上 下
30 / 44

30

しおりを挟む
 旅人さんのコレクションを見ながら待っていると、奥のほうから足音が聞こえてきた。
「何か気に入るものでもあったのかい?」
「これかな」
 私は金色のキラキラとしたうさぎの置物を指さした。
「それは、うさぎ好きな友人にとあるおもちゃを譲った時に貰ったんだ。純金製らしいよ」
 私は触ろうとした手を引っ込め、制服のスカートを握った。そんなものを触れるところに置かないで欲しい。

 ソファに戻り、旅人さんからコーヒーを受け取った。香ばしい香りに心が弾む。
「これ、旅人さんが淹れたの?」
「そうだよ。と言っても、お湯を注ぐだけなのだけれど……最近のコーヒーの粉は凄いよね! すぐに美味しいコーヒーが自分で作れて!」
 そう言って旅人さんはコーヒーを飲む。私も口を付けたが、本当に美味しいコーヒーだった。これもきっと値段が高いのだろう。

「さっき話していたニセモノのことなんだけどね、最近進展があったんだ」
「……?」
 なんでも、旅人さんが最近忙しくしていた理由はニセモノの新しい消去装置を作っていたからで、その装置がもうすぐ使えるようになるということだった。
「今まで僕含め色々な人材が1人ずつ探していた労力がもういらなくなるんだ」
「私が出会ったのが偶然旅人さんだったんだね」
 それはどうだろう、と旅人さんは何か含みのある笑顔だった。

 ニセモノ探しはこの先ニセモノに探知が可能になり、しかもその消去装置を使用すると1度に多くのニセモノを消去できるらしい。そのことによって今蔓延っている、ホログラムによる犯罪は減っていくだろう……と旅人さんは話していた。

「僕が作ったホログラムがこんな風に悪用されるとは思っていなかったよ」
 旅人さんは悲しそうな顔でそう言った。
「データを盗んで悪用するような人が悪いんだよ。旅人さんは何も悪くない……」
 旅人さんはありがとうと言い、表情を変えた。

「そうだ、葉月。これからもしニセモノを見つけても関わらないで欲しい。本当に危ないんだ」
「分かった。旅人さんって結構心配性だね」
 私にニセモノの怖さはまだ分からなかったが、旅人さんの必死さが伝わったので今後は関わらないようにしようと思った。

「でも、最初に見た旅人さんは怪しさが満点レベルだったよ?」
「え! そうだったのか……」
 思ったより落ち込む旅人さんに、私は最初だけだから、と自分の言葉を訂正する。旅人さんはどうやらこれまでにも、何度か怪しいと言われたことがあるようだった。

「消去作業を始めたころ、何度かホンモノにスイッチを向けたことがあったんだ。まあ、ホンモノだから消えはしないんだけれど」
 その時も怪しいと言われたと、旅人さんは少し落ち込んだ様子で言葉を続けた。

 その後も、ホンモノとニセモノについて色々と話を聞き、時間は過ぎていき話題が途切れたとことでずっと気になっていたことを、旅人さんに聞いてみることにした。

「旅人さんって本名あるよね?」
「もちろんあるよ。僕だってホンモノだ」
 旅人さんは笑顔でそう答えた。

「そもそも、どうして最初会った時に本名を言わなかったの?」
「まだホンモノ確定ではなかったし、それに呼び名って格好いいだろう?」
 憧れていたんだと旅人さんは少し嬉しそうに言った。

「旅人さんが、良いと思っているならそれでいいとは思うんだけれど……」
 旅人さんは少し人と違う完成を持っているんだなと思いつつ、私は旅人さんから視線を逸らした。
「それに、葉月はもう僕の名前を知っているのかと思っていたよ」
 そう言うと旅人さんは指で丸い形を作って見せた。

「あの時渡したコイン、持っているかい?」
「コイントス用のコイン?」
 そうだと旅人さんは言う。私は鞄からポーチを取り出し、コインを旅人さんに渡す。旅人さんはそれを目の前に持って見せた。

「よーく見てくれ。コインに文字が彫ってあるだろう?」
 私は、じっとコインを見つめた。
 アルファベットで何か彫ってあるようだ。
「ふ……じ……の? 藤野!」
「そうだよ。僕の苗字だけれどね。藤野なんだ」
 藤野さん……響きに何か新しい気持ちを感じた。

「まあ、弥生さんや優さんも覚えていたら知っているはずなんだけれどね」
 旅人さんは覚えていたらねと言って笑っていた。確かに優さんはずっと旦那様呼びだったなと記憶を思いだす。

「しかも、そのコイン試作品だから世界に1枚だけなんだ」
 そう言うと旅人さんは、ガサゴソと棚から何かを持ってきた。それを私の掌にのせその小さな四角い箱を指さした。
「これだよ。その丸いくぼみにコインを合わせてみてごらん」
 私は言われたとおりに、コインを合わせてみた。カチッと音がする。

「わあ! 凄い!」
 少し暗かった部屋の天井に無数の星が映し出された。
「これ、小さいけれどプラネタリウムなんだ。この街は星が見えにくいからね」
 綺麗だろうと言う旅人さんの言葉に、コクコクと頷く。こんなにたくさんの星を見るのは初めてだった。

 コインを外すと、星たちも消えてしまった。
「これは、葉月にあげるよ。いつでも星を楽しんでみてくれると僕は嬉しい」
「いいの? ありがとう!」

 その後も色々な雑談をした。コップの中のコーヒーは空になっていたがそれでも話は尽きなかった。

 藤野さんは今後自分が旅人を名乗ることはもうなくなるだろうと言った。これからは新しい装置が、代わりに仕事をしてくれるからと……。

「葉月は、僕とたまにゲームをしてくれないかい?」
「受験前とかは難しいけど、それまでならいいよ! 藤野さんとゲームをするの楽しかったから」
 そういうと彼は、ありがとうと笑っていた。

 コンコンと社長室の扉を叩く音がした。藤野さんは立ち上がり社長室の方向を見る。
「葉月はここにこのまま座っていてくれ」
 そう言うと、藤野さんは社長室に行きこちらのドアを閉めた。

 ドアの向こうでは内容は分からないが、何か喋っているような声が聞こえた。しばらくすると、藤野さんは少し焦ったような顔で戻ってきた。

「1階に、昔データを盗んだ社員の関係者が来て騒いでいるらしい」
「来た時とは別の出口につながるエレベーターがあるから、葉月はそれを使って降りてくれ」
 その方が安全だと思うと言い、藤野さんは部屋を出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜

福寿草真
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】 何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。 魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!? これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。 スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。

終焉の世界でゾンビを見ないままハーレムを作らされることになったわけで

@midorimame
SF
ゾンビだらけになった終末の世界のはずなのに、まったくゾンビにあったことがない男がいた。名前は遠藤近頼22歳。彼女いない歴も22年。まもなく世界が滅びようとしているのにもかかわらず童貞だった。遠藤近頼は大量に食料を買いだめしてマンションに立てこもっていた。ある日隣の住人の女子大生、長尾栞と生き残りのため業務用食品スーパーにいくことになる。必死の思いで大量の食品を入手するが床には血が!終焉の世界だというのにまったくゾンビに会わない男の意外な結末とは?彼と彼をとりまく女たちのホラーファンタジーラブコメ。アルファポリス版

数億光年先の遠い星の話 

健野屋文乃
SF
数億光年離れた遠い星は、かつての栄えた人類は滅亡し、人類が作った機械たちが、繁栄を謳歌していた。そこへ、人類に似た生命体が漂着した。

クトゥルフ神話trpg世界で無双はできますか?→可もなく不可もなし!

葉分
SF
君たちはクトゥルフ神話trpgというものを知っているだろうか?  プレイヤーが探索者を作り、そのキャラのロールプレイを行いシナリオという非日常を体験し遊ぶゲームである。  簡単に言えばダイスを振ったり、ロールプレイして謎の部屋から出たり、化け物をぶっ倒したり、そいつらから逃げたりしてハラハラ、ワクワクを楽しむものだ。  この物語はマジもんのクトゥルフtrpgの世界に入り込んだ1人のプレイヤーが死亡ロストせず楽しく無事生還しようと笑い、苦しみ、踠き続ける物語である。 ⚠︎物語の都合上、さまざまなCOCシナリオのネタバレと個人的なクトゥルフ神話の解釈が含まれます。ご理解の上でご覧ください。 本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。 使用するシナリオは配信サービスなどで使用許可が出ているものを使用しております。

戦国時代の武士、VRゲームで食堂を開く

オイシイオコメ
SF
奇跡の保存状態で頭部だけが発見された戦国時代の武士、虎一郎は最新の技術でデータで復元され、VRゲームの世界に甦った。 しかし甦った虎一郎は何をして良いのか分からず、ゲーム会社の会長から「畑でも耕してみたら」と、おすすめされ畑を耕すことに。 農業、食堂、バトルのVRMMOコメディ! ※この小説はサラッと読めるように名前にルビを多めに振ってあります。

白の世界

Hi-ライト
SF
 周囲が白一面で、何もない世界に突如放り込まれてしまった主人公。その世界はとても退屈で何もすることがなく、ただ周りをウロウロしてから飽きれば寝るぐらいしかすることがなかった。そんな生活が長く続いていたが、その世界に突然黒い空間が出現し、中から見慣れない生物が現れる。そして、その出会いから主人公の生活が大きく変わっていく。ただ主人公だけの物語ではなく、その周りで関わっていた何者かが主人公の物語のピースを埋めていく……。

『天燃ゆ。地燃ゆ。命燃ゆ。』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
SF
 武士たちが『魂結び』によって『神神』を操縦し戦っている平安時代。  源氏側は平家側の隠匿している安徳天皇および『第四の神器』を奪おうとしている。  斯様なる状況で壇ノ浦の戦いにおよび平知盛の操縦する毘沙門天が源義経の操縦する持国天に敗北し平家側は劣勢となる。  平家の敗衄をさとった二位の尼は安徳天皇に『第四の神器』を発動させるように指嗾し『第四の神器』=『魂魄=こんそうる』によって宇宙空間に浮游する草薙の剱から御自らをレーザー攻撃させる。  安徳天皇の肉体は量子論的にデコヒーレンスされ『第四の神器』は行方不明となる。  戦国時代。わかき織田信長は琵琶法師による『平曲』にうたわれた『第四の神器』を掌握して天下統一せんと蹶起する。――。

宇宙戦記:Art of War ~僕とヤンデレ陛下の場合~

土岡太郎
SF
ナポレオン戦争をベースにして、宇宙を舞台にした架空戦記です。 主人公の<ルイ>は、『ヤンデレチートゴスロリ王女様』<フラン>に気に入られる。彼女に、時には振り回され、時には監視され、時には些細なことで嫉妬され、時には拉致監(以下略) やがて宇宙艦隊の司令官に任命されてしまう。そして主人公補正で才能を開花させて、仲間達と力を合わせて祖国の平和を守ろうとするが……。チート的才能を持つ主人公であるが如何せん周りもチートな人達がいるのでなかなか目立てないので、まあ、いいかと思うが時代の激流と主人公補正がそれを許さないスペースオペラとなる予定ですが、コメディ寄り作品になる予定でしたが、作者なりに過去の戦術戦略を元に戦いを構成したシリアス寄りの物語になっていると思います。  戦闘が好きな方は、第一章から読んでみてください。  SF(スペース・ファンタジー)なので、設定は結構ゆるいです。 あと、本作品は戦争物なので人がたくさん死ぬ事になりますが、作者がグロやら人が死ぬのは余り好きではないので、できるだけライトに描写しようかと思っています。 誤字報告、よければ評価やブックマークなどよろしくお願いします。

処理中です...