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近衛前久
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「その北条の左衛門大夫というのは、川越の戦さで名を上げた地黄八幡であるか?」
はい、と景虎は頷く。
「それで如何、致した?」
「誘いをかけましたが、武田の左馬助(武田信繁)、北条の左衛門大夫(北条綱成)、いずれも出てきませぬ」
「うむ」
「そうしていると信玄入道めは、自ら兵を率い背後に回り込もうとしたのです」
「ほぉ、それで」
「すぐに兵を引き、上野原という地で向かい打ちました」
「大い戦さになったか?」
いえ、と景虎は首を振る。
「信玄入道は臆病者、すぐに甲斐に逃げ帰りました」
ハハハハッ、と若者は笑う。
この若者は近衛前久と言う。
立派な公家だ。
関白左大臣で、藤原氏の長者。立派どころか、公家で一番偉い男だ。
年は二十歳そこそこ、色が黒く精悍な顔付きをしている。
摂関家筆頭の近衛家の嫡子に生まれたにもかかわらず、前久は鷹狩りや馬の遠駆けを好み、普通の公家は色白が当たり前なのに、真っ黒に日に焼けている。
足利公方義輝と馬が合い、景虎の事を義輝から聴き、それで呼び出して戦さの話をさせているのだ。
「信玄入道も情けないなぁ」
「あの者は、孫子の兵法を好んでおります」
ほぉ、と前久は呟く。
ここは前久の屋敷で、御簾も無く、正面から景虎を見してる。
「孫子の兵法曰く、戦って勝つのは下策だと」
淡々と景虎は告げる。
「戦わずに謀(はかりごと)で勝つのが、上策であると」
「それで・・・・?」
「それで信玄入道は、平時に謀を巡らし、いざ戦さになると、あまり戦わぬのです」
「卑劣な奴だな」
「そうですなぁ・・・・」
だがそれが実際の、侍の戦さだ。
景虎も信玄は卑劣だとは思うが、仕方ないとも認めている。
「越後に戻れば、また武田や北条と戦さをするのか?」
はい、そうです、と景虎は頷く。
ヨシ、と前久は膝を叩く。
「わしもついて行こう」
「・・・・・・・えっ?」
意味が分からず、景虎は目を丸くする。
「わしも越後に付いて行って、戦さ見物をしよう」
「いや、その・・・・・」
景虎は戸惑う。
「関白さまが、そのような・・・・・京から離れるなど・・・・」
よいよい、と前久は顔を歪める。
「どうせ京にいても、三好の顔色を伺っておるだけじゃ」
吐き捨ている様に前久が言う。
まぁ、そうであろうが、それでも関白なのだから、京にいるべきだ。それが務めだ。
「行くと決めたのじゃ」
そう言って、前久は立ち上がる。
は、はぁ、と景虎は頭を下げる。
近衛前久と足利義輝は同い年で仲が良いと言う話だ。
しかし本当は、少し違うのかも知れない。
前久の方が少し、いやかなり軽薄だ。関白という地位にありながら、京を離れると言い出す、身勝手さ無責任さがある。
その無責任さ、自由奔放さを、義輝は半ば呆れ、半ば羨んでいるのかもしれない。
義輝も将軍職を捨て、京を離れ、大好きな兵法を磨くため、武者修行が出来るならやっていただろう。
しかし義輝の責任感が、それをさせないのだ。
自分が出来ぬことをやってしまう前久に、呆れと好意を持つのだろう。
景虎は苦笑し、承知しました、と答える。
この自由奔放な関白を、景虎も半ば呆れ、そして好ましくも思う。
こうして景虎は、美童の河田岩鶴丸と、自由奔放な関白近衛前久を連れて、越後に戻る。
はい、と景虎は頷く。
「それで如何、致した?」
「誘いをかけましたが、武田の左馬助(武田信繁)、北条の左衛門大夫(北条綱成)、いずれも出てきませぬ」
「うむ」
「そうしていると信玄入道めは、自ら兵を率い背後に回り込もうとしたのです」
「ほぉ、それで」
「すぐに兵を引き、上野原という地で向かい打ちました」
「大い戦さになったか?」
いえ、と景虎は首を振る。
「信玄入道は臆病者、すぐに甲斐に逃げ帰りました」
ハハハハッ、と若者は笑う。
この若者は近衛前久と言う。
立派な公家だ。
関白左大臣で、藤原氏の長者。立派どころか、公家で一番偉い男だ。
年は二十歳そこそこ、色が黒く精悍な顔付きをしている。
摂関家筆頭の近衛家の嫡子に生まれたにもかかわらず、前久は鷹狩りや馬の遠駆けを好み、普通の公家は色白が当たり前なのに、真っ黒に日に焼けている。
足利公方義輝と馬が合い、景虎の事を義輝から聴き、それで呼び出して戦さの話をさせているのだ。
「信玄入道も情けないなぁ」
「あの者は、孫子の兵法を好んでおります」
ほぉ、と前久は呟く。
ここは前久の屋敷で、御簾も無く、正面から景虎を見してる。
「孫子の兵法曰く、戦って勝つのは下策だと」
淡々と景虎は告げる。
「戦わずに謀(はかりごと)で勝つのが、上策であると」
「それで・・・・?」
「それで信玄入道は、平時に謀を巡らし、いざ戦さになると、あまり戦わぬのです」
「卑劣な奴だな」
「そうですなぁ・・・・」
だがそれが実際の、侍の戦さだ。
景虎も信玄は卑劣だとは思うが、仕方ないとも認めている。
「越後に戻れば、また武田や北条と戦さをするのか?」
はい、そうです、と景虎は頷く。
ヨシ、と前久は膝を叩く。
「わしもついて行こう」
「・・・・・・・えっ?」
意味が分からず、景虎は目を丸くする。
「わしも越後に付いて行って、戦さ見物をしよう」
「いや、その・・・・・」
景虎は戸惑う。
「関白さまが、そのような・・・・・京から離れるなど・・・・」
よいよい、と前久は顔を歪める。
「どうせ京にいても、三好の顔色を伺っておるだけじゃ」
吐き捨ている様に前久が言う。
まぁ、そうであろうが、それでも関白なのだから、京にいるべきだ。それが務めだ。
「行くと決めたのじゃ」
そう言って、前久は立ち上がる。
は、はぁ、と景虎は頭を下げる。
近衛前久と足利義輝は同い年で仲が良いと言う話だ。
しかし本当は、少し違うのかも知れない。
前久の方が少し、いやかなり軽薄だ。関白という地位にありながら、京を離れると言い出す、身勝手さ無責任さがある。
その無責任さ、自由奔放さを、義輝は半ば呆れ、半ば羨んでいるのかもしれない。
義輝も将軍職を捨て、京を離れ、大好きな兵法を磨くため、武者修行が出来るならやっていただろう。
しかし義輝の責任感が、それをさせないのだ。
自分が出来ぬことをやってしまう前久に、呆れと好意を持つのだろう。
景虎は苦笑し、承知しました、と答える。
この自由奔放な関白を、景虎も半ば呆れ、そして好ましくも思う。
こうして景虎は、美童の河田岩鶴丸と、自由奔放な関白近衛前久を連れて、越後に戻る。
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