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22話 その後

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 そういえば今朝。
 凶悪犯罪者たちを倒した特別報酬として、王家からお金が送られてきた。

 量自体は微々たるものだけど、"王家から頂いた"という事実が、この上なく嬉しい。
 一種の、賛辞や勲章に近い。

 ついでに、腕はもう完全に治った。
 杖も握れるし、剣も振るえる。
 もちろん、自分でご飯も食べられる。

「あーん」

 突き出されるスプーン。
 突き出すのはメイド。

 顔立ちは端麗の極致だし、ポニーテールにした青髪は絹のように滑らか。
 フローラルな良い香りを放ち、雰囲気も上品。

 さらに、料理から掃除、魔術から剣術まで、なんでもこなせる万能っぷり。
 非の打ちどころが無いとは、まさにこの事だ。
 だけど……

「姉上、もう腕は治ってますから。ほら、この通り」
「あーん」

 主人の言うことは一切聞かない。

「あの、一人でも食べれま……」
「あーん」
「べつ……」
「あーん」

 スプーンは絶対に引かない。
 姉上は「あーん」しか言わない。

 観念するしかないね……。

「あ、あーん……」

 口を開くと、スプーンが中に入れられる。
 美味しい夕食の味が、口いっぱいに広がった。

 ここ二日の姉上は過保護気味だ。
 元々優しかったし、色々と手助けしてくれるタイプではあったけど……それが進化したようだ。

 あれから一日。
 昨日の夕食、今日の朝食、昼食と三回連続で姉上は僕に「あーん」してきた。
 いや、たったいま、今日の夕食が追加されたから四連続か……。

 結局、『嫌というほど説教』はされなかったから、これがその代わりという事なんだろうか?
 ……優しい姉上らしいや。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

 笑顔でそう告げると、姉上は突然、苦しそうに心臓を押さえる。

「ぐ……ッ!」
「大丈夫ですか、姉上っ!」
「えぇ、まったくの平気よ……っ! この程度、ドラゴンに噛み砕かれたのと同じよ……っ!」
「まごうことなき致命傷ですよ!?」

 僕の腕なんかより、よっぽど治療を必要とする気が……。

「ふぅ……取り乱して申し訳ないわね。少しは落ち着いたわ」

 姉上は呼吸を整えると、食器を片付けてくれる。
 それを台所で洗うと、

「それに……この程度で、死ぬわけにはいかないのよ」

 僕の目の前に、再び戻ってきた。

「これから──イオの背中を流すのだから」

 ……。

「すいません、姉上。あの戦闘のせいか、難聴になっちゃったみたいで……」
「一緒にお風呂に入るのよ」

 …………。

「……今日はなんだが、身体も流さずにこのまま眠りたい気分だなー」

 棒読みで、寝室へ逃げようとする僕の服を、姉上は掴む。

「待ちなさい。前にも言ったでしょ、身嗜みは貴族の基本。お風呂に入らないなんて、もっての他よ」
「明日の朝、入りますから」

 もちろん独りで。

「ふぅん、そういう態度を取るのね? 分かったわ……。ならこっちも強硬手段よ!」

 姉上は腕を振り上げ──僕のシャツを脱がす!

 目にも留まらぬ早業だった。
 しかも、脱がされたという感覚は無い。
 気が付けば、"服が無くなっていた"という感覚に近い。

 だが、決して消失したわけではなく。
 僕のシャツは確かに、姉上の手に収まっている。

「聞き分けの悪いご主人様を躾けるのも、メイドの務め。私には、イオとお風呂に入る義務があるの!」
「無いから! ていうか、メイドって一緒にお風呂に入るものじゃないから!」
「別にメイド云々は、この際どうでもいいのよ! 普通にイオが心配で、独りでお風呂なんて入って欲しくないのよ!」
「ご心配ありがとうございます、姉上! だけど、それとこれとは別だから──っ!」

 姉上から逃げるため、僕はダッシュする。

 姉上は上下メイド服、僕は半裸。
 服一枚分、僕の方が早い!
 《アクセラレート》が無くとも逃げ切れるッ!

 だけど扉を開くと、直後。

「おわっ!」

 顔面から何かにぶつかった。

 その場で尻もちをついてしまう。
 だけど幸いな事に、ぶつかった何かは柔らかく、怪我は無い。

 何にぶつかったのかと顔を上げてみると、

「こんばんわ、イオ、お義姉さん。しばらくの間、ここに住まわせてもらうよ」

 ベガが立っていた。

「……あら、不法侵入かしら? イオの"友人"さん。あなたのせいで、"私の"イオが転んでしまったのだけど?」

 背後から、姉上が僕に抱き着いてくる……って、当たってます!
 姉上、妙に柔らかい二つが当たってますから!

「言い争いのようなものが聞こえてきたけど、"私の"イオが転んだのは、それが原因なんじゃないかい? "お義姉さん"」

 あれ、なんでだろう。
 二人の視線が、火花を散らしているように見えるなぁ……あはは。

 前門の虎──ベガに、後門の狼──姉上。
 挟まれた僕は、さしずめ怯える兎といったところか。
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