please just moment 〜ちょっと、待ったぁ〜

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please just moment〜ちょっと、待ったぁ〜

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PLEASE JUST MOMENT
 
○アメリカン航空AA027便・機内
「Attention , please. Tokyo International  Airport・・・(ご案内申し上げます。東京国際空港・・・・)」
スチュワーデスの声にニヤリとする花子。シートを直しコンパクトを出し化粧を直す。一年振りの日本への里帰り、桜は満開、季節もよし。嫁に行き異国で未亡人となった彼女はロスでは泣く子も黙るゴットねえちゃん、いや失礼泣く子も黙るファースト・レディ。
 
○東京国際空港(羽田)
 あと十分後に会う高司とは、花子の妹の息子、つまり甥である。高司の家族は父・母・弟の四人暮らし。これまでは、海外旅行の経験も豊富な弟の敬司が花子のアテンドをしたのだが、花子の破天荒さに嫌気がさし不公平をうったえていた。今年から、誰が貧乏くじを引くのか、公平をきするべく、くじ引きで負けた誰かが花子を迎え、滞在中面倒を見ることになった。運悪く高司は当たりくじを引いてしまった。高司は商社を務めでいながら海外旅行経験なし、生まれて初めて飛行場に来たのだった。
高司は花子と約束したロサンゼルス発10時10分発のアメリカン航空AA027便の到着ゲートにいた。
「AA027便だから、到着は14時20分かあ・・・」
高司は到着ゲートでキョロキョロしていると、慣れない飛行場への緊張からか、急に用がたしたくなったのである。ところが飛行場のそれは大きいこと、右も左も分からなくなってしまったのである。
その頃、花子はバゲージも受け取り約束の場所へ行くものの高司の姿は見つからなかった。横浜の家へ電話するが留守番電話で応答がない。海外の暮らしの方が長いとはいえ、生まれも育ちも横浜。気の短いところは少しも変わっておらず、一人でタクシーで向かうことにした。
花子がタクシー乗り場で順番待ちをしていると、白人らしき男性が観光客に「チェンジ・マネー」と聞いていた。しかし、誰もが知らん顔、暫く様子を見ていた花子は居てもたってもいられず英語で話しかけた。
「(英語で)どうしましたか?」
「(英語で)うっかりしてドルを円に両替するのを忘れてしまい困っています。」
よく話を聞いてみると、その男性は横浜のインターコンチネンタルホテルへ行き、その後、学会の会議に出席しなくてはならないと言う。ちょっと待った!花子は、ここで冷たくしたら日米親善に印象が悪くなると思った。
「(英語で)その、インター・・・なんとかは知らないが・・・ともあれ一緒にタクシーで行ってあげるよ。」
その男性は、身長185cmくらいで、ブロンドのケビン・コスナーばりの顔立ちをしている。なかなかいい男である。
 
○タクシー車内
話を聞いてみると、ロサンゼルスにある有名大学病院であるシーダース サイナイメディカルセンター(Cedars‐Sinai  Medical  Center)へ勤め、年一回4月に会合で横浜へ来るという。顔もいいし、頭もいい、ただただ感心してしまう花子だった。
ストローハットに真っ赤なワンピース、タクシーのミラーに写る自分を見つめ、まだまだイケると思っている花子には、もう高司の事などすっかり忘れてしまっているのだった。
 
○東京国際空港(羽田)
その頃、高司はやっと約束のゲートを見つけ到着口に辿り着くが、荷物は一つもなく、誰もいなかった。慌てて駐車場へ車をとりに行き、家に電話するが誰も出ない。困った・・・これだから彼女が来ると面倒な事になる。
「まあいいか、どうせ日本での宿泊先は我が家しかないし・・・夜になれば帰ってくるさ・・・」
一路帰途に向かう高司だった。
 
○タクシー車内
山下公園の桜は満開。土曜日ということもあって恋人や家族連れで凄い人だった。白人男性の名はパトリック。彼は桜を見るたびに声をあげて喜んだ。
「(英語で)素晴らしい! 美しい!」
そんなパトリックを見ていると花子は乙女のように心がワクワクするのであった。そうこうしているうちにホテルに着いた。
「(英語で)本当にありがとうございました。お礼に夕食をご馳走したいのですが・・・夕方、お時間いただけませんか?」
花子はちょっと戸惑った素振りをしたものの、引き受けたのだった。私にも、もう一度春が来た!心ウキウキさせる花子だった。
 
○川村家
高司が疲れきって玄関のドアを開けると電話が鳴っていた。高司は受話器を取る。
「はい、もしもし川村です。」無愛想な声で出る高司。その声をよそに
「ハロー。花子、花子。高司、何してたの・・・」と、とても六十歳とは思えないほど元気な声が返ってきた。
「今、インターコンチネンタルホテルにいるの。迎えに来てくれる」
仕方なしに高司は花子を迎えに行くことにしたのである。
 
○インターコンチネンタルホテル
高司は花子を見つけた。なんとも派手な服装の花子は高司を見つけるなり頬ずりをした。真っ赤になる高司。
「やめてよ、もう。早く帰ろうよ」
 
○川村家・居間
二人は家に到着するが、誰もいない。花子は憮然とした。
「なんて愛想のない家なんだろう。遠路はるばる来たのに・・・」
花子がトランクから土産を出し始めていると、母・礼子、父・務が帰ってきた。
「まあ、早かったのねえ・・・」と、冷たい声にますます憮然とする花子だった。
「姉さん、お久しぶりです。まあ、ゆっくりしていって下さい」と、務。
「何がゆっくりだい。皆、私よりトランクの中身の方が楽しみなんだろう」
花子がトランクを開けると、礼子も務も、我先にとトランクの中身を出して喜んでいるのである。なんと単純な人達なんだろうと呆れ果てる花子だった。
「伯母さん、夕食は何がいい?」高司が聞くと
「今日は、デートだから、ほっといて」と、花子は言って二階の客間へあがっていった。
 
○川村家・客間
花子は持ってきたドレスを全部ひろげ、ただただニヤニヤするのであった。だが約束のホテルにどうやって行けばいいのかわからなかった。
「高司に頼めば小遣いを取られるし、とはいえ、こんな派手な服じゃ電車に乗れないし・・・仕方ない、高司に頼もう・・・」
花子は高司を呼び、ホテルまで送ってくれるよう頼んだ。高司はニヤニヤしながら承知した。
 
○川村家・居間
「いったい、伯母さんは誰とデートするんだろう?」
「それより、いつまで居るんだろう?」
「今晩は助かった」
などと、高司たちはヒソヒソ話をしている。
花子は、そのような事は気にも留めずファッションショーを続けていた。疲れが出たのか、ウトウトしてしまい時間だけが無常に過ぎていった。ビクッとして目を覚まし、時計を見て慌てて着替え階段を降りていった。
花子の選んだ服は、さっきの服にも負けないほど鮮やかなグリーンの水玉模様のワンピース。夜なのでストローハットは止め、小ぶりな皇室ハットに白い手袋にエルメスのバッグ。バッグの中には、花子の日本での全財産が入っているのである。オープンチケットにトラベラーズチェック、ドル紙幣、日本円、宝石。なぜ、このようにバッグに持って歩くのか・・・理由は簡単、川村家の人々は未亡人になった花子の持っているものは何でも欲しがるのであった。その上、弟の敬司を養子にして欲しいなど、とんでもないことを言い出す始末であった。
 
○インターコンチネンタルホテル・ロビー
花子が約束の十分前にロビーに到着すると、パトリックは待っていた。
高司は母から相手が誰なのか見てくるように頼まれ、ロビーに隠れ潜んでいたのである。高司は母に電話した。
「年の頃なら四十歳くらいの男性だよ。それも二枚目」
「ああそう、あなたはそのまま尾行してよ。どうせ暇なんだから」
「尾行?駄目だよ、俺。咲ちゃんとデートに約束があるんだよ」
「そんなもの明日にしなさい。伯母さんが騙されてたら大変でしょ」
礼子の本音は、もし花子が誰か他の人と再婚でもされたら全財産がおじゃんになるという気持ちだけからであった。
「そんなこと言われても・・・伯母さんと食事しないから大丈夫だって言っちゃったよ・・・でも、わかったよ」
渋々、母の言葉を了解したものの、尾行なんてした事はない・・・困った高司であった。高司は敬司に比べ呑気な人に良い性格であった。
「もしもし咲ちゃん。ごめん、今晩駄目になっちゃった・・・伯母さんを尾行しなくちゃならなくて・・・」ただただ弁解をする高司であった。
咲には何の事やらチンプンカンプンだった。相変わらず優柔不断な人と怒る気にもならないのであった。高司と咲は高校の同級生。今までにも、やれ先輩に誘われただの、代わりに出張だの、今に始まった事ではなかった。
「いいわよ。桜の散るころ会いましょう」と冷たい咲であった。
高司は電話を切り、辺りを見渡すと花子とパトリックの姿はなかった。
高司はインフォメーションへ行きレストランの名前を調べ、片っ端から電話をした。ふと見上げるとシースルーのエレベーターに二人が乗っていた。たぶん、夜景が見えるレストランであると思い、高司は慌てて隣のエレベーターに乗った。
「たぶん、三十一階のチャイニーズレストラン・カリュウだ!」こういう感だけは当たる高司だった。レストランに着くと、案の定二人はいた。だが、この先どうやって尾行すれば良いのか分からなかった。そこで、グッドアイデアが浮かんだ。高司は咲に電話をした。
「たびたびゴメン。今から出てこない?」
勿論、咲はひとつ返事でオッケーするはずはない・・・
「そこを何とかお願いします、咲さん」
「わかったわよ。まったく面倒な人なんだから」
 
○インターコンチネンタル・チャイニーズレストラン「カリュウ」
高司がレストランの前で待っていると、咲がやって来た。
「ちょっと、ここ? 高いよ、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。必要経費だよ」
高司と咲はレストランに入った。高司は高級中華のメニューなど見たこともなく、何からオーダーしたらいいか困っていると、咲は堂々とオーダーしていった。
「まず、グラスビールを二つ。あと、この前菜盛り合わせを・・・その後に、この青菜炒め・・・」
いつの世も、女は強い・・・いや図々しい・・・。それもそのはず咲は英語、フランス語、中国語と三ヶ国語を話せるガイドである。
「凄いな、何を頼んだらいいか、さっぱり・・・助かったよ」
「そんなことないよ。中国語の勉強した時に、文化や風習、食事とかも勉強したからよ。今は、日本には外国からの観光客も多いから、英語はもちろんのこと、爆買いの中国人や日本のアニメグッズを買いにくるフランス人相手にフランクに話ができた方が何かと有利だからね・・・」
咲は、話には聞いていたが面識のない花子が気になる様子だった。
高司はトイレに行きたくなった。思えば、緊張やら時間がないやらでトイレに行ったのは空港での一回だけだった。高司は咲に告げ、トイレに行った。
咲は花子たちの会話を聞こうと耳をダンボにしていた。どうやら二人は英語で話している様子。
トイレから戻った高司は、咲に詫びた。
「とりえず、乾杯!」高司と咲はグラスビールを手にとった。高司は花子たちに気付かれないように目立たないよう自然に前菜を食べ始めた。
高司は、任務遂行のため、花子たちの会話に聞き耳をたてたが、英語の会話なのでさっぱりわからなかった。しかたなく、食べることに集中することにした。
「うまいなあ・・・咲もたべなよ」
「しっ!」咲は、二人の話している会話を聞いていた。
そんな時、ウェイターが次の料理を持ってきた。
「わあ、これもまた、うまそうだ! ね、咲っ!」
「まったく、何しに来たのよ・・・」
「だって、英語だし、何を話してるのか、さっぱりてるのか、さっぱり・・・で、せっかくだから料理に集中。だってさ、そもそも尾行が任務だからな」
「はいはい」
高司たちは、料理を食べながら、花子たちの動きだけに集中した。
しばらくすると、花子たちは食事が済み席を立とうとしていた。
それでも、高司はまだ食べ続けていた。咲は、尾行なのに何をノロノロしているのだと高司を責めた。
「でも、レジで顔を合わせれば尾行がバレちゃうよ・・・どうしよう・・・」
海外旅行の多い咲は、ウェイターを呼んだ。
「クレジットカード持ってるでしょ。貸して」
咲は、高司のクレジットカードを受け取ると、座席で会計を済ませた。
「これなら、会計で顔を合わせないで済むでしょ」
花子たちは、まだレジの傍でエレベーターを待っていた。これなら間に合う。
「さあ、これからが大変だ。いったい、これから何処に行くんだろう?」
「そういえば、さっき伯母さんたちの会話で、ここからタクシーで行けばいいよ・・・とか言ってたわよ」
二人がタクシーで移動すると確信した高司は、咲に花子たちの尾行を任せ、駐車場へ車を取りにいった。
花子たちは、エントランスに出るとタクシーに乗った。
花子たちを乗せたタクシーが出発するのと同時に高司の車が入ってきた。
「伯母さんたちは?」
「タクシーに乗って、英語であなたの家を告げてたわよ」
どうやら、花子たちは高司の家に向かったようだった。
 
○川村家・居間
高司が咲を送り家に辿り着くと、家の中から花子の笑い声が聞こえた。
「ただいま」高司は疲れきって帰ってきた。
花子は高司を見つけるなり、あんた今までデートだったんだって、とねほりはほり聞くのであった。務と礼子はまるで知らん顔、まったくひどい親である。
突然、花子は話題を変えた。
「今回は少し長く居ようと思っているのよ」
一瞬、固まる三人であった。
「食事もすべて一人で行きたいところへ行くので、どうぞお構いなく・・・」
花子は言うことを言うと、さっさと二階へあがってしまった。それから高司は務と礼子に何度も花子のことを聞かれるのであった。
 
翌朝、川村家の朝はバラバラ。高司は慌てて着替えて降りてきた。
「おはよう。ご飯、ご飯・・・なんだまた目玉焼き?」
「文句言うんなら食べなくていいよ」礼子は料理が苦手である。
素早く朝飯を済ませ、出掛けようとする高司に花子が声をかける。
「あんた、六本木に洒落た店知らない?」
「ゴメン。遅刻しちゃうからあとでね」
「あとじゃ駄目なんだよ・・・今夜・・・」と、花子が言う間もなく高司は出て行った。
 
○ある喫茶店
高司が営業の打ち合せで喫茶店にいる。高司、時計を見る。
「まだ、約束の時間まで二十分もあるのか・・・あれ?!」
なんと、パトリックが入ってきた。パトリックは高司の前を通り過ぎ、奥にいる女性に手を上げた。どうやら待ち合わせのようであった。
「どうも、お待たせしました」取引先の人がやってきた。高司たちは打ち合せを始めた。高司はパトリックが気になってしかたなく何度も目をやった。
パトリックは向かい側の女性の手を握り何かを話している。
「恋人か?」高司は思わず呟いた。
「えっ?」と、取引先の人は高司を見た。慌てて誤魔化す高司であった。
その時、相手の女性がパトリックに何かを手渡している・・・金?・・・それは数百万の現金のようである。
「それでは、そういうことで」
「あっ! はい!」高司がパトリックに気をとられている間に打ち合せが終わっていたのだった。
 
○****旅行会社
咲は、今度のガイドで海外から来た医師団体を京都へ連れて行くのでてんてこ舞いだった。そんな時、どこかで見た女性が入って来た・・・花子である。
「外国の友達を京都見物へ連れて行きたいのですけど、宿と切符の手配をお願いします」
咲は海外専門であるが、これも何かの縁・・・でも変である、花子が知り合った外人は確かロスの医師団体では・・・だとしたら何故・・・そうか二人でプライベート旅行か。咲は切符の手配をした。
「こちらが京都までの切符で、こちらが宿泊先のクーポン券です」
「ありがとう。ところで、あなた六本木にいいお店知らない?」
花子は咲から六本木の店を紹介してもらい出ていった。
咲は高司とあの尾行以来話をしていない。ただ不思議なのは花子の京都旅行と咲のガイドする日程と同じことであった。
 
○六本木の洒落たレストラン
花子がドレスアップして入ってきた。パトリックは花子を見つけると
「(英語で)よくいらっしゃいました。こちらは友人のジョーダンです。こちらは・・・」
パトリックは、次々と友人を紹介していった。
花子たちは食事をしながら談笑していた。さまざまな恋人たちで賑わう中で、花子もいつの間にか恋人のように振る舞っていた。
「(英語で)ちょっと失礼します」花子は席を外した。
花子がいなくなるのを確認し、ジョーダンがパトリックにフランス語で話し掛けた。
「(フランス語で)大丈夫か?  あの女は金持ちなんだろうな?」
「(フランス語で)もちろん金持ちだ。あの女は俺にメロメロさ、いくらだって出すよ」
その時、花子が戻ってきた。
「(英語で)ねえ、何を話してたの?  私のいない間に私の悪口言ってたんでしょう」
花子は少し拗ねてみせた。パトリックは花子を見つめ
「(英語で)別に、あなたの悪口なんか言ってませんよ。それより、私と踊ってきれませんか?」
花子は喜んで承知した。花子とパトリックはムードたっぷりで踊っている。
「(英語で)ねえ、これから家に遊びにいらっしゃらない?」花子は甘えてみせた。
「(英語で)いいですよ。でもご迷惑じゃ・・・」
「(英語で)里帰りで、ちょっとお世話になってますけどね。迷惑なんて言わせませんよ」
 
○川村家・居間
「はい、わかりました」電話を切る礼子。
務と高司がテレビを見ながら話している。ブツブツ言いながら入ってくる礼子。
「どうしたんだ?」と務が聞いた。
「こまっちゃうわよ。姉さんが今からパトリックさんとかいう友達を連れて来るんだってさ。まったくマイペースなんだから」
「パトリック?!」高司は、ビックリしてお茶をこぼした。
「何やってんのよ。どうしたの?」礼子がテーブルを拭きながら言った。
「いや・・・別に・・・」
考え込んでいる高司を、務と礼子は不思議そうに見ている。
どれくらい時間が経ったのだろう。花子が帰ってきた。ギョッとして顔を見上げる高司たち。
「ただいま。なんだい誰も出迎えて来ないのかい! ああ、こちらパトリックさん」
パトリックはスーツに身を包み、手土産にせんべいを持っていた。
「(英語で)初めまして」外国人と判り務が英語で話し、右手を出した。パトリックも右手を出し、握手をした。
「(英語で)初めまして、パトリックです。空港で困っていたところを花子さんに助けてもらいました」
花子は立ち話もなんだからとパトリックをテーブルにつかせ、礼子にお茶の用意をさせた。
楽しそうに話をしている花子を見ていると高司は、どうしても昼間の喫茶店での出来事が気になって仕方がなかった。そんな高司をよそに礼子が言った。
パトリックにお茶を出しながら礼子が、英語で話しかけるが、英語が出てこない。
「日本語で大丈夫です。日本語、少しはわかりますから」
「パトリックさんは、学会で何回も日本に来てるんだから日本語で大丈夫だよ」花子が言った。
「そう・・・パトリックさんは、何をなさっているのですか? お年は?」
「礼子! 国境を越える愛には年齢は関係はないのよ」機関銃のように話す礼子を花子は遮った。その姿はまるで映画のヒロインのようであった。
一瞬ニヤリとするパトリック。
礼子と務はビックリして口をあんぐりしていた。
「私は明後日から京都に行って来るから」花子は礼子達にそう言うとパトリックに微笑みかけた。パトリックは花子にウィンクで返した。
高司は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「そろそろ私は帰ります。どうもお邪魔しました」パトリックは腰を上げた。
「何のお構いもしませんで・・・おやすみなさい」花子はパトリックを送り出した。
「(英語で)じゃあ、明後日ね」
「(英語で)了解です」
 
○新幹線・グリーン車内
窓際に座る花子。その横で楽しそうにしているパトリック。
花子はバッグから大きなおにぎりを取り出した。
「(英語で)パトリックさん、よろしかったら食べませんか?」
「(英語で)ありがとうございます。美味しそうですね」
その時、パーサーが車輌に入ってきた。
「何か、いかがですか?」
「お茶を二つください。あっ、それからイヤホンを貸してください」
「お客さま、イヤホンは有料でございます」
「あらそう。飛行機ではお金取らないのに・・・まったくケチな国だねえ」
その時、パトリックが花子の手を握りながら言った。
「(英語で)花子さん。私は今、音楽なんていりません。花子さんが居れば・・・」
花子は天にも昇る気分だった。その手にはいくつもの指輪が輝いていた。
 
○京都東急ホテル
咲が、○○医学会の名簿をチェックしている。
「あれ?おかしいな。パトリックなんて名前ないじゃない」
咲は高司に電話をした。
 
○川村家・居間
電話が鳴っている。礼子が電話に出た。
「はい、もしもし。ああ、咲ちゃん。高司?ちょっと待ってね」
礼子は受話器を置き、高司を呼んだ。まだ寝ていた高司は目を擦りながら降りてきた。
「はい。もしもし・・・」
「おはよう。いつまで寝てるのよ、まったく。ところでさぁ、伯母さんの彼・・・パトリックさんって言ってたわよね・・・いくら探しても名前がないのよ。本当にあっているの?」
「ああ、名字はわからないけど、パトリックだよ」
「名字ではないでしょう。ファーストネームかミドルネームか・・・どっちなのよ」
相変わらず機関銃のように口のまわる咲だった。
「ねえ高司。何かやっぱり臭うわよ。今から京都に来ない?」
「仕事の資料を作らなきゃいけにんだ。せっかくの日曜日なのに・・・」
「あなたは全く自分の事しか頭にないんだから。伯母さんの一大事になるかもしれないのよ・・・命でも狙われたら・・・」
そんな馬鹿な、花子に限って殺すことはあっても殺されることはないと思った高司だったが、喫茶店の出来事以来、何か引っ掛かっているのであった。
「わかった。今から京都に行くよ。三時過ぎると思うけど」
 
○哲学の道(京都)
パトリックと花子が肩を並べて歩いている。
「(英語で)花子さん、桜が綺麗ですね。でも、あなたの方がもっと綺麗です」
花子は少女のようにはしゃいでいる。
パトリックの目が光る。
「(英語で)私は、これから学会に出席しますので、17時に京都東急ホテルのロビーで会いましょう。それまでタクシーで京都見物でもしたらいいですよ」
パトリックはタクシーを止め、花子を乗せた。
 
○新幹線・車内
高司は座席でノートパソコンを取り出し、仕事の資料を作り始めた。しかし、どうしても花子のことが気になって集中できなかった。
あの花子に白人のしかも年下のイケメンが惚れるわけないと思っているうちに花子が日本へ来てからの出来事を思い浮かべていた。
「やっぱり、変だなぁ」
まあ、いいか。高司はスチュワーデスにビールをたのんだ。
「本当に、これでも商社マンかねぇ」
自分でもつくづく呆れる高司だった。
 
○京都東急ホテル
高司はタクシーでやってきた。咲が高司に走り寄る。
「早かったじゃない。これが名簿なんだけど・・・そんな名前に人いないし、騙されているとしか思えないけど」
「ところで、俺はここまで来てどうすればいいの?今晩、咲ちゃんと同じ部屋に泊まれるのかな・・・」
「何言ってるのよ。私は仕事で来ているのよ。あなたはビジネスホテルでも泊まるか、明日仕事でしょ、新幹線で帰ったら。そんなことより伯母さんのことでしょう・・・宿泊しているホテルへ行ってみましょうよ」
咲は高司をタクシーに乗せた。
 
○*****ホテル(花子たちの宿泊ホテル)
咲はフロントへ行き、花子のことを尋ねた。生憎、パトリックと外出しているとのことだった。咲は高司に首を横に振った。
「これからどうする?伯母さんが戻るまでここで待つ?」
「そうねえ・・・あっ!」咲がロビーラウンジの方に目をやった。
「どうしたの?」
「あれ、パトリックさんじゃない?」
なんとそこにはパトリックがいたのである。それも一人ではなく女性と・・・花子ではない。
 
ホテルのロビーラウンジでパトリックと女性が親密そうに話している。
「私は日本で病院を開設したいのですが・・・建設費用が高くて・・・」
パトリックは流暢な日本語で話していた。
「どれくらい必要なのですか?」
パトリックの目が光る。
 
こんなところに花子が来たら、きっと嘆き、泣き叫ぶに違いないと高司は思った。
「あんな伯母さんでも、ちょっと可哀想だな」
「ちょっと行ってくる」
咲がパトリックの方へ行こうとした、その時。どこかで見たような大きな帽子・・・花子である。
花子はロビーラウンジに入っていった。
 
「Please just moment.(ちょっと待ったあ!)」花子は大きな声で叫んだ。
驚いて立ち上がったパトリックの手を肩にかけ背負い投げをした。
投げ飛ばされて目を丸くしているパトリックに花子は言った。
「(英語で)もう、日本の女性を騙すのは止めなさい」
「(英語で)何のことですか?」
「(英語で)これはどういう事ですか?(日本語で)お嬢さん、今この人から結婚を申し込まれましたね。それで病院の建設に費用がかかるから何とかして欲しいと・・・この人は詐欺です」
思わぬ展開にビックリして走り寄る高司と咲。
花子は咲の姿を見て言った。
「あなた、咲さんですね。この前は切符をありがとう」
「どうしてご存知なのですか?」と不思議そうな咲。
「そりゃ、私だって可愛い甥の彼女のことぐらい知っています。高司の手紙にあなたの写真が入ってましたからね」
高司は花子に書いた手紙のことなど全然忘れていた。
「じゃ、じゃあ。どうして、この人が結婚詐欺だってわかったんだよ」
「そんなもの、名誉ある医者がこんな年寄りを相手にする理由もないし、日本で病院を造るから結婚したいなんて、私が信じるわけないでしょうが・・・私はこう見えても英語は勿論、フランス語も得意でね。この前、六本木で食事した時この男が友人とフランス語でこのことを話しているのを聞いたんだよ」
「じゃあ、なんでここまで来たんだよ」
「それはね(花子は頬を赤らめた)・・・私もこの年でちょっとあんた達のような恋をしてみたくなったんや・・・若い頃を思い出したん。主人との昔のことをな。(パトリックに向かい英語で)ありがとう、楽しかった。でも、日本の女性の心を弄んじゃいかん。日本人はみんな親切じゃ。知らない国に来て困っている人がいたら助けてあげるのが人間だよ」
いつの間にか関西弁になっていた花子だった。それもそのはず、花子の亡くなった御主人は関西の商社マンで転勤でロサンゼルスに行った。花子は、年に一度亡くなった御主人の好きだった桜を見に来ていたのだった。
高司は、そんな話を聞かされ初めて胸が熱くなった。
パトリックは完全にうなだれている。
「(英語で)もう、いいから。まっとになって、二度とこんな浅知恵は止めて、どんな仕事でもいいから汗をかき働いて欲しいのや」
 
○丸山公園
夜桜を見ながら歩く三人の肩に桜の花びらが散る。
高司と咲は花子に気を使っている。思い切って高司は花子に声をかける。
「伯母さん・・・今回は大変だったな・・・あれ?」
高司は花子を見た。花子は清々しい笑顔で
「何か言った?」
「いや・・・別に・・・」
花子の立ち直りの早さに脱帽の高司であった。
 
○川村家・玄関
花子は身支度をしている。スーツケースに大きな帽子。
「伯母さん、送っていくよ。会社は午後に出ればいいから」と高司
「大丈夫。帰ったらまた一人や。いつまでも甘えていられない」
タクシーが迎えにきた。
「また是非遊びに来てくださいね」と務
「姉さん、気をつけてね」と礼子
「いつでも来てね。咲ちゃんも待ってるよ」と高司
「日本は怖いし。私もこれが最後かもしれないし・・・みんなの顔を、よく覚えておくわ・・・」と言いながら、花子は目頭をハンカチでおさえた。
玄関のチャイムが鳴り、タクシーの運転手が入って来た。
「あのー早くしてくれませんか。もう十五分も待っているんですけど」
「はいはい、今、出るところだったんや。ほな、運転手さん行こうか」
走り出すタクシー。いつまでも見送る三人。
 
そして、一年後
礼子はデパートのバーゲンセールに出かけた。
務はテレビを見ている。
高司はパソコンをやっている。高司が務に話しかける。
「ねえ。また桜の咲くころ、伯母さん来るのかな?それとも本当にもう来ないのかなあ」
「さあな。もう桜も散っちゃったしな。今年はもう来ないかもな」
その時、電話が鳴った。
「父さん、電話だよ。いま手が離せないから出てよ」
「おまえ出ろよ」
しぶしぶ電話に出る高司。
「はい、もしもし川村です」
「ハローハロー、私、花子。今年は遅くなったので今、東北で桜見てるの。明日には行くからって言っておいて」
なんとも能天気な声。
これが本当に「プリーズ・ジャスト・モーメント」
 

 


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