戦後戦線異状あり

一条おかゆ

文字の大きさ
上 下
8 / 12

第三話 誰か為に日は射す1

しおりを挟む
 戦争は変わった。我々が若かりし頃に従軍した戦争とは何もかもが違う。
 機関銃と鉄条網と塹壕。それらを前にして、最早騎兵は過去の遺物だ。歩兵の武器も小銃ではなく円匙。ただ砲兵のみが雄叫びを戦場に轟かす。
 そして、掃射される機関銃と降り注ぐ砲弾。その鋼鉄の嵐の中に英雄はいない。あるのは傷病を抱えた生者と、地獄から解放された死者のみ。
 しかしあの戦争には、唯一時代錯誤な戦士が存在した。それは、戦乙女だ。
 銃弾を跳ねのけ、砲撃を掻い潜り、敢然とこちらの塹壕に飛び込んで来るその様は、まさにヴァルハラへの案内人と言うに相応しい。
 いつからかデウシュ人は、神代の力を手にしていたようだ。
 絶え間なく塹壕線を浸透する彼女達を前に、為すすべもなく我々が敗北したのも当然と言える。マルヌでの勝利も、戦乙女を呼び覚ますための呼び鈴にすぎなかったのだ。

 再度言っておく。戦争は変わった。これからも永遠に変化し続けるであろう。
 そして、最後にもう一つ。
 あの戦争は、『戦争を終わらせるための戦争』などではない。
 全ての、始まりに過ぎない。

 ──獄中で記したと思われるアルバート・フォッシュの日記より

 ◇◇◇

「失礼します。アンゲリカ・ミッターマイヤー中尉であります」
「待っていたよ、入り給え」

 窓から月光の射し込む、暗い夜分の廊下。アンゲリカはドアノブに手を掛けて、捻る。
 おもむろに押し開くと、そこは天井の照明が弱く、薄暗い執務室。
 カーテンは既に閉め切られ、その前の執務机には上官たるウンフェアツァークト。
 アンゲリカは執務室内に入り、丁寧な敬礼を一度挟み、口を開いた。

「中佐、何用でしょうか?」
「報告が上がってきてね」とウンフェアツァークト。書類をパラパラと捲り、字面悲惨な報告書に目を通す。
「党首と迫撃砲を取り逃がし、死人が多数。期待していたムーラウ士官候補生は……新米だから仕方ないか。しかし君にしては珍しく、華々しくない戦果だね」

 ウンフェアツァークトは残念そうに手を止め、書類を机上に置いた。
 今回の作戦の失敗を咎められるのだろうか、とアンゲリカは身構え、頭を下げた。

「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「いやね、別に詰問するわけじゃない。こちらにも非はあるわけだし、これで私達から君への期待が薄れるわけではないよ。現に人事は、君の大尉への昇進を決めたようだ」

 昇進、それ自体は嬉しい。だが、命を賭け、かけがえのない部下を削っての昇進なのだ。
 彼らが帰ってくるなら地位などいらない……。その言葉はそっと胸中に仕舞い込んだ。

「……ありがとうございます」
「それで、君を呼び出した理由なのだが……私は君に、少し感想を聞きたいんだ」
「感想……ですか?」

 呼び出された理由であるらしい『感想』。その意図が読み取れず、自然と首が傾いた。
 ウンフェアツァークトは机に両肘を置き、髭の前で指を組み、先の言葉を説明する。

「そうだ、君の感じた想いだ。何故君達は負けたのかね? 正直に言ってくれていい」

 正直。その言葉に胸がすく。彼女にとって困難な虚言を、一切弄する必要がなくて済むのだ。アンゲリカは原因を、本心から実直に伝える。

「理由は主に三つです。一つは、敵の数が想定より多分にいたこと。もう一つは迫撃砲の存在。最後の一つは……敵に魔術師がいたことです」
「ふむ、同意見だね。しかし、敵の人数を正確に把握しきれていなかったことは、こちらから謝罪しておこう。貴重な人材に多大な被害が生じたのだ、諜報部にもきちんと灸を据えるように言っておく」

 ウンフェアツァークトは極めて真摯な態度だ。直接の隷下ではないが、死した彼らも部下であることに変わりはない。一中隊のみで作戦を遂行させたことを、彼なりに後悔しているのであろう。
 多少、感傷の情が表情に現れつつも、彼は言葉を続けた。

「それで……迫撃砲に関して、君はどう感じるかね?」
「強力な兵器です。一般兵科は勿論のこと、エーギスで衝撃波は防げませんので、自分たち魔術師に対しても有用な兵器です」
「うーん……と、そうではなくてね。何故あの場に迫撃砲があったのか、ということを聞きたいのだよ。それも君の頭で考えた言葉でね」

 敵に迫撃砲があった理由、と。軍属の彼女であれば、大方察しが付く。
 おそらく、二重帝国軍から秘密裏に入手したのだろう。
 砲撃痕から見て、迫撃砲は小型。しかし腐っても砲は砲だ。比較的火力の低い小銃とは違い、民間に払い下げられることはまず無い。
 だが、何事にも例外というのは存在する。今回はそれが、眼鏡の首領とあの魔術師を筆頭に、彼等共産党員に多く退役軍人を含む、という点だ。
 コネはあって当然。資金を提供してくれる出資者さえいれば、薄汚れたパイプを駆使して非正規に手に入れることは可能だ。故に、

「軍にいた時分の人脈を用いて、入手したのでしょう」
「とすれば? もう一つ見えてくるだろう」
「……軍内の誰かが横流ししたのでしょう。それも隠蔽の可能な立場……事務方か高級将校、でしょうか?」
「おそらくはね……」

 仲間であるはずの軍内の人間が武器を横流し、間接的にアンゲリカの中隊に被害を出したのだ。全く怒りを覚えないわけではない。しかし、感情の鈍化もあってか、憤慨とまではいかない。
 微かな遣る瀬無さと、既に慣れた仲間の死を、ほの悲しく感じるのみ……。

「…………」
「怒り……いや、悲しみか。……君は、優しいね」
「……いえ、自分は優しくなどありません。今日だって人を殺すのに、何の躊躇いも無かったのですから……」
「そうか……。……。私が君に同情してしまう前に話を戻そうか、ミッターマイヤー中尉」と名を呼び、ウンフェアツァークトは彼女の瞳を見据える。
「多少脱線したが……次で最後だ。あの魔術師はどんな思いで二重帝国に牙を剥いたと思う?」

 少々難解な、ウンフェアツァークトの問い。アンゲリカは沈思黙考する。
 ──果たして、どんな思いだったのだろうか……。
 純朴に国家の安泰を信じれば、魔術師として二重帝国に仕えるのが道理。
 敵性存在に正面から相対し、最終的に万難を排する。それが彼女らの役目だ。
 しかし、あの魔術師は純朴に国家に尽くすことを良しとはしなかった。
 偉大なる思想の元、二重帝国を再建するという崇高な使命を胸に、かつて所属していた二重帝国軍に牙を剥いたのだ。
 大いに悩んだはず、大変に辛かったはず。その決断には万感の思いが籠められていたはずだ。それこそ、第四世代魔石の使用者には決して理解の出来ぬ思いが……。

「……『病気』の自分には分かりかねます」
「……。今の君ならそう言うと思ったよ」
「申し訳ありません」
「なに、悪いことじゃない。……でもね、私は君に期待しているんだ」

 ウンフェアツァークトは口前で組んだ両手を机の上にそっと置いた。
 そして、はっきりと口元が見えるように、言葉を発する。

「だから明日、いや明後日に証拠局内の地下室に行きたまえ。あの魔術師に答えを聞くといい。許可は私が取っておくよ」
「……了解です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吼えよ! 権六

林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

処理中です...