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第24話 血の香り
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そうして、僕とジンユーは二人で、夜の校舎を探索した。
「おぉ! シーロ、ピアノ上手!」
「ふっふっふ、昔、暇つぶしでやってたからね。ジンユーもやってみる?」
「ま、まったく知らないヨ?」
「いいの、いいの。僕が軽く教えてあげるから」
と、音楽室のピアノを勝手に弾いたり。
「視聴覚室って、なにに使うんだろうね?」
「知らナイ。それに、シチョーカク室って名前が、難しい」
「……ん? 人の声? 誰かいるのかー?」
「まずい……! 隠れよ……っ!」
「ウン……っ!」
と、教卓の下に二人で、ぎゅうぎゅう詰めになって隠れたり。
それなりに、夜の校舎を満喫した。
もはや、最初の目的である、窮極派の捜索は完全に忘れていた。
「ははは、楽しかっタ!」
「ふふふ、僕もだよ」
既に真夜中。
時刻は、深夜十二時を回ろうとしている。
「そろそろ帰ろうか」
「リョーカイ!」
明日は平日で、授業はある。
吸血鬼としては最悪な事だけど、朝早い。
ここいらで帰らないと、起きれなくなっちゃうからね。
雑談を交わしながら、出口目指して、廊下を歩いていた僕だったけど、
「……ん?」
まるで、石になってしまったかのように、足が止まった。
というのも、給湯室の前を通ろうとしたところで、大好きな香りが漂ってきたのだ。
「まだ、やってるのかな? ……ごめんね、ジンユー。ちょっといい?」
「いいヨ。気にしナイ」
僕はそっと給湯室の扉を開き、中を覗いてみた。
イス。イス。シンク。マグカップ。ゴミ箱……。
誰もいない。
あるのは無機物だけ。
「いや、香りが確かにしたはずだ……」
気が付くと、僕は給湯室の中に入っていた。
ジンユーも、恐る恐る僕の背後をついてくる。
しかし、これはどういう事だろうか?
間違いなく血の香りはする。
だけど、どこかに付着している、なんて事はない。
服は……隠されている?
そう考え、棚を開けたり、隅を探したりするけど、目ぼしいものは見つからない。
「おかしいな。あるはずなんだけど……」
「ウーン……何も、無いネ」
一緒に探してくれていたジンユーも、目ぼしいものが見当たらず、僕の方へと振り返った。
すると不意に、僕は足に衝撃を覚え、バランスを崩して、宙に浮いてしまう。
ジンユーの尻尾が、僕の足を薙ぎ払ったのだ。
「ゴメン!」
「うわっとぉ!」
制御の効かない僕の身体は、ジンユーへとダイブする。
反射的に抱き着いて、そのまま二人で倒れ込んでしまった。
「痛……くない。ごめん、クッションにしちゃって……」
その場で目を開くが、何も見えない。真っ暗だ。
何故か、いい香りがする。心が落ち着きそうな、優しく甘い香りだ。
もしかして、何かに覆われている……のかな?
確かに、両頬のあたりに、柔らかい感触がする。
どこか惹き込まれそうな、それでいて癒されそうな触感……んにゅ!?
こ、これは……っ!
まさか……!
僕は顔をばっと上げ、ジンユーの"胸元"から急いで離れた。
「危ない……! 手で何なのかを確かめるところだった……」
しかし、顔を上げると、違和感を覚える。
先程までいた給湯室と、明らかに景色が異なるのだ。
本がびっしりと詰まった本棚。
壁に描かれている、怪しい魔法陣。
机の上に、開いたまま置かれている本の数々。
そして、イスに座って読書する、二人の男性。
「……え?」
「は?」
「ん?」
痛そうに後頭部を抑えるジンユー以外の、三人の空気が、一瞬にして固まった。
……おそらく、ここは隠し部屋だ。
それも、幻影の壁に隠された、魔法使いの隠し部屋だ。
倒れた拍子に、運よく入ったのだろう。
なら、そんな場所に始めからいたあの二人は、果たして誰なんだろうか?
背格好に、どことなく見覚えがある。
脇に置いてあるローブも、なぜか見覚えがある。
あっ、そうそう!
あの服の裂けてる場所、僕が魔法でやったんだっけな! ……って、
「窮極派の二人組!」
「「今朝のクソガキ!」」
僕はジンユーの上から跳ねのき、窮極派の二人は僕を指差す。
互いに、互いが誰であるかに、気が付いたようだ。
「クソガキ! どうしてここがわかった! というか、その女と何をしてたんだ!?」
「いや、僕とジンユーは夜の校舎を二人で探検していただ
「押し倒されタ」
「ここで誤解を招く言い方、やめてくれるかな!?」
「事実だヨ」
ジンユーは起き上がり、服についた汚れを手で払った。
男二人は、彼女の深緑の尻尾を見るなり、額に脂汗を滲ませる。
「チッ、龍(ドラゴン)か……。面倒な奴が相手だぜ」
「何を迷ってやがる! ここを見られたからには、やるしかねぇだろ!」
腕を前方に構え、直後。二人は詠唱を開始する。
「《火(イグニス)》・《前方(アンティー)》──
「《土(テラ)》・《前方(アンティー)》──
僕は既に魔力を、全て使い果たした。
しかし肝心のジンユーは、驚いた様子。突然の事に、反応できていない。
どうすれば彼等の攻撃を防げるか。
僕は短い時間でとっさに考え、
「うおおぉぉ!」
本の置かれた机を、思いっきり蹴飛ばした。
「「──《射出(イエセレ)》!」」
それと同時。
彼等の腕から魔術が発動し、僕らに飛び迫る。
だが途中で、空を舞う机に衝突。机の破片を撒き散らしながら、魔術は霧散した。
「くそっ……!」
男二人は、悔しそうな表情だ。
再度、構え直して、魔術の詠唱を始める。
だけど僕は、この間の隙を見逃さない。
「ジンユー! 右の奴を頼む!」
ジンユーに指令を発した瞬間。全速力で駆け、左側の男との距離を縮める。
しかしそう甘くはなく、男は腰から短剣を取り出した。
「アーギンもそうだったんだ。そう来ると……思ってたよっ!」
僕は走りながら、床に落ちた本を拾い上げ──投げた!
飛来する本から顔を守ろうと、男は顔を両手で覆う。
いや、覆ってしまった。
「胴体ががら空きだね!」
距離を詰めた僕は、男の胴体に組み付く。
そして、彼の身体を上に持ち上げ──後ろに投げる!
「ごぎゃァ!?」
男は顔面から床に突っ込み、情けない声を出して気絶。
僕の方は片付いた。
ジンユーを助けようと、そちらを向くと、
「《かぜ》」
ジンユーの発した一言によって、暴風が吹き荒れる。
それはジンユーの腕の前に収束し、何の詠唱も無く、射出。
もう一人の男を吹き飛ばし、壁に叩き付けた。
「がは……っ!」
彼は背中と後頭部を壁に打ち付け、風が止んで床に落ちても、起き上がることはなかった。
と、最後に立っていたのは、僕とジンユーの陣営だった。
「ふぅ……。ジンユーに怪我がないようで、良かったよ」
「あーしも、シーロに怪我がなくて、ヨカッタ。すごく、"キテン"が利いてたネ」
「ふふっ、ありがとう。ジンユーの魔法も、すごかったよ」
確かに、机と、そこから落ちた本を駆使したのは、我ながら機転が利いていると思った。
だけど、あの龍魔法(ドラゴンマギア)を見た後では、多少の事も霞んで見える。
賢術で、何節も使った文並みに威力があり。
発動に必要な単語数は、たったの"一"。
しかも、
「でも、手加減しタ。死んじゃったら悪いカラ」
あれで、手加減していたらいい。
本当、龍って存在は、どこまでも規格外だ。
そりゃ、魔法の無い頃の人間が、数百人で束になってかかろうと負けてしまうのも頷ける。
これに勝てる存在といえば、魔法を極めた極一部の人間か、吸血鬼魔法(ヴァンパイアマジック)を使える吸血鬼くらいのものだ。
「仲間でよかったよ……」
と、心底から感じ、僕はその場にしゃがみ込んだ。
気絶した男二人を、縛り上げるためだ。
僕は、床に落ちていたローブを拾い、彼等の手を後ろで縛っていく。
と、その瞬間。
「《起動(アペリ)》」
知らない男の声が、響いた。
時を同じくして、僕の頭上を一陣の風が通り過ぎる。
ぱらぱら。舞い落ちる、少量の白髪。
高速で放たれた風は、鎌のように僕の髪を薙いだようだ。
おそらく、罠だ。
そういえば、壁に怪しい魔法陣が描かれていたはずだ。
それを、誰かが外から起動したんだろう。
だけど、当たらなくて本当によかった。
一安心……とは、ならなかった。
「──ゥッ!」
肩を切られ、痛みに顔を歪めるジンユー。
勢いよく舞い散る、血の飛沫。
その直後、ふっと力が抜けたように、膝から崩れ落ちる。
「ジンユー!」
僕はとっさに、彼女の元に駆け寄り、身体を抱き起こす。
見れば、傷口は浅い。
決して、致命傷にはなり得ない。
なら何故なんだ!?
龍(ドラゴン)という種は、この程度で倒れるような、やわな存在じゃない。
多少の怪我ではびくともしないし、毒への耐性も強い。
それは、百年戦争で龍と戦った僕が、身をもって知っている。
だけど、現に、目の前の少女は、瞼を閉じて、苦しそうな呼吸を繰り返している。
何かあるとすれば、この傷が原因だろう。
「ごくり……」
傷を塞げばそれで治るのか分からないけど、とりあえず塞ぐ策はある。
だけど、それは……僕の今後に響くかも知れない。
彼女が龍であるなら、なおさらだ。
「ここ二日で、仲良くなっただけじゃないか……」
いや、助けたい。
「そっ、そもそも、この傷でジンユーが死ぬとは限らないし!」
駄目だ。
これ以上苦しむ彼女を見たくない。
「……シー、ロ」
ジンユーの、そのうわごとを聞いた瞬間。僕の身体は勝手に動いていた。
彼女の傷口に口を付け、龍の"血"を吸い上げていた。
「──っ!」
尋常ではないほど、魔力がみなぎる。
全身に高揚感が訪れ、どこからともなく全能感が湧いてくる。
髪は朱に染まり、骨格から全身が変わる。
そして僕は……いや我は、シロガネ・フォン・シュテルプリヒとしての姿を取り戻した。
「我も、馬鹿であるな……《塞がれ》」
そう告げるやいなや、ジンユーの傷口はみるみるうちに閉じ。二秒と待たず、一滴の血もこぼれ出なくなった。
すると何故か、ジンユーの息遣いも穏やかになり、表情も心なしか和らぐ。
我は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ふっ、龍の小娘に一喜一憂させられるとは、我も落ちぶれたものだな……」
誰に返事して欲しいでもなく、そう呟いた直後。
「そう仰るわりには、嬉しげな声ではありませんか」
壁の向こうから、男の声が届く。
おそらく、ジンユーと通った幻影の壁越しに、話しかけてきているのであろう。
ジンユーを抱く腕に力を籠め、身構える。
「何奴だ? 顔も見せず、この偉大なる我と語らおうとは、些か無礼が過ぎるぞ」
「申し訳御座いません。しかしながら、今はあなた様に顔を見せる訳にはいかないのです。なにせ、魔法陣を起動したのは私なのですから」
「……あの魔法陣はなんだ? 龍を殺せる魔法など、我は知らぬ」
「おや、煽り立てましたのに、怒りも動揺も無しですか。さすが、肝が据わってますね」
「我の質疑に答えよ。あの魔法陣はなんだ?」
「はは、頑固ですね。仕方ありません、種明かししてあげましょう。あの魔法陣は、呪術の類ですよ。相手の傷口と血を触媒として、生命力を奪うものなんです」
故に、傷を塞ぎ、血を止めれば、効果が失われた、と……。
「くだらん事をしてくれる。そうも冥土が恋しいか、匹夫よ?」
「おぉ、怖い怖い。では、死神に狙われる前に、帰るとしますか」
「……次に会う時が貴様の命日だ。覚えておけ」
「ははは、そうならないように祈っておきますよ、不死王(ノーライフキング)さん」
かつ、かつ。
遠ざかっていく足音。
我は、壁を睨んでいた。
「おぉ! シーロ、ピアノ上手!」
「ふっふっふ、昔、暇つぶしでやってたからね。ジンユーもやってみる?」
「ま、まったく知らないヨ?」
「いいの、いいの。僕が軽く教えてあげるから」
と、音楽室のピアノを勝手に弾いたり。
「視聴覚室って、なにに使うんだろうね?」
「知らナイ。それに、シチョーカク室って名前が、難しい」
「……ん? 人の声? 誰かいるのかー?」
「まずい……! 隠れよ……っ!」
「ウン……っ!」
と、教卓の下に二人で、ぎゅうぎゅう詰めになって隠れたり。
それなりに、夜の校舎を満喫した。
もはや、最初の目的である、窮極派の捜索は完全に忘れていた。
「ははは、楽しかっタ!」
「ふふふ、僕もだよ」
既に真夜中。
時刻は、深夜十二時を回ろうとしている。
「そろそろ帰ろうか」
「リョーカイ!」
明日は平日で、授業はある。
吸血鬼としては最悪な事だけど、朝早い。
ここいらで帰らないと、起きれなくなっちゃうからね。
雑談を交わしながら、出口目指して、廊下を歩いていた僕だったけど、
「……ん?」
まるで、石になってしまったかのように、足が止まった。
というのも、給湯室の前を通ろうとしたところで、大好きな香りが漂ってきたのだ。
「まだ、やってるのかな? ……ごめんね、ジンユー。ちょっといい?」
「いいヨ。気にしナイ」
僕はそっと給湯室の扉を開き、中を覗いてみた。
イス。イス。シンク。マグカップ。ゴミ箱……。
誰もいない。
あるのは無機物だけ。
「いや、香りが確かにしたはずだ……」
気が付くと、僕は給湯室の中に入っていた。
ジンユーも、恐る恐る僕の背後をついてくる。
しかし、これはどういう事だろうか?
間違いなく血の香りはする。
だけど、どこかに付着している、なんて事はない。
服は……隠されている?
そう考え、棚を開けたり、隅を探したりするけど、目ぼしいものは見つからない。
「おかしいな。あるはずなんだけど……」
「ウーン……何も、無いネ」
一緒に探してくれていたジンユーも、目ぼしいものが見当たらず、僕の方へと振り返った。
すると不意に、僕は足に衝撃を覚え、バランスを崩して、宙に浮いてしまう。
ジンユーの尻尾が、僕の足を薙ぎ払ったのだ。
「ゴメン!」
「うわっとぉ!」
制御の効かない僕の身体は、ジンユーへとダイブする。
反射的に抱き着いて、そのまま二人で倒れ込んでしまった。
「痛……くない。ごめん、クッションにしちゃって……」
その場で目を開くが、何も見えない。真っ暗だ。
何故か、いい香りがする。心が落ち着きそうな、優しく甘い香りだ。
もしかして、何かに覆われている……のかな?
確かに、両頬のあたりに、柔らかい感触がする。
どこか惹き込まれそうな、それでいて癒されそうな触感……んにゅ!?
こ、これは……っ!
まさか……!
僕は顔をばっと上げ、ジンユーの"胸元"から急いで離れた。
「危ない……! 手で何なのかを確かめるところだった……」
しかし、顔を上げると、違和感を覚える。
先程までいた給湯室と、明らかに景色が異なるのだ。
本がびっしりと詰まった本棚。
壁に描かれている、怪しい魔法陣。
机の上に、開いたまま置かれている本の数々。
そして、イスに座って読書する、二人の男性。
「……え?」
「は?」
「ん?」
痛そうに後頭部を抑えるジンユー以外の、三人の空気が、一瞬にして固まった。
……おそらく、ここは隠し部屋だ。
それも、幻影の壁に隠された、魔法使いの隠し部屋だ。
倒れた拍子に、運よく入ったのだろう。
なら、そんな場所に始めからいたあの二人は、果たして誰なんだろうか?
背格好に、どことなく見覚えがある。
脇に置いてあるローブも、なぜか見覚えがある。
あっ、そうそう!
あの服の裂けてる場所、僕が魔法でやったんだっけな! ……って、
「窮極派の二人組!」
「「今朝のクソガキ!」」
僕はジンユーの上から跳ねのき、窮極派の二人は僕を指差す。
互いに、互いが誰であるかに、気が付いたようだ。
「クソガキ! どうしてここがわかった! というか、その女と何をしてたんだ!?」
「いや、僕とジンユーは夜の校舎を二人で探検していただ
「押し倒されタ」
「ここで誤解を招く言い方、やめてくれるかな!?」
「事実だヨ」
ジンユーは起き上がり、服についた汚れを手で払った。
男二人は、彼女の深緑の尻尾を見るなり、額に脂汗を滲ませる。
「チッ、龍(ドラゴン)か……。面倒な奴が相手だぜ」
「何を迷ってやがる! ここを見られたからには、やるしかねぇだろ!」
腕を前方に構え、直後。二人は詠唱を開始する。
「《火(イグニス)》・《前方(アンティー)》──
「《土(テラ)》・《前方(アンティー)》──
僕は既に魔力を、全て使い果たした。
しかし肝心のジンユーは、驚いた様子。突然の事に、反応できていない。
どうすれば彼等の攻撃を防げるか。
僕は短い時間でとっさに考え、
「うおおぉぉ!」
本の置かれた机を、思いっきり蹴飛ばした。
「「──《射出(イエセレ)》!」」
それと同時。
彼等の腕から魔術が発動し、僕らに飛び迫る。
だが途中で、空を舞う机に衝突。机の破片を撒き散らしながら、魔術は霧散した。
「くそっ……!」
男二人は、悔しそうな表情だ。
再度、構え直して、魔術の詠唱を始める。
だけど僕は、この間の隙を見逃さない。
「ジンユー! 右の奴を頼む!」
ジンユーに指令を発した瞬間。全速力で駆け、左側の男との距離を縮める。
しかしそう甘くはなく、男は腰から短剣を取り出した。
「アーギンもそうだったんだ。そう来ると……思ってたよっ!」
僕は走りながら、床に落ちた本を拾い上げ──投げた!
飛来する本から顔を守ろうと、男は顔を両手で覆う。
いや、覆ってしまった。
「胴体ががら空きだね!」
距離を詰めた僕は、男の胴体に組み付く。
そして、彼の身体を上に持ち上げ──後ろに投げる!
「ごぎゃァ!?」
男は顔面から床に突っ込み、情けない声を出して気絶。
僕の方は片付いた。
ジンユーを助けようと、そちらを向くと、
「《かぜ》」
ジンユーの発した一言によって、暴風が吹き荒れる。
それはジンユーの腕の前に収束し、何の詠唱も無く、射出。
もう一人の男を吹き飛ばし、壁に叩き付けた。
「がは……っ!」
彼は背中と後頭部を壁に打ち付け、風が止んで床に落ちても、起き上がることはなかった。
と、最後に立っていたのは、僕とジンユーの陣営だった。
「ふぅ……。ジンユーに怪我がないようで、良かったよ」
「あーしも、シーロに怪我がなくて、ヨカッタ。すごく、"キテン"が利いてたネ」
「ふふっ、ありがとう。ジンユーの魔法も、すごかったよ」
確かに、机と、そこから落ちた本を駆使したのは、我ながら機転が利いていると思った。
だけど、あの龍魔法(ドラゴンマギア)を見た後では、多少の事も霞んで見える。
賢術で、何節も使った文並みに威力があり。
発動に必要な単語数は、たったの"一"。
しかも、
「でも、手加減しタ。死んじゃったら悪いカラ」
あれで、手加減していたらいい。
本当、龍って存在は、どこまでも規格外だ。
そりゃ、魔法の無い頃の人間が、数百人で束になってかかろうと負けてしまうのも頷ける。
これに勝てる存在といえば、魔法を極めた極一部の人間か、吸血鬼魔法(ヴァンパイアマジック)を使える吸血鬼くらいのものだ。
「仲間でよかったよ……」
と、心底から感じ、僕はその場にしゃがみ込んだ。
気絶した男二人を、縛り上げるためだ。
僕は、床に落ちていたローブを拾い、彼等の手を後ろで縛っていく。
と、その瞬間。
「《起動(アペリ)》」
知らない男の声が、響いた。
時を同じくして、僕の頭上を一陣の風が通り過ぎる。
ぱらぱら。舞い落ちる、少量の白髪。
高速で放たれた風は、鎌のように僕の髪を薙いだようだ。
おそらく、罠だ。
そういえば、壁に怪しい魔法陣が描かれていたはずだ。
それを、誰かが外から起動したんだろう。
だけど、当たらなくて本当によかった。
一安心……とは、ならなかった。
「──ゥッ!」
肩を切られ、痛みに顔を歪めるジンユー。
勢いよく舞い散る、血の飛沫。
その直後、ふっと力が抜けたように、膝から崩れ落ちる。
「ジンユー!」
僕はとっさに、彼女の元に駆け寄り、身体を抱き起こす。
見れば、傷口は浅い。
決して、致命傷にはなり得ない。
なら何故なんだ!?
龍(ドラゴン)という種は、この程度で倒れるような、やわな存在じゃない。
多少の怪我ではびくともしないし、毒への耐性も強い。
それは、百年戦争で龍と戦った僕が、身をもって知っている。
だけど、現に、目の前の少女は、瞼を閉じて、苦しそうな呼吸を繰り返している。
何かあるとすれば、この傷が原因だろう。
「ごくり……」
傷を塞げばそれで治るのか分からないけど、とりあえず塞ぐ策はある。
だけど、それは……僕の今後に響くかも知れない。
彼女が龍であるなら、なおさらだ。
「ここ二日で、仲良くなっただけじゃないか……」
いや、助けたい。
「そっ、そもそも、この傷でジンユーが死ぬとは限らないし!」
駄目だ。
これ以上苦しむ彼女を見たくない。
「……シー、ロ」
ジンユーの、そのうわごとを聞いた瞬間。僕の身体は勝手に動いていた。
彼女の傷口に口を付け、龍の"血"を吸い上げていた。
「──っ!」
尋常ではないほど、魔力がみなぎる。
全身に高揚感が訪れ、どこからともなく全能感が湧いてくる。
髪は朱に染まり、骨格から全身が変わる。
そして僕は……いや我は、シロガネ・フォン・シュテルプリヒとしての姿を取り戻した。
「我も、馬鹿であるな……《塞がれ》」
そう告げるやいなや、ジンユーの傷口はみるみるうちに閉じ。二秒と待たず、一滴の血もこぼれ出なくなった。
すると何故か、ジンユーの息遣いも穏やかになり、表情も心なしか和らぐ。
我は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ふっ、龍の小娘に一喜一憂させられるとは、我も落ちぶれたものだな……」
誰に返事して欲しいでもなく、そう呟いた直後。
「そう仰るわりには、嬉しげな声ではありませんか」
壁の向こうから、男の声が届く。
おそらく、ジンユーと通った幻影の壁越しに、話しかけてきているのであろう。
ジンユーを抱く腕に力を籠め、身構える。
「何奴だ? 顔も見せず、この偉大なる我と語らおうとは、些か無礼が過ぎるぞ」
「申し訳御座いません。しかしながら、今はあなた様に顔を見せる訳にはいかないのです。なにせ、魔法陣を起動したのは私なのですから」
「……あの魔法陣はなんだ? 龍を殺せる魔法など、我は知らぬ」
「おや、煽り立てましたのに、怒りも動揺も無しですか。さすが、肝が据わってますね」
「我の質疑に答えよ。あの魔法陣はなんだ?」
「はは、頑固ですね。仕方ありません、種明かししてあげましょう。あの魔法陣は、呪術の類ですよ。相手の傷口と血を触媒として、生命力を奪うものなんです」
故に、傷を塞ぎ、血を止めれば、効果が失われた、と……。
「くだらん事をしてくれる。そうも冥土が恋しいか、匹夫よ?」
「おぉ、怖い怖い。では、死神に狙われる前に、帰るとしますか」
「……次に会う時が貴様の命日だ。覚えておけ」
「ははは、そうならないように祈っておきますよ、不死王(ノーライフキング)さん」
かつ、かつ。
遠ざかっていく足音。
我は、壁を睨んでいた。
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早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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