11 / 167
晴景
しおりを挟む
「勝手なことをしおって」
青白い顔を震わせ、長尾晴景が言う。
黒田秀忠を討ち取り、堂々と春日山城に戻った景虎を、晴景は呼び付ける。
「和泉守とは、和睦を進めていたのじゃ」
「奴が従うわけがございませぬ」
「それはお前が、攻めたからじゃ」
「和泉守は、我ら兄弟の仇にございます」
黙れ、と晴景は怒鳴る。
そしてぜいぜいひゅうひゅうと、息をする。
興奮すると、病で呼吸が出来なくなるらしい。
「・・・・・・・平三」
息をなんとか整え、晴景が告げる。
「お前は弟である前に、家臣じゃ」
血走った目で、晴景は睨む。
「勝手なことをするな、家中の示しがつかぬ」
家中の示しなど、とうに付いておりませぬよ、と思いながら景虎は、青白い顔の兄を眺める。
「蟄居を命じる」
胸を押さえ、はぁああと一つ息をして、晴景は続ける。
「城で大人しゅうしておれ」
黙って頭を下げ、晴景の前から退がる。
蟄居を命じられ、景虎は部屋に閉じ籠もった。
何度か本庄実乃が会いに来たが、会わずに追い返した。
金津義旧が日に二度、食事を運んで来るが、口は利かないでいる。
部屋の中で、ジッと考えた。
色々なことを考えた。
何度も思い出すのが、黒田秀忠の事だ。
小島貞興に討ち取られる前、最期一度、景虎の方を見た。
何を意味するのか、それを考えていた。
父為景が認めた武者が、最期に景虎を見て、何を思ったのか?
それを毎日考えた。
景虎は秀忠の妻子を、処刑しようとした。
実乃が止めなければ、間違いなく斬ってた。
斬っていれば、秀忠は景虎を恨んでいただろう、許さなかっただろう。
しかし認めた筈だ。
主君として侍として、為すべき事を為したと思っただろう。
現に晴景が妻子を引き渡した後、秀忠は再び謀叛に走った。
そして晴景の事を無視して、景虎に向かって来た。
秀忠は気骨の勇士だから、寛容には従わない。
そう実乃は言った。
武士は力に従う。そうも実乃は言った。
侍は認めた物に従う。義旧はそう言った。
晴景は秀忠に、妻子を返す事で寛容を示した。
しかしそれを秀忠は、弱腰と見た。
そしてそれは秀忠が正しかった。なぜなら晴景は弱腰だからだ。
寛容とは、強者が見せて初めて寛容なのだ。
力無き寛容は、それは弱腰だ。
晴景の弱腰に、秀忠は従わなかった。
そしてそれは、秀忠だけでは無い。
越後の国衆地侍、そして・・・・・。
多くの者が、晴景を認めていない。
認めていない者に、侍は従わない。
侍の世なのだ、乱世なのだ。
ジッと景虎は目を閉じる。
この乱世で、己は何を為すべきなのか・・・・・・。
青白い顔を震わせ、長尾晴景が言う。
黒田秀忠を討ち取り、堂々と春日山城に戻った景虎を、晴景は呼び付ける。
「和泉守とは、和睦を進めていたのじゃ」
「奴が従うわけがございませぬ」
「それはお前が、攻めたからじゃ」
「和泉守は、我ら兄弟の仇にございます」
黙れ、と晴景は怒鳴る。
そしてぜいぜいひゅうひゅうと、息をする。
興奮すると、病で呼吸が出来なくなるらしい。
「・・・・・・・平三」
息をなんとか整え、晴景が告げる。
「お前は弟である前に、家臣じゃ」
血走った目で、晴景は睨む。
「勝手なことをするな、家中の示しがつかぬ」
家中の示しなど、とうに付いておりませぬよ、と思いながら景虎は、青白い顔の兄を眺める。
「蟄居を命じる」
胸を押さえ、はぁああと一つ息をして、晴景は続ける。
「城で大人しゅうしておれ」
黙って頭を下げ、晴景の前から退がる。
蟄居を命じられ、景虎は部屋に閉じ籠もった。
何度か本庄実乃が会いに来たが、会わずに追い返した。
金津義旧が日に二度、食事を運んで来るが、口は利かないでいる。
部屋の中で、ジッと考えた。
色々なことを考えた。
何度も思い出すのが、黒田秀忠の事だ。
小島貞興に討ち取られる前、最期一度、景虎の方を見た。
何を意味するのか、それを考えていた。
父為景が認めた武者が、最期に景虎を見て、何を思ったのか?
それを毎日考えた。
景虎は秀忠の妻子を、処刑しようとした。
実乃が止めなければ、間違いなく斬ってた。
斬っていれば、秀忠は景虎を恨んでいただろう、許さなかっただろう。
しかし認めた筈だ。
主君として侍として、為すべき事を為したと思っただろう。
現に晴景が妻子を引き渡した後、秀忠は再び謀叛に走った。
そして晴景の事を無視して、景虎に向かって来た。
秀忠は気骨の勇士だから、寛容には従わない。
そう実乃は言った。
武士は力に従う。そうも実乃は言った。
侍は認めた物に従う。義旧はそう言った。
晴景は秀忠に、妻子を返す事で寛容を示した。
しかしそれを秀忠は、弱腰と見た。
そしてそれは秀忠が正しかった。なぜなら晴景は弱腰だからだ。
寛容とは、強者が見せて初めて寛容なのだ。
力無き寛容は、それは弱腰だ。
晴景の弱腰に、秀忠は従わなかった。
そしてそれは、秀忠だけでは無い。
越後の国衆地侍、そして・・・・・。
多くの者が、晴景を認めていない。
認めていない者に、侍は従わない。
侍の世なのだ、乱世なのだ。
ジッと景虎は目を閉じる。
この乱世で、己は何を為すべきなのか・・・・・・。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
まぼろし藤四郎 鍛治師よ、なぜ君はふたつとない名刀の偽物を鍛ったのか
西紀貫之
歴史・時代
鍛治師よ、なぜ君はふたつとない名刀の偽物を鍛ったのか。
秀吉秘蔵の刀蔵に忍者が忍び入り、討たれる。
その手には名刀『一期一振』――その偽物。ふたつとない名刀を再現し、すり替えようと画策した者は誰か。また、その狙いは。
隠密、柳生宗章は越後へと飛ぶ。迎え撃つは真田ゆかりの忍者、佐助。
豪傑剣士と希代の忍者の戦いをお楽しみください。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――
富嶽を駆けよ
有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★
https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200
天保三年。
尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。
嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。
許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。
しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。
逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。
江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。
でんじゃらすでございます
打ち出の小槌
歴史・時代
あらすじ
ときは、天正十年、の六月。
たまたま堺にきていた、出雲の阿国とその一座。それがまきこまれてゆく、冒険の物語。
ことのおこりは、二年に一度、泉州の沖にある島の山寺で、厄祓いにみたてた、風変わりな荒行(ひとは、それをぶちりと呼んでいる)がおこなわれる。
それが、こたび島の荒行では、ほとんどのひとが戻らなかった。やがて、うわさがささやかれた。
この荒行は、なにかある。
呪われておる。もののけがおる。闇から死人が、おいでおいでする。
人々は怖れた。
寺は、これを鎮め、まさに島の厄祓いをするために、ひと集めをはじめた。
かつて、阿国一座にいた鈴々という、唐の娘が、そのひと集めにいってしまったことから、事件に阿国と、その仲間達が巻き込まれてゆく。
はたして、島では、景色を自在に操るもののけ、唐のキョンシーらしきもの、さらに、心をのぞける、さとりや、なんでも出来るという、天邪鬼らが現れ、その戦いとなります。
時代劇ではお馴染みの、霧隠才蔵や、猿飛も登場します。
どういう、展開となるか、お楽しみください。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる