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家臣
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直江与兵衛信綱は、長年謙信に仕えた直江大和守景綱の娘婿だ。
景綱は謙信が能登を攻めている時、亡くなった。
重臣たちが皆、歳を取り死んでいく。
取り次ぎ役として諸国を飛び回っていた山吉豊守も、病になりその任を外すと、肩の荷が降りたのか程なくして亡くなった。
武将の筆頭として景綱とともに、将兵らを統率してくれていた柿崎景家も既にいない。
謙信にとって初めての家臣といってよい本庄実乃も、死んではないが寝たきりで、立つことも出来ないらしい。
元気なのは北条高広ぐらいで、他の者は皆、老いていく。
死にゆく者もいれば、育っていく者もいる。
柿崎景家が亡くなれば、当然武将の筆頭は斎藤朝信になる。
かつて越後の鍾馗と呼ばれ、遊軍を率いて奇略を用いた朝信も今や五十過ぎ。
一軍の将ではなく全体を見渡せる大将として、留守を任せたり謙信の代わりに出陣させたりしている。
甘粕景持や本庄信繁らも、優秀な将になった。
ただ難点は新参の河田長親を嫌っている事だが、朝信がかつての景家の様に抑えているので、今のところ問題はない。
奉行の方は景綱の娘婿、信綱がいる。
景綱は別に、謀が得意な訳でもないかったし、商いに通じていた訳でもなったし、兵法に長けていた訳でもなかった。
当たり前の事を、当たり前にいう男だった。
そういう意味で、切れ者でも才人でもない、凡人であった。
しかし世の中の事は、大概当たり前の事が当たり前に起こる。
突飛な事は偶にしか起きない。
だから当たり前の事を当たり前に言って、当たり前にこなす景綱を、突飛なところのある謙信は重宝していた。
その景綱が見込んで婿に取った信綱は、景綱と同じように凡人だ。
生まれは関東の総社長尾家の出で、幼い頃、上杉憲政が越後に落ち延びた時に、共にやってきたのである。
年は三十手前で、まだ謙信にも遠慮があり献策するという事は無いが、舅と同じく当たり前のことを当たり前にこなしてくれる。
山吉豊守亡き後、他家との交渉ごとは儒学者の山崎専柳斎秀仙に任せている。
博識で弁が立ち、いかにも縦横家といった男だ。
交渉の腕、特に大国との駆け引きなら、豊守より優れている。
ただこういう手合い、儒学者や使僧という者は御家への忠義は無い。
あるのは大仕事を纏めたという、自負だけである。
その為、単純に上杉の得になるという事をする訳ではない。
今で言えば、それこそ古の唐土の蘇秦が為そうとした秦への合従の様な、織田包囲陣を己の手で築きたいという野心だけしか秀仙には無い。
がだその分を差し引いても、お釣りがくるくらい秀仙は優秀だ。
信綱の下には、若い連中がいる。
小姓上がりの安田能元、岩井信能などがいて、いずれは信綱の手足となって働くだろうと期待している。
川の流れは同じ様に見えて、流れているもの。人も家も同じだ。
家臣らも年老いた者は死んで、若い者が育ち、入れ替わっていく。
時は唯々、流れているのだ。
・・・・・・・。
己を手を見る。老いた手だ。
謙信ももう四十九。
よく考えてしまうのが、武田信玄が五十三で死んだこと。
自分もそろそろか・・・・・・。
ふっ、と笑う。
若かろうが老いようが同じ。
為すべき事を為すだけだ。
為せることで、為すべき事を為すだけだ。
それだけだ。
景綱は謙信が能登を攻めている時、亡くなった。
重臣たちが皆、歳を取り死んでいく。
取り次ぎ役として諸国を飛び回っていた山吉豊守も、病になりその任を外すと、肩の荷が降りたのか程なくして亡くなった。
武将の筆頭として景綱とともに、将兵らを統率してくれていた柿崎景家も既にいない。
謙信にとって初めての家臣といってよい本庄実乃も、死んではないが寝たきりで、立つことも出来ないらしい。
元気なのは北条高広ぐらいで、他の者は皆、老いていく。
死にゆく者もいれば、育っていく者もいる。
柿崎景家が亡くなれば、当然武将の筆頭は斎藤朝信になる。
かつて越後の鍾馗と呼ばれ、遊軍を率いて奇略を用いた朝信も今や五十過ぎ。
一軍の将ではなく全体を見渡せる大将として、留守を任せたり謙信の代わりに出陣させたりしている。
甘粕景持や本庄信繁らも、優秀な将になった。
ただ難点は新参の河田長親を嫌っている事だが、朝信がかつての景家の様に抑えているので、今のところ問題はない。
奉行の方は景綱の娘婿、信綱がいる。
景綱は別に、謀が得意な訳でもないかったし、商いに通じていた訳でもなったし、兵法に長けていた訳でもなかった。
当たり前の事を、当たり前にいう男だった。
そういう意味で、切れ者でも才人でもない、凡人であった。
しかし世の中の事は、大概当たり前の事が当たり前に起こる。
突飛な事は偶にしか起きない。
だから当たり前の事を当たり前に言って、当たり前にこなす景綱を、突飛なところのある謙信は重宝していた。
その景綱が見込んで婿に取った信綱は、景綱と同じように凡人だ。
生まれは関東の総社長尾家の出で、幼い頃、上杉憲政が越後に落ち延びた時に、共にやってきたのである。
年は三十手前で、まだ謙信にも遠慮があり献策するという事は無いが、舅と同じく当たり前のことを当たり前にこなしてくれる。
山吉豊守亡き後、他家との交渉ごとは儒学者の山崎専柳斎秀仙に任せている。
博識で弁が立ち、いかにも縦横家といった男だ。
交渉の腕、特に大国との駆け引きなら、豊守より優れている。
ただこういう手合い、儒学者や使僧という者は御家への忠義は無い。
あるのは大仕事を纏めたという、自負だけである。
その為、単純に上杉の得になるという事をする訳ではない。
今で言えば、それこそ古の唐土の蘇秦が為そうとした秦への合従の様な、織田包囲陣を己の手で築きたいという野心だけしか秀仙には無い。
がだその分を差し引いても、お釣りがくるくらい秀仙は優秀だ。
信綱の下には、若い連中がいる。
小姓上がりの安田能元、岩井信能などがいて、いずれは信綱の手足となって働くだろうと期待している。
川の流れは同じ様に見えて、流れているもの。人も家も同じだ。
家臣らも年老いた者は死んで、若い者が育ち、入れ替わっていく。
時は唯々、流れているのだ。
・・・・・・・。
己を手を見る。老いた手だ。
謙信ももう四十九。
よく考えてしまうのが、武田信玄が五十三で死んだこと。
自分もそろそろか・・・・・・。
ふっ、と笑う。
若かろうが老いようが同じ。
為すべき事を為すだけだ。
為せることで、為すべき事を為すだけだ。
それだけだ。
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