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1 朝のバス
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通学のバス内で飲む温かい缶緑茶。これが工藤悠馬にとっては朝の儀式であり、ストレス多き現代の高校生活を生き抜くオアシスのごときひと時なのだ。
じじむさいかもしれないがカフェインは目覚めに大変よろしいし健康上も緑茶はたしかビタミンか何かが豊富だったはずだ。みのもんたがそんなことを言っていた気がする。かくこんな寒い季節には朝お茶を飲むのは最高なのだ。
冬の朝の微妙に青さの残る朝日の中、バスは山を下りて行く。学校までは二十分ほどかかるが工藤にとってはちょうどいい。
「はー。至福のひと時とはこう言う時を言うのではあるまいか」
くどい口調でひとりごち、一口お茶をすする。豊潤な熱を体に取り入れて深いため息をつき、そのままふと窓の外を見るとクラスメートの天狗と目があった。
天狗は窓の上から顔を出している。工藤が硬直している前で「やあ」的に手を振って見せた。
工藤はゆっくりとお茶缶を前の席の缶ホルダーに刺し、窓を開けた。
「工藤君おはよう」
逆さに覗き込んでいるせいで垂れている天狗の髪が、風になぶられている。わりとのんびりと挨拶を口にする天狗。同じ1-Dの出席番号一三番、水内大厳だ。背が小さくいつも中学生くらいに見える。烏羽の生えた中学生がいるとすれば、だが。
「お前何やってんの?軽くお茶逆流したんだけど」鼻に垂れてきた茶を無表情に拭う。「俺のカテキン返せ」
「乗り遅れちゃって。飛んで先回りして追いついたんだけど今日は寒いねえ」
「確かに寒い。主にお前のせいだけど」
窓から冷たい外気がガンガン流れ込み、代わりにぬくもりとか安らぎとかが山道に吹き散らされていく。それを上から覗き込んで天狗はのんびりと「今日は練習大変そうだね」
「で?」
工藤はバカみたいに寒い朝窓開けて世間話する趣味はない。天狗よりお茶がいい。
「中入れてよ」
にこにこと天狗は笑っている。幼児的というか、邪気を知らない笑顔。小学生くらいの時には工藤はすでに目つきが悪いとよく言われたが、高校生にもなってこの緩んだ笑顔はどこかおかしいのではないか。
「何でそんなキセルもどきに協力しなきゃならないんだよ。次のバス停で乗れよ」つうかそのまま学校まで飛んで行けよ、とまでは口には出さなかった。むこうが友達と思っているのか知らないが、そんな義理はない。運転手に見咎められたら鬱陶しい。
「う、でもさほら結構風とか」
「悪い。閉めるわ。寒い」
工藤は寒いと言った時にはすでに叩きつけるように窓を閉めていた。髪を挟まれそうになった天狗が首をすくめる。
幸い、運転手が屋根の上の無賃乗車客に気が付いた様子はない。よかった。毎日乗るバスでトラブル起こしたら気まずいもんな、と工藤は深く安堵する。平穏な毎日を心から愛する工藤にとって自分の朝夕乗るバスは、天狗が寒さに震えるとか風で吹き飛ばされるとか、そう言ったことよりもはるかに優先順位が高い。
まだ窓の外に人外の困った顔があるような気がしたが、無視してお茶を飲む。さっき冷気にさらしたせいで少しぬるくなっている気がして少しムカついた。ふと思い立ってカーテンを閉める。
視界から妖怪が消えた。またぬくもりが戻って来た気がする。工藤は至福の時の残骸をかき集めてお茶を飲む。化け物などに朝のくつろぎを妨害されてたまるものか。
「工藤君工藤君。開けてよ。寒いよ」
窓の外でまだ何か声がする気がしたが、当然そんなもの聞こえない。工藤は朝のひと時を邪魔するやつに容赦する気はないし、そいつが烏の翼をもっていたりするのならなおさらのことだ。
工藤は携帯音楽プレイヤーのイヤホンを耳に詰め込んで目を閉じた。
言うまでもないが、工藤は妖怪が大嫌いだった。
じじむさいかもしれないがカフェインは目覚めに大変よろしいし健康上も緑茶はたしかビタミンか何かが豊富だったはずだ。みのもんたがそんなことを言っていた気がする。かくこんな寒い季節には朝お茶を飲むのは最高なのだ。
冬の朝の微妙に青さの残る朝日の中、バスは山を下りて行く。学校までは二十分ほどかかるが工藤にとってはちょうどいい。
「はー。至福のひと時とはこう言う時を言うのではあるまいか」
くどい口調でひとりごち、一口お茶をすする。豊潤な熱を体に取り入れて深いため息をつき、そのままふと窓の外を見るとクラスメートの天狗と目があった。
天狗は窓の上から顔を出している。工藤が硬直している前で「やあ」的に手を振って見せた。
工藤はゆっくりとお茶缶を前の席の缶ホルダーに刺し、窓を開けた。
「工藤君おはよう」
逆さに覗き込んでいるせいで垂れている天狗の髪が、風になぶられている。わりとのんびりと挨拶を口にする天狗。同じ1-Dの出席番号一三番、水内大厳だ。背が小さくいつも中学生くらいに見える。烏羽の生えた中学生がいるとすれば、だが。
「お前何やってんの?軽くお茶逆流したんだけど」鼻に垂れてきた茶を無表情に拭う。「俺のカテキン返せ」
「乗り遅れちゃって。飛んで先回りして追いついたんだけど今日は寒いねえ」
「確かに寒い。主にお前のせいだけど」
窓から冷たい外気がガンガン流れ込み、代わりにぬくもりとか安らぎとかが山道に吹き散らされていく。それを上から覗き込んで天狗はのんびりと「今日は練習大変そうだね」
「で?」
工藤はバカみたいに寒い朝窓開けて世間話する趣味はない。天狗よりお茶がいい。
「中入れてよ」
にこにこと天狗は笑っている。幼児的というか、邪気を知らない笑顔。小学生くらいの時には工藤はすでに目つきが悪いとよく言われたが、高校生にもなってこの緩んだ笑顔はどこかおかしいのではないか。
「何でそんなキセルもどきに協力しなきゃならないんだよ。次のバス停で乗れよ」つうかそのまま学校まで飛んで行けよ、とまでは口には出さなかった。むこうが友達と思っているのか知らないが、そんな義理はない。運転手に見咎められたら鬱陶しい。
「う、でもさほら結構風とか」
「悪い。閉めるわ。寒い」
工藤は寒いと言った時にはすでに叩きつけるように窓を閉めていた。髪を挟まれそうになった天狗が首をすくめる。
幸い、運転手が屋根の上の無賃乗車客に気が付いた様子はない。よかった。毎日乗るバスでトラブル起こしたら気まずいもんな、と工藤は深く安堵する。平穏な毎日を心から愛する工藤にとって自分の朝夕乗るバスは、天狗が寒さに震えるとか風で吹き飛ばされるとか、そう言ったことよりもはるかに優先順位が高い。
まだ窓の外に人外の困った顔があるような気がしたが、無視してお茶を飲む。さっき冷気にさらしたせいで少しぬるくなっている気がして少しムカついた。ふと思い立ってカーテンを閉める。
視界から妖怪が消えた。またぬくもりが戻って来た気がする。工藤は至福の時の残骸をかき集めてお茶を飲む。化け物などに朝のくつろぎを妨害されてたまるものか。
「工藤君工藤君。開けてよ。寒いよ」
窓の外でまだ何か声がする気がしたが、当然そんなもの聞こえない。工藤は朝のひと時を邪魔するやつに容赦する気はないし、そいつが烏の翼をもっていたりするのならなおさらのことだ。
工藤は携帯音楽プレイヤーのイヤホンを耳に詰め込んで目を閉じた。
言うまでもないが、工藤は妖怪が大嫌いだった。
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