冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. 命知らずと騎士の愛①

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「おい、アズユール。」

学園の廊下で、背後からの声に振り向くとプラチナブロンドの髪が目に飛び込んできた。
目が隠れそうなほど長い前髪。後ろ髪はきゅっと小さく一つに結ばれている。

「やあ、グルーズ。」

少し早足で近づいてきたその子が声をかけてきたことに、僕はいささか驚いて戸惑ってしまう。
光の属性魔法学のクラスで、もう2年も一緒だというのに。僕は彼と一度も言葉を交わしたことがなかった。それどころか彼は大体いつも一人で本を読んでいるし、僕以外の子ともあまり親しくしているところを見たことがない。
そんな彼が、僕に一体何の用があるのだろう。

目の前まで来たグルーズは、無言のまま僕の左手首をとった。
その意外性に驚く僕をよそに、彼は険しい顔のままじっと手首を凝視している。
戸惑いを隠せない僕は、右隣のエレインをチラリと見る。視線に気づいたエレインが無言のまま肩を竦めてみせる。

「おまえガリガリじゃん。」
「 ! 」
「なっ!!」

手首から目を逸らさないまま、グルーズがぼそりと呟く。
あまりの事に驚いて固まる僕の顔を、グルーズは無表情のまましげしげと眺めてくる。そのまま上から下まで眺めまわし、はぁと溜息を吐いて首を振った。

「混ざりすぎにもほどがあんだろ…。そんなトリガラで小隊長は何が面白いんだか…。」
「なっ!なっ!なっ!」
「おまえ、食後すぐに香茶飲むの止めろ。そして干したブドウとかプルーン食え。あとよく寝ろ。」

言い捨てるようにそう言って、またひとしきり僕をジロジロと眺めると、首を振りながらスタスタと行ってしまった。

「なっ!なっ!なっ!!」

「なんなのっっ!!? あいつっっ!!」

呆然と立ちすくむ僕の隣で、壊れたように『なっ!』を連発していたエレインが、ちゃんとした言葉を話せるようになったのはグルーズの姿が見えなくなってからだった。





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「おーい、セレス!」
「…お疲れ様です、マルスさん、ネレさん。」

見慣れたグレーブロンドを見かけてその背後から声をかけると、立ち止まって振り返ってきた顔がいつもと違って元気がない。
なんとなくしゅんとしている頭をぐりぐり撫でると、下がりきった眉のままでへにゃっと笑う。
隣に立つネレに視線を向けると、もの言いたげなその透き通るような緑色の目が、しかめた眉根と共にこっちを見上げてきていた。

また、誰かの悪意にさらされてしまったかな?

有名人とはいえ気の毒な事だと、僕はその柔らかい猫っ毛を、労りを込めて優しく撫でる。



時季外れの入団員であるセレスは、結構な有名人だ。
セレスを認識するきっかけが各人にとってバラバラでも、そのエピソードのどれもが特殊過ぎるので『セレス・アズユール』『ああ、あの……』というやり取りがワンフレーズになってしまっている。

グレーブロンドの柔らかい髪に、寝ぐせをつけたままのまだ少年と言ってもいいあどけない顔。
二重の幅が広いからか一見すると眠そうにも見え、そのふんわりとした(逆に言えばぼんやりとした)雰囲気に、侮りをみせる輩もいる。
特に半年前に学園から塔に移ってきたような学生上がりは、それが顕著に現れていた。

少年少女たちからの思慕をほしいままにしていた、四団の強く美しい男に騎士の誓いをされ。戦火の英雄ローワン・メルキドアと正式に師弟の関係になり。実績を評価されて同学年より半年も早く塔に入る許可をもらい。僅か数か月のうちに今やホスピティウムのアイドルだ。
これでは元々の嫉妬深い連中でなくとも嫌でも目についてしまう。

魔術師は、騎士と違って元々群れる性質ではない。
研究はあくまで自分の為であり、1人でひたすら理論立ててゆくし、解釈も己の内でのみ組み上げてゆく。
それがイコール自分の強みや価値になるし、そうして出来たものを発表することで塔に居る資格を得ている。
自分の研究や実績が上手くいっていないものや、子供らしい承認欲求の強い学生上がりから見れば、決して自己主張しないセレスは偉人たちの威光を上手く使っている奴としか見えないのだろう。

そんな第三者の視点を知ってか知らずか、ローワン先生はセレスの世話役としてネレに声をかけていた。人選としては至極妥当だ。むしろ治癒師団の末端の性格までよく把握していると逆に驚いたものだ。

けれどネレは、恐らくローワン先生の声掛けがなくても嬉々として世話焼きおばさん(?)になっていたと思う。
トゥルネイで見せたあの漢気溢れる求婚のやり取りに痺れまくっていたからだ。

そんなネレと違って、僕はまるっきりの好奇心からセレスに声をかけていた。あの討伐と訓練にしか興味のなかったルーメン小隊長が2か月会えないだけで憔悴しきる程溺愛しているなんて。
そんな面白そうなことを、この鬱屈とした塔に居て逃す手は無かったのだ。



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南の森に追従していた治癒師のマルスさんとネレさん。
ネレさんはサラリとストレートな金髪で中性的な顔立ちの男性です。
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