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男の子と女の子と呪いのあざと幸せな結末

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 昔々あるところに、男の子と女の子が生きていました。
 ふたりは、とある山小屋で一緒に暮らしていました。

 でも近くに、ふたりのほかに人はいません。
 のろいを受けるのを怖がって、小屋に誰も近づかないのです。

 女の子は呪いを持って生まれてきました。
 おとなになる前にこの世を去らなければならない呪いです。
 それが、いつ訪れるかはわかりません。
 この呪いは風邪のように簡単に人にうつります。
 しかし人にうつしても、もともとの呪いが治ることはありません。
 そしておとなが呪いを受けると、数日も経たずにあの世に旅立つことになります。

 だから女の子は生まれた瞬間から、人気ひとけのない山小屋に押し込められてしまいました。
 男の子も、女の子と一緒に住むうちに呪いにかかってしまいました。

「これで、ぼくもきみと同じだね」

 男の子は悲しそうに言いました。

 女の子は男の子のひたいを見つめました。
 そこに、あざができています。
 つめでひっかいたような模様のあざです。

 男の子は実際に自分のつめで、そのあざを何度もひっかいていました。

 女の子も悲しくなって、後ろ髪をかき上げました。
 生まれたときから女の子には、うなじにあざがありました。それを隠すために女の子は後ろの髪を伸ばしていたのです。

 そして女の子は後ろ髪をかき上げたまま男の子にうなじを向けました。

「見て。本当にわたしのものと同じなの?」

 そう聞く女の子に対して、男の子はその場を動かずにうなずきました。

 女の子は振り返って、涙をぽろぽろ落としました。

「きっとわたしの、せいなんだ」

 そうして女の子は泣きくずれました。

 男の子はあわてて女の子に近づき、目を合わせるようにしゃがみます。

「きみは謝らなくていいんだ。ぼくはきみが生まれたあの日から、共に生きていくと決めているから」

 男の子は女の子よりも少し年上でした。
 でも女の子をひとりで守るには幼すぎる年ごろの子どもでもありました。

 男の子のふるえる手と、あざの上のひっかき傷を女の子は見ました。
 目の前には、上手に笑顔を作ろうとする男の子がいました。

 女の子は手で涙をぬぐい、男の子に向き直ります。

「ありがとう。わたしが生まれたときからずっと一緒にいてくれて。覚えていないことも多いけど、なんとなくわかるの。わたしが生きていられるのは、あなたのおかげだって。わたしがこうして言葉でお礼を言えるのも、あなたがずっとわたしのそばで話し相手になってくれたからなんだよ」

 それを聞いて、今度は男の子のほうが涙を流すのでした。

 でもその日から男の子は無口になりました。
 そして男の子は前髪を伸ばし始めました。
 女の子にはわかりました。それは、ひたいのあざを隠すためだと。

 そうして日々が過ぎていきます。

 そんなある日、男の子はおかしなものを見ました。
 目の前で、女の子が後ろ髪をぎゅっと結んだのです。
 これまで女の子は、髪を結んだことがありませんでした。
 だから男の子はびっくりしたのです。

 女の子は山小屋の扉をあけて、外に出ようとします。

 男の子は、それをとめませんでした。
 そして久しぶりに口をひらきます。

「お別れだね」

 その声は、かわいていました。

 でも女の子は首を横に振って言います。

「なんでわたしが、これまで生きてこられたと思う?」

「前に言ってたね。でも、もうきみはぼくなんかいなくても」

「あなたがいたから、というのもあるけれど、本当はもっと個人的な感情なの。あなたといたいからだよ」

 女の子は扉のそばに立ち止まって、男の子に背を向けたまま続けます。

「物心ついたとき、わたし、みんなから捨てられたってわかった。それでもあなただけはわたしから逃げずに一緒にいてくれた。あたたかいごはんを食べさせてくれた。やわらかい毛布に寝かせてくれた。言葉を教えてくれた。そんなの好きになるしかないよ。わたしはあなたが好きなの!」

 そのとき、女の子の結んだ後ろ髪が揺れました。
 うなじのあざが、ちらりとのぞきます。

「おとなになる前にこの世を去らなくちゃいけない呪いにかかっていることをあなたから聞いても、わたしは生きていたいと思った。その日が来るまであなたと過ごしたかったから。そのあとであなたに幸せになってほしかった。それがわたしのささえだったの。でも今になって、あなたに呪いをうつした」

「しかたないよ、ぼくはきみに呪いがうつるとまでは教えてなかったんだから」

 男の子の声は落ち着いていました。
 まるでさっきの女の子の告白を聞いていなかったかのような落ち着きぶりです。

 女の子は、うなじのあたりが赤くなるのを感じながら答えます。

「わたしに悪い思いをさせないように、だよね。そんなあなたを呪いにかかったままにできない。わたしは、これから呪いをときにいく。でも毎日ここにもどってくるから。お別れなんてしてやらない。だってあなたが本当にそれを望んでいたなら、とっくにわたしを置いて逃げてたはずだもの。いや、ちがう。わたしが、別れたくないの」

 そう言い残して女の子は山小屋の扉を閉めて、外に出ていきました。

 でも女の子は、どうやって呪いをとくつもりなのでしょう。
 簡単に呪いがとけるなら、最初から女の子は山小屋に押し込められなかったはずです。
 女の子がその方法を知っていたなら、男の子に呪いのあざができる前に自分の呪いをどうにかしようとしたはずです。

 実は、女の子には呪いをとく方法のあてがありませんでした。
 それでも男の子の呪いをなんとかしたいという思いから、毎日、外に出て、呪いをとく方法を探すのでした。

 だけど、なかなか見つかりません。
 男の子が作ってくれる朝ごはんを食べたあと山小屋を出て、なにも見つからないまま夕方に帰ってくるという毎日をくりかえしていました。

「もう、いいよ」

 そんな日々が始まってからしばらくして、夕ごはんのときに男の子が言いました。

「呪いなんか、治さなくて。同じあざを持ったまま消えていこうよ」

「やだ。あきらめきれない」

「そもそも、あっさり呪いを治せるなら誰も苦労してないよ。みんなだって、好きできみを山小屋にやったわけじゃない。しかたのないことなんだ」

「好きな人がいなくなるのをだまって見てられない」

「いい加減にしてよ!」

 男の子は、かわいた大きな声を出しました。

「ぼくは、きみのことが好きじゃない。考えてみてよ。本当にぼくがきみを好きなら、たとえ無駄なことだとしても、今のきみみたいにぼくも呪いを治す方法を探そうとしてたはずだよ。きみと暮らし始めた時点で。でも実際はどう? きみがぼくのためにがんばっているときも、ぼくはそれを手伝おうともしない。それがぼくの気持ちだよ」

「でも」

 女の子は、テーブルに置かれたスープをひとくちすすって答えます。

「ここであなたはわたしをむかえてくれる。送り出してくれる」

「だから、ちがうんだって」

 夕ごはんにも手を付けず、男の子は目の色をにじませ、声をふるわせます。

「きみが生まれたときから、確かにぼくはきみと共に生きていくと決めた。だけどそれは好きだからじゃなかったんだ。復讐ふくしゅうだったんだ。ぼくには年のはなれた姉がいた。両親はぼくを生んだあとにいなくなってしまったけれど、姉はぼくに優しくしてくれた。ぼくは姉が好きだった。でも」

 そして男の子のふたつの目から、大粒の涙がこぼれ続けました。

「うつされたんだ、呪いを。ひっかき傷のようなあざが、背中にできてた。それからまもなくしてはこの世を去った。誰がうつしたと思う? きみの両親だよ。きみの両親にも呪いのあざができていて、みんなから遠ざけられていた。そのとき、きみの両親はぎりぎりおとなじゃなかった。それがみんなのもとに、もどってきた。かれらが最初に会ったのがお姉ちゃんだったんだ。そのせいでお姉ちゃんはいなくなった。そのあとできみの両親も、きみを生んで……」

 女の子は、そんな男の子の告白をだまって聞いていました。
 胸がちくちく痛むのを感じながら、男の子の次の言葉を待つのでした。

「ぼくは姉をうばわれた復讐をしたかった。でもその相手は、もういない。だからかれらの子どもであるきみと共に暮らすことに決めた。姉は呪いのせいで未来を絶たれた。それと同じ呪いできみの未来が絶たれる瞬間をぼくは見たかったんだ。それが復讐になると思った。きみがその日をむかえるのを心待ちにしながら、ぼくはきみと、ずっと一緒にいたんだよ」

 そして男の子は涙をぬぐい、ゆがんだ笑顔を見せました。

「そんなぼくのために、がんばることはないよ。呪いのことを教えたのは、きみに絶望してほしかったから。呪いが人にうつることを教えなかったのは、きみがぼくを遠ざけないようにするため。ぼくは、そんな人間なんだ」

 こう言ってから、冷めきった夕ごはんを男の子は食べ始めました。
 それから朝までふたりとも、なにもしゃべりませんでした。

 だけどふたりの様子とは関係なく、いつもどおり夜は明け、日がのぼります。

 でもその日、女の子は外に出ていきませんでした。

「そういえば、最近あんまり話せてなかったし、わたしもこのごろ疲れてたから」

 山小屋のなかで、女の子はぎこちなく、ほほえみました。

 男の子のほうは、きのうたくさんしゃべったためか、また無口にもどっていました。

 ふたりは、いすに座ります。

 目を合わそうとしない男の子に向かって、女の子はぽつりと言葉を口にしました。

「あなたのこと、初めて知った」

 女の子も、少しうつむき加減で話します。

「思えば、わたしは生まれてからずっとあなたと一緒だったけど、あなたはわたしが生まれる前から誰かと生きてたんだね。わたしはこれまで、そんなこと気付かなかった。いや、考えようとしなかったんだ。それなのに自分の思いばかり優先して。だから謝りたい。ごめんなさい!」

 それを聞いた男の子は、そっぽを向いたまま、こう答えました。

「なんで。きみは、ぼくを嫌いになればいいのに。せめて絶望すればいいのに」

「それは無理。とけない呪いがあるのなら、とけない『好き』があっても、おかしくないもの。それに、どんな事情があったとしても、あなたのおかげで今のわたしが生きているのは誰にも消せない本当のことだから。むしろ、あなたの復讐心がわたしとあなたをつなぎとめてくれた。そのなかで生まれるのは、ただの『好き』よりも、呪いよりも、特別で大きな『好き』だと思う」

「なにそれ」

 男の子は少し笑いました。

「そもそも、きみはなにも悪くないんだ。だからぼくのことを逆恨みだと言っておけばいいんだよ。きみが生まれたときのぼくは幼かったと思う。姉の未来が絶たれたのは、きみじゃなくてきみの両親のせいなのに、その子どものきみに復讐なんておかしいよ。いや、復讐ですらない。ただの腹いせでしかない。考えてみれば、きみの両親も、かれらを追い出したみんなも、呪いに振り回されただけで、悪人でもなんでもないんだ」

 そんな男の子の言葉を聞きながら、女の子は思っていました。
 目の前の男の子は、もともと無口ではなかったのだと。

 このごろ口を閉ざしがちだったのは、呪いのあざが自分にもできたことを悲しんでいたからです。
 でも本来は、おしゃべりな男の子なのです。
 そうでなければ、生まれてから男の子としか接していなかった女の子が、うまくしゃべれるようにはならないでしょう。

 しかも最近は、女の子が山小屋から外に出るようになっていたため、男の子はあまり話すきっかけをつかめていませんでした。
 久しぶりに話すきっかけを得たためでしょうか。男の子の話の勢いは、なかなかとまりませんでした。

「実はぼくがきみと暮らすことについても、みんなから猛反対されたんだ。だからぼくはみんなが寝ているすきに、きみをかかえてこの山小屋に来たんだ。けれど、これも軽はずみだったね。呪いをうつされるかもしれないってわかっていたはずなのに、きみとふたりきりでいるなんて。そんなこともろくに考えないほどに子どもだった」

 男の子は伸ばした前髪をかき上げて、女の子に目を向けました。
 女の子はうつむくのをやめて、そのひたいのあざを見ました。
 以前に男の子自身があざの上に付けたひっかき傷が、まだ少しだけ残っていました。

「ぼくにも呪いのあざができたとき、ぼくは悲しかった。復讐するはずのきみと同じ呪いにかかったからかな。このままじゃ、ぼくのほうがきみよりも先にこの世を去るかもしれない。そうなれば、きみの終わりを見届けられなくなる。それを怖がったのかもしれない。でも本当は嬉しさもあった。姉と一緒のあざを持てたことに対してだろうね。お姉ちゃんをひとりにしなかったと、そう思えたんだ。だけどそのとき、心のどこかでお姉ちゃんに言われた気がした。あなたには、いなくなってほしくないって」

 ため息をついて、男の子は前髪から手をはなしました。
 再び、あざが隠れました。

「ぼくは、なにをやってるんだろうって、そんな気持ちが込み上げてきた。復讐もやりとげられず、だからといって生きることもできず。もうきみとどう付き合えばいいかわからなくなって、別れてしまおうかとも思った」

 男の子は疲れたようにうなだれました。

 それに対して女の子は、いすから立ち上がり言いました。

「だったらわたしが呪いをとく方法を見つけるまで待てばいいよ。それで、あなたはおとなになれる。だけどわたしは、わたしのほうの呪いをとかない」

「そんなの、みとめない」

 上目づかいで男の子は、女の子をにらみつけました。

「きみが自分から求めることを実現させても復讐にも腹いせにもならない。だからといって、このまま共倒れになるのも、ごめんだ。もやもやが残る。だから、ぼくも呪いをとく方法を探す」

 そして男の子は、また目をそむけるのでした。

 いすに座り直して女の子は、嬉しそうにうなずきました。

「ありがとう……」

「だけど条件がある。どうせ無駄だろうけど、もしそれがかなったら、ふたりで助かるんだ。くだらない自己犠牲できみが満足してあの世にいくなんて、すっきりしない。……このにおよんで復讐だの腹いせだのにこだわって、そのために無関係のきみを使うなんて、子どもじみているとはわかっているよ。でも理屈なんて関係ないんだ。だって、ぼくはまだおとなじゃないんだから。呪いがあるのにまだ生きているのがその証拠さ」

 そこまで言って男の子は、ひたいに両手を当てました。

「たぶん本当の復讐は、きみや、きみの両親におこなっても意味がないんだ。ましてや、呪いにおびえるみんなを恨むのもちがう。この呪い、このあざを消し去ることだ。そのとき、ようやくあの世にいるお姉ちゃんが笑ってくれるんだと思う」

「だったら、わたしも両親を呪いでうばわれて、それを消したいと思っているから」

 女の子は、体を男の子のほうに近づけて、ほほえみました。
 きょう話し始めたときとはちがって、今度のほほえみは、ぎこちないものではありませんでした。
 それは、花が咲いたような笑顔でした。

「わたしたち復讐仲間だね」

「両親については、きのう知ったばかりのくせに」

「うん。それについても、きのう一晩、考えてたの。わたしがいるのは、あなただけじゃなくて実は両親のおかげでもあるんだよね。だから、事実を知ったばかりでも復讐する理由としてはじゅうぶんだよ」

「意外だったよ。てっきり、きのう、ぼくが気持ちをはきだしたあと、きみは逆恨みだって責めるものだと思ってた。そんなことをしても幸せにならないと言ったりするかと。でも、きみはむしろそれをみとめるんだね」

「わたしは個人的な感情を大切にしただけ。なにより、呪いがあなたを標的にしたのが許せないから、それを消し去ってやろうとしてる。完全に自分のためだね」

 ふたりは笑い合いました。

 そして男の子はひたいから両手をはなしました。

「ぼくもきみのことを初めて知った気分だよ。似ていたんだね、ぼくたち」

 そして久しぶりに、その日はずっとふたりで山小屋のなかで過ごしました。

「そういえば、いつもあなたにごはん作らせてたね。あらためて、ありがとう。そして今まで手伝わなくて、ごめん。きょうはわたしが夕ごはんを用意するよ」

「きみのほうが年下なんだし、べつに謝ることじゃないんだけど。そういうことなら、お願いしようかな」

 女の子が作ったのは、スープ一杯だけでした。

 そのスープをすすったとき男の子は目をうるませるのでした。

「ありがとう」

「おいしかった?」

「まずい」

 しかし男の子はスープを一気に飲み干しました。

「でも悪くない、まずさだよ。ぼくが作るものより、ずっといい」

「なら、いつかおいしいって言わせてみせるから。おとなになってからでも」

「もう呪いを治せる気でいるんだ」

「だって、あなたが一緒にその方法を探してくれるのなら、うまくいくに決まっているから」

「そう」

 そのとき男の子は、どうせ無駄だとも言わず、あっさり言葉を返したのでした。

 それから次の日、ふたりは共に朝ごはんを作ってそれを食べたあと、ふたりで山小屋から外に出ました。
 男の子が女の子に自分の考えを言います。

「きみは誰にも呪いをうつさないように人里をさけながら、呪いをとく方法を探しているよね」

「うん」

「だから呪いについて、ぼく以外の人から聞いたことはないわけだ。といっても、ぼくもそんなに知らない。少なくとも呪いのあざが浮かんでいる部分を切り取ったりしても呪いは、とけないみたい。だから、とく方法があるとすれば呪いと同じたぐいの、物理的でない手段に頼ることになると思う」

「じゃあ『好き』って気持ちで打ち消せないかな」

「そんな都合よくは、いかないよ。それで治るなら、きみ、とっくに治ってるでしょ」

「もう、なに言って」

 女の子は照れて顔を真っ赤にしました。

「それなら、そもそもどうして呪いにかかるかを考えない? 風邪のようにうつるんだよね、これ。だったら誰かが意図して呪いをかけているわけじゃない。だからわたしは『具体的ななにか』によるものだと思ってこれまで手がかりを探してた。でも、あなたの言う『物理的でない手段』については考えていなかった。それって、気持ちとか感情とか、そういうものなのかな」

「かもしれない。きみは、どうして生まれながらに呪いのあざを持っていたのか。きみとずっと暮らしていたぼくが最近になって呪いを持つようになったのは、どうしてか。ここを考えよう」

「そうだね。ところで、わたしたち、どこに向かっているの」

 その日、男の子は山小屋から外に出たあと、女の子を連れて、ある場所を目指していました。
 女の子の質問に男の子は、さびしそうに答えます。

「きみが覚えていない場所」

「それって」

 ふたりがそこに着いたのは夕方でした。
 それは、小さな村でした。

「ぼくが、もともといたところ。きみの両親がきみを生んだ場所でもあるかな」

「ここが……でも」

 女の子は、だまってしまいました。
 そこにあったのは、くずれかかった家ばかりでした。
 人がひとりも、いませんでした。

 男の子は、誰もいない家のあいだを歩きながらつぶやきます。

「しばらく来ていなかったけれど、みんな呪いにかかってあの世にいってしまったみたいだね。なんとか残った子どもたちだけで、どこか安全なところに旅立ったんだろう」

「意外と、近くにあったんだね」

「きみは夕方には山小屋に帰って来てたからね。ここに着く前に引き返していても無理ないよ」

 そして男の子は家のあいだを通り抜け、村のはずれに出ました。
 その先に、お墓が立っていました。

「これが、ぼくのお姉ちゃん……いや、姉」

「あ、これはお姉さん。初めまして。弟さんにはいつもお世話になりっぱなしで。それと、うちの両親が、ごめんなさい。あと、弟さんを立派に育ててくれて、ありがとう。これからはわたしが幸せにします」

 お墓に話しかけたあと、女の子は男の子に目を向けて聞きました。

「どうしてここに来たの」

「なんとなく、姉が教えてくれるかと思って。呪いの、ときかたを。生きているあいだは、どうしようもなかったわけだけど、あの世にいって、なんかわかったこともあるかなって。駄目かな」

「いや」

 女の子は首を横に振って笑います。

「意味わかんない呪いがあるくらいだよ。だったら、すでにあの世に旅立った人がなにかを教えてくれることがあっても、いいと思う。でもそろそろ、夕方も終わって暗くなるね。朝が来るまで山小屋にもどるのも危ないし、どうしよう」

「ここに眠ろう」

 ふたりはお墓のそばで横になりました。
 男の子はこうなることを予想していたのか、毛布をかかえてここに来ていました。
 毛布は、ふたつありました。別々の毛布に、男の子と女の子は、くるまるのでした。

「ところで、わたしの両親のお墓はあるの」

 すっかり暗くなってから、女の子が静かに聞きました。

 それに対して、男の子は小声で返事をします。

「みんな、あの人たちのお墓は作らなかった。追い出されていたのに、呪いが危ないことをわかっていながら、もどってきたんだ。だから罪があるということで」

「え、てっきりわたしは、その体の呪いをうつされないようにするためかと」

「自分の両親のことなのに、冷静に言うね。でもすでに動かなくなった体から呪いがうつることは、ないよ。その時点で、あざも呪いも消えるから。そもそも、きみの言うとおりだとしたら呪いであの世に旅立ったお姉ちゃんのお墓もないわけだし」

「そっか。だったらわたしたち、一度あの世にいけばいいんじゃないの。呪いに物理的な原因がないとしたら、動かなくなることは、呪いが消える理由じゃない。つまりわたしたちが生きたまま、あの世にいって帰ってくれば、よさそうだけど」

「確かに……お墓のそばでなら、それもできるんだろうか。お姉ちゃんと会うことができれば、あの世にいったことになるのかな。ならあとは、きみが生まれながらに呪いを持っていたわけについて」

「両親がどちらも呪いを持っていたなら、その子どもが呪いをうつされていても不思議じゃないよね。実際はわたし、生まれながらに呪われていたんじゃなくて、生まれてすぐに呪われたんじゃないかな」

「じゃあ、ぼくが最近になって呪いのあざを持ったのは、どうしてだろう。きっかけには心当たりがないんだけど。きみへの憎しみをつのらせたからかな」

「あなたの復讐心が一番強かったのって、わたしを連れて山小屋にいったときじゃないの」

「そうだね。正確に言えば、お姉ちゃんがいなくなったときかな」

「……そうなのですね」

 このとき、ふたりのあいだに知らない声が響きました。
 暗闇のなかの声でした。どこから届いているかもわかりません。
 その声を出している人の影も、見当たりません。

 男の子も女の子も、同じ声を聞いていました。
 ふたりはそれに答えようとしましたが、口が動きません。
 毛布にくるまっているかもわからない感覚のなか、声が響いていました。

「わたしの声に答えてはいけません。ともあれ、あなたたちは呪いについて知りたいのですね」

 声はとても優しく、ふたりの耳に入ってきました。

「あなたたちの考えたとおり、呪いは物理的な原因で起こるのではありません。関係するのは人の気持ちです。わたしは、ここに来てそれに気付きました。今までわからなかったことが、なぜかすっと入ってくるような感覚でした。呪いが取れたとき、わたしはひとつのものを失いました」

 声は少しさびしそうに、ささやきます。

「誰かを『好き』という気持ちです。その気持ちを読み取って呪いは、あざとなって現れるのです。そのあざを見た相手は、その気持ちを無意識に感じ取って同じ気持ちを持ちやすくなります。だから簡単にうつってしまうのです。おそらくが生まれながらにあざを持っていたのは、両親からその気持ちを受けたからです。そして」

 その声は、ここでもっと、さびしそうな声音に変わりました。

が最近になって呪いを持つようになったのは、相手を『好き』になったからです。それまで、きみが呪いのあざを持てなかったのは、相手をきちんと憎んでいたからです。好きになったきっかけに心当たりは、ないのでしょう。でも案外、好きになるのに劇的な理由は要らないものです。きみはとっくにのでは、ないでしょうか。それなりの時間を送り、自分に好意を持ち始めた彼女に対して『好きになっていい』と思ったのではないでしょうか。でも、きみはそれが怖くもあった。復讐を忘れたくなかったから」

 声は、優しく、かすれていきます。

「だけど、きみは、もうわたしに囚われなくていい。今まで、わたしのことを思ってくれて、ありがとう。それで、じゅうぶんだよ。これからは自分の幸せを求めて。それと」

 もう、声はほとんど途切れていました。
 でも不思議と、声の向こうで、その人がほほえんでいるようにも感じられました。

「あなたも、大きくなったね。これから弟のこと、よろしくお願いします」

 声が聞こえなくなると同時に、男の子も女の子も毛布から起き上がりました。
 いつのまにか朝日がのぼって、お墓を照らしていました。

 男の子は、女の子のほうも見ずに聞きました。

「見た?」

 それに対して、女の子は目を閉じて答えました。

「うん」

「あの人、笑ってたと思う?」

「うん……」

 ふたりは、顔を見合わせました。
 でも男の子は思わず顔をそむけてしまいました。このとき、その前髪も揺れました。
 女の子は、そこからのぞいた男の子のひたいを見つめました。

「あ、消えてる」

 あっさりと女の子は、見たとおりのことを口にしました。
 ひたいには男の子が自分で付けたひっかき傷が、薄く残っているだけです。
 一方、あざそのものは最初からなかったかのように消えていました。

「わたしのも確認して」

 女の子は男の子に背中を向け、後ろ髪をかき上げました。
 男の子の目には、傷ひとつない、きれいなうなじが映りました。

「きみのも、消えてるみたい」

 男の子はびっくりしたように目をぱちくりさせました。
 
 女の子は、男の子に向き直って、そのひたいをそっとなでました。

「やったね」

「こんな簡単に、もどってよかったのかな」

「いいんじゃない? よくわからないまま呪いにかかったのなら、よくわからないまま呪いがとけてもいいはずだよ。その簡単なときかたを、今まで誰も見つけられなかっただけなんだよ……」

 まだ信じられないといった顔の男の子の右手を女の子は優しく取りました。
 そして、自分のうなじにその右手をかぶせるのでした。

「これでわたしたちの復讐は完了。帰ろっか」

 ふたりは、お墓の前で感謝の言葉を言い残して、山小屋にもどりました。

 帰って、ごはんを食べて、ふたりは眠って、もう一度起きたとき、こんな話をしました。

「あの夢、きみはどれくらい覚えてる?」

「わたしはあんまり、思い出せないかな」

「ぼくも。でも呪いのあざの原因は『好き』って気持ちなんだよね。あの世みたいな夢を見て、そこから帰って、呪いは消えたけど……もう一度あざが生まれることはあるのかな。こまったことに今まで、そんな例はなかったと思うんだ。そもそも、呪いを消すことができた人さえいなかったはずだから」

「それはわからないよね。だから、これから生きて確かめよう」

「物騒な呪いなのに、前向きだね。だけどもうひとつ、気になる」

「なに」

「呪いが消えたとき『好き』って気持ちも同時になくなったのかな」

「それは、ない」

「でもお姉ちゃ……は、失ったって言ってたような。いや、確かにあの人はこの世にもどってきたわけじゃないから、ぼくたちと比べられないよね。とはいえ、どうしてきみは『なくなってない』と断言できるの」

「わたしがまだあなたを好きだから。あ、ちがった。前よりも、はるかに好きだから。一緒に復讐をとげた仲にもなったからね」

「だけど、ぼくはきみにまだ一方的な逆恨みをいだいているかもしれない」

「それでも、いいよ。そんな自分の気持ちに正直なあなただからわたしは好きになったの。そもそも、わたしがあなたを好きになれたのって、あなたが言葉に『好き』という気持ちを含めてくれたからじゃないかな。もちろん最初はあなたの……いや、これはわたしが言うべきことじゃない。ともかく、わたしにその気持ちを教えてくれたのはあなただから、あなたにも『好き』という気持ちがあるの。だったらずっと一緒にいたわたしにでもおかしくないよね」

「どうかな」

 男の子は、女の子に笑いかけました。

「だったら、これから少しずつ、それも確かめたいな。付き合ってくれる? 嫌じゃなければ」

「もちろん」

「ぼくがきみを好きになったとは限らないから。かんちがいしないでね。でも、よろしく」

 それから男の子は少し言いよどんで、言葉を続けました。

「きみのおかげで、ぼくは生きられる。ありがとう」

「いや、あなたがいなかったらわたしも呪いをとけなかったよ。お礼を言うのはわたしだよ」

「ごめん」

 そして男の子はすすり泣きを始めました。

「こんなきみを素直に『好き』と言えなくて、ごめん。今までだましていて、ごめん。自分勝手な憎しみを向けて、ごめん。ごめん、ごめん、ごめん……」

「うん」

 うなずき、自分も少し涙ぐみながら女の子は、男の子に身を寄せました。
 男の子の体は前のめりに倒れそうになっていました。
 その体を女の子は優しく、だきとめました。

「何度も言うよ、あなたがわたしを生かしてくれた。思うんだ。わたしたち、話しかたは似てるけど、決定的にちがうところがあるよね。わたしは自分のことをわたしって言うけど、あなたは自分をぼくと言う。あなたはわたしのことをきみって呼ぶけど、わたしはあなたのことをあなたと呼ぶ。これ、なんでだろうって……ずっと考えてた」

 男の子は、ごめんと言うのをやめて、そんな女の子の言葉を聞いていました。

「でも今わかった。きっと、あなたがわたしを、あなたとはちがうひとりの女の子として見てくれていたからなんだ。そんな気持ちを込めながら、言葉を教えてくれたからなんだ。もちろん、わたしがぼくと言って、あなたがわたしと言っても、よかった。大切なのは、わたしとあなたがちがうということだから。そんな、ひとりの女の子にしてくれて……本当に、ありがとう。あざとか呪いとか、そんなことよりも先に、わたしはあなたが好きでした。今も大好きです。これからも、おとなになって、この世から旅立つまで、一緒にいよう」

 ここまで聞いて、男の子はすすり泣きをおさえ、その涙をぬぐい、女の子に向き合いました。
 しゃくりあげながら、男の子は言葉をしぼりだしました。

「やっぱり、ぼくは、きみが、好きだ。言えた……やっと」

 この言葉を聞けたとき、今度は女の子のほうが、こらえていた涙を落とすのでした。
 互いに互いの顔をつたう涙をぬぐい、ふたりは同時に言いました。

「わたしがあなたを幸せにする」
「ぼくがきみを幸せにする」

 かぶってしまったので、ふたりはもう一度順番に言うことにしました。

「わたしも、あなたを幸せにする」

「ぼくも、きみを幸せにする」

 そしてふたりは笑顔を見せ合うのでした。

 その日、男の子と女の子は、髪を切りました。
 男の子は伸ばしていた前髪を、女の子は結んでいた後ろ髪をそれぞれ切り落としました。
 もう、あざを隠す必要もなくなったからです。

 それから、ふたりはあらためて山小屋で一緒に生きていくことにしました。
 おとなになったあとも、天命が訪れるまで、ふたりはこの世にとどまり続けました。
 本当に、呪いは消えたのです。

 といっても、ふたりは山小屋にばかりいたのではありません。
 呪いをとく方法を各地に伝え、多くの人を救うことになります。

 そうやってみんなを助けながら、互いに助け合いながら、ふたりはずっと幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。
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