冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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43.かっこ悪くて情けない

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寝付けないベッドから体を起こし、月の光に淡く照らされている床を眺める。
部屋の中は青白く色づき、透明でさえざえとしている。
窓の外を見れば高い位置に月があり、夜が深いのだとわかる。

知らずに洩れた溜息の重さに、より一層憂鬱になる。

このままじゃ駄目だ。

ベッドから立ち上がると、俺は部屋を後にした。
いつも通り剣の型をさらいに行けば、疲れ果てて眠れたかもしない。
けれどそれも、なんだか今日は億劫で。いっそ酒でも飲んでしまおうかと、階下の食堂へと向かう。

騎士舎の食堂の一角には小さなカウンターがあり、割と遅い時間まで酒を出してくれる。
部屋に持ち帰ってもいいように瓶で渡してくれるが、あの静かな部屋で独りきりで飲むのは、どう考えても気が塞ぐ。それならいっそそこで酔うほど飲んでしまおうと思っていた。



薄暗い廊下を抜け、あと少しで入口に続く場所に出るという頃。ぼそぼそとした話し声が聞こえ、歩く速度を緩める。
どうやら先客がいるらしかった。

面倒だなと、入るかどうか入口で迷っていると、微かに漏れ聞こえてくる会話に既視感を覚え、思わず強化をかけて耳をそばだててしまう。

「なーんか覇気がねぇんだよなー。」
「ああ、裏庭の天使も様子がおかしかったらしいな。」
「その割に訓練中は滅茶苦茶いい動きですけどね。研ぎ澄まされてて時々ヒヤッとしますよ。」
「アレは昔からセンスがいいからな。集中してる時は何手も先を読んで仕掛けてくる。」
「あー、懐かしいっすねー。隊に入ってきた頃は俺も何度も手合わせしたけど、みるみる上手くなってくのは焦ったもんなぁ。」

くくく、と、低い笑い声がもれてくる。

ああ。と、俺は頭を抱えた。
中を覗かなくても、誰がいるのか見当がついてしまった。
ドミーノさんとイーサンとネイト。
しかも話題の中心はどうやら俺で、動くに動けず、かといって聞き耳を立てるのも止められず。じっと気配を殺して立ち尽くしてしまう。

「今じゃランバードさんかドミーノさんくらいですかね。オレも今日割と本気でしたけど、いなされた感ありましたもん。」
「ローランドあたりもいけるんじゃないか?」
「あは!武器の相性悪いですもんね。」
「はははは!」

イーサンが笑ったのは、おそらく、ローランド相手に焦れてイラつく俺と、それを見てニヤニヤするローランドを思い出したからだろう。
三人の思い出話に俺自身も懐かしさが込み上げ、心の中が温かくなる。

「遠征中に何があったんでしょうね。」
「なぁー。あんなにイチャイチャしてたのになぁー。」
「いちゃいちゃってお前……。」
「だってそうでしょうよ。誰が見たって好き合ってんのが丸わかりだったじゃないすか。」
「まぁなぁ。でも距離を取ってるのはフォルティスじゃないのか?」
「そんなわけないと思いますよ。北に行く前のイラつきぶり半端じゃなかったじゃないですか。」
「ぎゃははは。ありゃ凄かったな。久々ヒリヒリしたわ。」
「イーサンは面白がり過ぎだよ。大体南の森でだって、ソロンに向かうあたりから抜け殻みたいだったんだから。」
「くくく。溜息凄かったなぁ。」
「そうですよ!魔術師達の気を逸らすのにどんだけ苦労したか!!」
「それだって前回より帰ってくるの早かったんだぞ。例年通りなら調査にもっと時間かかるんだ。」
「めちゃくちゃ考えてましたからね。」
「あいつ真面目だよな。」
「俺たちが知らないだけで、今も抜け出して会いに行ってるんじゃないのか?」
「いやぁ、それがどうも、そうでもない感じなんですよね。」
「抜けだしてるって言っても、仕事終わらして許可取って行ってますからね。中隊長にも呼ばれてたし、書類おわってねぇんじゃねぇかなぁ。」
「あーあー…。ほんと何があったんだろ。オレがヤキモキしちゃいますよ。」
「外野がとやかく言ってもな。」

苦笑いを含んだドミーノさんの言葉を聞きながら、そろりと踵を返そうとして、思わずビクリと体が跳ねる。
薄暗い廊下の壁に、腕を組んだランバードが寄りかかって立っていた。
わりと近い距離に居ながら全く気配を感じなかったことに、内心激しく舌打ちをする。
今の話も、絶対に全部聞いていたはずだ。

ばつの悪い思いをしている俺の気持ちを汲み取ったのか、困ったように笑って『ついてこい』と親指がクイッと来た道を指す。
俺は渋々ランバードの後に付いて行った。




「ほら。」

招き入れられたランバードの部屋で、エールの瓶を渡される。
灯りの抑えられた薄暗い室内には、テーブルなどなく、椅子が2脚置いてあるだけ。
ランバードはその椅子を窓際に持って行き、窓を開け放す。途端に少し涼しい風が入り込んできた。
僅かにぬるいそのエールの瓶を無言のまま受け取り、促されるままランバードの隣の椅子にどかりと座る。
煽ったエールを飲み下すと、口に残る味がいつにもまして苦い気がした。

「気配を消して後ろに立つの止めてくださいよ。」
「お前も聞き耳たててただろ。」

ニヤリと笑うその顔に苛立ちが募るが、言われたことはその通りだったので、黙ったまま瓶に口を付ける。

「あいつらも心配してんたよ。」

横目でちらりと見ると、ニヤニヤはなりを潜め、随分と優し気な顔で俺を見ていた。

「余計なお世話だ。」
「まぁ、そりゃそうだな。」

そういって、愉快気に笑ってエールを飲む。
そのまま何かを言うわけでもなく、お互い黙って飲み続けた。
沈黙は全く不快ではなく、むしろ先ほど聞いてしまった話の中の自分があまりにも恥ずかしく、悶絶してしまいたい俺の気持ちを宥め、冷静にさせてくれる。






エレインに手を引かれ、城内に戻っていく弱り切った横顔が、いつまでも脳裏から離れてくれない。


顔も上げず、俺の方に目もくれず。
しおしおに萎れた泣きはらした顔。
目で会釈して通り過ぎるエレイン。今にもくずおれてしまいそうなセレス。


意外だった。あまりにも。
俺の知っているセレスは、何事も淡々と物事をこなしていくイメージだった。
そこに感情の起伏を抑え込む、強い精神力を見たのだ。

それなのにあの時は、感情表現の豊かなエレインと立場が逆転してしまったかのようだった。
泣き崩れているのがエレインならば、俺はこんなにも動揺しなかっただろう。

戸惑いの後に沸き上がって来たのは、もやもやとした怒りに似た感情だった。
そして、そんな感情を抱いた自分に、少なからぬショックを受けていたのだ。
こうして考えている間にも、その怒りは心を震わせ、少しずつ冷静さを奪っていく。

「はぁぁぁぁぁぁ。」

思わず、大きなため息が漏れる。

遠征に次ぐ遠征と、生誕祭の準備期間。
俺は焦がれて、事実イラついていた。
けれど会えばまた、あの蕩ける様な笑顔で迎えられると微塵も疑っていなかったのだ。
イーサンが言っていたように『好き合っている』と。それは俺の思い込みだけではないのだと。

今はもう、その確信は揺らいでしまった。


声を殺し、立ち止まりながら、まるで引きずられるように歩く後ろ姿。
身も世もなく、縋るように泣いていた。
その姿に、どうしようもなく胸がきしむ。


『あの日』、サントスはコルスの一人としてではなく、サントス・ミラゼリスとして面会を申し込んできた。

きちんと着こまれたスリーピース。貴族らしい所作を終始崩さなかった。
けれど口にする言葉や視線はどこまでも真っすぐに、怯むことなく俺に突き付けてきた。
そのアンバランスさが、彼の本気を否応もなく俺に知らしめる。
相手は、もう子供などではなく、1人の男として俺の前に立っていたのだ。


そのことがなければ、あの別れの場面をもっと違ったように見れたのだろうか。
歯ぎしりするような煮える思いなど、抱かなかったのだろうか。

今の俺は、伺いを立ててまで真正面から挑んできたサントスとは、雲泥の差だ。




ふと視線を上げると、ランバードは窓の外を眺めながら酒を飲んでいた。
室内の灯りはいつの間にか消え、月光が青白く部屋を照らす。
椅子の背に左の肘を乗せ、右膝に片足をかけるようにして、ひどく真面目な顔をしている。
口から離したカップを持つ手が、だらりと下に下がっていく。
その姿があまりにも様になっていて、なんだか無性にムカついてくる。

きっとこの人なら、もっと違うやり方を知っているのだ。
もっと大人で、もっと上手なやり方を。


飲み干されたエールの瓶が、何本も床に転がり、お互いすでにワインが入ったカップを握っていた。
見ていたことに気付いたのか、こっちを向くと黙って瓶の注ぎ口を差し出してくる。
俺はそれを首を振って断り、その代わり重く乾いた口を開く。

「なんか……。俺ってダサい。」

口に出してしまうとより一層情けなく、椅子の端にかけた片膝に、項垂れるように額を付ける。
横からは微かな笑い声が漏れ聞こえ、頭がぐしゃぐしゃと撫でられた。






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