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第1話 アベルの日常

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 再度目が覚めると、瞳に映るのはカレンの整った顔。
 頭の後ろには優しげな柔らかい感触。
 どうやら体勢的に膝枕をされているようだ。

「お兄様! よかった目が覚めたんですね」
「あぁ」

 カレンに負担をかけては悪いし、俺はすぐに起き上がった。

「大丈夫ですか? まだお休みになられた方がいいのでは?」
「問題ないよ。……ありがとうね」

 カレンの頭をなでる。
 それによって、その白い肌が赤く染まっていく。

「それより女の人とスーツの男は?」

 俺は周りを見てみる。
 俺達がいるのは、俺が先程倒れた路地裏だ。
 しかし俺達以外には誰もいない。
 ……逃げたのか?

「私が来た時にはもういませんでしたよ」
「そうか……」

 一応お腹も見てみる。
 しかし特に異常はない。
 確かに大怪我を負い殺されたはずだ。

 あの天使に蘇生されたのだろうが、スーツ姿の男の事や天使の事も含めて全てが長い夢のように思える。

「ところでお兄様……」
「どうしたのカレン」
「その……目が赤くなっていませんか?」

 目が赤い?
 充血しているということか?

「カレン、手鏡を貸してくれないか?」
「……どうぞ」

 ――――ッ!!
 驚いた、本当に目が赤い。
 しかも充血なんかじゃない。
 黒目だった部分がそのまま赤くなっている。

「……まぁ大丈夫さ、すぐ治るよ」

 出来るだけ平静を装う。
 極力カレンに心配はかけたくないしな。
 そう考え、カレンに手鏡を返そうとした瞬間――
 手が滑る。
 あの大怪我の後だ、明らかに力が入ってなかった。

 ……やばい!
 このままじゃカレンの手鏡が割れてしまう――

 ――と。
 そこで違和感に気付いた。

 あれ? なんか落ちるのが遅くないか?
 事故にあう前にスローモーションで見えるっていうあれか?
 これなら……ほいっと。

 俺は突然落としたはずの鏡を、地面に達する前に拾う。

「もう、お兄様! 全然大丈夫じゃないですよ!」
「ご、ごめんっ」
「今日はゆっくり休んでくださいよ」

 カレンは可愛く頬を膨らませている。
 これ以上あらぬ心配を掛けたくないし……従わなくちゃな。

「わかってるよ。なら早く帰ろう」

 俺達は二人で帰路についた。

 ◇◇◇

 カレンの手料理が机に出される。
 今日は俺の好きなピラフのようだ。
 ……嬉しい。

 支度を終えたカレンもすぐに椅子に座り、俺達は手を合わせた。

「「いただきます」」

 家事はカレンに任せっきりになっている。
 申し訳なくも思うが二人で決めた約束事だ。

 今から2年前――
 突然両親が死んだ時、カレンは俺と一緒に働こうとした。
 だけど才能もあって見た目もいいカレンに、兄としては好きな事をして欲しかった。
 無理にでも働こうとするカレンとその時決めたのが、仕事は俺、家事はカレン、という約束。

 けれど、俺にとって別に悲しい話じゃない。
 そのおかげで毎日おいしい夕食にありつけているんだから。

「今日もおいしいね」
「ふふ、ありがとうございます。それよりお兄様、今日のバイトは……」
「一応行くよ。あんまり無理はしないから」
「むー」

 カレンからの視線が痛い。
 だけどカレンはこれ以上強く言っては来なかった。

 バルザール魔術学院はグウィデン王国出身者には学費を免除してくれており、王都出身の俺達は学費を払っている訳ではない。
 しかし学費が無いからとはいえ、働かないと食べてはいけない。
 カレンもそれをわかっているはずだ。
 だからこそ強く出れない。

「速めに帰って来てくださいね」
「うん。速めに帰るよ」
「本当ですか?」

 カレンはじーっと俺を見てくる。

「本当だよ」
「……信用しましょう」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」

 俺はそう言って、スプーンを空になったお皿の上に置いた。

 ◇◇◇

 夕食を終え、バイト先に向かい始めると、家の外はもう既に夕方だった。
 王都では昔ながらの石造りの建物も多いから、この時間帯は落ち着いた雰囲気になり、個人的にはそれがとても好きだ。

 そしてそれ程時間をかけずして、俺は夕暮れの王都でも一際落ち着いた雰囲気のお店の――

「失礼します」

 扉を開いた。

 辺りに漂う酒の匂い。
 薄暗い店内。
 ここはバーだ。
 正確に言うとバー兼小料理屋といった所か。
 俺は2年前からここで働かせてもらっている。

「こんばんわぁアベル君」

 俺は店に入るなり、カウンターの奥の肌面積の多い妙齢の女性に話しかけられた。

 その女性はウェーブする長い金の髪に、目鼻立ちのくっきりとした綺麗な顔立ち、そして胸元には大きくスリットが入っている。
 この人はサラスティーナさん。
 皆からはサラさんって言われているこのバーの店長だ。

 しかし俺はサラスティーナさんって呼んでるし……正直露出が多くて、目のやり場が無くて困っている。

「こんばんは、サラスティーナさん」
「その目、どうしたのぉ?」
「いやーそれが自分にもわからないんですよ」
「病気とかぁ?」
「多分それは無いと思うんですけど……取り合えず着替えてきますね」

 俺は頭を下げて、奥のスタッフルームへと向かった。

 俺がこのお店に入っているのは夕方から夜の間だ。
 それ程長い時間では無いが、有難い事に他のお店で働くよりもかなり良い給料を貰えていて、生活にはあまり困っていない。
 でも、いやだからこそきっちりと働かないとな。

 ◇◇◇

 バイト終え、家に帰った俺は玄関を開ける。

「ただいまー」

 俺の声は小さい。
 それは今がもう深夜だからだ。
 カレンも寝ているだろうし、このただいまは一応の礼儀に過ぎない。

 俺はそのまま脱衣所に直行した。
 そこでまず鏡に映る俺の眼を見る。

 ……紅い。
 やっぱりまだ紅いままだ。
 この瞳の色に不安もあるけど、正直かっこいいかもしれない。
 ……しばらくはこのままでいいか。

 俺は服を脱いで、少しぬるくなったお風呂に入った。

「ふぅ……」

 ……今日は本当に色々あったな。
 まず今日は学院の授業日の初日。
 教員の自己紹介ばかりとはいえ、久し振りの授業は結構疲れる。
 更に路地裏での事件だ。
 俺があまり首を突っこむ問題では無いのかもしれないが、あの女性がどうなったのかはすごく気になる。

 そして……スキルについて。
 あの天使は俺にスキルを与えたと言っていたが、その肝心のスキルがいまいちわからない。
 一番考えられるのは――この目だ。
 カレンの手鏡を落とした際、手鏡の動きはスローモーションに見えていた。
 それが俺のスキルなのだろうか?
 もっと確かめるチャンスがあればいいんだけど。

「そろそろ出るか」

 俺は風呂から出て、寝間着に着替えた。
 その後歯を磨いて、寝室へと向かう。
 そして寝室の扉を開くと、

「……すぅ……すぅ」

 カレンが寝ていた。
 部屋を間違え……た訳ではないだろう。
 俺を待っていてくれた?
 よく見るとベッドの奥の方はかなり空いている。
 確かに今日は心配をかけたし、待っていてくれたのかもな。

「……ありがとう」

 俺は優しくカレンの頭をなでる。
 すると

 ――ぎゅっ

 と袖を掴まれた。

 カレンの目は開いていないし、呼吸は正しい。
 無意識の行動だろう。

 同年代に比べて背も身体も育ってはいるが、顔にはまだまだ幼さが残る。
 いつも大人びた雰囲気をしているけど、こうして見ると年相応だな……。

「……」

 もう俺も眠いし、今日は一緒に寝るか。
 俺はカレンの身体を越し、ベッドの奥の方へと向かう。
 そしてカレンの横で目を閉じた。
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