55 / 133
47.あなただけのアウラヴェール
しおりを挟む
第四騎士団の演習場へセレスを伴って向かうと、模擬訓練中の四団の皆は、静まり返って俺たちを迎えた。
俺はかなりばつが悪く、皆の顔を直視できない。
そうかといってセレスを見ることもできず、斜め下の地面ばかりを見てしまう。
「序列がネイトより下の奴らは全員解散。速やかに兵舎に戻って武具の点検にかかれ。散れ。」
いち早くドミーノさんが指示を出す。
若手が走り去っていくのが、気配でわかった。
瞬時に防音と目くらましの魔法が周囲に展開される。
「で、どういうことなんだ?」
俺はドミーノさんの顔を見る。
冷静さを取り繕っているのが、俺にはわかってしまった。
普段はのんびりとしているその表情が、明らかに強張っている。
俺はなんだか途方に暮れて、問われるままにあらましを話す羽目になった。
「なんなのお前は!!昔っからオレ達の気も知らないで!!突拍子もない行動ばっかりして!!」
根掘り葉掘り話を聞きだされた今現在、俺はネイトにこっぴどく怒られている最中にある。
「そういう所だからね!?お前が何で隊長をやらされる羽目になったのか良く考えてみなよ!!」
さっきまで笑い転げていたイーサンとレイモンドは、ようやっと笑いを収め、俺とネイトをニヤニヤと見ている。
「そしてなんでセレスをここに連れてきたの!」
爆笑は収まったのに、ネイトの怒りは収まる気配が見えない。
俺は渋々口を開く。
「なんか…、改めて自分の口から説明するのが恥ずかしくなって。」
「ああ!そうだろうね!! 騎士の礼までとったのに、端っから説明なんてとんだ間抜けだよっ!」
そう言ってドミーノさんを呼びつけ、セレスを押し付けてしまう。
「まぁまぁ。久々に本来のお前らしさが見れて、俺は楽しいけどな。」
イーサンがネイトを宥めながら、俺に向かってニッと笑う。
本来の俺らしさってなんだ……
「全く…。この一年近く、オレ達がどれだけお前に引きずられないようにしてきたかわかってる?お前が上司になる時に、あれだけオレ達に念押ししてきたランバードさんがさっき片手ひとつで無礼講を許したのも、今更無駄だって思ったからだよ。」
「えー? 俺上手くやれてなかったんですか?」
「無自覚かよ!」
「いややれてたよ?やれてたけどちょっとは突っ走った自覚あんだろ!?」
「まぁ、前みたいに肩肘張ってるよりかは、断然ましだけどな。」
イーサンがゲラゲラ笑う横で、レイモンドもニヤリと笑って俺の頭をぐしゃりと撫でる。
ネイトは大きな溜息を一つ付くと、「しかたないなぁ。」と呟いてニヤッと笑った。
「とんでも展開だったけど、これはこれで重畳!!もうあとは勝つだけの簡単なお仕事ですよ!」
「勝つだけだけど、その前に大事なことを聞いてないんだろう?」
周りの雰囲気を言葉一つで黙らせて、ドミーノさんがセレスの方に目くばせをする。
セレスはへにゃりと眉を下げて、俺の方を困ったように見つめていた。
「セレスを送ってこい。ちゃんとクレメンス司祭にも説明するんだぞ。」
そう言ったドミーノのみならず、演習場に残っていた古参全員がニヤリと笑って、人差し指と中指をクロスさせてくる。
ニヤつく皆に背を押され、俺とセレスは演習場から送り出されたのだった。
教会までの帰り道。
隣を見れば、読み取れない表情で前を向いて歩くセレスがいる。
二人で歩くのは、本当に久しぶりだった。
同じ景色が、1人の時とは全く違って見える。
ましてや、サントスを見送ったあの時とは、雲泥の差だ。
俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと青灰の瞳が見上げてくる。
俺は、思わず苦笑してしまった。
まったく、締まらない。
好きな相手に思いを伝えるだけなのに、思い通りにならない事ばかりだ。
足を止めると、セレスは俺を見上げたまま同じように立ち止まった。
会わないうちに、随分背が伸びた。
ちょうど一年前の春、教会の裏庭で抱きしめた時は、頭まですっぽり胸の中に納まってしまっていたのに。
今では俺の肩口に、綺麗な青の瞳がある。
俺はそっと、その頬に手を伸ばす。
ふくふくとしていた頬は少し締まって、少年の殻を脱ぎ捨て、だんだんと青年へ近づいているのだと気付かせてくれる。
逸らすことなく見つめてくる青灰の瞳には、ひどく幸せそうに微笑む男が映りこんでいた。
「ドミーノさんから、話を聞いた?」
顎を僅かに引いて頷くその顔は、真剣そのものだ。
ああ。なんて愛しいんだろう。
俺の言葉を、真正面から真剣に考えてくれているのだ。
「俺は本気だよ。必ず勝って、誰はばかることなくお前に婚儀を申し込む。」
「アウラヴェールは、引き受けてくれる?」
青灰の瞳が僅かに潤んで、セレスの口元がわなないた。
「僕の一存で、決めていいのか、分からないんです。」
「うん。わかってる。」
泣かなくていいんだ。
俺はセレスに笑ってほしくて、頬を指の腹で撫でてほほ笑む。
「中央教会のセレスではなく、ただのセレス・アズユールは、どう思ってる?」
セレスの顔がくしゃりと歪む。瞳の中の涙が今にも溢れそうだった。
「僕は……。僕は、あなただけのアウラヴェールになりたい…っ。」
思いもよらぬ一言に、俺の顔がカッと熱くなった。
俺はセレスの頬からゆっくりと手を離し、自分の口元を抑える。
手の中の口が、自分の意思とは関係なしににやけてしまう。
セレスは目に一杯涙を浮かべながらも、酷く真面目な顔をしているというのに。
一体、ドミーノさんは何と言ってセレスに説明したんだろう。
俺は泳ぐ視線を青に縫い留め、右手を左胸に当てる。
「あなたの騎士として、心の剣に恥じぬ戦いをすると約束する。……。トーナメントまで、まだ2か月以上ある。ゆっくり考えてくれていい。セレスの本当の気持ちを、俺は何よりも優先するから。」
そう言って照れ隠しに笑うと、セレスもつられた様にふわっと笑って、ぽろりと涙がこぼれていった。
教会の裏口には、ちょこんとエレインが座り込んでいた。
俺たちに気が付くとパッと立ち上がり、口をパクパクさせて、結局口を閉じてしまう。
「エレイン!お腹は大丈夫?」
セレスが駆け寄ると、俺とセレスを交互に見つめコクコクと頷いた。
そして、なんとも恨みがましい目で俺を見上げてくる。
その表情に思い当たる節がないので、とりあえずふわふわの頭を撫でると、ふいっと視線を逸らされた。
「セレス、クレメンス司祭は、この時間はどこにいる?」
「おそらく、執務室だと思うんですけど。探してきます。」
そう言いながら裏口を開ける。
薄暗い廊下を二人に付いて歩く。
寮と教会の境目にたどり着いたとき、奥からやってくるクレメンス司祭と目が合った。
俺は僅かに頭を下げ、紫の瞳と対峙する。
さぁ。ここが正念場だ。
俺はかなりばつが悪く、皆の顔を直視できない。
そうかといってセレスを見ることもできず、斜め下の地面ばかりを見てしまう。
「序列がネイトより下の奴らは全員解散。速やかに兵舎に戻って武具の点検にかかれ。散れ。」
いち早くドミーノさんが指示を出す。
若手が走り去っていくのが、気配でわかった。
瞬時に防音と目くらましの魔法が周囲に展開される。
「で、どういうことなんだ?」
俺はドミーノさんの顔を見る。
冷静さを取り繕っているのが、俺にはわかってしまった。
普段はのんびりとしているその表情が、明らかに強張っている。
俺はなんだか途方に暮れて、問われるままにあらましを話す羽目になった。
「なんなのお前は!!昔っからオレ達の気も知らないで!!突拍子もない行動ばっかりして!!」
根掘り葉掘り話を聞きだされた今現在、俺はネイトにこっぴどく怒られている最中にある。
「そういう所だからね!?お前が何で隊長をやらされる羽目になったのか良く考えてみなよ!!」
さっきまで笑い転げていたイーサンとレイモンドは、ようやっと笑いを収め、俺とネイトをニヤニヤと見ている。
「そしてなんでセレスをここに連れてきたの!」
爆笑は収まったのに、ネイトの怒りは収まる気配が見えない。
俺は渋々口を開く。
「なんか…、改めて自分の口から説明するのが恥ずかしくなって。」
「ああ!そうだろうね!! 騎士の礼までとったのに、端っから説明なんてとんだ間抜けだよっ!」
そう言ってドミーノさんを呼びつけ、セレスを押し付けてしまう。
「まぁまぁ。久々に本来のお前らしさが見れて、俺は楽しいけどな。」
イーサンがネイトを宥めながら、俺に向かってニッと笑う。
本来の俺らしさってなんだ……
「全く…。この一年近く、オレ達がどれだけお前に引きずられないようにしてきたかわかってる?お前が上司になる時に、あれだけオレ達に念押ししてきたランバードさんがさっき片手ひとつで無礼講を許したのも、今更無駄だって思ったからだよ。」
「えー? 俺上手くやれてなかったんですか?」
「無自覚かよ!」
「いややれてたよ?やれてたけどちょっとは突っ走った自覚あんだろ!?」
「まぁ、前みたいに肩肘張ってるよりかは、断然ましだけどな。」
イーサンがゲラゲラ笑う横で、レイモンドもニヤリと笑って俺の頭をぐしゃりと撫でる。
ネイトは大きな溜息を一つ付くと、「しかたないなぁ。」と呟いてニヤッと笑った。
「とんでも展開だったけど、これはこれで重畳!!もうあとは勝つだけの簡単なお仕事ですよ!」
「勝つだけだけど、その前に大事なことを聞いてないんだろう?」
周りの雰囲気を言葉一つで黙らせて、ドミーノさんがセレスの方に目くばせをする。
セレスはへにゃりと眉を下げて、俺の方を困ったように見つめていた。
「セレスを送ってこい。ちゃんとクレメンス司祭にも説明するんだぞ。」
そう言ったドミーノのみならず、演習場に残っていた古参全員がニヤリと笑って、人差し指と中指をクロスさせてくる。
ニヤつく皆に背を押され、俺とセレスは演習場から送り出されたのだった。
教会までの帰り道。
隣を見れば、読み取れない表情で前を向いて歩くセレスがいる。
二人で歩くのは、本当に久しぶりだった。
同じ景色が、1人の時とは全く違って見える。
ましてや、サントスを見送ったあの時とは、雲泥の差だ。
俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと青灰の瞳が見上げてくる。
俺は、思わず苦笑してしまった。
まったく、締まらない。
好きな相手に思いを伝えるだけなのに、思い通りにならない事ばかりだ。
足を止めると、セレスは俺を見上げたまま同じように立ち止まった。
会わないうちに、随分背が伸びた。
ちょうど一年前の春、教会の裏庭で抱きしめた時は、頭まですっぽり胸の中に納まってしまっていたのに。
今では俺の肩口に、綺麗な青の瞳がある。
俺はそっと、その頬に手を伸ばす。
ふくふくとしていた頬は少し締まって、少年の殻を脱ぎ捨て、だんだんと青年へ近づいているのだと気付かせてくれる。
逸らすことなく見つめてくる青灰の瞳には、ひどく幸せそうに微笑む男が映りこんでいた。
「ドミーノさんから、話を聞いた?」
顎を僅かに引いて頷くその顔は、真剣そのものだ。
ああ。なんて愛しいんだろう。
俺の言葉を、真正面から真剣に考えてくれているのだ。
「俺は本気だよ。必ず勝って、誰はばかることなくお前に婚儀を申し込む。」
「アウラヴェールは、引き受けてくれる?」
青灰の瞳が僅かに潤んで、セレスの口元がわなないた。
「僕の一存で、決めていいのか、分からないんです。」
「うん。わかってる。」
泣かなくていいんだ。
俺はセレスに笑ってほしくて、頬を指の腹で撫でてほほ笑む。
「中央教会のセレスではなく、ただのセレス・アズユールは、どう思ってる?」
セレスの顔がくしゃりと歪む。瞳の中の涙が今にも溢れそうだった。
「僕は……。僕は、あなただけのアウラヴェールになりたい…っ。」
思いもよらぬ一言に、俺の顔がカッと熱くなった。
俺はセレスの頬からゆっくりと手を離し、自分の口元を抑える。
手の中の口が、自分の意思とは関係なしににやけてしまう。
セレスは目に一杯涙を浮かべながらも、酷く真面目な顔をしているというのに。
一体、ドミーノさんは何と言ってセレスに説明したんだろう。
俺は泳ぐ視線を青に縫い留め、右手を左胸に当てる。
「あなたの騎士として、心の剣に恥じぬ戦いをすると約束する。……。トーナメントまで、まだ2か月以上ある。ゆっくり考えてくれていい。セレスの本当の気持ちを、俺は何よりも優先するから。」
そう言って照れ隠しに笑うと、セレスもつられた様にふわっと笑って、ぽろりと涙がこぼれていった。
教会の裏口には、ちょこんとエレインが座り込んでいた。
俺たちに気が付くとパッと立ち上がり、口をパクパクさせて、結局口を閉じてしまう。
「エレイン!お腹は大丈夫?」
セレスが駆け寄ると、俺とセレスを交互に見つめコクコクと頷いた。
そして、なんとも恨みがましい目で俺を見上げてくる。
その表情に思い当たる節がないので、とりあえずふわふわの頭を撫でると、ふいっと視線を逸らされた。
「セレス、クレメンス司祭は、この時間はどこにいる?」
「おそらく、執務室だと思うんですけど。探してきます。」
そう言いながら裏口を開ける。
薄暗い廊下を二人に付いて歩く。
寮と教会の境目にたどり着いたとき、奥からやってくるクレメンス司祭と目が合った。
俺は僅かに頭を下げ、紫の瞳と対峙する。
さぁ。ここが正念場だ。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる