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第3話
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「アルノー! なぜお前が此処にいるんだ!」
静かな――普段は本当に静かで、鳥のさえずりとかも聴こえるくらいだからそうさせてほしいんだけど、静かな庭に響き渡るのはテオの怒号。
項垂れて額を押さえていたのはそれほどの時間の間ではなく、すぐに眉をつり上げて立ち上がったテオが迷わず玄関から出ていこうとしたから、荷物を置き、レイン兄とシル姉と一緒に彼の背を追い掛けてきたのはついさっき。
グレン兄たちがどこにいるかなんて、外に出ればすぐにわかることで。テオはその光景を見ると深く深く溜め息をついていた。でも個人的にはドン引きするのが先だと思うけどなぁ。
というのも、私たちが外に出たとき、テオの知人らしき人は丁度、グレン兄により猿轡《さるぐつわ》されそうになっているところだったのだから。それを見た時のレイン兄とシル姉の表情の、なんとも言葉にしがたいものか。たぶんテオの心境を案じてのものだったんだろうけれど、当のテオが鋼メンタル過ぎてなんかもうよくわかんないわ。
なにはともあれ、テオはお怒りだった。
片手を腰にあてがい、眉をつり上げて睨むように見据えるのは、アルノーと呼ばれた男の人。切りそろえられた茶髪に、茶色の目。目測で年の頃はレイン兄よりも少し上、青年というより男性といった精悍な顔つきで、決して豪奢ではないながら鎧を身につけている生真面目そうな人だ。そんな明らかに一般人ではない……というよりも、間違いなく騎士であろう人が、縄でぐるぐる巻きにされて転がされていた。そしてその人は、見るからに自分に怒りを向けているとわかるだろうに、何故かテオを見て表情を綻ばせていた。この人、今の自分の状態わかってるよね……?
「殿下! よくぞご無事で!」
「アルノー……まさかとは思うが、俺を追ってここまで来たのか?」
「貴方様はこの国の王子殿下にあらせられます、遠方に赴かれるというのに護衛もつけぬという訳にはいきますまい。しかしながらお忍びとのこと……故にこのアルノー、陰ながら御身をお守りさせていただいておりました」
「護衛もなにも要らぬと言い聞かせただろう」
表情を引き締めて答えるアルノーさんと、憤りを隠そうともしないテオ。話しを聞いているに、テオは一人で此処に来るつもりだった――ううん、来たはずだったけど、実はひっそりとアルノーさんがテオの事を追いかけていたみたいだ。まあ、いくら王命じゃないと言っても、王子殿下を一人で出歩かせることなんてしないよね。それでもテオは一人で来ることを望んでいたみたいだけど。
ただ私的にはそんなことへの疑問より、どうして簀巻《すま》きにされているアルノーさんが文字通りテオに這い寄ってることが気になって仕方ない。なんでほどけとも言わなければ、ほどこうともしないんだろうなあ。
などと考えていると、布を片手にそろそろとアルノーさんから距離をとるグレン兄の姿が目に入った。
黒髪黒目という、言わば双黒。前世で馴染みがある色合いとも言えるけれど、顔立ちはいわゆる日本人と比べると大人っぽい。つり目がちで、そのせいで第一印象は近寄りがたいとの評価を受けそうなグレン兄ことグレン・クーリエは、私と同じくレイン兄とシル姉の養い子に当たる。
年齢は十八――ということになっている。というのも、グレン兄の年齢は正確にはわからないからだ。レイン兄たちみたいに不老の存在ではないから、おそらく外見年齢と実年齢は大差ないとは思うんだけど……私は知らないけどグレン兄はうちに保護される前にいろいろあったらしくて、自分がいくつかはおろか、どこで産まれて、どんな家族がいたのかすらさっぱりわからないのだそうだ。私とは事情がまったく違う、それどころかそうした話題を振ると決まって眉を顰めてしまうから、たぶん私よりハードな人生を送ってきたのだろうとは思う。まあ、そんなことはグレン兄は今は私のお兄さんで、家族であることの前では何の意味ももたない事なんだけれど。
不意にグレン兄が私の視線に気付き、振り向いた。
僅かに表情が緩んでいるのがわかる。グレン兄は私達家族や友人、知人の前では分かりにくいながらも優しい目をするのだ。他人には少々粗野で、言ってしまえば態度が悪くなることがあるけれど。
「おかえり、グレン兄。いったい何があったの?」
「ただいまリリィ。シル姉と買い物から戻ったら、その男が森の中をひたすら叫びながら走って迷子になってたからさ、シル姉が話し掛けたんだよ。そしたら、いきなりシル姉を魔女なんて呼び始めたんだ」
「だから簀巻き?」
「まさか。さすがに俺もそれくらいじゃ簀巻きにはしない。シル姉にも止められたし。けどそのあとも、こっちの話を一向に聞きやしないどころか、王子を返せだの何処にやっただの始まるし、何の話かさっぱりだって言っても、そこだけきっちり聞きやがって嘘つくなだのキリがなくてさ。腹立ったから、黙らせた」
「グレン兄が?」
「蹴りで。鎧着てるから腹パンできねーし」
しれっと言うグレン兄に、私は苦笑を浮かべるしかできない。グレン兄の蹴りを受けちゃったのか、あの人。
さすがにシル姉もグレン兄のイライラには気付いていただろうし、手か足が出る不穏な気配は察知していただろうけど、止めなかったってことはシル姉もちょっと怒ってたんだろうなぁ。見た目同様に内面的にも淑女と言って良いような人だから温厚なお姉さんではあるけど、喜怒哀楽はといえばレイン兄よりもはっきりしている。人並みよりは怒という感情が凹んでても、レイン兄よりは怒ることはあるのがシル姉なのだ。
けど、森の中を迷ってた、ねえ……テオを見失って気が立ってたのかな。
「にしても、リリィが拾ったアイツが王子だったんだな。そいつの与太話かと思った」
「グレン兄も王子だってわかってなくて嬉しいけど、それ以上に発言が失礼すぎて無視できないわ」
「森で迷子になるヤツなんてロクなのじゃねぇからな。それに、リフもそいつのことはやけに避ける。なんか察してんだろうなって思ってさ」
険しい顔でアルノーさんとテオを見据えるグレン兄の言葉に、否定も同意もできない。リフが近くに来ようとしないのは確かで、森を迷子になるということは、それだけで善良とは言い難いからだ。
竜はこの世界の神様が〈神竜〉と呼ばれることからもわかるように、神様に一番近いとされていて、人間よりはるかに優れた大自然を象徴する存在だ。前世の知識を借りるなら、ゲームでよくある属性というものを司るのである。火とか水とか、雷とか光とか闇とか。この世界には精霊もいるけれど、彼らは竜をお手伝いするような役割を担っていて、わかりやすく例えるなら上司と部下みたいな関係になる。実際に見ると家族とか親友とか、そうした間柄にしか思えないんだけど。まあ、そんなわけだから竜は人間との関わりをそう深くは持たない。見下しているわけでもないけど、人間は何をするかわからないから距離を取っていたいんだって。そう考えてしまうのは竜狩りをしようとしたり、ついでに精霊狩りもしようって心無い奴らを何度も見てきたからだと聞けば、納得できるところもあると思う。
リフはそんな竜種の中でも、風を司る風竜の子供だ。産まれてからまだ二年程度の子竜で、ひょんな事情から私たちとは卵の時から一緒にいる。だからとても人慣れをしている個体で、その慣れっぷりは竜らしくないと言われるほどだ。けどそれでも、竜であるリフは人の感情を敏感に察知する。漠然と、いい人は好きで悪い人は嫌いという程度だけれど。
そんなリフがアルノーさんを避けているとなれば、何かがあるともいえる。今も姿は見えないから森のどこかから様子をうかがってるんだろうけど、テオのことは避けなかったから、アルノーさん自体に何かがあるのかもしれない。
付け加えて、アルノーさんは森の中を迷子になっていたグレン兄は言う。
辺境地とも言える場所にある家の周辺は、森に囲まれている。これだけで基本的には人はそうそう訪れないものなのだけれど、森にはさらにレイン兄とシル姉二人掛りで人払いの呪《まじな》いが掛けられているのだ。ただ人払いといっても、踏み入る全ての人間にそれが発揮されるわけじゃない。善良な人は進めるけれど悪意ある者は延々と迷うことになる、という感じにマイルドなものだから、問題なく家に辿り着く人もいる。
テオは善良と判断されて此処にいる。見付けたのが家までもう少しという場所で、もう少し意識を保って進めていれば庭にたどり着いていたことだろう。
けどアルノーさんはグレン兄の口ぶりからして違う。シル姉はあくまでもアルノーさんがテオの知人ではないか、と思って連れてきただけだろうし、普段のシル姉にならやんわりと追い返されていたか、あるいは無視されていたかくらいには盛大に迷い続けていたことだろう。シル姉は優しいけど、こちらに被害が及ぶかもとなると慎重なのだ。
でも、だからってアルノーさんが悪い人だとは言い切れない。
「リフのことにしろ迷っていたことにしろ、アレンたちと同じケースもありえるじゃない。まして、アルノーさんはテオを心配していたのは間違いないんだし」
「竜をも殺せるなんらかの手段持ってて、それを使うことも辞さないと考えてたからってことか? ありえない話じゃないが……ちょっと数が多すぎやしないか? 竜殺しなんて簡単にできることじゃねぇんだぞ?」
「わかってるけどさぁ……」
リフに限らず、竜は自分の命を脅かすようなものは嫌いだ。それは人間も同じだと思う。刃物を向けられたりしてたら、少なからず怖いと思うように、彼らもまた同様の感情を抱く。
そしてこの森はそうした力を持ち、あまつさえ使うことも考えているようなひとのことは追い払おうとする。使おうと思ってなければ問題ないんだけど。
だから、アルノーさんが本当に悪意を持った人なのかどうかについては、正直なところ言い切れもしないのだ。
「……リリィは甘すぎる。あの王子とやらも、本性はわかったもんじゃないんだぞ?」
「うぅ……」
それでも、怪しいからとか疑わしいから黒だねってのは間違ってると思うんだよ、私は。わかんないならとりあえず信じてみてもいいじゃない。
なんて言うと、決まってグレン兄は今みたいに呆れ顔で深く溜息を吐くんだけど。それでも直ぐに困ったように笑って、言葉を続ける。
「ま、お前とレイン兄はそれで良いとも思うけどな。無駄に人がよくて損する人間も悪くない」
「まったく褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてはないからな。ただ、疑うことは俺とシル姉の役目でちょうどいいだろ」
ほんとに良いのかなあ、と思いはするけど、私とレイン兄にひとを疑ってかかれ、というのはなかなかに難しいことである。
だから、少なくともグレン兄やシル姉がいる場所に限れば構わないのだろう……たぶん。
「だから! 何度も言っているが、護衛は不要だ! 父上からも、騎士団長殿からもそれは聞いたはずだろう?! わかったなら城に戻れ!」
「しかしながら御身を守ることこそが私の役目にございます!」
「お前、俺の話をちゃんと聞いてるか? さっきから堂々巡りしてるぞ?」
「殿下のお言葉ならば一字一句聞き逃したりは致しません!」
「ならなんでお前との会話が一向に噛み合わないんだよ……ティートならこんなことには……」
と、延々と繰り返される全く進展のない会話に疲れ果てた様子でテオが項垂れた。対してアルノーさんはといえば、簀巻きのまま真っ直ぐにテオを見上げている。
そんな彼らを見て、眉を下げて笑んでいたレイン兄が口を開いた。
「とりあえず、中で話そうか。シルたちが帰ってきたことだし、テオ、キミからも事情を聞きたい。それに折角のご飯が冷めてしまうしね」
「ああ。すまな――」
「貴様! 殿下に対し、なんと無礼な!」
「アルノー!」
レイン兄に噛み付いたアルノーさんに、テオが声を荒らげて制する。その声はさっきまでよりも低く、アルノーさんを見下ろす双眸は冷え冷えとしていた。さっきまでがあくまでも窘めているといった声音だとするなら、これは明らかな怒り。その変化はグレン兄を驚かせるほどだった。
「無礼なのはお前の方だ、アルノー。弁えろ」
「……っ、申し訳ありません」
これが王族としてのある意味で正しい姿というべきか。尊大とも取れる言葉で命じたテオに、アルノーさんは言い返すことはしなかった。ただぐっと唇を噛んで、俯いただけ。
テオはアルノーさんをしばし冷たく見下ろしていたけど、深く息を吐き出すと、私たちを順繰りに見て、頭を下げた。
「……すまない、レイン、シル。それにリリィと……ええっと、グレン殿だったな。アルノー……うちの近衛騎士が大変迷惑を掛けた」
「いいや、気にしてないよ。テオが謝ることではないし、アルノーさんを責めるつもりも俺にはない。キミの身分を思えば仕方ないことだと思うし。ねぇ、シル?」
「…………わかってます。それに、謝るべきはこちらの方です。グレンが手を出したこと、そしてそれををわたしが止めなかったこと……申し訳ありません」
「それらも原因はおそらくアルノーの言動にあるんだろう? 魔女や手下、などと。そんな呼ばれ方をして怒らないはずもない」
肩を竦めるテオだけど、アルノーさんはやっぱり不満げだ。だけど何も言わないのは、テオから明確に拒絶されたからだろう。
アルノーさんのもろもろの気持ちはわからないでもないぶん、真面目すぎるのも難儀だなあ、とは思う。此処にいるのも忠誠心のよるものだろうし。シル姉を魔女と呼んで、グレン兄のことは手下呼ばわりしたってことに関しては許さないけどね。魔女という呼称は決して蔑称ではないけど、手下呼ばわりまでされたら擁護のしようもないもの。
「代わりに、というわけでもないし、そもそも話す約束はしたわけだが、俺が〈竜巫女〉を探す理由については嘘偽りなく全て話そう」
「そう重く考える必要はないよ。ひとまずはお昼にしよう。お腹、減っているだろう?」
やや固さのある言い回しをするテオに、にこりと笑って言ったレイン兄は、料理好きの例に漏れず、自分の作った料理を美味しく食べてもらうことも大層好きな人間だ。
リビングに置かれた広めのテーブルの上、並べられる料理から湯気がのぼる。
この世界の食材はほとんど前世で見慣れたそれらと変わりない。そして調味料もまた、馴染み深いものが揃っている。不思議なことだけど素直に嬉しいことだよね。
今日のメニューはゼンマイのおひたしにウドのきんぴら風、それからタケノコの煮物。スープはもちろんたまごとニラのお味噌汁で、ご飯は炊飯器なんて便利器具はないから土鍋炊きの白飯。前世の言葉を借りるなら純和風な料理。これらは大昔にある地方で細々と伝わっていた料理なのだそうだけれど、こうした料理が一番舌に馴染みあるというシル姉と、その言葉に心底同意な私が度々リクエストするこれらのレシピはシル姉が教えたものなのだそうだ。余談ではあるけどレイン兄が得意なのはいわゆる洋食だ。そしてグレン兄は単なる肉好きである。……ものすごく余談だ。
食事の席にはもちろんというべきか、アルノーさんも同席している。ちゃんと簀巻き状態から解いて、だ。
アルノーさんは案内された屋内や、テオに対しての扱い、そして並べられた料理に対して物言いたげではあったけど、口に出すことはなかった。それはテオが屈託のない反応を示していたからだろうけど、私たちのことは進行形で睨みつけている。というより、私たちの一挙一動を確認して、不審な動きがないかと気を張っているのだろう。
そんなアルノーさんをグレン兄は半目で見詰めながら呆れてたけど、やがてぐぅ……と鳴ったお腹がアルノーさんのものとわかると、すぐに生暖かい視線になった。食欲はね、どうしようもないよね、いい匂いのする料理が目の前に並んでるとなればなおさら。当のアルノーさんは羞恥で頬を赤く染めて、居心地悪そうにしてるわけだけど。
「遠慮なく食べていいよ。足りなければ、追加で作るから」
「わ、私は……!」
「別にお前らなんかに毒なんて与える理由も必要もねーから安心して食えよ。いただきます」
「グレン兄、余計なこと言わない。いただきます」
両手を合わせて、お馴染みの。
小さな頃――まだ城にいた頃はやっていなかったけど、レイン兄とシル姉と暮らし始めてから言葉と共に手を合わせるこの所作は、ご飯をいただく前に必ずやることだ。これもまたシル姉がはじめにやりはじめたことらしいけど、前世の記憶が鮮明でそちらへの馴染みが強すぎる今の私には懐かしさで嬉しくなることばかりだ。
きっと城で暮らし続けていたら触れられないの文化だったんだろうな、と思うと共に騎士と王子である彼らには理解しがたいものだろうな、と視線をやると、テオは戸惑った様子もなく手を合わせていた。
「いただきます」
小さく呟くように言って、箸を手に料理へと手を伸ばす。あ、あれ?
「テオ、慣れてるね?」
「ん? ああ、兄上の影響だ。それに、城では流石に並ばないが学院では触れる機会もあるからな」
国外から留学生として通う者もいるから食堂ではこうした料理も並ぶ、と答えるテオ。学院……そういえばスィエルには教育機関があるんだったっけ。なるほど王族もそこに通ってるのか。
兄上、というとジェラルド・リュンヌ・スィエル王子――この国の第一王子殿下のことだろう。確か体が弱いとのことで、日のほとんどを部屋で過ごしているそうだということくらいしか私も知らないけど。
「へー、王子でも学校に通うものなんだな」
「設立直後は籍を置かなかったそうだが、数代前からそういうことになっているんだ。そうした場所でもなければ、俺たちは民と触れ合う機会は限られてくる。国は民なしでは成り立たないからな」
「さすが王族はご立派なことで」
「といっても、俺は王位に興味もなければ継ぐ気も、いや……そもそもとして資格もないが」
「――テオドール王子」
グレン兄と話していたテオが締めくくるように零した言葉に、アルノーさんが咎めるように名を呼んだ。それには文句もないようでテオは肩を竦めただけだけど、レイン兄はほんの少しだけ眉を下げて口を開いた。
「もしかして、その辺りにもキミがここに来た理由が関係しているのか……だとしても、いったい何がどうして」
「端的に言うならば、兄上と末の妹が奇病を患ったから、だな」
「奇病、ですか?」
「……肌が黒ずみ、時と共に濃くなるそれはやがて黒い鱗のように肌を変化させていく……」
問い掛けたシル姉に、テオは静かに語る。
聞き慣れない症状にまばたきしかできない私とグレン兄とは対照的に、レイン兄とシル姉の顔が強張っていく。
「〈黒鱗病《こくりんびょう》〉――便宜上そう呼んでいるその病によって、いま城内を中心に蝕まれているんだ」
症状に聞き覚えがなければ病名にも聞き覚えがない。便宜上と言っているのだから当たり前なんだけど。ただレイン兄とシル姉の表情は険しいままだ。二人はなにか知っている……というよりも何らかの心当たりがあるのかもしれない。でも何か思考している程度で言葉を発することはない。ただただ、見定めるかのように二人はテオを見ていた。
その視線の先のテオは、真摯な表情で言い切るのだ。
「俺はその病を……いや、正しくは呪いであろうそれを解くため、その手段を探して真の〈竜巫女〉を捜し此処まで来た」
静かな――普段は本当に静かで、鳥のさえずりとかも聴こえるくらいだからそうさせてほしいんだけど、静かな庭に響き渡るのはテオの怒号。
項垂れて額を押さえていたのはそれほどの時間の間ではなく、すぐに眉をつり上げて立ち上がったテオが迷わず玄関から出ていこうとしたから、荷物を置き、レイン兄とシル姉と一緒に彼の背を追い掛けてきたのはついさっき。
グレン兄たちがどこにいるかなんて、外に出ればすぐにわかることで。テオはその光景を見ると深く深く溜め息をついていた。でも個人的にはドン引きするのが先だと思うけどなぁ。
というのも、私たちが外に出たとき、テオの知人らしき人は丁度、グレン兄により猿轡《さるぐつわ》されそうになっているところだったのだから。それを見た時のレイン兄とシル姉の表情の、なんとも言葉にしがたいものか。たぶんテオの心境を案じてのものだったんだろうけれど、当のテオが鋼メンタル過ぎてなんかもうよくわかんないわ。
なにはともあれ、テオはお怒りだった。
片手を腰にあてがい、眉をつり上げて睨むように見据えるのは、アルノーと呼ばれた男の人。切りそろえられた茶髪に、茶色の目。目測で年の頃はレイン兄よりも少し上、青年というより男性といった精悍な顔つきで、決して豪奢ではないながら鎧を身につけている生真面目そうな人だ。そんな明らかに一般人ではない……というよりも、間違いなく騎士であろう人が、縄でぐるぐる巻きにされて転がされていた。そしてその人は、見るからに自分に怒りを向けているとわかるだろうに、何故かテオを見て表情を綻ばせていた。この人、今の自分の状態わかってるよね……?
「殿下! よくぞご無事で!」
「アルノー……まさかとは思うが、俺を追ってここまで来たのか?」
「貴方様はこの国の王子殿下にあらせられます、遠方に赴かれるというのに護衛もつけぬという訳にはいきますまい。しかしながらお忍びとのこと……故にこのアルノー、陰ながら御身をお守りさせていただいておりました」
「護衛もなにも要らぬと言い聞かせただろう」
表情を引き締めて答えるアルノーさんと、憤りを隠そうともしないテオ。話しを聞いているに、テオは一人で此処に来るつもりだった――ううん、来たはずだったけど、実はひっそりとアルノーさんがテオの事を追いかけていたみたいだ。まあ、いくら王命じゃないと言っても、王子殿下を一人で出歩かせることなんてしないよね。それでもテオは一人で来ることを望んでいたみたいだけど。
ただ私的にはそんなことへの疑問より、どうして簀巻《すま》きにされているアルノーさんが文字通りテオに這い寄ってることが気になって仕方ない。なんでほどけとも言わなければ、ほどこうともしないんだろうなあ。
などと考えていると、布を片手にそろそろとアルノーさんから距離をとるグレン兄の姿が目に入った。
黒髪黒目という、言わば双黒。前世で馴染みがある色合いとも言えるけれど、顔立ちはいわゆる日本人と比べると大人っぽい。つり目がちで、そのせいで第一印象は近寄りがたいとの評価を受けそうなグレン兄ことグレン・クーリエは、私と同じくレイン兄とシル姉の養い子に当たる。
年齢は十八――ということになっている。というのも、グレン兄の年齢は正確にはわからないからだ。レイン兄たちみたいに不老の存在ではないから、おそらく外見年齢と実年齢は大差ないとは思うんだけど……私は知らないけどグレン兄はうちに保護される前にいろいろあったらしくて、自分がいくつかはおろか、どこで産まれて、どんな家族がいたのかすらさっぱりわからないのだそうだ。私とは事情がまったく違う、それどころかそうした話題を振ると決まって眉を顰めてしまうから、たぶん私よりハードな人生を送ってきたのだろうとは思う。まあ、そんなことはグレン兄は今は私のお兄さんで、家族であることの前では何の意味ももたない事なんだけれど。
不意にグレン兄が私の視線に気付き、振り向いた。
僅かに表情が緩んでいるのがわかる。グレン兄は私達家族や友人、知人の前では分かりにくいながらも優しい目をするのだ。他人には少々粗野で、言ってしまえば態度が悪くなることがあるけれど。
「おかえり、グレン兄。いったい何があったの?」
「ただいまリリィ。シル姉と買い物から戻ったら、その男が森の中をひたすら叫びながら走って迷子になってたからさ、シル姉が話し掛けたんだよ。そしたら、いきなりシル姉を魔女なんて呼び始めたんだ」
「だから簀巻き?」
「まさか。さすがに俺もそれくらいじゃ簀巻きにはしない。シル姉にも止められたし。けどそのあとも、こっちの話を一向に聞きやしないどころか、王子を返せだの何処にやっただの始まるし、何の話かさっぱりだって言っても、そこだけきっちり聞きやがって嘘つくなだのキリがなくてさ。腹立ったから、黙らせた」
「グレン兄が?」
「蹴りで。鎧着てるから腹パンできねーし」
しれっと言うグレン兄に、私は苦笑を浮かべるしかできない。グレン兄の蹴りを受けちゃったのか、あの人。
さすがにシル姉もグレン兄のイライラには気付いていただろうし、手か足が出る不穏な気配は察知していただろうけど、止めなかったってことはシル姉もちょっと怒ってたんだろうなぁ。見た目同様に内面的にも淑女と言って良いような人だから温厚なお姉さんではあるけど、喜怒哀楽はといえばレイン兄よりもはっきりしている。人並みよりは怒という感情が凹んでても、レイン兄よりは怒ることはあるのがシル姉なのだ。
けど、森の中を迷ってた、ねえ……テオを見失って気が立ってたのかな。
「にしても、リリィが拾ったアイツが王子だったんだな。そいつの与太話かと思った」
「グレン兄も王子だってわかってなくて嬉しいけど、それ以上に発言が失礼すぎて無視できないわ」
「森で迷子になるヤツなんてロクなのじゃねぇからな。それに、リフもそいつのことはやけに避ける。なんか察してんだろうなって思ってさ」
険しい顔でアルノーさんとテオを見据えるグレン兄の言葉に、否定も同意もできない。リフが近くに来ようとしないのは確かで、森を迷子になるということは、それだけで善良とは言い難いからだ。
竜はこの世界の神様が〈神竜〉と呼ばれることからもわかるように、神様に一番近いとされていて、人間よりはるかに優れた大自然を象徴する存在だ。前世の知識を借りるなら、ゲームでよくある属性というものを司るのである。火とか水とか、雷とか光とか闇とか。この世界には精霊もいるけれど、彼らは竜をお手伝いするような役割を担っていて、わかりやすく例えるなら上司と部下みたいな関係になる。実際に見ると家族とか親友とか、そうした間柄にしか思えないんだけど。まあ、そんなわけだから竜は人間との関わりをそう深くは持たない。見下しているわけでもないけど、人間は何をするかわからないから距離を取っていたいんだって。そう考えてしまうのは竜狩りをしようとしたり、ついでに精霊狩りもしようって心無い奴らを何度も見てきたからだと聞けば、納得できるところもあると思う。
リフはそんな竜種の中でも、風を司る風竜の子供だ。産まれてからまだ二年程度の子竜で、ひょんな事情から私たちとは卵の時から一緒にいる。だからとても人慣れをしている個体で、その慣れっぷりは竜らしくないと言われるほどだ。けどそれでも、竜であるリフは人の感情を敏感に察知する。漠然と、いい人は好きで悪い人は嫌いという程度だけれど。
そんなリフがアルノーさんを避けているとなれば、何かがあるともいえる。今も姿は見えないから森のどこかから様子をうかがってるんだろうけど、テオのことは避けなかったから、アルノーさん自体に何かがあるのかもしれない。
付け加えて、アルノーさんは森の中を迷子になっていたグレン兄は言う。
辺境地とも言える場所にある家の周辺は、森に囲まれている。これだけで基本的には人はそうそう訪れないものなのだけれど、森にはさらにレイン兄とシル姉二人掛りで人払いの呪《まじな》いが掛けられているのだ。ただ人払いといっても、踏み入る全ての人間にそれが発揮されるわけじゃない。善良な人は進めるけれど悪意ある者は延々と迷うことになる、という感じにマイルドなものだから、問題なく家に辿り着く人もいる。
テオは善良と判断されて此処にいる。見付けたのが家までもう少しという場所で、もう少し意識を保って進めていれば庭にたどり着いていたことだろう。
けどアルノーさんはグレン兄の口ぶりからして違う。シル姉はあくまでもアルノーさんがテオの知人ではないか、と思って連れてきただけだろうし、普段のシル姉にならやんわりと追い返されていたか、あるいは無視されていたかくらいには盛大に迷い続けていたことだろう。シル姉は優しいけど、こちらに被害が及ぶかもとなると慎重なのだ。
でも、だからってアルノーさんが悪い人だとは言い切れない。
「リフのことにしろ迷っていたことにしろ、アレンたちと同じケースもありえるじゃない。まして、アルノーさんはテオを心配していたのは間違いないんだし」
「竜をも殺せるなんらかの手段持ってて、それを使うことも辞さないと考えてたからってことか? ありえない話じゃないが……ちょっと数が多すぎやしないか? 竜殺しなんて簡単にできることじゃねぇんだぞ?」
「わかってるけどさぁ……」
リフに限らず、竜は自分の命を脅かすようなものは嫌いだ。それは人間も同じだと思う。刃物を向けられたりしてたら、少なからず怖いと思うように、彼らもまた同様の感情を抱く。
そしてこの森はそうした力を持ち、あまつさえ使うことも考えているようなひとのことは追い払おうとする。使おうと思ってなければ問題ないんだけど。
だから、アルノーさんが本当に悪意を持った人なのかどうかについては、正直なところ言い切れもしないのだ。
「……リリィは甘すぎる。あの王子とやらも、本性はわかったもんじゃないんだぞ?」
「うぅ……」
それでも、怪しいからとか疑わしいから黒だねってのは間違ってると思うんだよ、私は。わかんないならとりあえず信じてみてもいいじゃない。
なんて言うと、決まってグレン兄は今みたいに呆れ顔で深く溜息を吐くんだけど。それでも直ぐに困ったように笑って、言葉を続ける。
「ま、お前とレイン兄はそれで良いとも思うけどな。無駄に人がよくて損する人間も悪くない」
「まったく褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてはないからな。ただ、疑うことは俺とシル姉の役目でちょうどいいだろ」
ほんとに良いのかなあ、と思いはするけど、私とレイン兄にひとを疑ってかかれ、というのはなかなかに難しいことである。
だから、少なくともグレン兄やシル姉がいる場所に限れば構わないのだろう……たぶん。
「だから! 何度も言っているが、護衛は不要だ! 父上からも、騎士団長殿からもそれは聞いたはずだろう?! わかったなら城に戻れ!」
「しかしながら御身を守ることこそが私の役目にございます!」
「お前、俺の話をちゃんと聞いてるか? さっきから堂々巡りしてるぞ?」
「殿下のお言葉ならば一字一句聞き逃したりは致しません!」
「ならなんでお前との会話が一向に噛み合わないんだよ……ティートならこんなことには……」
と、延々と繰り返される全く進展のない会話に疲れ果てた様子でテオが項垂れた。対してアルノーさんはといえば、簀巻きのまま真っ直ぐにテオを見上げている。
そんな彼らを見て、眉を下げて笑んでいたレイン兄が口を開いた。
「とりあえず、中で話そうか。シルたちが帰ってきたことだし、テオ、キミからも事情を聞きたい。それに折角のご飯が冷めてしまうしね」
「ああ。すまな――」
「貴様! 殿下に対し、なんと無礼な!」
「アルノー!」
レイン兄に噛み付いたアルノーさんに、テオが声を荒らげて制する。その声はさっきまでよりも低く、アルノーさんを見下ろす双眸は冷え冷えとしていた。さっきまでがあくまでも窘めているといった声音だとするなら、これは明らかな怒り。その変化はグレン兄を驚かせるほどだった。
「無礼なのはお前の方だ、アルノー。弁えろ」
「……っ、申し訳ありません」
これが王族としてのある意味で正しい姿というべきか。尊大とも取れる言葉で命じたテオに、アルノーさんは言い返すことはしなかった。ただぐっと唇を噛んで、俯いただけ。
テオはアルノーさんをしばし冷たく見下ろしていたけど、深く息を吐き出すと、私たちを順繰りに見て、頭を下げた。
「……すまない、レイン、シル。それにリリィと……ええっと、グレン殿だったな。アルノー……うちの近衛騎士が大変迷惑を掛けた」
「いいや、気にしてないよ。テオが謝ることではないし、アルノーさんを責めるつもりも俺にはない。キミの身分を思えば仕方ないことだと思うし。ねぇ、シル?」
「…………わかってます。それに、謝るべきはこちらの方です。グレンが手を出したこと、そしてそれををわたしが止めなかったこと……申し訳ありません」
「それらも原因はおそらくアルノーの言動にあるんだろう? 魔女や手下、などと。そんな呼ばれ方をして怒らないはずもない」
肩を竦めるテオだけど、アルノーさんはやっぱり不満げだ。だけど何も言わないのは、テオから明確に拒絶されたからだろう。
アルノーさんのもろもろの気持ちはわからないでもないぶん、真面目すぎるのも難儀だなあ、とは思う。此処にいるのも忠誠心のよるものだろうし。シル姉を魔女と呼んで、グレン兄のことは手下呼ばわりしたってことに関しては許さないけどね。魔女という呼称は決して蔑称ではないけど、手下呼ばわりまでされたら擁護のしようもないもの。
「代わりに、というわけでもないし、そもそも話す約束はしたわけだが、俺が〈竜巫女〉を探す理由については嘘偽りなく全て話そう」
「そう重く考える必要はないよ。ひとまずはお昼にしよう。お腹、減っているだろう?」
やや固さのある言い回しをするテオに、にこりと笑って言ったレイン兄は、料理好きの例に漏れず、自分の作った料理を美味しく食べてもらうことも大層好きな人間だ。
リビングに置かれた広めのテーブルの上、並べられる料理から湯気がのぼる。
この世界の食材はほとんど前世で見慣れたそれらと変わりない。そして調味料もまた、馴染み深いものが揃っている。不思議なことだけど素直に嬉しいことだよね。
今日のメニューはゼンマイのおひたしにウドのきんぴら風、それからタケノコの煮物。スープはもちろんたまごとニラのお味噌汁で、ご飯は炊飯器なんて便利器具はないから土鍋炊きの白飯。前世の言葉を借りるなら純和風な料理。これらは大昔にある地方で細々と伝わっていた料理なのだそうだけれど、こうした料理が一番舌に馴染みあるというシル姉と、その言葉に心底同意な私が度々リクエストするこれらのレシピはシル姉が教えたものなのだそうだ。余談ではあるけどレイン兄が得意なのはいわゆる洋食だ。そしてグレン兄は単なる肉好きである。……ものすごく余談だ。
食事の席にはもちろんというべきか、アルノーさんも同席している。ちゃんと簀巻き状態から解いて、だ。
アルノーさんは案内された屋内や、テオに対しての扱い、そして並べられた料理に対して物言いたげではあったけど、口に出すことはなかった。それはテオが屈託のない反応を示していたからだろうけど、私たちのことは進行形で睨みつけている。というより、私たちの一挙一動を確認して、不審な動きがないかと気を張っているのだろう。
そんなアルノーさんをグレン兄は半目で見詰めながら呆れてたけど、やがてぐぅ……と鳴ったお腹がアルノーさんのものとわかると、すぐに生暖かい視線になった。食欲はね、どうしようもないよね、いい匂いのする料理が目の前に並んでるとなればなおさら。当のアルノーさんは羞恥で頬を赤く染めて、居心地悪そうにしてるわけだけど。
「遠慮なく食べていいよ。足りなければ、追加で作るから」
「わ、私は……!」
「別にお前らなんかに毒なんて与える理由も必要もねーから安心して食えよ。いただきます」
「グレン兄、余計なこと言わない。いただきます」
両手を合わせて、お馴染みの。
小さな頃――まだ城にいた頃はやっていなかったけど、レイン兄とシル姉と暮らし始めてから言葉と共に手を合わせるこの所作は、ご飯をいただく前に必ずやることだ。これもまたシル姉がはじめにやりはじめたことらしいけど、前世の記憶が鮮明でそちらへの馴染みが強すぎる今の私には懐かしさで嬉しくなることばかりだ。
きっと城で暮らし続けていたら触れられないの文化だったんだろうな、と思うと共に騎士と王子である彼らには理解しがたいものだろうな、と視線をやると、テオは戸惑った様子もなく手を合わせていた。
「いただきます」
小さく呟くように言って、箸を手に料理へと手を伸ばす。あ、あれ?
「テオ、慣れてるね?」
「ん? ああ、兄上の影響だ。それに、城では流石に並ばないが学院では触れる機会もあるからな」
国外から留学生として通う者もいるから食堂ではこうした料理も並ぶ、と答えるテオ。学院……そういえばスィエルには教育機関があるんだったっけ。なるほど王族もそこに通ってるのか。
兄上、というとジェラルド・リュンヌ・スィエル王子――この国の第一王子殿下のことだろう。確か体が弱いとのことで、日のほとんどを部屋で過ごしているそうだということくらいしか私も知らないけど。
「へー、王子でも学校に通うものなんだな」
「設立直後は籍を置かなかったそうだが、数代前からそういうことになっているんだ。そうした場所でもなければ、俺たちは民と触れ合う機会は限られてくる。国は民なしでは成り立たないからな」
「さすが王族はご立派なことで」
「といっても、俺は王位に興味もなければ継ぐ気も、いや……そもそもとして資格もないが」
「――テオドール王子」
グレン兄と話していたテオが締めくくるように零した言葉に、アルノーさんが咎めるように名を呼んだ。それには文句もないようでテオは肩を竦めただけだけど、レイン兄はほんの少しだけ眉を下げて口を開いた。
「もしかして、その辺りにもキミがここに来た理由が関係しているのか……だとしても、いったい何がどうして」
「端的に言うならば、兄上と末の妹が奇病を患ったから、だな」
「奇病、ですか?」
「……肌が黒ずみ、時と共に濃くなるそれはやがて黒い鱗のように肌を変化させていく……」
問い掛けたシル姉に、テオは静かに語る。
聞き慣れない症状にまばたきしかできない私とグレン兄とは対照的に、レイン兄とシル姉の顔が強張っていく。
「〈黒鱗病《こくりんびょう》〉――便宜上そう呼んでいるその病によって、いま城内を中心に蝕まれているんだ」
症状に聞き覚えがなければ病名にも聞き覚えがない。便宜上と言っているのだから当たり前なんだけど。ただレイン兄とシル姉の表情は険しいままだ。二人はなにか知っている……というよりも何らかの心当たりがあるのかもしれない。でも何か思考している程度で言葉を発することはない。ただただ、見定めるかのように二人はテオを見ていた。
その視線の先のテオは、真摯な表情で言い切るのだ。
「俺はその病を……いや、正しくは呪いであろうそれを解くため、その手段を探して真の〈竜巫女〉を捜し此処まで来た」
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