元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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プロローグ

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 唐突ではあるが聞いてほしい。
 私は前世の記憶を持つ人間――俗に言う、転生者である。

 ドン引きはしないでほしい。いやほんとに、だって自分が一番それ思ってるもん。なんだそれ、って思ってる。でも否定しようが堰を切ったかのように思い出される映像とか、覚えがないはずなのに覚えがある記憶とか、そもそも自分に対する達観した感覚と違和感を前にしたらそうなんだって認識するしかないじゃない。わかるか、私だって混乱してんだ。伝われこんちくしょう。
 まあ信じてもらえるか信じてもらえないかはさておきとしても、私は転生者なのだ。

 前世はこの世界とは違う、チキュウと呼ばれる世界の日本という国で学校に通うと学生だった。両親は健在で、兄弟は五つ離れた兄が一人。容姿は可もなく不可もなく、学力も平均。恋人はおろか片思いすらしてなかったが、この辺りは不要な情報だろうからこれ以上は語る必要もないだろう。
 そんな過去の私は、ある日、事故に遭って死んだ。うん、詳細は省くけどあれよね、これってテンプレってやつよね。知ってる。前世の私、そういう無駄知識あった。でもって私が一番それは思う。
 何はともあれその時点で前世の私は死んだ。完全にブラックアウトした。確実に私の人生は終わったのだ。


 そしてそれを、今世の私は頭を打ち付けて思い出した。
 頭を打ち付けたといっても転んだ訳じゃない。断じて。頭を打ち付けたのは崖上から突き落とされたからだった。誰にって? 姉にだ。それはあまりにバイオレンスすぎる? 私もそう思う。姉に嫌われるようなことをしたのか? そんなことは一切記憶にない。むしろ遡ること一年前までは仲良しの姉妹だったって記憶している。でも一年前から姉はおかしくなった。
 一年前のある日、昨日まで仲良く一緒に遊んでいたのに突如として私に対して当たりが厳しくなったのだ。何か不快にさせるようなことをしたのだろうか? と考えても思い当たることはなかった。前日に喧嘩をしたわけでもなければ姉のものを壊したわけでもないのだから。それ以前に姉はとても優しくて、私の小さなわがままさえも笑って受け入れてくれるような人だったが、間違いは真正面から私が納得し理解するまで叱ってくれるような人でもあったから、翌日まで引き摺るようなことはほとんどなかったはずなのだ。
 けれども姉は一年前のその日から私に対して見下すような言動をするようになった。戸惑う私を拒絶し、私には理解できないような言動を繰り返していたのだ。一方で両親には甘えた表情や言動をするようになった。これまで私の姉としてはもちろん、品行方正な淑女として申し分なく振る舞ってきた彼女のワガママは、両親をそれはそれは喜ばせた。不思議なものではあるが、それまでの姉はそれくらい完璧な淑女だったのだ。だからこそ、私や侍従に対する態度が変わろうが、両親にとっては些々ささたる問題だったのだろう。言い換えればものの見事な猫被りをしてみせていたともいうけれど。
 ただまあ、今思えば姉も私と同じだったんじゃないかとは思う。だからといって態度を一変させるのはどうかとは思うけど、うろ覚えながらも一年前からするようになった理解不能な言動も、今の私には理解できるものではあるし、何より崖上から突き落とした時の姉の表情と言葉はそうとしか思えぬものだったから間違いない。珍しく姉から誘われて庭で遊び、姉に手を引かれて両親や侍従たちから禁じられていた抜け道から街の外に飛び出し、その先に続く森の奥で唐突に私を突き飛ばした時、彼女は確かに言ったのだから。

『これでもう大丈夫』

 崖下に落ちるときに見た姉は、心底嬉しそうだった。それこそ恍惚といっていいほど、嬉しそうに笑っていた。姉はとても美しい人だったから、その表情の様になること様になること。当時の私はそれどころではなく、信じていた大好きな姉に突き飛ばされ、命の危機に脅かされたことに絶望すら感じていたわけだけれど。
 だけど幸か不幸か私はその時の衝撃で前世について思い出したのだ。こういうとき、記憶の齟齬とかが起きて大変な目に遭うこともあるらしいけれど、私の場合は何の問題もなくすんなりと飲み込み、受け入れることが出来ていた。別に前世が今世の自分を押し潰したとかではないのだと思う。頭を打った時には今世の私は意識を投げ捨てたから、その間に入れ替わるかのように前世の私の意識がしっかりしていたことで齟齬というか、拒絶反応のようなものが発生しなかったとも言えるかもしれない。
 いずれにしろ、これが文字通りの転落をすることとなった今世の私――フェルメニア王国第二王女アクアリア・レム・フェルメニアがベッドの上で目覚めるまでの経緯だ。




「…………」

 そんな大怪我から十年。
 心優しい後の養い親に拾われ、看病をされて何事もなくすくすくと育った私は、ある日の家路の途中――森の中でぶっ倒れている人影を見付けた。
 それは外套を纏った男のひと。何が起きたかは分からないけど、逃げてでもいたのだろうか、酷く汚れ、荷物らしい荷物も見当たらず、ただ腰には剣を携え、身に付けられる限りの荷と共にそこに倒れていた。

「キューイ?」

 と、頭上から鳴き声が聞こえてくる。
 視線を上げると、すいすいと空を行く子竜が私の頭にしがみついた。立ち尽くしている私に、どうするの、と言わんばかりに子首をかしげる仔竜《あいぼう》に、小さく笑みを溢して、私は荷物を適当な場所に置いて、身動きひとつしない男のひとへと近付いた。
 静かにしゃがみ、顔の近くに手をやる。息はしている。呻いている様子もないし出血もないから、怪我の有無はわからないけど気絶しているだけに思えた。だとするならこんな場所ではなくベッドに寝かせて安静にさせた方が良いだろう。
 とはいえ、私じゃ運べそうにはない。引きずって歩くのは流石にいただけないし。
 即決して、頭上の仔竜あいぼうへと声をかける。

「リフ、レイン兄かグレン兄を呼んできてくれる?」
「キュ!」

 任せろ、と言わんばかりに返事をした子竜が、音もなく浮かび上がり、紋様のような羽を羽ばたかせながら森の奥へと突き進んで行く。
 その姿が見えなくなるまで見送って、立ち上がった私は、両手を腰にあてがい、息を吐いた。

「まったく、いろんな人が迷い込むもんだ」

 きっとあの人たちはそうしたものを引き寄せやすいんだろう。悪意から逃れるように人払いの呪いをかけながらも、そうではない存在には踏み入れることが不可能ではない、ちぐはぐに隠れ住んでいるような、どこまでもお人好しなひとたちだから。


 そんなことを思う私――アクアリア・レム・フェルメニアは、今では名を変えリリィ・クーリエとして元気に生きている。
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