16 / 133
14.魔力誘導
しおりを挟む僕が独自に編み出した魔力発散方法は、目の前にいる魔力の強い人たちから見ると、あまりにも異質な事らしかった。
けれどこの方法があったおかげで、僕は一月を乗り切ることが出来たし、放出された魔力でコルスの子たちが魔力あたりを起こしたこともなかった。
だから僕は気軽な気持ちで何の曲にするか思い浮かべる。
迷った末に『アヴェ・ヴェルゴ』にすることにした。
この曲は元々木管楽器の一節に歌詞をつけたもので、曲が短く独唱に耐えうると思ったからだ。
体内の魔力は、さっきフォルティス様に抜いてもらったのでフラットだった。
多くもなく、少なくもなく、ちょうどいい感じ。
体の中にある魔力を、僕はもうなんの苦も無く意識することが出来る。ほんわりした光がゆらゆらしていて、薄く隅々まで満たされている。それを体中から溢れさせることをイメージしながら歌う。
この曲は一音一音の伸びが長く、言葉の数が少ない。
音を美しく伸ばすとき、僕は音が胸から上全部で響いていることをイメージしている。
音を包むように腕を持ち上げているので、満ちる歌声は腕の中にも揺蕩ってくる。
響く音に魔力を重ねる。
粒子のように細かい光が、音と一緒に溢れてくるのだ。
閉じた目の暗闇が音と魔力に集中している。それは曲の美しさも相まってとても気持ちがいい。
終わりに差し掛かり、薄く目を開けると、僕はその光景に一瞬ギョッとする。
三人が手首をぐるぐる回しながら、声を出さずに『続けろ』と口をパクパクさせている。
短すぎたんだ。
僕はもう一度盛り上がりの部分をリピートした。
「どうでした?」
ほぅ、と溜め息をつくレーンさんに、僕は問う。
レーンさんもフォルティス様と同じで何の苦もなく人の魔力が見えるようだった。
「綺麗に巡りながら、わずかな量が体から出ていました。」
自覚症状はありますか?と問われ、僕はうーんと考えてしまう。
身体の内側に意識を向けてみても、特に何かが変わったようには思えない。
「確かに練られていない分、薄く量も少ないのかもしれないね。」
「次は練ってやってみろ。」
僕は頷いて、身体の流れに意識を移す。
体を満たしている薄い魔力が左回りに身体を巡る。
指の一本一本まで隅々と。体中を流れる間に魔力はどんどん濃く、重く、熱くなっていく。
「上手くなったな。」
フォルティス様が誇らしげに目を細め、僕はその満足げな声音に心の底から嬉しくなる。
思わずにこりと笑ったその瞬間、なんの予備動作もなくフォルティス様は腕を振り上げて、並んで座るサーヴェン中隊副長とレーンさんの視界を遮る。瞬きよりも素早いその動きに、僕は心底驚かされてしまう。
「ちょっ!! なんなの!? びっくりするから止めてよ!!!」
「……。これがテオさんの言っていた稲妻の閃きですか……。」
「…なんだそりゃ。」
サーヴェン中隊副長が腕を押しのけ、レーンさんは石のように固まっている。
「練られた感じは、さっき抜く前と同じくらいか?」
「んー。もう少し上です。」
感情に引っ張られ滅茶苦茶な動きで練られた時よりも、エネルギーは強いのに荒れ狂う感じがしなかった。
身体の中に丸くしっくりと収まり、もう少し練ってもいいと思えるほど魔力の熱は安定してる。
「では、歌ってみますね。」
曲を考えるのが面倒になったので、今日歌った『サルヴェ・レジナ』にすることにした。
1月の間朝から晩まで歌い続けて、まるで呼吸をするように奏でられるようになっている。
魔力に気を取られても、きっと上手く歌えるはずだ。
途中僕のパートは主旋律から外れてしまうけれど、もうそういう曲だと思ってもらおう。
一番はサントス達が歌うディスカントゥス、二番はソプラノで。
練った魔力は、なかなか体表から出ていかない。
強く意識しよう。声と一緒に響くように。室内を満たして揺蕩う様に。
歌い終わって三人を見ると、なんとも微妙な顔をしている。
何だろう。
何かまずいことが起こったのかな。
けれど皆の反応に反して僕の体調は悪くなかった。熱は少し抜けていて、身体の中を魔力が気持ちよく巡っている。
むしろ具合は良いくらいだった。
「べ、別の曲も歌ってみてくれませんか?」
体調はむしろ良いことを伝えると、レーンさんからリクエストが入る。
ならばと、僕は去年の生誕祭で歌った曲に思いを馳せる。
もう一度魔力を練り直し、それと同時に曲の構成を考える。
短い曲なので間奏を上手くつなげられるようアレンジし、3回ほど繰り返すことにする。
最後の回に向かって盛り上げるようにタメを重くしよう。
今回はもう少し強く出すことをイメージして。
曲が美しいけれど得意な音域よりは少し低いから、声を濁らせないように。
最後の語尾が消えて、ああ、良い曲だった、と部屋の天井から視線を移す。
三人の方を向いて、僕はギョッと固まった。
レーンさんは両手で顔を覆っているし、中隊副長は僕の方を見つめたままで滂沱の涙だった。
フォルティス様ですら手で目元を覆っている。
「……。」
そんなに泣いていて、僕の魔力みえてました?
歌い終わったけれど誰も口を開かないので、僕はもう一曲歌うことにする。
もしかしたら見えていなかったのかもしれないと思ったから。
もう魔力を練るのも、素早くできるよ!
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜
ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。
彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。
誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。
君は、どうしていつも泣いているのと………。
ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。
表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。
タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。
そして………タナトスはみてしまった。
自殺をしようとするルミナスの姿を………。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる