異世界で皇太子妃になりましたが、何か?

黒豆ぷりん

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第一章 異世界へ

7.ティータイムその2

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ついに来た!

いよいよメインのお菓子がやってきた。
バターと砂糖と卵の焼けた香ばしいパイの香り。それに、シナモンと甘酸っぱいりんごの香りもする。

絶対これはアップルパイ!

侍従が、運んできたのは思った通り、アップルパイだった。たっぷりとドリュール(焼き菓子の艶を出すために卵黄を水で溶いたもの)が塗られた生地が、完璧な時間オーブンで焼かれている。こんがり、ツヤツヤの焼き色がついたパイが、これ以上はないほどふっくらパリッと焼きあがっている。中心角60度の大きさに切り分けられた扇形のパイが、白いお皿に盛りつけられ、目の前に置かれた。
切り目からはジューシーに煮詰められたりんごのフィリングが美しく顔を出している。

これを前にして我慢できる人はいるだろうか。いや、いない!

思わず、手を合わせて、

「いただきます!」

と言った私は、瞬時にナイフとフォークを手にした。
フォークをパイに当てると、サクッ!と軽やかな音をたてた。そのまま、フォークはす~っと柔らかなフィリングを経て底のパイ生地に到達。右手のナイフで、パリッ、パリッと音の立ててパイを一口分に切り分ける。

パクッ。

想像を一ミリも裏切らない、パイのパリッとした食感と柔らかいリンゴのフィリングの食感の対比。レモンの程よい酸味と、はちみつを加え、すっきり、あっさりした甘さになるよう煮詰められたりんごにシナモンの香りがアクセントとなり、もう一口と心をはやらせる。

気が付けば、私の皿はきれいに空っぽになっていた。ここの世界での、ティータイムは私の幸せタイムになるのは、間違いがない。

「君は本当に美味しそうに、幸せそうに食べるのだね」

はっ…!

思わずお菓子に心を奪われ、お菓子の世界へと入り込んでしまっていた!
微笑み、微笑み…

「オホホ…」

ひきつった笑顔が自分でも不気味だろうなと思う。慌てて、ハーブティーの入ったカップを手にした。

「久しぶりに楽しいティータイムを過ごすことができた。お菓子も気にいったようで何より。この後は、一緒に庭を散歩というのはいかがかな」

…思わず紅茶を吹き出しそうになった。
これはもしかして、いやもしかしなくても遠回しにデートのお誘い?

行く、行く・・行きます!!
口の中に入れていたお茶を吹き出さないように両手で必死に押さえ、窒息しそうになりながら私は全力で何度も頷いたのだった。
そんな私を見ながら、アルベルト皇太子殿下は

「ふっ、はははは…」

と、愉快そうに笑っていた。

「実に面白い。声を出して笑ったのはいつぶりかな?」

席を立った殿下は、ゆっくりと私の方に近づき、立ち上がるように目で合図し、絶妙のタイミングで私の椅子をひいた。立ち上がった私に微笑みかけてから、軽く膝を曲げ、右手を私の方に差し出した。

え!なに!どうしたらいいの!?

異世界に来たての私にマナーやルールが分かるはずもなく。私は今頼れる唯一の人物、レイラに思わず助けを求めて視線を投げた。

レイラはうなづいてから、手を置くようにと手振りした。殿下の白く細長い指が美しく揃えられた手の方に、小刻みに震える私の手を差し出そうとするのだが、なかなかうまくいかない。すると、その手を迎えるように、殿下はそっと私の手をとってくれた。

 手…つないだ!!

ドキドキドキドキ・・心拍数はきっと150以上にはねあがっているのではないだろうか。100メートル全力疾走後みたいに、酸素が欠乏し、口から心臓が飛び出そうだ。
殿下のコバルトブルーの瞳が、私を優しく見つめていた。

「リサ、そんなに緊張しなくてもいい。庭まで、一緒に走るかい?」

「は、は、はしるんですかぁ?」

殿下は、そう言うと、今まで見たことのないいたずらっぽい目になった。そして、私の手をギュッと握り、本当に走り出した。

「で、で、でんかぁ。私、ド、ド、ドレスなんですけどぉ」
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