冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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18.誇りを守るために

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「十分に魔力は練りあがっているようだの。何かあっても対処できる用意はある。存分に見せてみなさい。」

ローワン先生はほほ笑むと、すっとベンチに腰掛けた。
僕は頭を僅かに下げ、次いでオーフェン司祭を見る。

「『楽園にてイン・パラディスム』からかな?」

僕が口を開くよりも早く、先生は言って肩眉を上げた。

お見通しだ。

僕は思わず、片頬を上げて頷く。


オーフェン司祭が伴奏用の楽器の前に座り、僕らはベンチから離れて祭壇の前に並ぶ。

両壁上部の窓から差し込んでくる自然光だけでは、教会の内部を照らすだけの十分な明かりはない。ベンチに座る人との距離が離れるにつれ、その表情は暗く沈んでしまう。
アプスの青い影はすでに教会の中央へと移動していて、白っぽい三枚の羽は入口付近の壁にまで延び、そこだけが強く明るい。

魔力あたりしない距離を十分にとって、僕はエレインとサントスを見る。
二人と視線を交わし、先生を振り返ると、紫色の瞳は頷いて鍵盤を弾き始める。


最初から全力で行く。

そう強く思って伴奏に耳を傾ける。

治癒室で聞いてもらった時、なぜ三人が微妙な顔をしたのかというと、それは魔力が出始めたのが曲の終わりの方だったからだった。
練りあがった魔力は体外に出ずらい。
でも、ここは教会で、伴奏が付き、ソロではない。
やれると思った。

この広い教会の内部を、声と魔力で満たしてやる。
横に並ぶ二人には、決して触れさせない。

魔力の誘導が巧みだと、レーンさんは言った。
ローワン先生は授業の中で、気持ちが魔力に作用するといった。

なら、大事な二人を守れるはずだ。


伴奏と僕の独唱から曲が進む。
ソロで歌った時とは違い、曲として音が途切れる心配がないから、極限まで伸ばす必要がない。
伴奏と二人の声が、僕の声を支えてくれる。

僕の怒りは長続きしなかった。
美しい曲と二人の美しい声が、僕の心を宥めてしまう。
気持ちに合わせて尖っていた声も、2番に差し掛かる頃には落ち着きを取り戻していた。

控えめなハーモニーを保ってきたメゾとディスカントスが、最終節部の盛り上がりの場所で声量を上げる。

その頂点の一瞬。
その一瞬が、瞬く間に僕の上半身をぶわりと粟立てる。
伴奏も、和音も、その強さも。
すべてが最高の状態で合致したその音。

この瞬間があるからこそ、練習のつらさに耐えられる。
そしてそれは、僕だけが感じているわけではなく、ハーモニーだからこそ共感できるという得難い喜びがある。

一曲目が終わると、エレインが腕を擦っているのが目の端に映った。


次の曲に移る前に、前もって打ち合わせてあった通り、再度魔力を練ろうとして気が付く。
一曲目を歌い出す時と、あまり熱量が変わっていない。
そのかわり重苦しさは減り、より体調は良好だった。
魔力が出ているのは感じたから、多分上手くいっているはずだ。
けれどもし失敗して、またこんな集まりが開かれるのは正直ごめんだった。

限界量かとは思ったけれど、もう少し練り上げてみる。
自分で想像していたよりも余裕があったのか、3割ほど増やしたところでオーフェン司祭を振り返る。


僕はいつものように、入口上部のオレンジの丸窓を見る。
この前の治癒室ではびっくりしてしまった。
曲の最中にもし見たら、きっと集中力が途切れてしまう。

そんな失態は冒せない。
たとえ公的な場でないからといって。


本来、この『アヴェ・ヴェルゴ』という曲は、ハミングをどんどん重ねていって下地をつくり、その音に支えられてソロの独唱に入っていく。
けれど、ここには3人しかいないので、まずは僕の独唱で歌い二週目から合唱になる。

心が落ち着いて、本当に良かったと思う。
こんなにも美しい曲を歌えるのだ。
教会内をいっぱいに満たすように、僕の声が溢れて溶ける。
それを追うように、二人の声が重なっていく。

メゾソプラノは、音がとりずらい。
半音下がっていたり、主旋律の和音になるために思いもよらない音を奏でなければならない。
それを、エレインは絶妙にやってのける。
僕の声と合わさった時の、あまりの美しさに胸が震える。

それに比べてディスカントスは、ある意味で主旋律でもある。
低温なので音の深みが凄い。
僕はSalveのところの階段音階と、gloriosaの『グ』のところの、サントスのタメが好きだ。

ああ……。怒りに曇ったままでなくてよかった。
歌えたことを素直に喜ぶことが出来てよかった。
僕はこんなにも歌うことが好きなのだと、改めて思う。


音の余韻が消え去ると、僕は横に並ぶ二人を確認する。

顔色よし。ふらつきなし。

目線で二人に大丈夫かと問えば、サントスは微かにほほ笑み、エレインはキラキラの瞳をにやりと歪めて腕をさすっている。

そうだね。二曲目もいい出来だった。

2日間の付け焼刃を感じさせない出来に、僕は内心満足し、ローワン先生の瞳をとらえる。
苛立ちは歌と共に和らぎ、僅かな熾火を残すだけだった。

生半可な気持ちで、ここまで来たわけじゃない。
これからの僕の人生よりも、今を生きる上で、歌うことが何より大事なのだ。
この誇りを守るためならば、僕は、僕の魔力くらい必ず制御してみせる。

ローワン先生は、僕の目を見つめ微かに頷くと、良い目だ、とそっと呟く。
オーフェン司祭が、いつの間にか僕の隣に立っていた。

「そうだの。レーンから報告を受けた通り、魔力欠乏の症状は出ていない。明日から毎日7刻(午後1時頃)に学園の演習場に来なさい。」

ローワン先生は穏やかな声音でそう言い、僕の右隣をちらりと見る。オーフェン司祭がその視線を受けて頷く。

「それから、曲の最中横の二人に何か配慮をしたな?」

僕は無言で頷くと、ローワン先生はその榛色の瞳で真っすぐに僕を見る。

「自分の力が恐ろしくなったら今のようにすれば良い。魔力は思いと、イメージが大事じゃ。むやみに恐れる必要はない。」

真摯なまなざしに、僕は神妙に頷く。
僕の思いが二人を守ったのだとわかって、心の底からほっとしている。

「ありがとう。良いものを見せてもらった。」

僕の中の熾火が、カッと色づいたのがわかった。

「それは何に対してですかっ!?」

立ち上がり背を向けるローワン先生に、僕はとっさに叫んでいた。
先生は肩越しに振り返り、

「もちろん。君たちの歌にかける情熱にじゃ。」

素晴らしかった。
そう言って、僕の返事を待たずに出口に向かって行ってしまった。

ローワン先生の言葉に、くすぶっていた熾火が消えたことに気付いた。
この方は、他の人達のように僕を見に来たわけじゃなさそうだった。
先生は信用に値する、と。僕の中の何かが言った。



「セレス。まるで『神の火』のような赦祷歌だったね。」

オーフェン司祭が片頬を上げ、愉快そうに言う。
神の怒りがモチーフにされた力強い楽曲で揶揄され、内心反省しながら頭を下げると想像だにしない答えが返ってきた。

「私も…ふふ、気が晴れたよ。」

そう、ニヤリと笑う顔に、僕らは驚き固まってしまう。
戻って休みなさい、という言葉に従い、僕らは自室に戻るべく袖廊へと向かう。
戻りながら、僕は二人に心からの礼を述べる。

「こちらこそ、ありがとう。」
「気持ちよかったね!」

そう曇りなく笑った二人の笑顔に、僕もやっと心から笑った。




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楽曲はTwitterにて紹介します。
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