった様子で呟くように発せられた疑問に、私はひとつ頷く。隠しても仕方ないし、なにより隠すようなことでもないしね。

「そうみたい。イシュルテの人たちはもう見慣れてるだろうけど、外から来た人たちが私とリフ――竜の子供を見て驚いたりとかで他人に話していくうちに、そういう噂になったんじゃないかな」
「竜の子供っ!?」

 がた、と音を立てて立ち上がったテオが私をまぁるくした眼で見て、やがてはっと我に返ったのか、すまない、と一言だけ口にして着席し直した。それからふう、と息を吐き、落ち着きを取り戻すと――。

「どうして竜の子供が此処に? いや、そもそも何故人間が子供とはいえ竜を連れ歩けているんだ? 彼らは人に付き従うような存在ではないしかといって嫌っているわけでもないはずだが、」
「うちにいる子はわけあって卵の頃に預かって、孵化にも立ち会った子だよ」
「孵化からっ!?」

 うん、落ち着いてなんてないね。
 にこやかに追加情報出したレイン兄も悪いんだけど、それよりも思った以上に食い付きがいいよね。
 不思議に思ってアルノーさんを見ると、わたしと不思議そうに首を傾げているシル姉の視線に気付いてほんの少しだけ困った表情ながら答えてくれた。

「テオドール王子は幼い頃、竜を見たことがあるそうでな」
「竜を、ですか? 珍しいですね。竜と接することなどなかなか出来ることではないものでしょうに」
「触れ合ったわけではなく、恐らくは気ままに飛んでいたであろうところを目にしただけだそうだが、間近で見た優雅な姿に一目で心を奪われたようなのだ」
「間近で……お城の周辺を飛んでいた、ということ?」
「そうと聞いたが、何かおかしなことでもあると?」
「ううん、おかしくはないよ。ただ、竜は人間嫌いじゃないけど、近くに行くのもなかなかないことだから」

 見掛けたら狩る、だなんて思考回路と行動力に溢れているとは言わないけど、竜はどれだけ好奇心旺盛な子でも人間にはあまり近付かないはずなんだよね。嫌いじゃないから心惹かれたり、興味をそそられれば様子見くらいはするだろうけど。
 だから、正直意外なんだけど……とはいってもリフは決してテオのことを怖がったりはしなかったし、その竜もリフのように好ましいと思えるなにかがあったんだろう、とも考えられる。
 リフから聞ければ話は早いんだろうけど、子竜であるリフは人語は理解していても成竜とは違って会話は出来ない。それに、今はそのあたりについて深く考える必要はないだろう。

「人間を嫌ってはいない、か……だから子竜を従えられるのか」
「従えるって……ああ、そっか、アルノーさんはリフのこと見たんですよね。でも、あれはレアケースです。普通の竜は、言うことなんて聞いてくれないもの」

 そう、普通なら人間の言うことになんて従わない。にも関わらずリフが聞いてくれるのは、あの子が孵化するよりも前から一緒にいたからでもあるし、それ以上の理由もあるのだから。
 けど、アルノーさんは私の言葉なんて聞こえていない様子で、視線を手元に落としたままぼんやりとしていた。

「もしも……全てをああして……」
「アルノーさん?」

 改めて呼びかけると、アルノーさんはようやく顔を上げてなんでもない、と言いながら表情を引き締めた。

 ……全てが、って竜のことよね? リフみたいにみんな人間の言うこと聞いてくれたらってこと?
 あまりに身勝手な言い分だし、そもそもできるとも思わないけど……そんな事を考えるだなんて何かあったんだろうか? リフが逃げていくのも、森を迷い続けていたのもその辺りが関わっているのかな? 考えたところでわからないし、聞いたところでいまは答えてもらえるとも思えないけど。

「まあ、そんなわけだからキミの目的は一応果たされている。噂されていた〈竜巫女〉は此処にいるわけなのだから」

 と、テオが落ち着くのを待っていたレイン兄は微笑みながらそう切り出した。
 確かにレイン兄の言葉は正しいのよね。本物かはさておき、だけど。万が一もないしね、私が本物なんて可能性。……あっても困る。
 テオはレイン兄を見て、ちらりと私を見ると、ほんの少しだけ眉を下げた。

「なるほど、確かにそうだ。だが、あくまでも噂であって本物ではない……呪いを解くことは望めそうにはないな」
「申し訳なくはあるけど、そうした力はないわね。あくまでも私は子竜を連れ歩いていただけであって、ただの人間だもの。普通の、何処にでもいるような、ね」
「連れ歩いている時点でだいぶ普通とはかけ離れていると思うが……」
「……それについては否定はしないけれど」

 でもただの人間なのは確かだから。
 血筋的には普通じゃないけど、死者扱いだから語れるような肩書きではないしね、今の私には。

「テオ。改めて確認させて欲しいんだけど、キミは兄君と妹君の病を解くための手段として〈竜巫女〉を捜して、此処まで来た、ということでいいんだよね?」

 と、レイン兄がテオに問いかける。
 その表情はさっきまでのほがらかなものではなく、真面目なものだ。気付いたテオもまた、表情を引き締めて頷く。

「ああ。その通りだ」
「それは、フェルメニアの姫君が本物の〈竜巫女〉であるのか、ということも確かめたい意図も含まれていたと考えていいかな?」
「……そうだな。噂の少女が本物であろうとなかろうと、連れて行けたならば判断材料となりうるのではないかとは考えていた。混迷するとしても、この身分はある意味で有利だ」
「権力を有する者への偽証は、原則あってはならないからね。時にそうした愚行をする者もいるけれど、それは今は置いておくとして、そっか……うーん……」

 レイン兄は眉を寄せて、それから席を立ちながら口を開いた。

「病についてはすぐにどうこう出来るものではないけれど、〈竜巫女〉の真贋を確かめる方法ならすぐに授けられるよ」
「真贋を確かめる方法?」
「うん、キミも言っただろう? 〈竜巫女〉であるならば竜を連れ歩いているか、その気配があってもおかしくないはずだと。なら、竜を連れて行けばいい」

 不思議そうなテオにそう言って、レイン兄はシル姉を呼んだ。
 シル姉はひとつ頷くと、何を頼まれるまでもなく理解したのか、席を立つとリビングから出て行ってしまって――というか、これ嫌な予感がするんですけど。

「おい、レイン兄」

 私と同じ答えを導き出したらしいグレン兄がレイン兄を咎めるように呼ぶけど、そんなもので止まるはずない。今のレイン兄は、もう説得を受け付けませんって状態だもの。
 事実、グレン兄の様子にも顔色一つ変えないどころか小さく微笑んでいる。全然効いてないわよ、これ。

「竜を、というと子竜のことか? だが連れて行くなど……」
「リフはキミのこと、嫌いじゃないみたいだけどもちろんさすがにそれだけで預けたりは出来ないよ。大事な……うん、家族だからね。かわいい末っ子を今日会った人間においそれとはいかないよ」
「なら……いや、まさか」

 おっと、流石にテオも気付いたみたいね。
 目を丸くするテオを横目で見ながら、私は深く深く息を吐いた。

「ご明察、かな。キミにリリィとリフを預けようと思う」

 ――ですよね!
 にこりと笑いながら朗らかに言うレイン兄に、信じられないといった様子のテオと、言われて何を考えてるんだと言わんばかりに顔を歪めたアルノーさん。二人の反応は心底正しいと思うわ。グレン兄でさえなんとも形容し難い表情を浮かべているんだもの。

「子供でも竜であれば、判別が出来るよ。彼らは〈竜巫女〉のことを無条件で愛するものだから」
「待ってくれ! だからといって……いや、そもそも此処まで来ておいてこう言うのもおかしいが、〈竜巫女〉など本当に存在するものなのか!?」
「それについては俺は答えられないかな。けれど、語り継がれる事柄の多くには理由がある。伝承として残されているのならばなおのこと」
「つまり、それに等しい存在は確実にいたと? だから、竜を連れていき、判断することができるであろう、と?」
「なんにせよ、竜は人の感情に敏感だ。会わせてみて損することはないはずだよ」

 確かにリフなら連れていきやすいし、なおかつ正しく判別するだろうとは思う。基本的には人懐こいからこそ、悪意ある相手や邪念に溢れた相手には見向きもしないだろうし。
 でも、だけど、そんなことよりも、だ。

 死んだはずのフェルメニアの第二王女であるアクアリアわたしが、フェルメニアの第一王女であるアナスタシア姫姉さんと顔を合わせて大丈夫なのだろうか。

 あれだけ顔を合わせないようにと生きてきたのにいまこの手段を口にするってことは、レイン兄にもなにか考えがあってのことだと思うんだけど……シル姉も止めようともしてないし。
 多分、大丈夫なんだと思うんだけど……真意はあとで直接聞いてみないとよね。

「ひとつ聞きたい」

 不意にそう切り出したのはアルノーさんだ。
 彼は怪訝そうな顔のまま、じっとレイン兄を見ている。

「何かな?」
「この場所に子竜がいるということは私もこの目で見て確認している、そして従えているということも。故に連れて行くことは確かに可能なのだろう……だからこそ、疑問なのだ。何故そのような提案を殿下にする?」

 アルノーさんの疑問はもっともだ。
 私が逆の立場でも心底不思議だと思うし、目的を笑い飛ばされるどころか叶えようとまでされているんだから、何を考え、どういうつもりでいるのかって問わずにはいられないだろう。
 ……身内としても何を考えているんだか、ってところはあるけれど。グレン兄なんかこの場では答えを得られないって判断して、食事を再開してるもの。
 そして、案の定というかなんというか、きょとんと目を丸くしていたレイン兄が、困ったように微笑み口を開いた。

「少し気になる言い方はあるけれど……そうだな……うーん、特に理由はないんだ」
「なんだと?」
「友人の子々孫々だから、というのもあるにはあるが、それは大きな理由じゃない。ただ……そう、好意を向けるに値すると、助力に値すると考えたから。これが一番の理由だと思う」
「……その思考、私には理解しかねるな」
「ええ、そうでしょう。わたしもそう思います。レインの人の良さはあまりにも度が過ぎています。わかろうとしてわかるようなものでは決してありません」
「シル、ひどいぞ」

 にこやかにアルノーさんに言うシル姉は、不満そうなレイン兄のことなど気にもしない。……間違ってないしね、その評価。グレン兄も頷いてるし。

「ですが、本当にそういう子なのです。損得度外視のおバカさん、それがレインなのです。疑念は尽きぬでしょうが、今は利用するつもりでいれば良いと思いますよ。貴方にとって看過出来ぬことをした時には仕留める腹積もりでいれば、それで」
「なあ、さっきから俺の扱いが酷くないか、シル」
「あら、間違ってる?」
「…………間違ってないけど」

 小首を傾げるシル姉に、レイン兄は言い返せないらしい。自覚、あるものね……レイン兄。
 アルノーさんはそれでも怪訝そうなままだ。でもそれでいいと思う。シル姉も信じろとは言ってないし。

「……話を戻そう。テオ、俺がこの場で出来る手助けはこの程度が限界になる。それ以外のことも出来る範囲で助力はしようと思うけど……リリィたちを連れ行くことに加えて、もうひとつの条件を飲んでもらう必要がある」
「条件……?」
「そう、条件。キミの望みを叶えることへ直接的な関係はないが……天狼も共に連れて行って欲しい」
「天狼……!? 幻獣種じゃないか! なんでもいるのだな、この森には」

 天狼は幻獣と呼ばれる、稀少な存在に数えられる所謂人の姿形を取れる狼だ。人狼……狼人間? そういうのを想像するとわかりやすいかもしれない。
 こうした獣の姿と人の姿、どちらも持ち合わせていたり、それこそ獣の耳や尻尾を持つような人間って獣人と呼ばれることもあるんだけど、幻獣は獣人よりも高位の存在というか、彼らを統べるような存在で、数が少ない分、とてつもなく長い時を生きるし、獣人よりもはるかに優れているのだそうだ。
 獣人の能力も普通の人間よりは優れているのがほとんどだけど、幻獣はそれ以上。子供の幻獣相手でも人間が束になっても敵わないくらいに強いんだって。
 ……曖昧なのは、よくわからないからっていうよりも私の知っている幻獣種――天狼がそんなすごい風に見えないからだ。

 多分、レイン兄が言う天狼はその天狼だと思うんだけど、その人は一言で言うならば猫のような気まぐれさを持ち、それでいてとても気さくなのだ。
 竜もそうだけど、幻獣は気高さと高貴さみたいなものを纏い、本質はどうあれ初対面の時には話すことさえ気が引けるものだけれど……それがない。
 もちろん、聞くような高い能力は私も目の当たりにしているけれど、それをひけらかすことがないというか……ともすればその凄さを理解していないというか……端的に言い表すなら、変わり者なんだと思う。うん、変わり者だ。

「流石になんでもはいないよ。その子は精霊種の女の子が拾ってきた子だしね」
「せいれ……っ! ……い、いや、もう何も言うまい」

 それが正しいと思うわ、テオ。
 間違いなくこの森、というかレイン兄の周辺は普通の人にとってはびっくり箱みたいなものだもの。レアケースが溢れに溢れてるから。

「その天狼も連れて行くということが条件? 貴方の要求は、それだけでいいのか?」
「それだけとは言うが、天狼が牙を剥いたら普通の人間は手も足も出ない。そんな爆弾を抱えるということは、なかなかに怖いことだと思うけれど」
「……我々を脅すか」
「そりゃあ可愛い子供たちを目の届かないところに送り出すんだ。キミがテオを案じ、俺たちを警戒するように、俺が家族《リリィたち》のことを心配してもおかしくはないだろう?」

 アルノーさんは何も答えなかった。
 リフの姿を見ている彼には、何かあれば私のこともリフのことも、取り押さえるなり始末するなりは難しくないと感じていたのだろう。実際、私とリフに騎士であるアルノーさんを退けられるか、と聞かれれば難しいと思うし。子供とはいえリフも竜だけど、その力はまだムラが強くて安定しないもの。

「なんて、護衛の意味もあるけれど、実際はテオへと円滑に、なおかつ直接やりとりが出来るような窓口がほしいというのが最もな理由だよ。城に戻れば、出歩けても城下町が限度だろう?」

 くすくすと微笑みながら告げられる言葉に、テオはすまなそうに眉を下げて頷く。

「正当な理由がなければそうなるだろうな。気軽に出歩けないのは、不便極まりないが」
「そればかりは仕方ないだろう。ただ、俺も王城へはあまり近づきたくはないんだ。個人的な事情によるんだけれどね」
「なるほど、それで。だが……」

 そこでテオは言葉を切り、思案顔になる。
 レイン兄は飲み込まれた言葉を察したように柔和な笑みを浮かべ続けていた。

「これについての即断即決は難しいだろう。今日はうちに泊まっていくと良いよ。日暮れも過ぎるとこの辺りにも魔物は出るし、森も迷いやすくなる。それにキミ達も疲労しているように見えるし……」
「申し出はありがたいが、何から何までとなると申し訳ないというか……」
「気にしなくて良いよ、好きでやっているようなものだしね。それとも、もう宿は取っていたりする?」
「いや。此処までほとんど休みなしで来たから、宿については噂の正体を確認してからと……」
「随分とまあ向こう見ずな王子さまだな……自愛しろよ? あんたが壊れて一番泣くのはあんたが大事にしてる身内だ」
「そうだな、肝に銘じておこう」

 呆れがちなグレン兄に頷いて見せたテオだけど、これは全く反省してないわよ。アルノーさんの眉間に刻まれる皺も、これはグレン兄の発言に対してじゃないように感じるもの。
 ほんと、苦労してる人だわ……。

「では、わたしは先に寝室のご用意をしますね。グレン、貴方のお部屋を貸しても良い?」

 静かに席を立ちながら言うシル姉に、グレン兄は首肯して答える。

「俺はレイン兄の部屋に転がり込めば良いってことか?」
「そうなるね。遠慮なくレインのベッドを使って良いからね?」
「やったぜ」
「シールー?」
「ふふ、冗談よ。そこは相談して決めて。それと、ご飯が終わったらお布団を運び込むのを手伝ってくれるかな?」
「了解。もうちょい食ったら行く」

 にこやかな笑みを浮かべたまま、シル姉はテオとアルノーさんに軽く頭を下げると、そのままリビングを後にする。
 けどその背中を、何かを思い出したように発せられたレイン兄の声が呼び止めた。

「シル、悪いけどイスイルに連絡をいれてもらえる? リュミィをこっちに向かわせてほしいって」
「…………ええ、わかったわ」

 少しの間はあれど、シル姉はレイン兄の頼みを引き受けた。そんな会話を聞きながら、私はお味噌汁を一口。
 レイン兄もシル姉もこのあとは忙しくしてそうな気がするけど、ちゃんと聞くことは聞いておかないとよねぇ。それはそれとして、私もご飯が終わったら手伝いに行こうっと。
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