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第1章

13.旅路の始まりは賑やかに不穏に

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 ウェインの言葉に聖奈セナは驚き目を瞬かせる。そのままじっと見詰めていると、彼はほんの少しだけたじろいだ。

「な、なんだよ……? 今になって案内はいりません、とは言い出したりするなよ?」
「え? そんなこと言わな、」
「はい、案内などいりません!」

 と、聖奈の言葉を遮ったのはアリシアだった。
 アリシアは僅かに頬を膨らませて眉をつり上げ聖奈とウェインの間に割って入り、ウェインの言葉をすげなく一蹴する。

「セナ様の事はわたしがエルリフまでご案内しますし、その先もずっとお傍で支えますからどうぞあなたはご自由にどこへでも行かれてください」
「ぬいぐるみも一緒とはいえ女の子の二人旅だなんて危険なこと、お兄さんは許しませんよ! しかもこんな森の奥! 何も起きないはずもなく!」
「人間であるあなたがいなければ何も起きませんし危険もありません」

 その何かや危険はウェイン自身に問題があるのか、人間であるウェインが魔族であるアリシアと行動を共にする事にあるのか、どちらなのだろうか。もしかしたらそのどちらもなのかもしれない。
 きっとアリシアは聖奈が思う以上に人間と神族による残忍な行為を目にしているのだろう。だからこそ彼女はウェインに対して警戒を緩めなかったし、結果として魔族を守ることになってもなお手放しで彼を信頼し心を開くことなく今もいる。
 それでも会話をしようとしているだけでも軟化はしているのだろう。少なくともアリシアはウェインに対して一定の敬意を示し、信用をしているようだから。
 そしてそれはおそらくウェインも似たようなものなのだろう。

「美少女が手厳しい……俺は清廉潔白で誠実な、いたって真っ当なイケメントレジャーハンターなのに!」
「泥棒が清廉潔白で誠実だとか真っ当だなんて聞いたことないです」
「だから俺は泥棒じゃないっての! 傷ついた~、傷ついたわ~! そこまで俺を嫌がる理由が人間だからって事なら、セナちゃんはどうなるんだよ?」

 ぶーぶー、と唇を尖らせながら不服を口にするウェインに、アリシアはぐっと言葉を詰まらせた。どうやらアリシアも聖奈が人間である、あるいは魔族ではないという認識はしているらしい。
 それは少し意外な気がして、けれどもアリシアは目を瞬かせ続ける聖奈の目の前でウェインへと眉をつり上げたまま、

「セナ様はいいんです! 泥棒のあなたが同じ扱いをされようだなんておこがましいですよ!」
「泥棒言うな! くそー、俺とセナちゃんの何が違うというのか……! 正直セナちゃんの格好とか見ない感じで怪しいぞ!?」
「なんたる言い草ですか! 素敵なお召し物じゃありませんか! それに先程からセナ様の呼び方が馴れ馴れしすぎると思うのですが!?」
「えー? これから一緒に旅するんだから他人行儀よりずっと良くね? そんなわけだから美少女ちゃんも敬語なんて使わずに! ついでに名前を教えてもらえたらありがたい!」
「お断りします! ご一緒なんてしないのですから名乗る名などありませんっ!」

 制服姿ってやっぱり珍しくて怪しいのかだとか名乗っても良いのではないかとか思うことはあるのだが、アリシアはどうにもウェインとの相性が悪いように見える。
 人間に対しての感情以前に打ち解けるにはかなりの時間がかかりそうだ。
 そう思いながら二人を見守っていたその時だ。

「セナよ」
「うん?」

 かけられた声に振り向くと、その先にはご機嫌ななめなルキフェルの姿。
 不機嫌な理由が先程肉球をぷにぷにしまくったからなのか、ウェインに対してなのか、それともどちらもなのか判断できずに首を傾げると、ルキフェルはウェインを指差した。どうやらこのぬいぐるみも彼が気に入らないらしい。

「本気でこの男に案内を頼む気か?」
「せっかくだしそのつもりだけど……ルキフェルも嫌?」
「当たり前であろう! このような気配が清らかすぎる人間と行動するなど拷問と等しいわ」

 嫌な理由がこれというのがなんとも言えないのだが。
 そんなに魔族は神聖な気配が苦手なのか。もっとも、信心深い魔族――というか悪魔というのはさすがに想像したくはないけれど。
 返す言葉に悩んでいると、ぬっと伸びてきた手がルキフェルの頭をずんむと掴んだ。

「何が拷問だって?」

 ルキフェルを鷲掴みしたのはウェインだった。
 ルキフェルとのやり取りが聞こえていたらしい彼は、目に見えて怒っていた。その言動も行動も表情も、アリシアに対してとは明らかに違う。

「貴様と共にいることだ、小僧。わかったら即刻、我の頭を掴むその汚らわしい手を離せ!」
「何様だぬいぐるみ、燃やすぞ。話には聞く魔族や魔女の類が連れて歩く使い魔とやらだとしても、偉そうにもほどがあんだろ!」
「ふん、己の中にある物差しでしか物事を推し量れんとはなんと嘆かわしい……否、下賤な小僧にはふさわしい考え方か」
「あっはははっ、コノヤロウ」

 途端にぐぐぐぐぐ、とルキフェルの頭を握り潰さん勢いで力を込めるウェインと、痛覚があるのが悲痛な叫びを上げるルキフェル。
 当人たちは気にしていないのかもしれないが、片や青年で、片や猫のぬいぐるみである。
 なんというか、おかしな光景だと思う。少なくとも動くぬいぐるみが非常識という認識をする聖奈にとっては、違和感しか感じられない。
 もっとも、そろそろ細かいことは気にしないほうがいいのかもしれない。何せこの世界は聖奈にとっていわゆる異世界というやつだ。聖奈にとって非常識でもこの世界では常識である事柄は、考えるよりもずっと多いのだろうから。
 聖奈は息を吐き出すと、ひとまずは目の前の言い合いを止めるべく眉をキッとつりあげた。

「二人共、喧嘩しないの! ウェインに案内を頼むのは決定だよ! 文句は一切受け付けません!」

 ほら離して、とウェインの手を軽く叩いてルキフェルを解放てもらい、仁王立ちで二人とアリシアを一瞥する。

「いや、だがセナ!」
「この方は泥棒さんですよ!?」
「文句は受け付けないって言ったよね?」
「ぐぅ……」
「うぅ……」

 納得がいかないといった様子で言い募ろうとしたルキフェルとアリシアを一蹴すると二人は不満げに唸ったが、聖奈は譲るつもりがない。
 何がどうしてなのかはわからないが、乗り気じゃなかった筈だというのにウェインは案内を買って出てくれたのだ。それを頼もうとしていた聖奈が断るのはあまりにも失礼だろう。
 両手を腰にあてがい、口を真一文字に結んでひとりひとりの顔を眺める。彼らは一様に押し黙り、それ以上の文句はないようだった。たとえあっても絶対に受け付けるつもりはないのだけれど。
 聖奈は満足してよし、とひとつ頷き、仁王立ちを解くとウェインを見上げた。

「それじゃあ、ウェイン。改めてエルリフまでの案内をお願いしてもいいかな?」
「ああ。もちろん、任せとけ!」

 言いながら微笑むと、目を瞬かせていたウェインは大きく頷き、笑う。

「そうと決まったら早く行くぞ。今日中に森を半分は超えないと……夜は歩けたもんじゃないからな」
「歩けたものじゃないって?」

 歩き出したウェインを追いかけるように歩き出しながら問いかけると、彼は肩越しに振り返りながら口を開いた。

「魔物が一番活性化するのが夜だからってのがひとつ。あとは、この森が入り組んでて単純に夜なんか歩けたもんじゃないからだな」

 ただでさえ同じような景色ばっかだっていうのに更に夜となれば無理だ、と表情を歪めて話すウェインには説得力があった。もしかしたら彼自身、この森で迷子になったことがあるのかもしれない。

「ふん、そんな人間が案内なぞ出来るのか、不安なものだな」
「冒険者ナメんなぬいぐるみ、マジで燃やすぞ。焚き火の中に投げ込むぞ?」
「……不安です」

 またも言い争い始める二人を見て、アリシアが溜息混じりに呟く。
 気持ちはわからないでもないし、おそらく止めても彼らはすぐにまた言い合いを始めるであろう姿が想像できて、聖奈は仲裁を諦めた。万が一酷い有様になるだとか、そんな事をしている場合じゃない時だけで良いのだろう。
 それよりも聖奈には気掛かりな事がある。

、か……」

 眉を顰めてぽつりと呟く。
 魔物――要は理緒が好んでいたゲームやアニメや漫画で出てくるようなモンスター、様々な姿をしたバケモノのことだろう。
 悪魔がいて天使がいて、魔法がある世界だ。ああした危険な生物がいるのだと知ったところで驚きはしないけれど。

「……私、生きていけるのだろうか」

 〈魔王〉と呼ばれたところで聖奈にはきっと、物語の中に描かれているような強大な力なんてない。少なくともそのようなものがあるという感覚もなく、強くなっただとかも感じない。
 もちろん都合よく魔物と戦う術なんてものもありはしない。さしあたって役立ちそうな知識もない。
 昨日はウェインやアリシアら魔族に守られていたし、何よりクロードが手加減をしてくれていたからこそ怪我一つなかったが、それは幸運だったに過ぎない。
 だからこの先の日々が怖い。大層な願いを抱いておきながら、無力にも程がある事実が歯痒くて腹立たしくもどかしい。
 ルキフェルに聞けば〈魔王〉としての力の有無や、あってもなくても魔法の使い方くらいは教えてもらえるだろうか。だが何にしても自在に操るまでには時間がかかるだろう。

 そうそう都合の良い事なんてあるわけないんだよなあ、とやけに冷静な自分が頭の中で囁く。
 楽観的にもいられない現実に、聖奈はほんの少しだけ憂鬱になった。



 * * *


 聖奈たちが森の中へと入っていく――その様子を見詰める人影がひとつあった。
 フードで目元も隠れ、表情も伺えない外套を纏った人物。

「あれは、誰だ……?」

 男のものである小さな声は、困惑の色を帯びていた。
 しかしそれ以上の動揺の様子はなく、彼は聖奈たちの背中をしばらく見詰め、やがて見えなくなると、

「……まあいい。数が増えても目的は変わらない」

 そう呟き歩き出す。ゆっくりとした足取りで聖奈たちを追うように、けれどもその姿も気配も紛れさせて森の中へと入っていく。


 〈魔の森〉とも呼ばれる森の木々は、不気味にざわめいていた。
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