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  鬼小島

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 霧の中を、一直線に越後勢は進んでいく。
 策も何もない。唯々、駆ける。

 人影が見える。
「敵襲、敵襲だ」
「防げ、防げ」
 敵兵の声が響く。
 流石に見張りは立てていた様で、こちらの攻撃に対し、迎撃の構えをみせる。

 しかし無駄だ。
 政虎は一万三千の兵のうち、三千を甘粕景持に任せ、妻女山の守りつかせた。
 対する武田は、初め海津城に三千、そして後詰めである信玄の本隊が一万七千なので、全軍で二万ほどだ。
 その二万のうち幾らかを、別働隊として妻女山の裏手に回している。
 政虎の読みでは、この辺りの土地に詳しい、海津城詰めの三千が回っているだろう。
 海津城にも二、三千は残しているはずだ。

 こちらが一万で、相手は一万五千というところ。
 兵は敵の方が多い。
 
 しかしこちらにはまず、敵の策を見抜いたという勢いがある。
 その勢いのまま、攻めかかっているのだ。
 それがまず利だ。
 そしてそれ以上の利が、政虎の方にはある。

 先陣は柿崎景家の部隊。
 しかしその更に前に一騎、ものすごい勢いで駆けていく者がいる。

 小島弥太郎貞興だ。

 命じたわけではない。許したわけでもない。
 それでも当然として、貞興は一騎駆けしている。

 うわぁあああああ、と言う雄叫びと共に、小島貞興が武田勢に襲いかかる。
「防げ」
 大量の矢と槍衾が、貞興に向かう。
 しかしそんなもの関係ない。
 ふんと、貞興が槍を振るえば、その全てが跳ね飛ばされる。

 おのれ、と一人の大柄の武者が、貞興を迎え撃とうした。
 しかし貞興が槍を振るうと、武者の槍ごと、胴が真っ二つになる。
 くそ、抑えろ、と幾人もの武者が貞興に向かう。
 だが貞興が槍を振るう度、次々と武者が跳ね飛ばされる。

 そして縦横無尽に、武田の陣を引き裂いていく。

 政虎は己の軍が野戦において、天下無敵だと思っている。
 なぜなら小島貞興がいるからだ。
 一騎当千、万夫不当の小島弥太郎貞興がいれば、どんな敵にも勝てる。
 弥太郎がいるから、越後の鬼がいるから、自分は無敵なのだ。
 無敵の上杉政虎なのだ。



 
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