冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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tapestries. 誇りという名の剣を掲げ①

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『日々研鑽を積み、国の護り手としての誇りを胸に抱くアヴィニス王国の騎士達よ。その技量、その勇猛さを今日と明日は遺憾なく発揮して欲しい。 ―― 勇敢であれ。不屈であれ。礼節を持ち、不正を許さず、高潔であれ。名誉を重んじ、そして寛大であれ。――諸君の健闘を祈る。』


風魔法で拡張された国王の言葉に、広い会場が一気に沸く。
耳に轟くような歓声と、数多の騒音。
観客席の柵になっている金属を打ち鳴らし、床板を踏み鳴らし、指笛を吹き。

そうして、今年のトーナメントが幕を開けたのだった。




「最初はどことどこだっけ。」

ネイト先輩の問いに、イーサン先輩が柵に寄りかかりながら手で庇を作って遠くを見る。

「あー。二団と三団だな。」
「薄緑と青って見分けずらいんだけど、混戦しないのかな。」
「あ、俺ブラケット持ってますよ。」

フォルティス隊長に皆が群がり、その手元を覗き込む。
紙に書かれたブラケットには対戦相手が書き込まれており、その几帳面な文字が隊長のものあると一目でわかる。
トゥルネイはシングルエリミネーションで、勝ち抜き戦になる。
勝者が上に登っていき、頂点を目指すのだ。

「なんで二団と三団だけ2チームずつあるんですか?」
「逆に四団と五団も2チームあったらどうなると思う?」

質問に質問で返されてしまって、俺はうーんと唸る。

「怪物大乱闘ですね。」
「ぎゃははははは!!」

俺の返事に、イーサン先輩が爆笑した。
頭に腕を乗せられて、俺は只でさえ皆よりも低い背が低くなる。

第五騎士団は全辺境砦の守護兵が所属する部隊だ。その五団の出場者は今年の帰還組で構成されているらしかった。
辺境の護りを任されているだけあって、第五騎士団は第四騎士団に引けを取らない。
俺は四団の皆を鑑みて発言したのだが、思いのほか全員の爆笑を誘ってしまった。
周りにいる他団の騎士たちが、俺たちに冷ややかな視線を寄越していて、発言元の俺は身を縮めた。
先輩たちは意にも介してなかったけど。

「オルゾ―。顔ぶれ見て、よーく考えろよー。」

くくくと笑いを引きずりながら、イーサン先輩が戦場コートを指さす。
戦場の両端には、其々の騎士団のプレイヤー達が並びだしており、その人数に俺は驚愕した。

「めちゃくちゃ人数多くないですか!?自分達8人しか出ませんよね!?」
「あー、他団は30人位かな?そんなことはいいんだよ。顔ぶれ見ろっての。」

あまりのハンデぶりと、それを意にも介していないイーサン先輩と、俺はどっちに驚いていいか分からなくなる。
過剰戦力の話をしたときに、レイモンド副長がうやむやにしたのは、このことがあったからかもしれない。

俺は居並ぶ騎士たちをつぶさに眺める。
まじまじと見たところで、チェーンメイルのコイフをかぶっていては、顔なんて良く見えない。
ただでさえ俺にとっては交流の薄い他団だ。
髪の色や形で覚えているところのある俺には、全員が同じように見える。

「ジョッシュさんしかわかりません。」
「ぶはっ!一番でかいからだろ!」

「たくよー。」と、頭の上で声がする。
イーサン先輩は俺の頭の上に顎を置いたまま、渋々というにはあまりにも楽し気に説明しだした。

「いいか、後衛に陣取ってる奴らの殆どが貴族籍に居るんだ。あいつらは実績なんか飛び越えて人の上に立っていく。首元の鎖に紐が縫い付けられてあんだろ。あれは各家の登録色が使われてるんだ。要するに、どいつがどの家柄の貴族かわかるってわけ。」

確かによく見れば、コイフの肩口あたりの鎖には、色とりどりの紐が組み合わされて帯状になっており家紋が形作られている。

「なるほど。自慢できるってわけですね。」
「自慢になるか物笑いの種になるかはわからんがな。」

声を低めてそう言って、イーサン先輩はまた喉の奥で笑った。

頭の上が急に軽くなり、俺はぐぐっと背筋を伸ばす。
そうして会場を眺めまわして、ふいに、観客席からの射抜くような視線と目が合った。
険しいその表情に、俺はいささか驚いてじっと相手を見つめる。
すると途端ににこにことし、俺に向かって手を振ってくる。

「マーノ……」

トゥルネイの会場と、マーノの笑顔。
その符号に、俺の思考はかつての記憶を辿り出し、同じように手を振り返しながら、あの忘れられない日を思い出していた。




学園最後の年、俺は初めてトゥルネイを見た。
寄宿舎で同室の貴族の子息に熱烈に誘われ、渋々付いていったのだ。

そもそも俺は、学園を卒業したら冒険者支援ギルドに登録して、ハンターになるつもりでいた。
魔獣を狩り、森へ入って薬草や鉱物を探し、日銭を稼ぎながら旅をする。
わくわくするような冒険の日々に胸を躍らせていた俺にとって、貴族の予定調和な型の応酬を見るなど何の興味もわかなかった。

だから俺を友人と思っている貴族の子息に誘われた時、俺は正直馬鹿にしていたのだ。

貴族どもの剣の打ち合いなんて、所詮は自己満足と政治の駆け引きの道具。
さすがどこそこの伯爵のご子息だ、だの、子飼いの男爵子息は立ち回りが上手いだの、学園の中にある貴族の縮図を、現物で見るためのお遊び。

当時の俺の認識は、なかなか酷いものだった。


だから、実際にトゥルネイを目の当たりにした時の衝撃は、今を持っても忘れることが出来ない。




『相手の陣地を制圧するのがトゥルネイの目的なんだ。勝利条件は、大将の首と陣地旗を取る事。もしくは相手陣営の3分の2以上が戦闘不能であると認められないといけない。首って言っても大将だけが兜を被っていてね、それを剥ぎ取るんだ。』

隣に座る貴族のおぼっちゃんが、なぜか自分の手柄かのように偉そうな顔で説明してくる。
誰もいない戦場コートを眺めながら、俺はあくびをかみ殺し、ふうんと気のない相槌を打つ。

そうこうしている間に、其々の騎士団の鎧を着こんだプレイヤー達が戦場コートの両端に並ぶ。
ラッパや太鼓、そして観客たちの足踏みの音が否応もなく緊張感と興奮を高めてくる。
そしてひときわ高く鳴り響く角笛の音を合図に、両陣営から前衛が駆け出し、そこかしこで白刃が打ち合わされたのだった。


型の応酬。今思えばそうだったかもしれない。
けれどその時の俺には、現実の命のやり取りとして目に映った。
学園という守られた中での剣とは、全く違っていた。
学生と本物の違いを初めて目の当たりにし、俺は圧倒されていたのだった。

俺たちは、俺たちの国は、この人達に守られているのか。

そう思うと胸の中が熱くなり、誇らしい気持ちで一杯になった。

俺は夢中になって試合を観た。
拳を握り、弾き合う剣技に息を飲み、大将の首とりに声を上げた。
隣に座る同級生と勢いで拳を合わせると、そいつは一瞬目を見張り。
―――そして、見たこともない顔で破顔したのだ。

俺は、その表情にはっと息を飲む。

貴族の仮面を脱ぎ捨てて年相応に笑ったその顔は、見たこともない程ぴかぴかだった。
太陽のように、眩しく輝いていたのだ。




一瞬呆けていた俺の意識は、ひと際大きな大歓声によって戦場へと引き戻された。
入場してきたのは、黒鎧の騎士達だった。


纏う空気の質が、全く違って見えた。
肩を回したり、膝を曲げ伸ばしする準備運動。
そんなことは他の騎士団員は誰もやってこなかった。皆カチリとした態度で試合に臨んでいたのだ。

それだけでも異質なのに、なぜか他団の試合よりも、俺は酷く緊張している。
両陣営は、同じ人数が並んでいた。30対30。
今までと変わったところなどない。
けれどビリビリとした気迫のようなものを、体表に感じるのだ。

俺は一時も目を離せなかった。
彼らはただ、気負わぬ様子で体を解しているだけなのに。

そして、角笛の音と共に、俺は震撼することになる。



それは、これまで観てきた試合とは激しく逸するものだった。
スピードも、剣技も、パワーも。他団を圧倒的に凌駕していた。
1人を相手にしている時間があまりにも短く、そして流れるように剣をふるう。
剣戟をすり抜け、まるで障害物などないかのように、その進撃には淀みがない。
敵陣の制圧は、あっという間だった。

俺は息をするのも忘れていた。
歯を食いしばったまま息を詰め、体は酷く力んだまま固まっている。

青鎧の殆ど全員が地に膝をついているのに、黒鎧は半数以上が自陣から動いてすらいなかった。
前衛の数名だけで、相手陣営を制圧したのだ。

ぶるりと、身体が震えた。

なんだ、この差は。
なんなんだ、この黒の集団は。

『さすが第四騎士団だね。』

隣の感嘆の呟きが、大歓声の中でも消されることなく耳に届く。
振り向いた俺に、そいつは少しだけはにかんで、『すごかったね。』と言った。



結局、俺は卒業してもハンターにはならなかった。
まるで熱に浮かされたように、黒の騎士たちの姿が頭から離れなかったからだ。

そして今、運命を変えたあの舞台に、俺は黒の鎧を纏って立っている。






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ブラケットはトーナメント表の事です。
この世界観では『トーナメント』=軍事演習大会としたいので、トーナメント戦という言葉を使いたくなかったのです。
ブラケットは角括弧の事で、それが積み重なって表になっているのでこの世界ではトーナメント表の事として使ってます。


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