冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

文字の大きさ
上 下
88 / 133

tapestries. とある休日の過ごし方②

しおりを挟む

カップに入った温かいミルクには、ハチミツが溶けていた。
ミルクだけでも甘くて美味しいのに、ハチミツ入りなんて教会にいた頃は考えられない程の贅沢だ。
鼻に抜ける独特のいい香り。

「はぁ。」

思わずうっとりとため息がもれる。



変声期が始まったころから随分経っているのに、僕の喉はまだ本調子じゃない。
艶がなく、ざらざらしていて、沢山話したりするとすぐに枯れてくる。
フォルティス様と一緒に夜を過ごした次の日は特に。大概いつもガラガラしている。

僕の第一声を聞いたデリオットさんが、見かねて喉に良さそうな食事を用意してくれるようになったのは、初夜を迎えた次の日から。
見透かされているようですごく恥ずかしくて。とにかく無心でご飯を食べていたけれど、その後もずっとデリオットさんもヘザーさんもフォルティス様も当然のことですって顔をしているので、僕一人が恥ずかしがっているのも恥ずかしくなってきた。
今では僕も当然ですって顔を取り繕うことが出来る。
満足の溜息を吐く僕をにこにこ眺めているフォルティス様にも、にっこり笑って返せるくらい。


朝食は、細かい野菜とお肉がたっぷり入っているスープと、パンペルジュ。
こんがりと焼き色のついた黄金色の周りには、色とりどりのカットされた果物。

喉に優しい柔らかさ。
喉に良い果物の栄養と甘み。

とにかくシェフ達とデリオットさんは僕の喉にナイーブ。
もう僕はコルスじゃないのに、少しでも喉に良いものをと勧めてくるのだ。

「ハチミツをもう少しかけますか?」

パンペルジュに追加するか聞かれたので、僕は首を振って断る。

「十分過ぎるほど、とっても美味しいです。」

あまりの美味しさにへにゃっと笑ってしまった僕に、デリオットさんの黒い瞳が柔らかくなる。



口数の多くないデリオットさん。初めて会った時から、僕はこの人が好きだった。
一緒に居ると教会にいた時のようなリラックスした気持ちになれる。
きびきびとした指示出しや、きちんと注意してくれる優しさが、おそらくオーフェン先生を彷彿とさせるのだ。

「セレス様。本日ガードナー(庭師)から雨の希望が出ていますがどうなさいますか?」
「えっ!? いいんですか!?」

温かいお茶を差し出されながら言われたその言葉に、僕は驚いて大声が出てしまった。
僕の反応などお見通しだったのだろうか。デリオットさんは表情を変えずに頷く。

「ロイドは本日休暇でして。セレス様にお会いできないのを大変残念がっていました。盛大にやってくれ、と言付かっております。」

庭の片隅。人差し指と中指をクロスさせ、ニヤリと笑っている顔が思い浮かんだ。
僕は思わずうふふと笑う。

盛大に!

僕はデリオットさんに向かって破顔して、張り切って頷いた。





フォルティス様のお屋敷の前庭は、教会の裏庭が四つは優に収まってしまうほど広い。
お屋敷を背にして通りを見ると、門以外は塀で囲まれていて外からは見えない造りになっている。
門から玄関までは押し固められた道になっていて、馬車が入ってこられる位の幅がある。

道の両脇には背の高いジュニペルス(ビャクシン)が等間隔で植わっていて、その細く先細りになっていく円錐形とけぶるような青緑色の美しい葉色は、ロイドさんの自慢だ。
大陸の北方を旅していて見つけたのだと、懐かしむような目で眺めながら教えてくれたのだった。
その僕よりも少しだけ高い針葉樹は広い敷地の中の道と庭部分を区切る為だけでなく、もう一つの役割も担っている。

お屋敷の右側にはコンサバトリー(温室)が併設されていて、そのガラス張りの談話室からは美しく手入れのされた庭が見えるようになっている。
『ここが見栄の張りどころ。』とロイドさんがニヤリと笑って言うように、そこにはそれはもう素晴らしい花壇がある。
シンボルツリーを随所に置いたその長く豪勢なボーダー花壇は、コンサバトリーの正面にある屋敷塀に沿って屋敷裏に続くように直角に折れ、ガラス張りの室内のどこに居ても、植物同士の最高の配置や配色をいくつでも見つけることが出来るのだ。

その温室の前には石畳の敷かれた円形のポーチになっていてガーデンチェアとテーブルが置かれている。
社交界のシーズンにはルーメン伯爵と伯爵夫人がこの屋敷に滞在していて、この場所でお茶会が開かれることもあるのだそう。
いくら貴族街とはいえ、どの家とどのくらいの距離感で付き合っているのかは公には明かさないものだとロイドさんが言う。
僕を引き連れて門の外の公道に出ると、ロイドさんは「な?」といって破顔した。
外の通りから門の中を覗くと道の両脇に並んだジュニペルスが目隠しとなって、このプライベートガーデンがすっかり隠れてしまう配置になるように植えられているのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...