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11.矛盾する願い
しおりを挟む王城の広い会場は、沢山の立派な衣装を着た大人達でひしめいていた。
王様と教皇様が、僕の歌を労ってくれる。
きっと満足する出来だったのだろう。
表情が柔らかいことに、僕は内心、とてもほっとしている。
歌を歌うことは、祈りに似ている。
思う心が、僕の体を抜けて出ていくよう。
今日は気持ちがよかった。
上手く空に溶けたと思えた。
大人たちが次々と、僕へ賛辞を贈ってくれる。
これは僕を通したコルスへの賛辞だ。
誇らしい気持ちが僕を満たし、自然と謝辞に笑顔が浮かぶ。
僕らは真実、歌に全てを捧げて生きている。
寝食以外の全ての時間を歌に費やし、式典で歌うという名誉のために、切磋琢磨しながら日々を生きている。
年に数回しかない式典へ、参加できない時の惨めさ。
それは失望と、焦りと、そして恐怖がある。
心を腐らせず、悔しさを次に生かせるように気持ちを保つのは至難の業だ。
心を病んで、自らコルスを辞めていく子も珍しいことではない。
地道な練習漬けの日々は、苦痛を伴う。
けれどそれを凌駕して余りある、喜びがあるのも事実だ。
音を操り、呼吸を整え、思い通りの声を出せた時の達成感。
室内を満たし、ふるわせ、稀に起こる肌が泡立つほどの美しい和音。
なぜ、このままでいられないのだろう。
なぜ、僕らの声は失われなくてはいけないのだろう。
恐れもなく、不安を抱えることもなく、ただひたすらに歌うことが楽しかったあの頃。
随分と短くなったローブの丈が、僕を堪らなく悲しい気持ちにさせる。
僕はもう、あの頃に戻ることは出来ない。
「セレス、疲れたかい?」
オーフェン司祭が、肩に手を置いて柔らかく僕を見る。
オーフェン司祭は変わらない。
この手の熱さも、あの時のままだ。
そのことに、僕は少しだけ安堵する。
「いえ、大丈夫です。」
その時、囲まれた大人たちの隙間から、黒い人影を見かけ、あっと声を漏らしてしまう。
黒い詰襟のロングコートに、黒のトラウザース。
黒のコートは銀糸で刺繍が施されていて、僅かな衣擦れの度に、キラキラとその存在を主張している。身体に添うように仕立てられているコートの腰には、武骨な剣帯をつけ、自然な仕草で人と話をしている様は、ただ立っているだけなのに僕の目を釘付けにして止まない。
フォルティス様は人気者みたいだ。
次から次へといろんな人がやってくる。
僕に向けるいつもの顔とは違い、まるで知らない人のように談笑している。
フォルティス様は、大人なのだ。
僕は子供で、その差をまざまざと突き付けられている。
心にぽっかりとした、穴が開いているように感じた。
寂しかった。
遠いと思った。
一月近く会わないうちに、忘れられてしまっただろうか。
それとも面倒な子守が無くなって、ほっとしただろうか。
もっと会いに行けばよかったと思う反面、疎まれていたらと思うと怖くなった。
嫌われたくなかった。
もっと大人になれば、あの人の傍に居られるのだろうか。
ああ……。僕はめちゃくちゃだっ!
大人に近づいて、この声を失うことをこんなにも強く恐れているというのに。
早く大人になって、あのグレーの瞳の傍に行きたいと願うなんて。
「本日は素晴らしい歌声を聴かせていただき、ありがとうございました。」
明らかに、今までの人達とは違うその物言いに、僕は相手の顔を見上げた。
恰幅のいい、茶色の髪を撫でつけた男の人だった。
「わたくしはレストレード商会のサドルと申します。お見知りおきくださると嬉しいのですが。」
商会と聞いて、オーフェン司祭がやんわりと僕を庇う様に前に出た。
だから話し方に違和感があったのだ。
貴族の人達は、こんな風に下手に出た話し方をしない。
もっと尊大で、おおらかだ。
「お褒めくださり、ありがとうございます。」
今日何度となく口にした定型文を、反射のように口にして頭を下げる。
お礼をしているのに心がついていかなくて、言葉もなんだかスカスカだ。
名前を聞かれたので答えると、相手は偽物みたいな笑顔になる。
やっぱり。と僕は思う。
なんだかこの人の事は好きになれない。
「アズユール様は、成人後何をなさりたいのかもうお決まりですか?」
その一言に、僕の中がどんどんと冷えていくのがわかる。
この場での会話の中には、将来について話を振られることはたまにある。
過去にも何度かこの手の話をされてきた。
その都度僕は、今は歌うことだけを考えていると正直に答えてきた。
無邪気だった僕。
いつまでも、世界も自分も変わらないと思っていた。
今の僕には無邪気を装うこともできはしない。
僕の心は、オーフェン司祭に筒抜けだ。
まるで魔法みたいに、僕の心に刺さろうとするものからやんわりと守ってくれる。
僕は意識して、商会の人の話を聞かないようにした。
苛立ちがまるで風船みたいに膨らんで、僕の意思とは関係なしに突然破裂してしまうから。
そしてその感情の起伏に魔力も引っ張られてしまうから。
『流れに気を取られないこと』
ランバードさんの言葉を思い出す。
でも考えれば考えるほど、頭で魔力を追ってしまう。
歌いたい。
歌って心を平穏にしたい。
縋る気持ちで壁際に目をやると、フォルティス様は今まで見たことがない程の険しい顔をしていた。
僕はびっくりした。
そんな顔をさせる隣の人は誰だろうと視線を動かすと、水色の丈の短いジャケットに、白のトラウザース。栗色の髪はきちんと整えられ、まるで王子様を絵に描いたような人だった。ジャケットと同色のマントをしていることから、第三騎士団の隊長クラスの人だとわかる。
僕は二人の姿を、周りの人たちに気付かれないようにちらちらと盗み見る。
先ほどフォルティス様と話していたどの人達よりも、ずっとずっと親しげだった。
突然、その人がお腹を抱えて笑い出す。
フォルティス様は、真剣な表情だというのに。
胸が、なんだかチクチクと痛い。
二人は気の置けない間柄なのだ。
僕が願った親密な距離。
僕には手に入れられない、その対等さ。
見ていたくなくて、僕は目を逸らした。
これなら、商会の人にイライラしていた方がずっとマシだ。
オーフェン司祭が上手くいなしてくれたおかげで、角が立たずに商会の人は去っていった。
僕はその背中に、心の中で頭を下げる。
嫌な気持ちのままに心の中でした八つ当たりが、ひどく後ろめたかった。
ああ……。
どうしてこんなにも、色々な事で感情がぐちゃぐちゃになってしまうのだろう。
心に振り回されて、自分の感情を持て余してしまう。
ふと、心配そうに覗き込んでくるオーフェン司祭の視線に気づく。
「先生。僕は、僕の気持ちに疲れてきました。」
気づかわしげな紫色の瞳を見つめて、途方に暮れて、僕は言った。
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