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  山鳥毛一文字

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「なら、なんの役に立つ」
 景虎が尋ねると、加藤段蔵は不敵に微笑む。
「物や会話を盗んで参ります」
 大きな目で景虎を見つめながら、その方が役にたつでしょう、と段蔵は告げる。
 その通りだ。
 会話を盗む、諜報は確かに役に立つ。
 
 しかし・・・・・。
「此奴、本当に役に立つのか?」
 景虎は業正に尋ねる。
「腕は確かです」
「そうは見えぬが」
 景虎の言葉に、それは心外、と段蔵は言う。
「ではこうしましょう」
 段蔵は長い顎を、景虎に向ける。
「これより拙者、越後に向かい、お城に忍びこみ、何か宝を一つ盗んで参ります」
「わしの城から盗むのか?」
「ただ盗むのではございませぬ」
 景虎の言葉を無視して、段蔵は続ける。
「お殿さまは城に使いを送り、これこれの物を、この日に、加藤段蔵なる忍びが盗みに行くので、用心するようにと、城の者に命じておくのです」
 ほぉ、と景虎は声を上げる。
「盗む日取りも決めるのか?」
「ええっ、構いませぬ」
「面白い、わかった」

「すぐに使いを春日山に送れ」
 景虎は側に控える山吉豊守に命じる。
「加藤段蔵なる忍びが、これより二十日後に、姫鶴、いや山鳥毛一文字を盗むので用心しておけと伝えろ」
 春日山の留守は、いつもの様に義兄長尾政景に任せている。そして諸事の事は家老の直江景綱の仕事だ。
「よろしいのですか?」
 豊守は少し呆れた顔で、景虎に問う。
 構わぬ、と景虎は応える。

 景虎には秘蔵の愛刀が四振りある。
 小豆長光、姫鶴一文字、五虎退、そして山鳥毛一文字だ。

 この中で小豆長光と姫鶴一文字は、家中で一番の目利きである竹俣慶綱を上方そして備前に遣わし、大枚を叩いて買い求めたものだ。
 二振りとも切れ味鋭いまさに名刀で、特に小豆長光の方を景虎は気に入り、常に佩刀している。
 残りの二振りは下賜されたもので、五虎退は足利公方義輝から、山鳥毛一文字は上杉憲政から賜ったのだ。

 山鳥毛一文字と鶴姫一文字は備前の福岡一文字の作で、さすが一文字というほど刃紋が美しい。
 美しすぎて使う事が出来ず、蔵にしまったままだ。

 豊守が気にするのも当然だ。
 こんな戯言の為に、憲政から賜った物を使うなど、無礼に当たる。
 だがこれで、城にいる者、特に蔵の警備を任されている山岸貞臣は、警戒を厳重にするはずだ。
「盗まれれば一大事、だから良いのよ」
 景虎はニヤリと微笑み、段蔵を見る。
「段蔵、見事、山鳥毛一文字を盗み、わしのところへ持って来い」
 ハハッ、と段蔵は頭を下げる。
「盗むのは二十日後だぞ、遅くても早くてもならぬ、良いな?」
 景虎が念を押すと、ニヤリと微笑み、
「承った」
 と段蔵は応えた。
 

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