恋が始まらない

北斗白

文字の大きさ
上 下
43 / 48

第43話「冬の始まり」

しおりを挟む
 様々な思いを抱えることとなった修学旅行から帰ってきて何日かが経ち、雪が降ってもおかしくない気温が迫ってくるといったところで冬馬は熱を出し、学校を休んで毛布にうずくまっていた。
 恐らく風邪のひきやすい季節の変わり目という事柄に、修学旅行のような度重なる環境の変化が加わって、自分の体内に最悪の化学変化が発生してしまったのだろう。

 「冬馬ー、ちゃんと薬飲みなさいよー?」

 リビングから母の声が聞こえる。そして返事をするように身体を起こそうとするが、自分にだけ重力が過剰に働いているような感じがして上手く身体を起こす事が出来ない。
 今の母の声量だけでも頭の中に響いて、ズキンと鈍い痛みが脳内を駆け回っているようだ。

 (まいったな……)
 
 周囲の家具を利用して何とか立ち上がろうとしたが、頭が安定していないためか少し歩いただけでふらふらになって、気配からしてまともに行動できそうになかった。

 (しょうがない。寝てるか……)

 長旅から帰宅して三日ほど経過してしまっているが、あいにく疲れも完全に癒えたわけではない。
 ふぅ、と長い息を吐いて起こした身体をもう一度ベッドに寝かせる。ふわふわとした睡魔が訪れるのを予感しながら、冬馬は身体を十分に休めるせっかくの機会としてもう一度眠りにつくことにした。
 もし、久しぶりに学校に行ったら何か教室内の環境が変わっているだろうか。出来る事なら何事もなく平穏でいて欲しい。そんな期待を込めながら冬馬はゆっくりと瞼を閉じた。

 
 駅の長椅子に腰を掛けて、先ほど自動販売機で購入した温かいカフェオレに口を付ける。最近は気温もすっかり冷え込んでしまい、特に今みたいな太陽が昇りきらない朝と帰宅途中の夕方から夜にかけては、季節が冬に変わっていることを実感させられる。
 両手にじんわりと広がる温かさを感じながら、改札の真上にある電光掲示板に目を向ける。

 (……もうちょっとかな)

 今日が作戦実行の約束の日で、香織は修学旅行中に夜遅くまで話を聞いてもらったとある女子を待っているのだが、定刻通りに電車が到着するのであればもう五分もしない内に会えるだろう。
 だが果たして作戦は上手くいくのだろうか。ごく普通の男子高校生にはいくらか効き目があるのかもしれないが、なんせ相手は水城冬馬だ。見た目からして恋愛なんて興味ないです。みたいな雰囲気を醸し出しているのと、他の生徒には感じられる下心の様な物を今までの彼からは感じたことがない。
 それについては、友だちからも褒められることもあって容姿には多少自信があるのだが、水城の前では無力でしかなくて、肩を落とさずにはいられないくらいだ。

 (とかそう思ってたけど……)
 
 修学旅行に行く前まではそう思っていた。だが関西の自主研修のことは今でも鮮明に脳の奥底に焼き付いている。
 通天閣の広場で水城と会った時、本人は「偶然」自分と出会ったと錯覚しているであろうが、実はあの出来事は偶然でもなんでもなく、事前に水城から聞き出した情報を元にして、偶然を装って出会う事が出来そうな場所を計算したあと、同じグループの友達に協力して貰ったという完全なる「はかりごと」なのだ。
 それで計算した通り水城と合流したところまでは良かったが、ちょっと話すだけと考えていたのに水城と二人だけという状況に心が興奮の色を帯びてしまって、ついグループの友達を置いて抜け出してしまった。後々考えてみれば赤面モノだが、結果として二人で観覧車に乗るという恋人チックなことも、ずっと後悔していた食堂での一件を謝る事が出来た。

 (……ところまでは良かった)

 もう一度あのシーンを脳内で再生する。

 --花園、俺からもごめん。

 そう言って彼は泣きじゃくっている自分の肩にそっと手を回し、優しく、でも強く抱きしめた。
 あの時間は本当に嬉しさで胸がいっぱいで、息が詰まりそうだった。自分の心の何処かで、加速しすぎている心拍音が水城に伝わってしまうのが不安な気持ちもあったけれど、ほとんどは「幸せ」の感情が身体全体を支配していた。
 男子が苦手で身体を触られる事なんてもってのほかだというのに、水城に抱きしめられたときはドキドキが止まらなくて、ずっとこの時間が続けばいいのになと思ってしまった。
 そしてこれが「好き」ってことなんだな、と思った。

 「おーい香織ー」

 改札をくぐってきた影が、こちらに手を振りながら歩いてくる。そして香織の目の前まで近づくと「おはよう」とはにかんだ。

 「遥香、おはよう。ごめんね朝早くから付き合わせちゃって」
 「いーのいーの! 頑張って成功させようね!」
 「うん!」

 夜遅くまで付き合ってくれた遥香のためにも、自分自身の恋のためにもこの作戦を成功させなければならない。
 目当ての男子が気づいてくれるかは分からないが、「少しでも見てくれればいいな」と香織は小さく呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

乱交的フラストレーション〜美少年の先輩はドMでした♡〜

花野りら
恋愛
上巻は、美少年サカ(高2)の夏休みから始まります。 プールで水着ギャルが、始めは嫌がるものの、最後はノリノリで犯されるシーンは必読♡ 下巻からは、美少女ゆうこ(高1)の話です。 ゆうこは先輩(サカ)とピュアな恋愛をしていました。 しかし、イケメン、フクさんの登場でじわじわと快楽に溺れ、いつしかメス堕ちしてしまいます。 ピュア系JKの本性は、実はどMの淫乱で、友達交えて4Pするシーンは大興奮♡ ラストのエピローグは、強面フクさん(二十歳の社会人)の話です。 ハッピーエンドなので心の奥にそっとしまいたくなります。 爽やかな夏から、しっとりした秋に移りゆくようなラブストーリー♡ ぜひ期待してお読みくださいませ! 読んだら感想をよろしくお願いしますね〜お待ちしてます!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...