冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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50.本当の気持ち

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ドミーノさんの話は、あまりにも衝撃的で、突拍子もなくて。
言葉の意味を考えれば考えるほど、夢みたいに現実味がなかった。


僕は、演習場の端からフォルティス様たちが話しているのをぼんやりと眺める。
金色の髪の大柄な人に、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、少年のように無邪気に笑うフォルティス様。
へらっと笑って、くつろいだように軽口を言う。

騎士団の中にいるフォルティス様は、僕が見たこともないような色々な顔をしていて、とても新鮮だった。
ここに居る人たちは、フォルティス様よりもずっと年上に見える。
きっとサントスくらいの年の頃から、ここで一緒に過ごしてきたんだろう。

僕は、騎士団の人達がどんな仕事をするのか、話しとして聞きかじったことしか知らない。
こうしてドミーノさんに、細かく丁寧に話してもらわないと、暗黙の了解のような話も分からない。
いや、分からなくて当たり前なのだ。
幼いころから教会にいて、歌うことしか僕にはなかった。

そこまで考えて、僕ははっと、気付いてしまった。

教会に7年もいながら、教会の外に出た時の、『中央教会のセレス』としての僕の立ち位置がどんなものかを、僕は本当には分かっていないということを。

ドミーノさんは、僕とフォルティス様を隔てるものが何もない、対等で厳正な取り交わしだと言った。
けれどこうして時間が経てばたつほど、その約束が『中央教会のセレス』である僕に適応するのか分からなくなってしまった。

かつて、僕が循環症候群を患っていた時、フォルティス様とレーンさんが言っていたことを思い出す。

『王城と教会が独立した機関であるように、学園も独立しているのだ。』

王城の組織である騎士団のルールに、独立している教会が組み込まれているのだろうか。
僕には、とてもそうとは思えなかった。


紺色の髪の騎士が、フォルティス様の胸をドンと突く。
笑って、「勝つぞ。」と言い、それにフォルティス様も笑って応える。
それは、本当の意味で『対等』で『なんの隔たりも無い』状態だった。

もしも、僕が同じ立場ならばと、思わずにはいられない。
きっと何も考えることなく、何も不安に思うこともなく、ドミーノさんに教えられた言葉が言えるのに、と。





兵舎からの帰り道。
二人でこの道を歩くのは、本当に久しぶりだった。
触れそうで触れない距離なのに、隣にいるフォルティス様の体温が、まるで僕まで伝わってくるかのよう。

ふいに視線を感じ、僕は隣を振り仰いだ。
蕩けるグレーの瞳に、僕の胸はきゅうきゅうとして、思わずローブの胸元を掴んでしまう。

ああ、なんて顔で僕をみるの!

苦しい程に、胸がいっぱいだった。
頬に触れる手のひら。大きくて、温かくて、剣を握る硬い皮膚。
会えない間、どれほどこの手を欲したことか。
どれほどこの胸に飛び込んでしまいたいと願ったことか。

まるで懇願するように、フォルティス様が僕に問う。
こんなにも胸がいっぱいなのに。
こんなにも想いが溢れてしまいそうなのに。
体を覆っている黒のローブが、僕の心に枷をはめる。

けれど、フォルティス様はそんな僕の葛藤などお見通しだった。
『教会としての僕』ではなく、僕だけの『ただの僕』として、再度言葉をくれたのだ。

そのことに、僕は心を、強く、強く打たれてしまった。
しがらみに囚われていない『僕の心』を欲してくれていると思ったから。

もう、抑えておくことは出来なかった。
言葉が激流のように身体の中を渦巻いて、留めておくことなんて到底出来ない。

ドミーノさんから教えてもらった言葉。
それを口に出しながら、僕の心が好きだと叫ぶ。
あなただけが好きなのだと。
体の中が荒れ狂うようなこんな思いを、僕は知らなかった。
今すぐに触れたくてたまらない、こんな衝動を、僕は今まで知らなかったのだ。


フォルティス様は、僕の言葉に夕日みたいに顔を赤らめ、凄く、凄く凄く、幸せそうな顔で笑った。
その顔が、あんまりにもあったかくて。
あんまりにも愛おしくて。
僕の心は宥められ、温かな幸せで満ちていった。



フォルティス様とオーフェン先生が入っていったドアの前で、僕は所在なく立ち尽くす。

『本当の気持ちを、何よりも優先する』
フォルティス様の言ったその意味を、僕は真剣に考えなければならない。

僕の本当の気持ち。

僕の本当の気持ちは、フォルティス様の傍に居たいということ。
傍に居るだけじゃなくて、役に立ちたいということ。
守られるだけじゃなくて。
庇護されるだけじゃなくて。

僕は、フォルティス様と対等でありたかった。
幼馴染のコルサント副隊長のように。
第四騎士団の皆のように。

フォルティス様を守れるような立場だなんて、そんな身の程知らずな事は言わない。
けれどせめて、足手まといにはなりたくなかった。
自由に駆けるフォルティス様と、僕も共に、駆けてみたいと夢見たように。

ローワン先生と過ごした時間の中で、僕はそんなことを思うようになっていた。

けれど僕に、そんなことが出来るのだろうか。
そして、どうしたら僕の立場は、その道に近づくのだろう。


『俺は本気だよ。必ず勝って、誰はばかることなくお前に婚儀を申し込む。』

思い出したフォルティス様の言葉と表情に、僕の顔がドカンと音を立てて燃え上る。
両手を頬に当て、その熱さを確かめ。
僕の心が、そわそわと落ち着きなくなってしまう。
ふぅふぅと深呼吸を繰り返し、僕は落ち着こうと必死だ。

「ちゃんと考えなきゃ…。」

僕は口の中で呟いて、自分を戒める。
僕は今、人生の岐路に立っているはずだ。
きちんと考えて、フォルティス様の手を取りたかった。


そもそも、フォルティス様と結婚するとどういうことになるのか、僕には全く想像が出来ない。

トクトクと高鳴る鼓動に手を当てて、僕は意識して真面目に考える。

フォルティス様は貴族の子息だけれど、同時に王国の騎士で、国防の要の小隊長。
そんなすごい人と結婚したら、僕は『何』になるんだろう。

教会との契約は、きっと結婚しても優先されると思う。
『何よりも優先的な』契約だと、説明されているから。
けれどもし声を失って教会から出ていくことになったら、僕はただの『僕』でしかなくなってしまう。
何の後ろ盾もなくなってしまう。

学園は結婚しても卒業までいられるのだろうか。
それともフォルティス様のお屋敷に住むことになるのだろうか。

フォルティス様からの申し入れは、僕の人生で初めて、僕自身に提示された『選択肢』なのだった。

僕は今まで、周りに流されるようにして、ここまで来た。
中央教会に請われて王立のコルスへ入団するということは、この国で生きる子供にとって、とても名誉で、そして課せられた義務でもある。
少なくとも、僕は漠然とそう思ってきたし、そうあってしかるべきものという認識が、父をはじめとする故郷の大人たちの中にも存在していた。

だから僕は故郷を離れ、王城にやって来たのだ。
そして結ばれた契約に従い、ここで生活し、歌うことに僕の全てをかけてきた。

あるべきようにして僕は流れ、今ここに居る。

そして初めて手に入れた、僕の未来への選択肢が、フォルティス様との結婚なのだった。





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