5 / 8
5 斉田閣下
しおりを挟む
何かしら奇っ怪な夢を見た気がする。顔も知らないはずの父親と、水内が出てくる。すこぶる目覚め悪く工藤は目が覚めた。
雨が降っているらしく、目ざましが鳴る時間でもまだ薄暗い。
ベッドから身を起こして工藤は頭をかく。そのまま立ちあがってカーテンを開け、工藤は窓の外に奇妙なものを見つけた。
工藤の部屋は二階にある。その二階の窓の外、一階の屋根の部分に白菜や蕪ののった笊が置いてあった。
「んだこりゃ」
半分寝ぼけたまま、窓を開けて冷気に震えながら笊を引き入れる。幸い二階の張り出した屋根のおかげで濡れてはいなかった。蕪の下にメモを見つけて引っ張り出す。
『良かったら食べて 水内』とか書かれていたのを見て即座に握りつぶしてゴミ箱に叩きこむ。何だあいつは。ストーカーか。二階で安心していたのに、プライバシーはないのか。何で野菜か。あいつはごん狐か。
下から母親に呼ばれるまで、しばらく工藤は壁に額を当てて諸々苦しんでいた。呼ばれてやむなく暗い部屋で電気も点けずに身支度する。野菜を持って下に降りる。
母親は深く考えずに今日は鍋にしようかしら、と白菜片手に喜んだ。蕪は漬物になるらしい。
「あんた昨日練習サボってたでしょ」
工藤が言いがかりを付けられたのは、例によって昼休みに入ってからだった。
「何をおっしゃいますか斉田閣下。真面目にやってましたよ」
「昨日見に行ったらいなかったけど」
あの後斉田は公園まで見に来たらしい。恐ろしい執念だこと。
「夜までやって暗くなったので帰りましたけど。今日はパンは何にしますか」
「あそこ街灯があるじゃない。明太子パン。二つね」
二百四十円を渡しながら斉田は平然と街灯を頼りに練習しろと要求する。なんて恐ろしいことを言うのか。いつまで練習させる気か。
「それはひどい。そこまではできないよ、ホントに」
「ふん」
不満そうに小さい斉田は鼻を鳴らす。
「今日は雨だから無理でも、ちゃんとやってよね。あと一味パンも一つ」
追加で八十円が渡される。南洋高校名物、一味唐辛子パン。ほとんどの生徒にとっては罰ゲームに等しいが、中には好むやつもいるものだ。多分斉田はメガネを見るに、赤いものはすべて善い、とでも思っているのだろう。
「そのうちサボってないか見に行ってあげるから」
恐ろしい予告を聞きながら、クラスの支配者執政官閣下のために工藤は売店に走る。
「と、言う訳で今日は閣下が練習を見に来て下さったわけだ」
例によっていつも練習している公園。いよいよ明日が本番という時にわざわざ斉田閣下が視察に来て下さったわけで、ありがたいことだとでも思うしかない。
バス通学の二人と違い、斉田は自転車で来ていたがこの自転車も真っ赤だった。
「うん。みにきてくれてありがとう斉田さん」
にこにこと天狗は頷く。
「ふん、早く始めて。私は忙しいんだから。いい、この体育祭も1-Dが制するの。そうしたらあんたたちだって得するでしょ。私のクラスは完璧じゃなきゃダメなの。完璧なクラス、完璧なクラスメート。そして完璧な内申書と完璧な成績。それが人生ってものでしょ」
小さなうらぶれた公園で演説する斉田は赤いコートを着ていた。工藤は未だに昭和的な立身出世神話を信じていられる斉田が正直うらやましい。天狗は何も考えずにうんうんうなずいている。
「と言う訳。さ、ちょっと飛んでみて水内」と、言った時から水内の地獄が始まる。
「ほらそこだ!突っ込め!殺せ!殺す気でいけってこらぁ!何身を引いてる!お前が死ね!私が殺すぞ!」
イマイチしまらない水内の飛行に、さんざっぱら斉田がどなり散らす。
「水内ぃ!役立たないならその羽切っちまうぞコラ!」
さすがに俺でもそこまでは言えない、と思いながら工藤はベンチで見ていた。真性ドSの斉田の怒鳴るまま、天狗は木に突進し激突し地面に落ちてはまた急上昇する、というかさせられる。見ている工藤が目が回りそうになるのだからやってる水内は普通に死ぬのではないか。
「おら!何休んでんだ!そんなんで本番クラスの役に立てるのか!」
「あの、そんなにやったら」
見かねてベンチの上で叫ぶ斉田に声をかける工藤。背の高さはベンチ分入れて同じくらいだった。
「何甘いこと言ってるんだ!お前も飛ぶか!」
ぎらりとにらんだ斉田の目が本気で、工藤は硬直する。
「おらボケ天狗!もっときびきび飛べないのか!」
「は、はぃ」
なんだこれは。怒鳴り散らす斉田の小さな背中と、奴隷のように従う水内の空を飛ぶ姿。これは健全なことなのか、とさすがに天狗差別主義者でややMの工藤さえそう思う。
やがて、ぼろぼろに疲れ果てた水内が寿命の尽きたセミのようにぽとりと地面に落ちた。
おい大丈夫か、と言い掛けた工藤の前にずかずかと低い背をいからせて斉田が進んで行く。
「こら!やる気あるのか天狗!私の完璧なクラスをどうしてくれる気だ!」
襟首をつかんで怒鳴る斉田。ブラック企業か。工藤が流石に何とか止めようかなどうしようかなと思った直後に、天狗が自力で身を起こした。
「あれ……斉田さん。何か変な匂いがするね」
胸倉つかまれたまま水内が言う。斉田は硬直する。工藤も硬直する。
「うっ……なっ」
「ダメだと思うよそう言うの」うんうんうなずきながら天狗は続けて「女の子がそんな匂いさせてちゃ」
べしゃ、と斉田が手を放した。地面に転がった水内の腹に一発無言で蹴りを入れて、振り向く斉田。まっすぐ工藤を睨みつける。待て待て待て待て、と工藤は手を前に出して「いや、俺は知らん。何も」
「工藤、工藤悠馬!お前ら組み体操だ今から練習しとけ!」
「えっ、いやもう明日」
もう明日には体育祭が、と思ったが「黙れ!」工藤は黙った。
「こんな、訳のわからないやつに棒倒しさせようと思ったのが悪かった。私がバカだった。またこんなことを」また、って前も言ったのか。斉田が水内を嫌っていた訳、ひいては水内がクラスで浮いていた訳もわかったような気がする。
「もうこんなのには何も期待しない!所詮人間もどきだ」言いたい放題言い捨てて「工藤、迷惑かけるな。頼む」さっさと自転車に飛び乗ってきこきこ公園を出て行く。小柄な斉田が赤い自転車に乗ってる姿はまるで小学生だった。
「おい大丈夫か?」一応水内を助け起こす。「見ただけじゃわかんないかもしれないけど、あれでも女だからな。臭いとか言っちゃいかんぞ普通に。あいつ権力者だしSだし」
「うん。ごめんね工藤君」
助け起こされた水内は本気で涙目になっていた。土埃にまみれた羽が痛々しい。
「いや、俺に謝ることはないけどな。まあいいじゃん組み体操、俺最初は組み体操狙いだったし」
「よくないよ!」声変わりホントにしたか、と言う位高い声で天狗が叫ぶ。「僕は、飛べるから、棒倒しでみんなの役に立てるかと思ったのに!」
「いや、それは残念だったけど。ホント気にするなって」何で俺は天狗何かフォローしてるんだ、と工藤は思いながら「体育祭とか遊びだろ。レクリエーションだろ。な、むしろ今後のこと考えとけって。明日斉田に謝っておけよ、マジで」
許してくれるか知らないけどな。
雨が降っているらしく、目ざましが鳴る時間でもまだ薄暗い。
ベッドから身を起こして工藤は頭をかく。そのまま立ちあがってカーテンを開け、工藤は窓の外に奇妙なものを見つけた。
工藤の部屋は二階にある。その二階の窓の外、一階の屋根の部分に白菜や蕪ののった笊が置いてあった。
「んだこりゃ」
半分寝ぼけたまま、窓を開けて冷気に震えながら笊を引き入れる。幸い二階の張り出した屋根のおかげで濡れてはいなかった。蕪の下にメモを見つけて引っ張り出す。
『良かったら食べて 水内』とか書かれていたのを見て即座に握りつぶしてゴミ箱に叩きこむ。何だあいつは。ストーカーか。二階で安心していたのに、プライバシーはないのか。何で野菜か。あいつはごん狐か。
下から母親に呼ばれるまで、しばらく工藤は壁に額を当てて諸々苦しんでいた。呼ばれてやむなく暗い部屋で電気も点けずに身支度する。野菜を持って下に降りる。
母親は深く考えずに今日は鍋にしようかしら、と白菜片手に喜んだ。蕪は漬物になるらしい。
「あんた昨日練習サボってたでしょ」
工藤が言いがかりを付けられたのは、例によって昼休みに入ってからだった。
「何をおっしゃいますか斉田閣下。真面目にやってましたよ」
「昨日見に行ったらいなかったけど」
あの後斉田は公園まで見に来たらしい。恐ろしい執念だこと。
「夜までやって暗くなったので帰りましたけど。今日はパンは何にしますか」
「あそこ街灯があるじゃない。明太子パン。二つね」
二百四十円を渡しながら斉田は平然と街灯を頼りに練習しろと要求する。なんて恐ろしいことを言うのか。いつまで練習させる気か。
「それはひどい。そこまではできないよ、ホントに」
「ふん」
不満そうに小さい斉田は鼻を鳴らす。
「今日は雨だから無理でも、ちゃんとやってよね。あと一味パンも一つ」
追加で八十円が渡される。南洋高校名物、一味唐辛子パン。ほとんどの生徒にとっては罰ゲームに等しいが、中には好むやつもいるものだ。多分斉田はメガネを見るに、赤いものはすべて善い、とでも思っているのだろう。
「そのうちサボってないか見に行ってあげるから」
恐ろしい予告を聞きながら、クラスの支配者執政官閣下のために工藤は売店に走る。
「と、言う訳で今日は閣下が練習を見に来て下さったわけだ」
例によっていつも練習している公園。いよいよ明日が本番という時にわざわざ斉田閣下が視察に来て下さったわけで、ありがたいことだとでも思うしかない。
バス通学の二人と違い、斉田は自転車で来ていたがこの自転車も真っ赤だった。
「うん。みにきてくれてありがとう斉田さん」
にこにこと天狗は頷く。
「ふん、早く始めて。私は忙しいんだから。いい、この体育祭も1-Dが制するの。そうしたらあんたたちだって得するでしょ。私のクラスは完璧じゃなきゃダメなの。完璧なクラス、完璧なクラスメート。そして完璧な内申書と完璧な成績。それが人生ってものでしょ」
小さなうらぶれた公園で演説する斉田は赤いコートを着ていた。工藤は未だに昭和的な立身出世神話を信じていられる斉田が正直うらやましい。天狗は何も考えずにうんうんうなずいている。
「と言う訳。さ、ちょっと飛んでみて水内」と、言った時から水内の地獄が始まる。
「ほらそこだ!突っ込め!殺せ!殺す気でいけってこらぁ!何身を引いてる!お前が死ね!私が殺すぞ!」
イマイチしまらない水内の飛行に、さんざっぱら斉田がどなり散らす。
「水内ぃ!役立たないならその羽切っちまうぞコラ!」
さすがに俺でもそこまでは言えない、と思いながら工藤はベンチで見ていた。真性ドSの斉田の怒鳴るまま、天狗は木に突進し激突し地面に落ちてはまた急上昇する、というかさせられる。見ている工藤が目が回りそうになるのだからやってる水内は普通に死ぬのではないか。
「おら!何休んでんだ!そんなんで本番クラスの役に立てるのか!」
「あの、そんなにやったら」
見かねてベンチの上で叫ぶ斉田に声をかける工藤。背の高さはベンチ分入れて同じくらいだった。
「何甘いこと言ってるんだ!お前も飛ぶか!」
ぎらりとにらんだ斉田の目が本気で、工藤は硬直する。
「おらボケ天狗!もっときびきび飛べないのか!」
「は、はぃ」
なんだこれは。怒鳴り散らす斉田の小さな背中と、奴隷のように従う水内の空を飛ぶ姿。これは健全なことなのか、とさすがに天狗差別主義者でややMの工藤さえそう思う。
やがて、ぼろぼろに疲れ果てた水内が寿命の尽きたセミのようにぽとりと地面に落ちた。
おい大丈夫か、と言い掛けた工藤の前にずかずかと低い背をいからせて斉田が進んで行く。
「こら!やる気あるのか天狗!私の完璧なクラスをどうしてくれる気だ!」
襟首をつかんで怒鳴る斉田。ブラック企業か。工藤が流石に何とか止めようかなどうしようかなと思った直後に、天狗が自力で身を起こした。
「あれ……斉田さん。何か変な匂いがするね」
胸倉つかまれたまま水内が言う。斉田は硬直する。工藤も硬直する。
「うっ……なっ」
「ダメだと思うよそう言うの」うんうんうなずきながら天狗は続けて「女の子がそんな匂いさせてちゃ」
べしゃ、と斉田が手を放した。地面に転がった水内の腹に一発無言で蹴りを入れて、振り向く斉田。まっすぐ工藤を睨みつける。待て待て待て待て、と工藤は手を前に出して「いや、俺は知らん。何も」
「工藤、工藤悠馬!お前ら組み体操だ今から練習しとけ!」
「えっ、いやもう明日」
もう明日には体育祭が、と思ったが「黙れ!」工藤は黙った。
「こんな、訳のわからないやつに棒倒しさせようと思ったのが悪かった。私がバカだった。またこんなことを」また、って前も言ったのか。斉田が水内を嫌っていた訳、ひいては水内がクラスで浮いていた訳もわかったような気がする。
「もうこんなのには何も期待しない!所詮人間もどきだ」言いたい放題言い捨てて「工藤、迷惑かけるな。頼む」さっさと自転車に飛び乗ってきこきこ公園を出て行く。小柄な斉田が赤い自転車に乗ってる姿はまるで小学生だった。
「おい大丈夫か?」一応水内を助け起こす。「見ただけじゃわかんないかもしれないけど、あれでも女だからな。臭いとか言っちゃいかんぞ普通に。あいつ権力者だしSだし」
「うん。ごめんね工藤君」
助け起こされた水内は本気で涙目になっていた。土埃にまみれた羽が痛々しい。
「いや、俺に謝ることはないけどな。まあいいじゃん組み体操、俺最初は組み体操狙いだったし」
「よくないよ!」声変わりホントにしたか、と言う位高い声で天狗が叫ぶ。「僕は、飛べるから、棒倒しでみんなの役に立てるかと思ったのに!」
「いや、それは残念だったけど。ホント気にするなって」何で俺は天狗何かフォローしてるんだ、と工藤は思いながら「体育祭とか遊びだろ。レクリエーションだろ。な、むしろ今後のこと考えとけって。明日斉田に謝っておけよ、マジで」
許してくれるか知らないけどな。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
蝶々結びの片紐
桜樹璃音
ライト文芸
抱きしめたい。触りたい。口づけたい。
俺だって、俺だって、俺だって……。
なぁ、どうしたらお前のことを、
忘れられる――?
新選組、藤堂平助の片恋の行方は。
▷ただ儚く君を想うシリーズ Short Story
Since 2022.03.24~2022.07.22
春の記憶
宮永レン
ライト文芸
結婚式を目前に控えている星野美和には、一つだけ心残りがあった。
それは、遠距離恋愛の果てに別れてしまった元恋人――宝井悠樹の存在だ。
十年ぶりに彼と会うことになった彼女の決断の行方は……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる