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第二百十四話 ありがとう

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 サイリールとフェローはそっと部屋を出ると扉を閉め二人きりにさせてあげる事にした。
 部屋を出た所で回線を開きセドリックに連絡をいれる。

『セドリック、今大丈夫かい?』
『はい、旦那様。如何なさいましたか?』

 セドリックに繋がったサイリールはとある頼み事をした。
 セドリックは快く承諾してくれ、これから準備に入るという。
 3日以内には用意出来るそうなので、その間に必要な準備をサイリールはする事になった。

 そうは言っても大した事は出来ないのだが、それでも必要な事だ。
 デリアはまだ母親の部屋にいるので、闇から3日であれば十分持つ食材を次々と出して行った。
 その後、母親が起きたらすぐ食べれるように、消化に良い栄養のある食事をデリアの分も含めて三人前程こしらえる。
 先程の母親の様子からすれば2,3時間もすればきっと目が覚めるだろう。

 更に3着程、母親とデリアの分の服を用意しておく。
 給金が入るまではこの3着があれば問題ないであろう。
 デリアには瞳と同じブルーと、淡いピンク、そして新緑色がベースのかわいい柄の入った、シンプルなワンピースを用意した。
 母親には落ち着いた色合いのベースは茶系でポイントとして紫や緑、赤などが縁に入った庶民がよく着る服を用意した。
 これは以前何かあった時の為にと中古の服屋で適当に買ってあったものだ。

 フェローはサイリールが準備している間に、あの男につけた使い魔に意識を移している。
 男が人気のない所に腰を落ち着けたら幻覚作用のある強い薬を注入し、そのまま中毒死を起こさせるつもりなのだ。
 その薬を注入されると最初は虫が全身にまとわりつくような幻覚と感覚を覚え、段々とそれは悪化していくのだ。
 最終的には自身の体の中から虫が沸く幻覚を見て体中を掻きむしり絶命する事になる。
 あの男の死には相応しい最後だろう。

 そうして待つ事2時間と少し、どうやら母親の目が覚めたようだ。

「デリア……?」
「!母さん!気づいたの?よかった、よかった……」

 まだ意識が覚醒しきっていないのだろう、母親は優しい笑みを浮かべると涙を流すデリアの頭を優しく撫でた。

「あら、困った子ね……何を泣いているのかしら……」
「母さん。好き、大好き」
「甘えんぼさんね……デリア、私の可愛い子。愛してるわ……」

 隣の部屋から聞こえるそんな会話にサイリールもフェローも優しい笑みを浮かべた。
 それから10分程してサイリールは扉をノックした。

「デリア、少しいいかな?」

 その声にデリアはハッとした。
 完全にサイリール達の事を忘れていたのだ。
 慌ててデリアは扉をあける。

「ごっごめんなさい!あなた達の事忘れてた!」
「ははは、かまわないよ。簡単に食べれる消化にいい物を作ったんだ。お母さんと一緒にデリアも食べないか?」
「えっ」

 サイリールが食事を作ってくれた事に驚き、そしていい香りがして、デリアは盛大にお腹を鳴らす事になった。
 慌ててお腹を押さえ顔を真っ赤にするデリア。

「デリア、その方達は……?」

 若干険しい表情で母親が問うた。
 それも仕方ない事だろう、気を失う前にデリアが自分の為に体を売っていた事実を知った所なのだ。
 身なりのいい男ではあるが、もしや身請けでもしたのかと母親は緊張していたのだ。

「あ、あのね。この人はほら、昔私が仲良くしてたラリーがいたでしょ?」
「ええ、仲良くしていたわね。どこかに貰われていったって聞いたけども……」
「そうなの、ラリー達を家族にしたのがこの人なの。それでね、それで……私があの男にしてた事も知ってて、私の事も助けてくれるって……」

 最後はデリアは涙でうまく言葉を紡げなかった。
 だけど、母親はそれでこの男が自分達を救ってくれたのだと気づいた。
 それでも、心配は尽きなかった。
 デリアは母親の自分が言うのもなんだが、身なりをきちんとしていなくてもとても可愛いし綺麗な子なのだ。
 もしかしたらデリアを連れて行く気かもしれない。

「あの、もしや私の病気を治して下さったのはあなたですか?」
「ええ、医療の心得があったのと、薬を持っていたので」
「今は、お金はありませんが、必ずお返ししますので、デリアを連れて行ったりはしないで下さい。デリアは私の宝物なのです」

 頭を下げる母親を見てサイリールはびっくりしてしまった。
 まさかそんな風に思っているとは思わなかったのだ。
 だから苦笑しつつもサイリールは母親を安心させる為に口を開いた。

「お母さん、顔を上げてください。僕はデリアの身請けをする為に助けたわけでも、あなた達に恩義を被せる為に助けたわけでもないんです。ただ、自分の手の届く範囲にいたから助けただけです。それに、僕の家族であるラリーがデリアを気にかけていたからこそ、僕は手を貸したのです」

 母親は顔を上げるとこんな人がいるのかと驚いた。
 彼女が生きてきた人生の中で、無償でこのように助けの手を差し伸べる人なんて見たことがなかったのだ。
 もしかしたら本当は何か目的があるのかもしれないけれど、娘さえ無事ならそれでよかった。
 だから母親は素直に頭を下げて再度感謝をした。

 そこからはサイリールは意識的に話題を変え、彼女達を食卓につかせると先程作ってあった雑炊をよそい、二人に食べるように促した。
 最初は遠慮をしていたがサイリールに説得され、感謝しつつ食事を食べた。
 母親は病み上がりなのとずっと食事をほとんどしていなかったので1杯でお腹いっぱいになったが、デリアは成長期の娘なので恥ずかしがりながらもおかわりをしていた。
 嬉しそうにおいしそうに食べる娘を見ていた母親はとても幸せな笑顔を浮かべていた。

 そうしてデリアが2杯目を食べ終えた所でサイリールから提案をする事になった。

「食材は3日分だけど、そこの箱にいれてあるから使って下さい」
「何から何までありがとうございます。感謝しかありません」
「いいえ、でも感謝をしてくれるならばこれから僕が言うお願いも聞いて下さい」

 母親はやはり目的があったのだと若干緊張しつつも、娘に対する要求でなければ何でも受け入れようと思っていた。

「はい、私に出来る事であれば」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、仕事を紹介するだけですから」

 苦笑しつつサイリールは話しを始めた。

「お母さんは以前何の仕事をしていたのですか?」
「倒れる前は針子の仕事をさせてもらっていたんです。そんなに大したお給金は頂けませんでしたが、ここで暮らす分にはなんとかなっていました」
「なるほど、デリアはどんな仕事をした事がある?」
「えっと、私はそんなにお仕事はした事はないの。ほら、スラムに住んでるからあんまりお仕事もらえなくて。それに、男とトラブルになる事が多くて……。だから母さんに針仕事を教えて貰ってはいたんだけど、私手先が器用じゃなくて、あんまり上手にできなかったの」
「なるほど。一応僕の弟が仕事を斡旋する仕事をしているので、弟に紹介します。デリアは知ってるかな?ラリーの兄でセイって言うんだけど」
「あ、知ってる!ラリーがいつもセイ兄ちゃんって言ってたの!とってもいい兄ちゃんだっていつも自慢げに話してたの!」
「ははは、そうか。うん、確かにセイは頑張り屋でいい子だから自慢の兄だろうね」
「サイリールさんもとってもいいお兄さんだと思うわ!」
「ありがとう、デリア。それで、仕事に関してはセイに頼むとして、住む家なんですが、ここから引っ越してもらう事になります。職場に近い方がいいでしょうし、スラム街では僕も心配になるので、僕の心の平穏の為に引っ越してもらう事になります」

 サイリールの強引で自分の為に引っ越しさせるという言葉に母親は泣き笑いのような笑顔を浮かべ、デリアは驚いた顔をしていた。
 もう、この時点で母親はサイリールを何も疑っていなかった。
 この人は何の裏もなく自分達親子を救おうとしてくれているのだ。
 もう素直に助けてもらおう、そう思った。

「はい、ありがとうございます。あなたの言う通りにします」
「良かった。3日後には家の準備ができます。引っ越しの荷物をまとめておいて下さい。3日後に荷物運びを手伝いに来ます」
「助かります、ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言えばいいのか……」
「お母さん、お礼はもういいです。僕は僕がしたいからしているんです。あなたの感謝の気持ちはもう十分受け取りましたから。後は娘さんと幸せになって下さい」

 サイリールの言葉に母親は涙を零した。

「はい……はい……ありがとうございます。ありがとう……」

 そんな母親を見てデリアも何度目か分からない涙を零した。
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