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39.覚悟
しおりを挟むオーフェン司祭と共に練習部屋から出ていったその日、サントスは夕食にも姿を現さず、夜になっても帰ってはこなかった。
眠れぬ夜を過ごし、朝方まどろんで、物音に飛び起きる。
カーテンを開けると、驚きに目を見張ったエレインと目が合った。
向かいのベッドは昨夜と同じくきちんと整えられたまま、使われた様子はなかった。
「……帰ってこなかったね。」
同じくベッドを見つめたままで、エレインがぽつりとこぼす。
僕はのろのろと起き上がり、窓の外を見た。
早朝の春の空は薄く青く、遠くに見える城壁の縁が、黄色くたなびいていた。
サントスは数日王都にあるミラゼリス伯爵の別邸に帰っていると、オーフェン先生がおっしゃった。
そして必ず帰ってくるからと、言づけていったとも。
僕はその言葉を素直に信じた。
サントスが約束を違えたことなどないと、知っていたから。
けれど2日が過ぎると、僕は見なくなって久しい悪夢を再び見るようになっていた。
浅い眠りには、必ず同じ夢を見て、自分の悲鳴で飛び起きた。
悲鳴じゃない時には、誰かのすすり泣きだった。
細切れで眠るようになったある日の夜中、僕はエレインに揺すり起こされた。
「セレスのベッドで寝てもいい?」
「どうしたの?」
「二人で眠れば、少しは寒くなくなるでしょ?」
温熱パイプは、すでに使われない時期になっていたけれど、いつもより春が遅いせいで朝方はまだ冷える。
「エレインは寒かったの?」
「そうなの。だから一緒に寝てくれる?枕は持ってきたから。」
いいよ、といってスペースを作ると、ありがとうとにっこり笑う。
普段一人で眠るベッドに二人は少し窮屈だったけれど、暗闇の中、すぐ傍に人の気配があるのは、僕を酷く安心させた。
考えてみれば、すぐ横のベッドにサントスがいる生活を、もう3年も過ごしてきたのだ。
大部屋時代を含めれば、8年近くも。
人の気配に安堵するのは当たり前だったと、僕はぼんやり思う。
天上にあるいくつもの見慣れた木の節が、灯りの無い部屋の暗がりに黒く塗りつぶされた様に見える。
隣にあるエレインの体温が、僕の体にじんわりと伝わってきて、重くつぶれた気持ちが息を吹き返してくる。
「僕は……」
自分の声の音量に、驚いて口を噤む。
ひそめたと思っていた僕の声は、静かすぎる夜の空気にはあまりにも大きく響く。
「僕は、いずれ声を失うことを心に留めて、今までずっと生きてきた。」
「うん。」
「サントスが僕よりも年上で、僕よりも早くそうなるかもしれないってことも。僕はずっと前から、覚悟していたんだ。」
僕の右手を、エレインがギュッとつないだ。
あの日、サントスとつないだのと同じ手を。
「さよならも言えないなんて、思ってなかったんだ。」
僕は呆然として。心の底から呆然として、そう言った。
そして、何度も何度も思い出す。
あの日、するりと離れた手を、どうして僕は捕まえておかなかったんだろう。
立ち去る後姿に、なぜ声をかけなかったんだろう。
でも、一体なんて言える?
こんなに何日もたった今ですら、言葉を見つけられずにいるというのに。
「戻ってくるって、サントスは言ったんでしょ?」
エレインがこっちを見たのが気配でわかった。
「僕も、待ってるんだ。」
「さよならじゃなくて、またねって言おうよ。一緒に。」
ぐっと、僕の喉が鳴る。
ああ、エレインも同じなんだ。
せりあがる喉の熱さを、僕は無理やり飲み込んだ。
僕はぎゅっと、エレインの手を握り返す。
輪郭を持ち出した闇夜が、やわらかく僕たちを包んでいた。
ベッドの中はぬくぬくとして温かく、かすかに聞こえるエレインの吐息が、僕の心もじんわりと温めてくれる。
その日は、夢も見ずに朝まで眠った。
身を寄せ合うようにして眠った次の日の夜、サントスが帰ってきた。
夕食を終えてエレインと共に部屋に戻ると、付けた記憶の無い灯りが漏れていて、ドアを開けるとサントスがこっちを向いて立っていた。
僕の体は驚きに凍り付き、そんな僕を、サントスはいつもの微笑みで見つめた。
その穏やかな顔を見て、あの時間が止まってしまったように感じたあの日が、遥か昔のことのように思えた。
サントスは、コルスの象徴の黒ローブではなく、くすんだコルク色のスリーピースを身に着けていた。その三つ揃えはサントスの体に過不足なく添い、彼の為だけに仕立てられたのだと分かった。
すらりと伸びた上背や、バランスのいい体躯。
短く切りそろえられた赤い髪と緑色の瞳に、そのスーツはとてもよく似合っていた。
「おかえりなさい。」
僕のわきをすり抜けるようにエレインが歩み寄り、ふたりがギュッと抱き合う。
顔を上げたサントスが、再び僕を見て、口を開く。
「ただいま。」
その声の低さに、もう後戻りはできないのだと分かった。
固まり続ける僕に、サントスが近づき、そっと抱きしめる。
少し硬いウールの生地が顔に当たる。
回した腕に触れる、がっしりとした背中。
取り残されたような心細さと寂しさが、途端に体中沸き上がり、心も、体も、千切れてしまいそうだった。
「おかえりなさい。」
僕は、ギュッと目をつむり、腕に力を込める。
『その時』が来たことを、認めないわけにはいかなかった。
サントスは、もう、ここにはいられないのだ。
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