上 下
155 / 167

  浅倉滅亡

しおりを挟む
 厄介な事だ・・・・・。
 謙信は悩む。
 能登を取られる訳にはいかない。
 だが織田と事を構えたくない。

 第一にその勢いの事もあるが、近頃その謀(はかりごと)の手腕を目にして、謙信はそう強く思った。

 武田勝頼との戦さを前に、織田は越前の浅倉家を滅ぼした。
 浅倉家は攻め込まれる前から、家中で派閥闘争があり、織田が攻めてくると、次々と寝返る者が出た。
 そして最期は、当主義景が従兄弟であり筆頭家老の景鏡を頼ってその居城に逃げたところ、その景鏡が裏切り首を刎ねられてしまったのだ。

 こうして越前は織田の支配下になった。

 しかしここで信長は、奇妙な手を打つ。
 浅倉景鏡たち浅倉の旧臣は、織田の譜代の重臣が代官としてやって来て、自分たちはそれに仕える事になるだろうと、考えていたはずだ。
 普通に考えればそうだ。
 その織田の代官に媚を売り、心証を良くしておけば、自分たちは安泰だと景鏡たちは思っていただろう。
 だからこそ浅倉の家を絶やさない為に、義景とその嫡子の首を織田に差し出したのだ。

 しかし信長はそうしなかった。
 国主として越前を任せたのは、織田譜代の重臣でもなければ景鏡ら浅倉の一門でも無い、前波吉継という男だ。


 前波吉継は元々、浅倉の家臣であった。
 そして浅倉の家臣で、最初に浅倉を裏切った男である。
 何故吉継が浅倉を裏切ったかと言えば、それは軽輩で部屋住の次男坊だったからである。
 兄が戦さで討ち死にして家督は継いだが、甥がいるのでその繋ぎだと一族のものに言われて、その上、領地は少ない。
 浅倉にいたところで先はない、ならいっそ、と織田に走ったのである。

 地侍において、忠義はその領地の大きさによる。
 主君に大きな領地を認められれば、それだけ忠義も厚くなる。
 逆に領地が小さければ、忠義も薄くなる。
 だから吉継は、浅倉を裏切ったのだ。軽輩だから裏切ったのだ。

 そんな男が自分たちの上役になる。
 景鏡たちには、受け入れ難い事だ。
 かつて歯牙にも掛けなかった相手、もっと言えば微禄の家の次男坊など、景鏡からすれば顔すら知らない相手だろう。
 そんな相手に仕える事など、到底出来ない。
 
 そこで一計案じる。

 信長は大阪の門徒と戦っている。
 門徒は加賀にもいる。
 彼らを引き込み、戦さのどさくさに紛れ、密かに吉継を亡き者にしようというのだ。
 この策、半ば上手くいった。門徒は見事に吉継を討ち取ったのだ。
 しかし誤算だったのは、その刃が景鏡たちにも向いたことだ。

 加賀の門徒の中に、堀江景忠という男がいた。
 元々は浅倉の家臣で、越前を追放されたのだ。
 追放したのは当主の義景だが、そう仕向けたのは景鏡だった。
 その事を景忠が忘れる訳がない。門徒を率いて景鏡に襲い掛かったのだ。

 吉継、景鏡を討ち取っても、門徒の勢いは収まらない。次々と浅倉の旧臣らを誅殺していく。
 旧臣らは織田に助けを求めるが、上方の戦さが忙しいと応じない。
 そして結局、浅倉の旧臣らは皆殺しにあう。
 
 そうして門徒の支配する所となった越前を、織田は改めて攻める。
 浅倉の旧臣たちとの戦いで疲弊した門徒に、織田と戦う力はない。
 門徒は一掃され、越前は織田のものとなった。
 その越前に、信長は織田の柴田勝家と家老を置く。
 
 死んだ景鏡たちからすれば、最初から勝家を置いてくれと思っただろう。
 だがそこが信長の策なのだ。

 もし初めから勝家を置き、その下に景鏡らを仕えさせれば、織田が危機になった時、景鏡らは織田を裏切るだろう。
 何故なら一度、主家を裏切っているのだ。織田を裏切る事になんの躊躇もない。
 だからといって、主家を裏切り自分たちに従った者を、お前たちは再び裏切るだろう、と言って処刑するわけにもいかない。
 そんな事をすれば、これから戦う相手の家臣が織田に裏切ろうとしても、どうせ信長は裏切り者を許さず処刑するのだと、織田に寝返ることが無くなる。

 あくまで信長が処刑するのでは無く、他の者に殺させ、何も無くなった土地を譜代の家臣に与える。
 まったく見事な策だ。



 謙信はこれを信長の策ではないと見ている。

 桶狭間の戦さの後、信長は駿河遠江に攻める事が出来なかった。
 また隣国美濃を落とすのに、十年も掛かっている。

 信長は戦さ強い。運も良い。
 しかし謀(はかりごと)はそれほどでもない。
 だが美濃を落として、足利公方義昭を奉じて上洛する頃から、少しずつ変わり始めている。
 そして信玄が没した後になると、特にその手腕が優れてきた。

 おそらく信長の家臣の中で、美濃を落とした頃に配下に加わり、信玄が死んだ後くらいに重臣になった者がおり、その者かなりの切れ者だということだ。
 その切れ者の策を信長が取り上げ、浅倉の旧臣を始末したのだ。

 恐ろしいと謙信は心底思うし、その謀の牙がこちらに向かうのはよろしくない。

 謙信の上杉家も、浅倉ほどではないが内部に対立を抱えていた。
 まずどこの家でもそうだが、譜代の家臣とと新参の者との対立がある。
 譜代の甘粕景持らが、新参で謙信の寵臣である河田長親を嫌っているのだ。
 そしてそれ以上に厄介なのが、一度謙信を裏切った本庄繁長と、同じ揚北衆の中条藤資と鮎川盛長らの対立である。
 謙信は繁長をお咎めなしにしたが、藤資らは納得していない。
 同じ揚北衆の色部勝長は、繁長の夜襲で受けた傷が元で亡くなっている。
 当然、繁長の領地を没収すべきだと訴えているのを、謙信は押さえつけている。
 
 他にも上杉家中に、争いの火種は幾らでもある。
 そこを信長に仕えている切れ者の軍師に突かれれば、あっさりと崩壊するだろう。

 出来れば信長と事を構えたくない。
 しかし相手は待ってくれない。弱腰を見せれば、そこを漬け込まれる。
 ここは能登を取って迎え撃つしかない。
 
 謙信は能登攻めを敢行する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~

花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。 この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。 長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。 ~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。 船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。 輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。 その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。 それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。 ~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。 この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。 桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...