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  晴景

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「勝手なことをしおって」
 青白い顔を震わせ、長尾晴景が言う。

 黒田秀忠を討ち取り、堂々と春日山城に戻った景虎を、晴景は呼び付ける。
「和泉守とは、和睦を進めていたのじゃ」
「奴が従うわけがございませぬ」
「それはお前が、攻めたからじゃ」
「和泉守は、我ら兄弟の仇にございます」
 黙れ、と晴景は怒鳴る。

 そしてぜいぜいひゅうひゅうと、息をする。
 興奮すると、病で呼吸が出来なくなるらしい。
「・・・・・・・平三」
 息をなんとか整え、晴景が告げる。
「お前は弟である前に、家臣じゃ」
 血走った目で、晴景は睨む。
「勝手なことをするな、家中の示しがつかぬ」
 家中の示しなど、とうに付いておりませぬよ、と思いながら景虎は、青白い顔の兄を眺める。
「蟄居を命じる」
 胸を押さえ、はぁああと一つ息をして、晴景は続ける。
「城で大人しゅうしておれ」
 黙って頭を下げ、晴景の前から退がる。


 蟄居を命じられ、景虎は部屋に閉じ籠もった。
 何度か本庄実乃が会いに来たが、会わずに追い返した。
 金津義旧が日に二度、食事を運んで来るが、口は利かないでいる。

 部屋の中で、ジッと考えた。
 色々なことを考えた。

 何度も思い出すのが、黒田秀忠の事だ。
 小島貞興に討ち取られる前、最期一度、景虎の方を見た。
 何を意味するのか、それを考えていた。

 父為景が認めた武者が、最期に景虎を見て、何を思ったのか?
 それを毎日考えた。

 景虎は秀忠の妻子を、処刑しようとした。
 実乃が止めなければ、間違いなく斬ってた。
 斬っていれば、秀忠は景虎を恨んでいただろう、許さなかっただろう。
 しかし認めた筈だ。
 主君として侍として、為すべき事を為したと思っただろう。

 現に晴景が妻子を引き渡した後、秀忠は再び謀叛に走った。
 そして晴景の事を無視して、景虎に向かって来た。

 秀忠は気骨の勇士だから、寛容には従わない。
 そう実乃は言った。
 武士は力に従う。そうも実乃は言った。
 侍は認めた物に従う。義旧はそう言った。

 晴景は秀忠に、妻子を返す事で寛容を示した。
 しかしそれを秀忠は、弱腰と見た。
 そしてそれは秀忠が正しかった。なぜなら晴景は弱腰だからだ。

 寛容とは、強者が見せて初めて寛容なのだ。
 力無き寛容は、それは弱腰だ。
 晴景の弱腰に、秀忠は従わなかった。
 そしてそれは、秀忠だけでは無い。
 越後の国衆地侍、そして・・・・・。

 多くの者が、晴景を認めていない。
 認めていない者に、侍は従わない。
 侍の世なのだ、乱世なのだ。
 ジッと景虎は目を閉じる。
 この乱世で、己は何を為すべきなのか・・・・・・。
 
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