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32話 オーガシャーマン
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地面を蹴って駆け出した!
「UGAAAAAAAッ!」
「UIIIIIIIIIIIIAAA!」
進路上に立ち塞がる二匹のホブオーガ。
しかし、僕らは両脚を止めない。
仲間を信じている!
「《シールドバッシュ・改》ッ!」
空気法のように放たれた衝撃波が、右のホブオーガに直撃。
身体を大きくのけ反らせ、大剣など到底振ることの出来ない体勢へ。
「おりゃあああぁぁぁ! 武技でもなんでもねええええぇぇぇッ!」
リエンは下から掬い上げるようにして、大剣で地面を切り裂く。
掘削され、前方へと飛び散る石の散弾。
──ガギィンッ!
左のホブオーガはそれから身を守ろうと、大鉈を立てて盾とした。
これで二匹のホブオーガは、攻撃が出来ない状態。
その間を、駆ける僕らは通り抜けた!
だが。
「《UGAU・RAA・IIAAA》!」
オーガシャーマンが骨の長杖を突き出すと、巨大な岩の壁が出現。
行く手を物理的に阻んでくる。
僕らの足が、止まってしまった。
「イオ、回り込むかい! それとも、風魔術で飛び越えるかい!」
そうこうしている間にも、背後のホブオーガは体勢を整える。
……奴らとの戦闘に入るのは、面倒だ。
魔力と体力、そして何より時間を浪費してしまう。
それはつまり。
これほど巨大な岩壁を生成できるオーガシャーマンに、好き勝手魔術を使わせてしまうという事。
しかも、ホブオーガを切り抜けて相対する頃には、僕らも万全ではないだろう。
ここは、ホブオーガとの戦闘を避けたい──
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ! 《爆裂魔弓》ッ!」
レオンの放った矢が岩壁に命中し、爆散!
ちょうど人間二人が通れそうな間隙が生まれる。
「《UGA・I・BAA》」
オーガシャーマンはすぐさま対応し、その穴を塞ごうと試みが……
「《アイス》」
姉上の一言で、穴の周囲が凍て付いた。
冷たい氷でコーティングされ、岩は一向に塞がれない。
「レオン、姉上! 後で、お菓子でも奢るからね!」
「じゃあ、私は紅茶でも用意するから。舌が壊れるほど美味しいから、死なないでよ」
僕とベガは二人の作ってくれた穴を通り抜け、奥へと歩を進めた。
「この部屋に来るという判断だけでも意外だったが、まさかワタシの目の前にまで辿り着こうとは……人間をショーショー、侮っていたようだな」
背後の氷が、パキ、パキ……と、音を立てて剥がれ落ちる。
遅れて、岩壁の穴が塞がってゆく。
「君が侮っていたのは人間じゃなくて、私と彼さ」
横にいる僕を、ベガは顎で指した。
オーガシャーマンはベガの自信満々な態度に、笑いをこぼす。
「クックックッ……貴族のメスとは思えぬ唯我独尊っぷり。面白い。……両名、名は?」
「私の姓に関しては今後、変わる可能性があるんだけど」
と、前置きし、彼女は名乗った。
「ベガ・フィン・ギースリンゲン。ベガ様とでもベガ閣下とでも、好きな敬称で呼んでくれ」
敬称で呼ぶのは前提なんだね……。
ダンジョンボスを前にしても、ベガの人を食ったような態度は変わらないなぁ。
でも。
彼女の余裕ある態度は、いつ見てもカッコいい。
自分に絶対の自信があるからこそ、そうした余裕が生まれるのだろう。
僕も、こういう時くらいは自分に自信を持たなくちゃ。
僕はブロードソードの切っ先を緑の肉体に向け、名乗った。
「僕の名はイオ。冥途の土産に覚えておくことだね──お前を倒す者の名なんだから」
精一杯の自信を持って発した台詞に、オーガシャーマンは一層笑った。
「クックック……ギャッハッハッハッハ! 面白い、実に面白いぞ! 殺すのが勿体ないくらいだ、ギャッハッハッハ!」
その哄笑は僕らを抜け、壁に反響。
幾度も木霊する。
どうやら背後の穴は、完全に塞がったらしい。
巨大な岩の壁で仕切られた空間で、オーガシャーマンとベガと僕の三人きり。
……奴を倒す、絶好のチャンスだ!
「ベガ、奴はシャーマン。魔術戦では僕らのが不利だ。詰めて、近接戦に持ち込もう」
「了解、異論無いよ。じゃあ早速──」
──ダッ!
ベガは高速で駆け出す。
僕も、彼女の横に並んで駆ける!
「さぁ、ベガとやら、イオとやら! かかって来い! その減らず口を塞いで進ぜよう!」
オーガシャーマンは、骨の杖を前へ突き出した。
魔術を発動するつもりだ。
しかし《アクセラレート》で加速している僕らなら、剣の間合いまで詰めるのに、さほど時間は要さない。
詠唱一回分、ってとこだ。
これを防ぎきれば。
そうすれば、僕らの勝利は確実だ!
「《AIHI・HIHIA・AHIISA》ッ!」
オーガシャーマンは、魔術を詠唱。
すると──
「──消えたッ!? いや、これはっ!」
『透明化』だ。
オーガシャーマンは魔術で、"緑の肉体を透明にした"のだ。
「小癪な真似をしてくれるね!」
止まらないベガは、先程までオーガシャーマンがいた場所へ到達。
急ブレーキの勢いを活かして深く踏み込み。
目にも留まらぬ速度でブロードソードを振るうが──空振る。
隙が、生じた。
ま、まずい……ッ!
このままだとッ!
「ベガっ! 危ない!」
僕はベガの手を引き、彼女の頭を胸元に抱き込む。
そうして、彼女を守るように背を向け、
「《TIAAU・IOE・RAOUA》!」
──ザジュッ!
放たれた風の刃が、僕の背中を切り裂いた。
風に乗った僕の紅い血が、周囲へと撒き散らされる。
「うぐぅ……ッ!」
「い、イオ! 《ヒール》!」
ベガは僕の腕からするりと抜け、すかさず回復魔術。
本格的に失血する前に、背中の傷は塞がった。
「大丈夫かい、イオ! すまない、私のせいで……」
「いいや、いいんだ、ベガ……。僕の同じことをするつもりだったから……」
ベガが剣を振るわなかったら、代わりに僕が振るっていただろう。
透明化した相手は、当然ながら目に見えない。
モーションもタイミングも、一切分からないのだ。
驚いて硬直し、その隙に急所でも攻撃されたら、防御も出来ずに死ぬ。
……一か八か、敵のいた場所に向かい、斬りつける。
あの場では、それがそれが最良の判断だった。
間違いない。
ただ、"相手が一枚上手だった"という事。
僕らの判断能力が高いことを察して、移動したのだろう。
それこそ、剣が当たらないような位置に……。
「はは……流石ダンジョンボスなだけはある。なかなか苦戦しそうな相手だね」
「……あぁ。『透明化』なんて、卑怯もいいとこだからね」
透明化──
人語での魔術名は、《インビジブルクローク》。
特上級魔術だ。
人間のウィザードでも上位一パーセントしか使えないような特上級魔術を、まさかオーガが使えるなんて……。
もう、どんな事が起こっても驚かなさそうだ。
「クックック……二秒だ。オマエらの減らず口が塞がるまで、たったの二秒だ」
どこからともなく、オーガシャーマンの声が聞こえる。
だがその声は、この密閉された空間に何度も反響する。
位置が特定できない。
「しかしまぁ……仕方あるまい。生きとし生ける全ての生き物には、得手不得手がある」
どし、どし、どし……。
巨体の足音はするが、その音源も判然としない。
「ビッグアントは社会性に優れ、硬い甲殻を持つ。だが知能は低く、遠距離攻撃の手段に乏しい。ワーラビットは簡単な魔術を覚え、動きが素早い。だが勇敢さに欠け、革は柔らかい」
足音が、止まる。
「ヒューム、エルフ、ドワーフ……。人間というのは皆、視覚に優れた生き物だ。しかし嗅覚はどうだ? ワタシ達オーガやゴブリン共の……足元にも及ばないッ!」
マズい、攻撃が来る!
見えない!
なんとかしないとッ!
しかし。
判断力のある僕の脳は、咄嗟に"ある魔術"を思い出した。
「《エクスプロール》ッ!」
瞬時、僕の脳内に"生物の位置"が流れ込んでくる!
遠い背後、岩の壁の向こうに十数体。
ホブオーガと冒険者たちだ。
左横に一体。
ベガだ。
そして、右横に──
「UGAAAAAAAAAAAAAAA──ッ!」
──ガギィンッ!
僕の身体は宙を舞う。
オーガシャーマンが横薙いだ骨の杖の物理的な一撃で、殴り飛ばされたのだ。
しかし、怪我は無い。
寸前で構えたブロードソードが、敵の攻撃を防いだ!
「ベガ、カウンターをっ!」
「任せてくれ!」
ベガは俊敏に剣を構え、バリスタから放たれた太矢のような刺突。
ズジュッ!
剣が透明の肉体に突き刺さる。
同時、噴き出す紫の鮮血。
「ここで仕留める!」
ベガはブロードソードを突き刺したまま、短剣を胸元で構える。
剣と血で相手の位置が確実に分かる今だからこそ。
至近距離の高威力魔術で屠るつもりだ!
しかし。
──ごガッ!
「ぐあ……ッ!」
ベガの身体も、宙へ舞った。
横腹から"くの字"に折れ曲がって、五―メートル近く吹き飛ばされている。
骨の二・三本は確実に折れているだろう。
だが、そこは流石のベガだ。
痛みをものともせず、空中で一回転し、
「《ウィンド》!」
魔術で発生させた風をクッションに。
そのまま華麗に着地して、すかさず自身へ回復魔術。
「《ヒール》」
「ベガ! 怪我は大丈夫!?」
その真横へ、殴り飛ばされていた僕が着地。
《ヒール》の二度掛けをしようかと短杖を向けたが、手で制されてしまう。
「イオの傷に比べれば、かすり傷だよ、この程度。……にしても、この私が、あんな鈍そうなオーガの一撃を食らうとはね」
これまで見てきた通り、ベガの動体視力と運動神経は人並外れている。
だけど、相手が見えなければそれも意味はない。
普段の戦闘なら貰わないような一撃も、相手が透明では貰ってしまう。
ふっ、とベガは余裕そうに笑うが、どこか悔しそう。
空いた右手で脇腹をさすりながら、彼女はオーガシャーマンを睨み付けた。
「《AIHI・HIHIA・AHIISA》!」
僕らを遠ざけた隙に、奴は再び『透明化』した。
ベガの剣が突き刺さり、血を流した状態のままで。
しかし、それら諸共、オーガシャーマンの姿は消えた。
壁に木霊した声だけが、どこからともなく聞こえてくる。
「GU、GA……ッ! 認めよう、オマエ達は強いッ! ワタシの一撃を防いだこと、また、ワタシにこのような一撃を見舞ったこと、ショーサンに値する」
「おや、褒美でもくれるのかい? 君の首ならいらないよ、だって私達が刎ねるんだから」
「クックック、ギャッハッハ! この期に及んでもぬかす胆力、その剣の腕前……気に入らぬ道理が無い」
どうやらベガは、オーガシャーマンに気に入られたようだ。
「どうだ、ワタシの伴侶とならぬか? さすればオマエの命、助けてやろう」
その提案にベガは、"僕の頬を撫でながら"返した。
「もっと可愛くなってから出直すことだね、具体的にはイオくらい」
「ギャッハッハッハッハ! そうだ、オマエはそうでなくては! 良かろう、ならば自然の摂理に従うまでのこと! 欲しいものは力づくで奪うのみ!」
どし、どし、どし、どし。
巨体の歩く足音が、聞こえてくる。
「あはは、負ければ私、あの醜いオーガのものになるのか。ははっ、普通に願い下げだね。……誰かが守ってくれないかなぁ?」
ベガはわざとらしくそう言うと、おもむろに僕を見る。
……僕だって、ベガがオーガのものになるなんて嫌だ。
そもそも、人を"物扱い"している時点で、論外だ。
だけどこのままだと、ベガはオーガシャーマンの"もの"になりかねない。
第一に、僕らは力で劣っている。
身長二メートルで筋肉質のオーガは、武技を使えなくとも、人間を殴り飛ばすだけの膂力がある。
身長差にして数十センチ、体重にして三倍近い種族の差は、どうあがいても覆せない。
そして第二に、あの『透明化』だ。
その凶悪さは、いわずもがな。
逆に僕らが勝っているもの。
それは、武技の技量と純粋なスピード。
なら、話は早い。
──『透明化』をなんとか看破して、筋力差を埋めるほどの速度で武技を叩き込めばいい。
そのための機転と判断力は、僕の脳(ここ)に詰まっている。
「……策、思いついたよ、ベガ。何も聞かずに手伝ってくれる?」
「もちろん。あの醜いオーガを、もっと醜くしてやろうじゃないか」
目を細め、いたずらっぽく笑うベガ。
その笑みを守るためにも。
このダンジョンに閉じ込められた皆を救うためにも。
そして、僕が成り上がるためにも──僕は奴を倒す!
「UGAAAAAAAッ!」
「UIIIIIIIIIIIIAAA!」
進路上に立ち塞がる二匹のホブオーガ。
しかし、僕らは両脚を止めない。
仲間を信じている!
「《シールドバッシュ・改》ッ!」
空気法のように放たれた衝撃波が、右のホブオーガに直撃。
身体を大きくのけ反らせ、大剣など到底振ることの出来ない体勢へ。
「おりゃあああぁぁぁ! 武技でもなんでもねええええぇぇぇッ!」
リエンは下から掬い上げるようにして、大剣で地面を切り裂く。
掘削され、前方へと飛び散る石の散弾。
──ガギィンッ!
左のホブオーガはそれから身を守ろうと、大鉈を立てて盾とした。
これで二匹のホブオーガは、攻撃が出来ない状態。
その間を、駆ける僕らは通り抜けた!
だが。
「《UGAU・RAA・IIAAA》!」
オーガシャーマンが骨の長杖を突き出すと、巨大な岩の壁が出現。
行く手を物理的に阻んでくる。
僕らの足が、止まってしまった。
「イオ、回り込むかい! それとも、風魔術で飛び越えるかい!」
そうこうしている間にも、背後のホブオーガは体勢を整える。
……奴らとの戦闘に入るのは、面倒だ。
魔力と体力、そして何より時間を浪費してしまう。
それはつまり。
これほど巨大な岩壁を生成できるオーガシャーマンに、好き勝手魔術を使わせてしまうという事。
しかも、ホブオーガを切り抜けて相対する頃には、僕らも万全ではないだろう。
ここは、ホブオーガとの戦闘を避けたい──
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ! 《爆裂魔弓》ッ!」
レオンの放った矢が岩壁に命中し、爆散!
ちょうど人間二人が通れそうな間隙が生まれる。
「《UGA・I・BAA》」
オーガシャーマンはすぐさま対応し、その穴を塞ごうと試みが……
「《アイス》」
姉上の一言で、穴の周囲が凍て付いた。
冷たい氷でコーティングされ、岩は一向に塞がれない。
「レオン、姉上! 後で、お菓子でも奢るからね!」
「じゃあ、私は紅茶でも用意するから。舌が壊れるほど美味しいから、死なないでよ」
僕とベガは二人の作ってくれた穴を通り抜け、奥へと歩を進めた。
「この部屋に来るという判断だけでも意外だったが、まさかワタシの目の前にまで辿り着こうとは……人間をショーショー、侮っていたようだな」
背後の氷が、パキ、パキ……と、音を立てて剥がれ落ちる。
遅れて、岩壁の穴が塞がってゆく。
「君が侮っていたのは人間じゃなくて、私と彼さ」
横にいる僕を、ベガは顎で指した。
オーガシャーマンはベガの自信満々な態度に、笑いをこぼす。
「クックックッ……貴族のメスとは思えぬ唯我独尊っぷり。面白い。……両名、名は?」
「私の姓に関しては今後、変わる可能性があるんだけど」
と、前置きし、彼女は名乗った。
「ベガ・フィン・ギースリンゲン。ベガ様とでもベガ閣下とでも、好きな敬称で呼んでくれ」
敬称で呼ぶのは前提なんだね……。
ダンジョンボスを前にしても、ベガの人を食ったような態度は変わらないなぁ。
でも。
彼女の余裕ある態度は、いつ見てもカッコいい。
自分に絶対の自信があるからこそ、そうした余裕が生まれるのだろう。
僕も、こういう時くらいは自分に自信を持たなくちゃ。
僕はブロードソードの切っ先を緑の肉体に向け、名乗った。
「僕の名はイオ。冥途の土産に覚えておくことだね──お前を倒す者の名なんだから」
精一杯の自信を持って発した台詞に、オーガシャーマンは一層笑った。
「クックック……ギャッハッハッハッハ! 面白い、実に面白いぞ! 殺すのが勿体ないくらいだ、ギャッハッハッハ!」
その哄笑は僕らを抜け、壁に反響。
幾度も木霊する。
どうやら背後の穴は、完全に塞がったらしい。
巨大な岩の壁で仕切られた空間で、オーガシャーマンとベガと僕の三人きり。
……奴を倒す、絶好のチャンスだ!
「ベガ、奴はシャーマン。魔術戦では僕らのが不利だ。詰めて、近接戦に持ち込もう」
「了解、異論無いよ。じゃあ早速──」
──ダッ!
ベガは高速で駆け出す。
僕も、彼女の横に並んで駆ける!
「さぁ、ベガとやら、イオとやら! かかって来い! その減らず口を塞いで進ぜよう!」
オーガシャーマンは、骨の杖を前へ突き出した。
魔術を発動するつもりだ。
しかし《アクセラレート》で加速している僕らなら、剣の間合いまで詰めるのに、さほど時間は要さない。
詠唱一回分、ってとこだ。
これを防ぎきれば。
そうすれば、僕らの勝利は確実だ!
「《AIHI・HIHIA・AHIISA》ッ!」
オーガシャーマンは、魔術を詠唱。
すると──
「──消えたッ!? いや、これはっ!」
『透明化』だ。
オーガシャーマンは魔術で、"緑の肉体を透明にした"のだ。
「小癪な真似をしてくれるね!」
止まらないベガは、先程までオーガシャーマンがいた場所へ到達。
急ブレーキの勢いを活かして深く踏み込み。
目にも留まらぬ速度でブロードソードを振るうが──空振る。
隙が、生じた。
ま、まずい……ッ!
このままだとッ!
「ベガっ! 危ない!」
僕はベガの手を引き、彼女の頭を胸元に抱き込む。
そうして、彼女を守るように背を向け、
「《TIAAU・IOE・RAOUA》!」
──ザジュッ!
放たれた風の刃が、僕の背中を切り裂いた。
風に乗った僕の紅い血が、周囲へと撒き散らされる。
「うぐぅ……ッ!」
「い、イオ! 《ヒール》!」
ベガは僕の腕からするりと抜け、すかさず回復魔術。
本格的に失血する前に、背中の傷は塞がった。
「大丈夫かい、イオ! すまない、私のせいで……」
「いいや、いいんだ、ベガ……。僕の同じことをするつもりだったから……」
ベガが剣を振るわなかったら、代わりに僕が振るっていただろう。
透明化した相手は、当然ながら目に見えない。
モーションもタイミングも、一切分からないのだ。
驚いて硬直し、その隙に急所でも攻撃されたら、防御も出来ずに死ぬ。
……一か八か、敵のいた場所に向かい、斬りつける。
あの場では、それがそれが最良の判断だった。
間違いない。
ただ、"相手が一枚上手だった"という事。
僕らの判断能力が高いことを察して、移動したのだろう。
それこそ、剣が当たらないような位置に……。
「はは……流石ダンジョンボスなだけはある。なかなか苦戦しそうな相手だね」
「……あぁ。『透明化』なんて、卑怯もいいとこだからね」
透明化──
人語での魔術名は、《インビジブルクローク》。
特上級魔術だ。
人間のウィザードでも上位一パーセントしか使えないような特上級魔術を、まさかオーガが使えるなんて……。
もう、どんな事が起こっても驚かなさそうだ。
「クックック……二秒だ。オマエらの減らず口が塞がるまで、たったの二秒だ」
どこからともなく、オーガシャーマンの声が聞こえる。
だがその声は、この密閉された空間に何度も反響する。
位置が特定できない。
「しかしまぁ……仕方あるまい。生きとし生ける全ての生き物には、得手不得手がある」
どし、どし、どし……。
巨体の足音はするが、その音源も判然としない。
「ビッグアントは社会性に優れ、硬い甲殻を持つ。だが知能は低く、遠距離攻撃の手段に乏しい。ワーラビットは簡単な魔術を覚え、動きが素早い。だが勇敢さに欠け、革は柔らかい」
足音が、止まる。
「ヒューム、エルフ、ドワーフ……。人間というのは皆、視覚に優れた生き物だ。しかし嗅覚はどうだ? ワタシ達オーガやゴブリン共の……足元にも及ばないッ!」
マズい、攻撃が来る!
見えない!
なんとかしないとッ!
しかし。
判断力のある僕の脳は、咄嗟に"ある魔術"を思い出した。
「《エクスプロール》ッ!」
瞬時、僕の脳内に"生物の位置"が流れ込んでくる!
遠い背後、岩の壁の向こうに十数体。
ホブオーガと冒険者たちだ。
左横に一体。
ベガだ。
そして、右横に──
「UGAAAAAAAAAAAAAAA──ッ!」
──ガギィンッ!
僕の身体は宙を舞う。
オーガシャーマンが横薙いだ骨の杖の物理的な一撃で、殴り飛ばされたのだ。
しかし、怪我は無い。
寸前で構えたブロードソードが、敵の攻撃を防いだ!
「ベガ、カウンターをっ!」
「任せてくれ!」
ベガは俊敏に剣を構え、バリスタから放たれた太矢のような刺突。
ズジュッ!
剣が透明の肉体に突き刺さる。
同時、噴き出す紫の鮮血。
「ここで仕留める!」
ベガはブロードソードを突き刺したまま、短剣を胸元で構える。
剣と血で相手の位置が確実に分かる今だからこそ。
至近距離の高威力魔術で屠るつもりだ!
しかし。
──ごガッ!
「ぐあ……ッ!」
ベガの身体も、宙へ舞った。
横腹から"くの字"に折れ曲がって、五―メートル近く吹き飛ばされている。
骨の二・三本は確実に折れているだろう。
だが、そこは流石のベガだ。
痛みをものともせず、空中で一回転し、
「《ウィンド》!」
魔術で発生させた風をクッションに。
そのまま華麗に着地して、すかさず自身へ回復魔術。
「《ヒール》」
「ベガ! 怪我は大丈夫!?」
その真横へ、殴り飛ばされていた僕が着地。
《ヒール》の二度掛けをしようかと短杖を向けたが、手で制されてしまう。
「イオの傷に比べれば、かすり傷だよ、この程度。……にしても、この私が、あんな鈍そうなオーガの一撃を食らうとはね」
これまで見てきた通り、ベガの動体視力と運動神経は人並外れている。
だけど、相手が見えなければそれも意味はない。
普段の戦闘なら貰わないような一撃も、相手が透明では貰ってしまう。
ふっ、とベガは余裕そうに笑うが、どこか悔しそう。
空いた右手で脇腹をさすりながら、彼女はオーガシャーマンを睨み付けた。
「《AIHI・HIHIA・AHIISA》!」
僕らを遠ざけた隙に、奴は再び『透明化』した。
ベガの剣が突き刺さり、血を流した状態のままで。
しかし、それら諸共、オーガシャーマンの姿は消えた。
壁に木霊した声だけが、どこからともなく聞こえてくる。
「GU、GA……ッ! 認めよう、オマエ達は強いッ! ワタシの一撃を防いだこと、また、ワタシにこのような一撃を見舞ったこと、ショーサンに値する」
「おや、褒美でもくれるのかい? 君の首ならいらないよ、だって私達が刎ねるんだから」
「クックック、ギャッハッハ! この期に及んでもぬかす胆力、その剣の腕前……気に入らぬ道理が無い」
どうやらベガは、オーガシャーマンに気に入られたようだ。
「どうだ、ワタシの伴侶とならぬか? さすればオマエの命、助けてやろう」
その提案にベガは、"僕の頬を撫でながら"返した。
「もっと可愛くなってから出直すことだね、具体的にはイオくらい」
「ギャッハッハッハッハ! そうだ、オマエはそうでなくては! 良かろう、ならば自然の摂理に従うまでのこと! 欲しいものは力づくで奪うのみ!」
どし、どし、どし、どし。
巨体の歩く足音が、聞こえてくる。
「あはは、負ければ私、あの醜いオーガのものになるのか。ははっ、普通に願い下げだね。……誰かが守ってくれないかなぁ?」
ベガはわざとらしくそう言うと、おもむろに僕を見る。
……僕だって、ベガがオーガのものになるなんて嫌だ。
そもそも、人を"物扱い"している時点で、論外だ。
だけどこのままだと、ベガはオーガシャーマンの"もの"になりかねない。
第一に、僕らは力で劣っている。
身長二メートルで筋肉質のオーガは、武技を使えなくとも、人間を殴り飛ばすだけの膂力がある。
身長差にして数十センチ、体重にして三倍近い種族の差は、どうあがいても覆せない。
そして第二に、あの『透明化』だ。
その凶悪さは、いわずもがな。
逆に僕らが勝っているもの。
それは、武技の技量と純粋なスピード。
なら、話は早い。
──『透明化』をなんとか看破して、筋力差を埋めるほどの速度で武技を叩き込めばいい。
そのための機転と判断力は、僕の脳(ここ)に詰まっている。
「……策、思いついたよ、ベガ。何も聞かずに手伝ってくれる?」
「もちろん。あの醜いオーガを、もっと醜くしてやろうじゃないか」
目を細め、いたずらっぽく笑うベガ。
その笑みを守るためにも。
このダンジョンに閉じ込められた皆を救うためにも。
そして、僕が成り上がるためにも──僕は奴を倒す!
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