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33.南の森
しおりを挟むカチッ パゥッ
撃鉄が落ちる微かな音と共に、光の尾を引いた弾が対象幼体の胴に着弾する。
ぱっと花が咲いたように虹色に光る魔法陣が展開すると、その一瞬後には白く光る文字が浮かび上がった。
「542っと。」
手帳に番号を記入してるテオの手元を見ながら、シドが長銃を肩にかけなおす。
閃光弾で身動きを止めていたグールドラケルタの幼体が、僅かに身じろぎ、森の奥に向かってノソノソと歩いていくのを見送る。
「今日だけで10匹だから、やっぱり多いな。」
隣に目をやれば、同じく遠く茂みの中に隠れてしまう後姿を見ながらイーサンが言う。
「そうですね。調査結果によっては、幼体も少し間引くことになるかもしれない。」
何の気なしに言った自分の言葉に、ため息が漏れそうになる。
そうなると、さらに王都に帰るのが伸びてしまう。
その時空気を切り裂くような音が森中に響き、俺たちは空を見上げた。
夕方の撤退を知らせる鏑弾の音に驚いた鳥たちが、バサバサと飛び立ち、森が僅かに騒然となる。
樹高の高い木々が茂り、枝葉が空を覆っている原生林は、陽射しが入りずらく日中でも薄暗い。
今の時期は年明けで、一年のうちでも日の入りが早く、うかうかしているとあっという間に森は闇にのまれてしまう。
「シド、実包はあと何発ある?」
「5発ですね。」
「よし。暗くなる前に撤退。気を抜くなよ。」
明日以降のやり方を、少し考え直すか……。
隊員、特に魔術師団員の口数の少なさが、疲労の強さを物語っていた。
森特有の魔瘴の濃さや常時警戒している緊張感だけでも、慣れていない人間にとっては十分に疲れる。それに加えて湿原特有の足元のぬかるみや朝晩の冷え込みの強さが、疲労に拍車をかけているのだった。
王都を出てから、すでに一月を越えていた。
調査はなかなかに難航しているのだった。
王都から南にあるこの森は、半径が10キロのほぼ円形で、国を半分に分けるように流れる大きな川で二分されるように広がっている。
地図上で川の上側が王都側になり、そこが今回の調査区域になっている。
拠点は森を囲むように3つの砦があり、森の左側からソロン砦、ラーデン砦、ロッゾ砦という。森の監視を兼ねて守護兵が常駐しており、其々が城塞都市として機能している。
陽が沈みきる前にラーデン砦に帰り着くと、調査隊4班のうち帰還していないのはレイモンドの班のみだった。それでも食事が終る頃には全員無事に帰りつき、彼らの食事の終わりを待ってそのまま食堂で報告会の流れになる。
本来なら隊員の休養を考え、参加するのは分隊長以上となるのだが、食事の後そのままだったので全体の半数ほどが食堂に残ったままだった。
食器を片付けたテーブルに地図を広げると、雑談に興じていた分隊長以下の隊員もわらわらと集まってきてテーブルを囲んだ。
一番東のロッゾ周辺から始まった調査は、現在拠点をラーデンに移していて、地図に書き込まれた調査済みの区域は3分の2ほど。残すはソロン砦付近と森の中央部のみ。
「思ったより埋まってますね。」
「全部埋めたら再アタックするんですかね?」
「調査だとそれが面倒なんだよなぁ。」
地図を囲むように立ち並び、周りが皆好き勝手に話しだしていく。
「どうなったら完了判断になるんですか?」
「『調査済み区域の再調査時に、発見した個体の過半数が識別済みであること』かな。」
「あー、なるほど。動きまわる種は手がかかりますね。」
「成体になるとある程度棲み分けるんだがな。幼体は食うもんが違うから行動範囲が広いんだ。」
「虫っすよね。」
「あー、あの綺麗な蝶な。」
「いや、今時期だと芋虫だろ。」
「オレ川沿いで見ましたよ。まじででかいっすね。」
「自分の膝下とおんなじ大きさでしたよ。長さも太さも。」
「俺は本当に無理……。ほんと、無理だわ。」
「黄色と黒の斑なのに、触覚が水色なのが気持ち悪いよね。」
「ちょ!止めてくださいよネイトさん!もーせっかく忘れてたのにぃ…。」
「あんな凶悪なフォルムなのに、蝶は青くて綺麗なんだもんな。」
「同一種とは思えないよな。」
皆の取り留めもない話を聞きつつ、どう進んだものかと考える。
「ちなみに今日までの討伐済み成体と、識別済み幼体の数。それと生存総数は?」
俺の質問に、隣のレイモンドがパラパラとメモをめくる。
「討伐済み成体が11。識別済み幼体が57。生存総数が成体38、幼体が122。」
「うーん。」
俺はレイモンドの言った数を地図の余白に書き込む。
未調査区域は残すところ12㎢。範囲は森のきわが6㎢、中心部が6㎢。
「よし。明日ソロンに向かう。4刻には出発。到着後は森のきわ2ヶ所を全班で調査。翌日は一日休みにする。」
口々に話していた場は静かになり、地図を指さしながら話す俺に、周りの注目が集まっているのが分かる。
「休み明けは野営込みでいく。中央まで調査後野営場所まで全員で移動。翌日四方に再アタックしながら幼体を狩っていく。透過士は砦で待機。中央付近の大型は運び出さず各自解体後焼却。森のきわ2キロなら通常通り彩煙弾をあげろ。幼体も切り捨てずに焼け。血の匂いで集まってきたら困る。記録を取り忘れて焼くなよ。質問は。」
「幼体の限界数は100~120ですが、これから調査する場所は番号付けずに全部狩りますか?」
隣のレイモンドが、周りの他団員を気にして丁寧語で質問してくる。
今回の遠征は第一中隊の中で隊が組まれているので慣れ親しんだ第一小隊だけではない。魔術師団は序列を気にしたりしないのだが、騎士はそうではないのだ。上も下もなく好き勝手にやっている第一小隊が異例なのだといってもいい。今回の編制上役職上位者は俺しかいないので、実質この隊は俺の指揮下にある。
レイモンドは他部隊との混成の際異常なほど空気を読む。それは彼のこれまでの経験が上手く作用している。痒い所に手が届く敏腕の補佐役だ。
「あー。そうだなぁ。パランティカは川沿いに多いからこの辺は殲滅してもいいかな。もし処分した中に識別済みが居たらその都度野良に番号を付けて補充していこう。」
「では各自荷を纏めて3刻半には門前に集合な。」
レイモンドの掛け声で会議は解散になり、俺は椅子に座ったままグイっと伸びをした。
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