異世界で皇太子妃になりましたが、何か?

黒豆ぷりん

文字の大きさ
上 下
3 / 36
第一章 異世界へ

3皇太子殿下の婚約者になりました

しおりを挟む
 グレンは相変わらず休日は街に出かけているらしい。

「視察も兼ねているからね。それに街のみんなの顔も見たいんだ」

 そんな風に言っていた。
 王様なのに、忙しいだろうに。ちゃんと街の空気を感じたいらしい。

 そう。街だ。

 アンフェールの好奇心がむくりと起き上がる。
 アンフェールは現在の街を知らない。古代竜エンシェントドラゴン時代の街なんて遥か昔だ。色々変わっているはずなのだ。
 精霊の目を通して街を見た事はあるけれど、それはあくまで精霊の目。
 見えるビジョンはふんわりぽやんなのだ。

 見たい。歩き回りたい。そしてグレングリーズが作った国を、グレンが治める国を知りたい。

 ぱぁぁぁぁっ、とアンフェールの夢の情景が花開く。

 これは崇高な目的なのだ。
 別に美味しいものが食べられるんじゃないかなんて微塵も思っていない。
 連れてってくれないだろうか。
 王弟だって視察してもおかしくないと思うのだ。

「兄上、私も街に行きたいです」
「駄目だ」

 秒で断られた。
 もっと、うーん、とか思い悩む間合いを入れてくれてもいいのに。

「私は外の世界を知りません。この国を支える者として、このままではいけないと思うのです」

 アンフェールは尤もらしい理由をひねり出した。王族ぶりっこだ。
 表情も真面目だ。
 こんなに真剣に国の事を考える弟を見たら、グレンも考えを改めると思うのだ。

 思った通り、グレンはうっとなった。
 グレンは真剣に国の事を考えている。だから弟の高い志を折る事はしないだろう。
 策士アンフェールはにやりと笑った。

「……私一人ではアンフェールを守りきれるか不安だ。護衛もつけていいなら相談してみよう」

 勝った。

 アンフェールの中の小さいアンフェールたちが拳を突き上げ、わ~わ~と勝鬨かちどきを上げた。



◇◇◇



「おっ、殿下、可愛いな!」
「ありがとうございます」

 エドワードが軽い調子で声を掛けてくる。
 離宮の馬車どまりには既にエドワードとロビンが待っていてくれた。

 本日の護衛はロビンとエドワードだ。
 ロビンはグレンの夜間護衛をしていただけあって、体術に関してはかなりのものらしい。
 エドワードも第二王子の閨係を目指した時点から体術を仕込まれたんだそうな。七年、かなり強くなったんだぞ、と自慢された。

 アンフェールは素のままだと目立って仕方がない。
 なので目立つ髪を隠し、『認識阻害』の魔道具を使って目立たないようにしている。

 『認識阻害』の魔道具は眼鏡だ。太古の時代から『認識阻害』と言えば眼鏡だ、という位定番の魔道具である。
 アンフェールと親しい者は顔を認識してしまうけれど、知らない者は認識できないという術が仕込まれている。

 髪の毛はシンプルにアップスタイルにして、帽子をかぶっている。側仕え達は可愛い髪形にしたいとウズウズしていたが、そこは抑えて貰った。
 ファッションは街中にいそうな平均オブ平均の少年の格好らしい。
 これでどこから見ても街の子にしか見えないのだ。

「エドワードとロビンの普通の恰好を初めて見ました」
「はは。様になってるだろ? でもロビンは目立つかもな」

 エドワードの言葉に、ロビンをまじまじと見てしまう。
 普段着を着ている壁だな、って思う。ロビンが側にいるだけで、アンフェールは全然目立たないだろう。

「すまない、待たせた」

 グレンがやって来た。
 ラフなシャツと簡素なパンツスタイルだ。それでも内側から品の良さがにじみ出ている。番びいきのスパイスを抜いても平民には見えない。
 カッコいい。
 アンフェールは見惚れてしまう。番はいついかなる時もカッコいいのだ。

 そんなアンフェールとは逆に、グレンはこちらを見て早々渋い顔をする。

「アンフェールの可愛さが、隠せていないと思うのだが……」
「兄上、認識阻害の魔道具を付けているのです。眼鏡なのですが」
「認識出来ているが……」
「親しい相手には効かないんですよ。だから兄上には分かってしまうのです」

 そう言っただけでグレンは途端に機嫌が良くなった。
 弟に親しいと言われただけで喜んじゃうなんて、本当に可愛い兄なのだ。

「本当は護衛であればギュンターに頼みたかったのだがな。今は忙しいらしい」

 グレンは今回の護衛が二人であることの説明をしてくれた。

 ギュンターが忙しい理由は、アンフェールが渡した証拠資料関係で動いているからだ。
 あちらはとても重要な事なので邪魔してはいけない。
 ぶっちゃけ何に襲われてもアンフェールは一人で対処できる。『護衛を付けた』というアリバイ用の護衛なら誰でもいい。

「でも、エドワードとロビンとお出かけできるのは嬉しいです!」

 アンフェールはギュンターに処々任せてしまっている分、彼をフォローしたくなってしまった。
 ギュンターが来られなかった結果、教会時代の仲良し二人と時間を共に出来るのだと、嬉しさを前面に出して伝えた。

「いやあ、そうですね! ダブルデートみたいだなぁ! 勿論俺の相手はロビンですよ!」

 何故か急にエドワードが音量高めにロビンとの仲を主張しだした。
 なんだろう。二人の仲が良いのは知っている。

 エドワードの方を向いていたグレンがこちらを向く。優しい微笑みを浮かべていた。

「……そうか、アンフェールと私がカップルか」
「兄上と仲良しなのは嬉しいです」

 ダブルデートごっこでも、カップルごっこでも嬉しい。
 グレンと顔を見合わせ、えへへ、と笑い合った。
 手を取ってくれる。
 アンフェールはグレンにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。




 馬車は街に向かいガタゴト走る。いつもと違う情景が車窓に流れるだけで随分刺激的だ。
 グレンは普段馬に乗り、街に行くらしい。
 馬に乗るグレンは精霊時代何度も見ている。絵本の王子様のようにカッコ良くて憧れてしまう。

 アンフェールも一回くらい乗ってみたい。

 アンフェールは前世でも今世でも馬に乗った事は無い。でも馬に『乗せて』ってお願いすれば乗れる気がする。
 しかし一度も乗った事が無い十四歳が急に乗馬が出来るのも不自然だ。
 だからいつも大人しく馬車に乗せられている。

「兄上、私も馬に乗ってみたいです」

 アンフェールは馬内のグレンに視線を移した。おねだりするよう、上目遣いだ。

「……一人で乗るのは危ない。二人で乗ろう」

 グレンはアンフェールの肩に腕を回した。

「いいのですか!」
「ああ。ちょっと先になるが纏まった休暇が取れる。その時に遠乗りをしてみようか」
「はい!」

 アンフェールは嬉しくなってしまった。
 グレンが纏まった休暇が取れると。しかもその時に遠乗りに連れていって貰えると。


 目の前のエドワードが「さりげなく次のデートの約束を成立させる手腕」と小さな声で呟いていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

処理中です...