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tapestries. とある休日の過ごし方②
しおりを挟むカップに入った温かいミルクには、ハチミツが溶けていた。
ミルクだけでも甘くて美味しいのに、ハチミツ入りなんて教会にいた頃は考えられない程の贅沢だ。
鼻に抜ける独特のいい香り。
「はぁ。」
思わずうっとりとため息がもれる。
変声期が始まったころから随分経っているのに、僕の喉はまだ本調子じゃない。
艶がなく、ざらざらしていて、沢山話したりするとすぐに枯れてくる。
フォルティス様と一緒に夜を過ごした次の日は特に。大概いつもガラガラしている。
僕の第一声を聞いたデリオットさんが、見かねて喉に良さそうな食事を用意してくれるようになったのは、初夜を迎えた次の日から。
見透かされているようですごく恥ずかしくて。とにかく無心でご飯を食べていたけれど、その後もずっとデリオットさんもヘザーさんもフォルティス様も当然のことですって顔をしているので、僕一人が恥ずかしがっているのも恥ずかしくなってきた。
今では僕も当然ですって顔を取り繕うことが出来る。
満足の溜息を吐く僕をにこにこ眺めているフォルティス様にも、にっこり笑って返せるくらい。
朝食は、細かい野菜とお肉がたっぷり入っているスープと、パンペルジュ。
こんがりと焼き色のついた黄金色の周りには、色とりどりのカットされた果物。
喉に優しい柔らかさ。
喉に良い果物の栄養と甘み。
とにかくシェフ達とデリオットさんは僕の喉にナイーブ。
もう僕はコルスじゃないのに、少しでも喉に良いものをと勧めてくるのだ。
「ハチミツをもう少しかけますか?」
パンペルジュに追加するか聞かれたので、僕は首を振って断る。
「十分過ぎるほど、とっても美味しいです。」
あまりの美味しさにへにゃっと笑ってしまった僕に、デリオットさんの黒い瞳が柔らかくなる。
口数の多くないデリオットさん。初めて会った時から、僕はこの人が好きだった。
一緒に居ると教会にいた時のようなリラックスした気持ちになれる。
きびきびとした指示出しや、きちんと注意してくれる優しさが、おそらくオーフェン先生を彷彿とさせるのだ。
「セレス様。本日ガードナー(庭師)から雨の希望が出ていますがどうなさいますか?」
「えっ!? いいんですか!?」
温かいお茶を差し出されながら言われたその言葉に、僕は驚いて大声が出てしまった。
僕の反応などお見通しだったのだろうか。デリオットさんは表情を変えずに頷く。
「ロイドは本日休暇でして。セレス様にお会いできないのを大変残念がっていました。盛大にやってくれ、と言付かっております。」
庭の片隅。人差し指と中指をクロスさせ、ニヤリと笑っている顔が思い浮かんだ。
僕は思わずうふふと笑う。
盛大に!
僕はデリオットさんに向かって破顔して、張り切って頷いた。
フォルティス様のお屋敷の前庭は、教会の裏庭が四つは優に収まってしまうほど広い。
お屋敷を背にして通りを見ると、門以外は塀で囲まれていて外からは見えない造りになっている。
門から玄関までは押し固められた道になっていて、馬車が入ってこられる位の幅がある。
道の両脇には背の高いジュニペルス(ビャクシン)が等間隔で植わっていて、その細く先細りになっていく円錐形とけぶるような青緑色の美しい葉色は、ロイドさんの自慢だ。
大陸の北方を旅していて見つけたのだと、懐かしむような目で眺めながら教えてくれたのだった。
その僕よりも少しだけ高い針葉樹は広い敷地の中の道と庭部分を区切る為だけでなく、もう一つの役割も担っている。
お屋敷の右側にはコンサバトリー(温室)が併設されていて、そのガラス張りの談話室からは美しく手入れのされた庭が見えるようになっている。
『ここが見栄の張りどころ。』とロイドさんがニヤリと笑って言うように、そこにはそれはもう素晴らしい花壇がある。
シンボルツリーを随所に置いたその長く豪勢なボーダー花壇は、コンサバトリーの正面にある屋敷塀に沿って屋敷裏に続くように直角に折れ、ガラス張りの室内のどこに居ても、植物同士の最高の配置や配色をいくつでも見つけることが出来るのだ。
その温室の前には石畳の敷かれた円形のポーチになっていてガーデンチェアとテーブルが置かれている。
社交界のシーズンにはルーメン伯爵と伯爵夫人がこの屋敷に滞在していて、この場所でお茶会が開かれることもあるのだそう。
いくら貴族街とはいえ、どの家とどのくらいの距離感で付き合っているのかは公には明かさないものだとロイドさんが言う。
僕を引き連れて門の外の公道に出ると、ロイドさんは「な?」といって破顔した。
外の通りから門の中を覗くと道の両脇に並んだジュニペルスが目隠しとなって、このプライベートガーデンがすっかり隠れてしまう配置になるように植えられているのだった。
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