悪役令嬢血闘帖~婚約破棄なら屍拾う者無し~

都賀久武

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アロイスの首

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 素直になった下女からあれこれ話を聞く。下女の名はイーダと名乗った。
「イーダよ。妹、アロイスは評判がいいのか」
「それはもう! 天使のような方と大評判です。双子姫のあたりの方と」この場合方と書いてほうと読む。すると拙者、クロイスは悪魔のような方、ハズレの方というわけか。
「首を刎ねるか」
「ひいっ! 私が言ってるわけではありません!」
「なぜそんなに嫌われるのだ、このクロイスは。目鼻立ちは悪くないではないか」
「はあ、それはまあ見た目は双子ですからそっくりですが……性格が……少々意地が悪いところがおありになるというか、そんな評判を聞いたような気がします、私はそうは思わないですが!」
「世辞はいい。性格が悪いというと、税金を払えない農民に蓑を着せて火をつけるとか妊婦の腹を割くのが好きとかそういうことか」
「それは『性格が悪い』どころではないと思います」
「む、そうか」
 隣国にいた武田信虎くらい性格が悪いのかと思ったがそうでもないようだ。
「ただちょっと高慢で他人に厳しく嫉妬深くいつも注目されていないと不機嫌になって当たり散らして、あと失敗したメイドにおしおきするのが好きなくらいです」
「そんな程度か。まったく問題ないではないか」
「……クロイス様、今日はポジティブですねぇ」
「転生……生まれ変わったようなものだ」
「はぁ。何だかよくわかりませんが、他に御用がないのでしたら私は掃除に戻ってもよろしかったり?」
「待て。そうはいかん。アロイスの居所を教えろ」
「アロイス様の……この時間はいつも裏の森にいるようですね。庶民のお友達とお出かけしたり、活動的で気さくな方ですから」
「そうか。案内してもらおうか」
「いいですが、いったいどうなさるので?」
 知れたこと。首を取るのよ。

 イーダに先導させ城の中を歩く。誰もが拙者を見ると怯えたように挨拶をする。忍びなど武士から見れば犬のようなもの、これほど人に頭を下げさせたことはなくこれはこれで気持ちが良い。「御苦労」と声をかけてやるが、全員が変な顔をする。
「クロイス……いや拙者は普段こういう時なんというのだ」
「さあ……『ごきげんよう』とかでしょうか。ほとんどは視界に汚物でも入ったように無視してそのまま通り過ぎますが」
「そうか」
 黙っていれば良いのであれば楽なものだ。
「その……クロイス様、本当に記憶がなくなってしまったのですか?」
「無論である。拙者はそれで往生している」
 イーダはしばらくこちらをちらちらと見ていたが、やがて「クロイス様でしたら『拙者』ともいわないと思います」と助言をくれた。
「何だと。なんというのだ」
「わたくし、ですね」
「わたくし。なんとも頼りない言葉ではないか」
 そんな調子であれこれイーダにアロイスの事やこの国のことを聞きながら森に向かった。


 森で見かけたアロイスの姿は姿見で見た拙者、クロイスの姿によく似ていた。違うのは髪の色が拙者が銀なのに対しアロイスは金。
「クロイスお姉さま。珍しいですね、森へお散歩ですか?」
「アロイスよ。この辺りに人はいるか」
「お姉さま? ……いえ、今日は誰にも会ってないですけれど」
「それは重畳」
「どうしたんですお姉さま、そんな変な話し方ってええええっ! 何でいきなり服を脱ぐんですかっ!」
「忍びの手刀が最大の威力を発揮するのは素裸の時なのは常識ではないか。大伴細人の時代よりそう決まっている」
「言ってる意味が……うひゃっ!」
 一発で首を落とせるかと思ったが、かわされてしまう。もともとの拙者、黒犬の時より腕が短く感覚が違うのもあるが、このアロイスは動きもいい。
 横で呆然としているイーダに「アロイスは何か武術をやるのか」と聞く。
「あ、アロイス様は七歳の頃から剣術を学んでおりますが」
「ちっ。手こずらせおるか」
 だが所詮拙者の敵ではあるまい。さらに踏み込んで二撃、三撃と繰り出していく。
「うっわ! やばっ! お姉さま狂ってるんじゃ……ひょえっ!」
 姉が裸になって手刀で襲ってきたのだ、狂ってると思えるのも無理はないかも知れぬ。だがアロイスは拙者の手刀をかろうじてかわしながら森の奥へと逃げていく。斬撃を続けながら追う。細い木や枝が切断されて倒れていくが、アロイスの細首はなかなか捕らえられない。
 追っていくうち、幸い崖っぷちに追い詰めた。覚悟を決めたのかアロイスはこちらに立ち向かい、いつの間にか拾っていた木の枝を構えた。
「貴方、お姉さまじゃないですね」
「左様。気が付いたか」
「お姉さまは運動はからっきしですから……それにもちろん人前でその、裸には……」
 言って顔を赤くした。
「言ったはず。裸になったのは忍術のため。それ以上の意味はない」
 ないのである。
「変化の魔法を使っているんですか?」
「そんなものは知らん。転生、と言っておったか。神を名乗る男に会ってこの様よ」
「神様に? 会ったんですか? あの厄介者に?」
「厄介ものなのか」
「ええ。神話の時代からドジで間抜けでいつも人間に迷惑をかけているんです。何か困りごとがあるとすぐに外の世界から人を連れてきて何とかさせようとする」
 かなりダメな奴ではないか。
「だが、なかなかな忍術の使い手であった」
「忍術じゃなくて神聖魔法です。転生召喚以外は足止めの術くらいしか使えないみたいですけど、あの神様」
 この世界の神仏は人々にあまり敬われていないようだ。
「まあいい。無駄話はこのくらいでいい。何か言い残すことはないか」
「その……どうして私を殺そうとするんですか?」
「お前の姉の遺言だ。お前を恨んで首を吊り、そして拙者になった」
「お姉さまが……そんなに……」
 さすがに衝撃を受けたようだ。やや哀れに思ったが、今はクロイスの意志が拙者の主のようなもの。忍びに容赦はないのである。
「冥土の土産に名乗っておこう。相州住人、風魔の黒犬である」
「ご丁寧に。私はアロイス・マーヴィンガーデン……冥土の土産、初めてもらいました」
 この状況でアロイスはくすりと笑った。なかなか胆力のある娘ではないか。
「死ね、アロイス!」
 拙者は跳んだ。真上から手刀を振り下ろす。それを枝で打ち払おうとするアロイスの太刀筋はなかなか正確で、たしかに剣の修行を真面目にしてきたことがうかがえた。
 だが所詮は枝である。叩き切り、そのままアロイスの体を手刀で切り裂く。首を狙ったのだがやはり間合いがやや足りず、またこの手はやわらかく首を落とすほどの威力が出なかった。結果、アロイスは肩から血を流しながら崖から落ちていった。
 下をのぞき込むと崖の下には川が流れている。アロイスの死骸は見えない。
「この高さから落ちたのだ、助かるまい。南無」
 首を取ったわけではないが、千人目に殺した敵は妹というわけだ。乱世にあっては親子兄弟で殺しあうなど当たり前の事。
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