冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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17.静かな怒り

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「ちょっ! ねぇセレス、ちょっとこっち来て見てよ!」

袖廊の柱の陰から中央のベンチを覗き込んでいたエレインが、振り向きざまに焦った小声で激しく手招きしてくる。
僕の魔力の事で相談にのってくれるはずの学園の人達を、僕らは教会の袖廊に控えて待っている最中だった。

今日の7刻(午後1時頃)、出席者は5人。
フォルティス様の他には、学園長先生、魔法構築学のカール先生、魔法実技の『風』担当のゼノ・モーフィアス先生、そして橋渡しとなってくれた『光』のローワン・メルキドア先生。

オーフェン司祭は迅速に学園側へ申し入れをしてくれて、生誕祭の日から2日で場を整えてくれたことになる。

はやく!! と、口パクで言うその形相をみて、僕とサントスは顔を見合わせた。エレインの傍に忍び寄ってそっと様子を伺い、目の前の有様に僕は息を飲んで固まった。
僕は叫びだしたいほどに驚いて、隣で固まるサントスを仰ぎ見る。
サントスはやや青ざめた顔で僕を見返し、知ってた?と囁く。
僕は首が錆びたように、ぎこちなく顔を振る。

当初話にあった5人という人数は、一体どうなってしまったのだろう。
中央回廊を挟むベンチには、すでに思い思いの場所に20人ほどが座っている。
しかも約束の時間まで、まだ半刻(30分)もあるというのに。

「今日って臨時の祈りの日だっけ。」

ドッドッと高くなる鼓動を抑えて、僕はサントスに問いかける。

「そんな話は聞いてないけど……」
「んー。もしかして別室で歌うのかもよ? だってとっても個人的な話でしょ?」
「確かに。」

エレインの至極もっともな意見に、僕とサントスは頷いて、それもそうかと納得する。



僕は自分の魔力が及ぼす危険性について、改めてオーフェン司祭に説明した時、なぜ僕一人で歌うのではダメなのかを確認してみた。
万が一にでも僕の魔力のせいで二人に危害が加わったら、僕は自分を許せない。そんな危険を冒したくなかったからだ。

「いつも通りの状態で歌ったほうが、より正確な状態を把握できる、というのが学園側の意向でね。」

そう言った先生は、驚くほど露骨に苦虫を嚙み潰したような顔をしたのだった。
僕は三人で歌うことへの疑問よりも、普段冷静で頼りになる先生が見たこともない程表情を崩したことに衝撃を受けていた。
もう、僕は頷くほかない。
先生がこれほどの顔をしても飲み込まなければならなかったのだ。
これ以上、一体何が言えるというのだ。


好きな曲を歌いなさいと言われたので、僕らは相談して『アヴェ・ヴェルゴ』と『楽園にてイン・パラディスム』の2曲にすることにした。

僕たち三人は、コルスの中でも年長のグループで、自分たちで譜面も読めるし音取りもできる。
能力の見極めの為ではあったけれど、『伴奏を付け合唱にする』ということは『(コルスとして)披露する』ことと僕らは解釈した。
さすがに2日で仕上げろと言われたことは初めてだったけれど、過去に歌ったことがある曲だったし、同室だから呼吸もつかみやすい。
そして何より、これだけの年月を歌と共に生活してきたという自負が、僕らにはある。
そうしろと言われて、中途半端な事にはしないという矜持も。
僕らは2日で、2曲を仕上げた。


「じゃあ、一体どこでやるのかな。」

すっかりのんびり構えた僕の隣で、サントスが「嫌な予感がする。」とぼそりと呟く。

「なんかどんどん集まってくるんだけどー…」

柱の陰で偵察を続けているエレインの呟きに、正面に目をやればベンチは5列ほど埋まりつつある。

「あなたたち、そろそろ時間では?」

袖廊の奥からの声にほっとして振り向けば、オーフェン司祭が怪訝な顔をして近づいてくる。
先生は僕らの困惑と中央回廊のざわめきに足を速め、その様子を目にするやベンチに足早に歩み寄る。僕ら三人は潜むことも忘れて、先生を固唾を飲んで見守った。
最前列には本来の相談役である学園長先生達がいて、その中でもグレーのローブを纏う白く長いひげを蓄えた老魔術師にオーフェン司祭がくってかかっていた。

「ローワン先生…」
「じゃあ、やっぱりここでやるのかな?」

僕らは息を詰めて二人のやり取りに耳を澄ます。
声は上手く聞こえないけれど、先生が凄く怒っているのは分かる。
オーフェン司祭は険しい顔で口と目を閉じ、暫くしてから僕に向かって手招きをした。
サントスが僕とエレインの肩をギュッとつかむ。

「腹をくくろう。」



たしかに、僕たちは人前で歌うことに慣れている。
それは400人だろうと、5人だろうと、80人だろうとやることに何ら変わりはない。
今日は式典でもなく、ベンチのざわめきの様子からも気負った雰囲気はない。
居並ぶ人たちは所属も部署も様々で、遠慮のない気楽さが見て取れた。

要するに、僕だけなのだ。
これだけの人がいて、僕だけが自分の魔力に慄いている。
コルスは集団生活だ。僕は傍に来るコルスの子達から必死で距離を取り、この実験で二人を害する危険に怯えてる。
いつ何時練りあがってるかわからない魔力が、抑えきれなくなったらという不安。
もしも…。もしもコルスに影響が出て、ここに居られなくなったら……
僕は夜中に、何度も目を覚ました。

沸々と、煮える気持ちで魔力を練る。
丸く、熱い塊が、重く体の中に蓄積していく。

中央に向かって歩き出した途端、サントスが僕の名前を呼んで腕をつかむ。
ひどく切羽詰まったその顔に、僕は静かに口を開く。

「イン・パラディスムからやろう。」

一曲目は『アヴェ・ヴェルゴ』の予定だった。
とてもじゃないけれど、こんな気持ちのままであの美しい曲は歌えない。

体内の魔力は、今までなら暴走してもおかしくない程に練りあがって、熱く重く渦を巻いている。
なのに心は、酷く冷たく、静かだった。

中央に歩み出た僕の顔を見ると、オーフェン司祭は一瞬目を見張り、すぐにいつもの表情に戻る。
僕はローワン先生の前で立ち止まり、立ち上がっているその顔を仰ぎ見る。
ローワン先生は面白がるような眼をしてはいたが、いつもの柔らかい表情で僕を見た。

「今日はお忙しい中、個人的なお願いを聞いてくださりありがとうございます。」

僕は先頭に座っている先生たち、一人一人の顔を見て頭を下げた。

僕が学園側に是非にとお願いしたわけじゃない。
けれど僕の個人的な事情で、先生たちが動いてくれたことには変わりない。
いくら周りがお気楽に楽しんでいようとも。
僕の不安や怯えを蔑ろにされたように感じても。
僕の憤りはローワン先生達の善意には全く関係がないのだ。




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