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第百四話 セイとイーナ(後編)

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 イーナがなぜ1年も生き延びれたのか。
 それは、あまりにも不憫に思った貧民街でもまだ比較的なんとか生活出来ていた年老いた者が、イーナに毎日とはいかないが、2~3日に1回、パンを一切れ与えていたからなのだ。
 毎日ゴミを漁り、残飯をむさぼり、時折パンを一切れ貰い、なんとか生を繋いでいた。

 しかし、そんな老人もある日いなくなってしまい、それでも成長を続ける体は残飯程度ではもうどうにも賄えきれなくなり、イーナはスラム街の片隅で死にかけてうずくまっていた。

 そこをテトやセイに救われたのだ。
 そこから2ヶ月もすればイーナは最初よりは体に肉もついていた。
 骨と皮だけだったイーナもまだまだ細くはあるが肉がつき、ゆっくり歩ける程には回復したのだ。

 その後にも様々な出来事はあった。
 イーナが元気を取り戻したすぐ後にこれまた死にかけていたリーアをテトが見つけ連れ帰ったり。
 セイが盗みを見つかりひどく殴られて家に帰ってきて、みんなで泣いてセイにばかり頼っていた事を謝ったり。

 最近やっとセイの紹介などでイーナ達も雑用の仕事をなんとか貰えてわずかばかりだが小銭をもらえたりしていた。
 ほんの少しでもセイの役に立てる事に喜びを感じていた。

「あたしね、セイにいちゃんのやくにたててすごくうれしいの。まだひとりではおしごともらえないけど、がんばるから!」
「うん、イーナたちはがんばってくれてるぜ。おれはすげーたすかってるよ!」

 セイの言葉にイーナは頬を染めて喜んだ。
 実際は緩やかな死へと向かってはいたのだが、セイは家計を弟達に黙っていたので、イーナが知る事は出来なかった。
 それでもいずれイーナ達も気づいただろう。
 もしかしたら、イーナは薄っすら気づいていたかもしれない。


 そんなイーナがセイへと淡い恋心を抱いたのはやはりセイが殴られて帰って来た時だった。
 当時まだセイも一番年上だと言っても7歳だったのだ。
 ひどく顔を腫らし、あちこちを青紫色にして帰ってきたセイを見た時は皆が真っ青になったのだ。

 いつも頼れる兄だったセイが、顔を腫らし、イーナ達に心配かけてごめんなと謝った時、皆がどれだけセイに助けられ、セイにばかり負担を背負わせていたのかを自覚した。

 それでもセイは気丈に振る舞い、こんな傷どうってことねぇさ!おまえらを守るのがにーちゃんの役目だからな!と、そう言ったのだ。
 その時、イーナの心に小さな淡い光が灯った。
 セイの為に自分も頑張ろうと、少しでもセイの助けになりたい。
 セイを失いたくない。

 それはまだ大人の考える恋心とはかけ離れていただろう。
 まだ生まれたばかりの自覚もしてないような小さな小さな恋心。
 ふとすれば、兄弟の愛情と思えるような気持ち。

 その日からイーナは常にセイの姿を追い求めた。
 そんな自覚はなかった。
 でも気づけばセイを見ていた。
 セイが弟達をかまっている時の笑顔。
 セイが怒っている顔、困っている顔、すべてがイーナの目をひきつけた。
 そうして行くうちにイーナはセイを兄と思わずに一人の男の子として接するようになっていった。
 セイが喜んでくれるとイーナもとても嬉しかった。

 セイ自身はイーナの事は完全に妹として接していた。
 日々の食料や将来の不安で色恋なんて考える余裕もなかったのだ。
 もし心に余裕があれば、イーナのようにかわいくて一生懸命な女の子であればセイも恋心を抱いていた可能性もある。
 しかし実際は日々を生きるのに必死でそんな余裕はなかった。

 そんな二人の会話を少し離れた場所からじっと聞いていたサイリールはなんとかイーナと触れ合って欲しいと願っていた。
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