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12話 息を潜めて

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「それじゃあ、休憩しようか」

 そう言って、どこかへと進むベガ。
 後ろをついていくと……"池"があった。

 木々の中央に広がるそれは、澄んだエメラルドグリーン。
 透明度が高く、太陽の光は池の底まで届いている。

「わぁ……綺麗だね」
「水音が聞こえたんだ。おそらくとは思ったけど……正解だったようだねっ」

 彼女は靴と靴下を脱ぎ捨てると、浅瀬へと跳び込んだ。
 跳ねる水飛沫。
 なぜか、僕の顔面にクリティカルヒットする。

「……もう、僕がいることを忘れないでよ」

 僕も靴と靴下を脱ぐ。
 お返しと言わんばかりに池へと跳び──こまずに、岩へ腰掛けた。
 足湯ならぬ、足池だ。

「そこは、『やったなー、もうー!』とか言って、水を掛けてくる流れじゃないのか?」
「しないよそんな事。ベガだって、理由もなく濡れるのは嫌でしょ」
「濡れるのは好きじゃないけど、濡らされるのは嫌いじゃないよ」

 いたずらっぽく微笑むと、池から突き出た岩に腰掛ける。

「あ、変な意味じゃないから。卑猥な風に捉えないでくれよ」
「捉えないから」
「そう、残念」

 ぱしゃっ。
 足で水面を蹴り、わざと水飛沫を飛ばしてくる。

「《ウィンド》」

 僕は杖を抜いて詠唱。
 飛んでくる水飛沫に風をぶつけ、森のほうへ飛ばす。

 がさっ。

 物音が鳴ったと同時。

「ん? なんだ今の音? 兎か?」

 それに反応した誰かの声が、聞こえてた。

 同じクエスト受けた冒険者だろうか?
 この森に、ゴブリンの偵察をしに来たのだろうか?

 僕は振り返り、挨拶しようとして──口を塞がれた。

「んむぅ……ッ!」

 そのまま池の奥へと引っ張られ、岩の裏へと連れ込まれる。
 すべて、ベガの手によって。

「イオ、静かに」

 そう呟くベガの目付きは、真剣そのもの。
 やってきた相手に、何か問題でもあるのだろうか?
 見られてはならない、出会ったではならない存在なのだろうか?

 僕は、おそるおそる岩の裏から顔を出して、覗いてみた。

「んあーっと、この辺で物音がしたんだがなぁ……」
「おい、見ろよ。あれ、池じゃねぇか?」
「マジだ。しかも、波紋が出来てるような……」

 十数名の冒険者だ。
 革や金属の防具に、剣や杖の武器。
 背嚢には、はみ出るほど大型の武器・防具を詰め、どこかへと向かっている。

 それだけなら、普通の冒険者と思っただろう。
 だが、雨が降っているわけでもないのに、全員がフードをかぶっている。

 まるで、"顔を見られたら困る"かのように。

「イオ、見すぎ。気付かれる……っ!」

 ベガは僕を引っ張り、抱き込む。
 僕の顔は完全に、ベガの胸元に埋まった。

「奴ら、確実に悪人だろうね。だけど……魔力も消費しているし、さすがにこの人数差じゃ、勝率は低い」

 べ、ベガ、離して!
 意外と大きくて柔らか……って、息がっ!
 む、胸で窒息死する……ッ!

「靴と靴下、置きっぱなしだ。どうか気付かないでくれよ」

 く、くそっ!
 がっちりとホールドされているせいで、左右には逃げられない!
 上に顔を出せば、岩陰から飛び出てしまうかもしれない!
 下は水! もう既に、首の辺りまで浸かっているんだ! これ以上下がれば、溺死する!

 だ、駄目だ、逃げられない……!

「おい、お前ら! こっちにゴブリン共の死体があるぞ! 早く来い!」
「身代金の件が吹っ飛んでんだ! 休む暇ねぇぞ!」
「へいへーい。ったく、少しくらい憩わせてくれてもいいのによぉ」

 十数人の冒険者は、森の奥へと消えていった。
 足音が聞こえなくなったところで、僕はようやく解放。
 弾けるようにベガから離れ、酸素を取り込む。

「ぷはぁッ! はぁ……はぁ……し、死ぬ……」
「ごめんごめん。でも……嬉しかったんじゃない?」
「生と死の狭間で、そんな事を考える余裕なかったよ」
「あはは、それもそうか」

 ベガは池の中から立ち上がり、陸へと向かう。
 僕も立ち上がって彼女の背を追い……顔を逸らした!

「べ、ベガ、濡れたせいで、その……透けてるよっ!」

 濡れ透けてるせいで、し、下着とか地肌とか色々見えてるんですけど!?

 だけど彼女は恥ずかしがった様子もなく、自分の全身を見回すと、

「……あぁ。イオ的にはこっちのほうが嬉しいのか?」

 ニヤニヤとした笑みを湛えて、振り返る。
 恥じらいなど微塵も無く、見せつけるように両手を広げた。

「イオならいいよ、隅々まで見てくれ。自慢だけど、私、身体には自信あるからね?」

 学校を卒業したばかりのうら若い乙女なのに、羞恥心の無いベガ。
 一方、男だけど、こうして恥ずかしがっている僕。

「神様、僕とベガの性別を間違えてる気がします……」

 ついでに、ゴブリン退治より何倍も疲れた気がします……。
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