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 次の日の朝、登校日に提出するはずだった課題と書類を受け取るために学校に向かった。職員室に行くと、先生に体調を心配された。もう大丈夫だと精一杯の作り笑顔で言うと、少し安心したように見えた。
 課題は合格を貰い、書類も受け取る。今後の日程や、休み期間の注意事項などが書かれていた。
 私は書類を鞄にしまいながら、廊下を歩いていた。ここで初めて旅人さんに会ったんだよな……とあの奇妙な出会いを思い出しつつ駅に向け歩みを進めた。もしかしたら、あの出会いで見た光景もサプリで記憶操作されているかもしれないと感じつつよく晴れた空を見上げる。

「いらっしゃいませ! 今日もいつものかしら!」
「はい! お願いします」
 駅前の花屋でいつもの花束を買い、電車に乗る。窓の外は夏の眩しい光に照らされた田畑が流れるように映っていた。

 受付で面会用のカードを受け取り、祖母の部屋に早足で向かう。カードをかざし部屋の鍵を開け中に入る。相変わらず静かな部屋だった。
「弥生さん、葉月です。今日も外は暑かったよ」
 祖母に声をかけ、花瓶の花を入れ替える。花瓶は太陽の光に照らされキラキラと反射していた。

「弥生さん、今日は制服を着てきたんです。この制服も弥生さんに着せてみたいな……」
 つい願望を口に出してしまう。
「そういえば、今日成績表を貰ったんだけど、成績は上位のほうだったよ。このままの成績だったら、大学には進学できるだろうって!」
「大学では、医療について学ぼうと思ってるの。弥生さんの力になれるかもしれないと思って……」
 私はその後も、祖母に色々と話しかけた。
 ふとペンダントの存在が気になり、ペンダントの写真と祖母を見比べる。あまり違いがないことからもしかしたらこのペンダントの写真と同じ時期に延命治療を受けたのかもしれない、と私は考えた。

「弥生さん、あなたの記憶……また見るね、ごめんなさい」
 そう呟き私は弥生さんの手に触れた。視界がぐにゃりと揺れる。

 目を開けるとそこはこの前いた部屋ではなく、窓の外に大きな木がある少し広めの綺麗な部屋だった。近くには少し大きくなった赤ちゃんが寝ている。
 その後、弥生さんは赤ちゃんを誰かに預けると屋敷の中に入り色々な仕事をこなしていた。
 掃除や料理の入った食器を並べたり、たくさんの部屋のシーツの洗濯やアイロンがけ……とてもよく働いていた。
 チリンと呼び鈴が鳴ると、弥生さんは何か準備を始めた。カチャっと食器を運んでいる。おそらくコーヒーだろう。ふわっと良い香りが廊下に流れていく。

 長い廊下の先の部屋の扉を弥生さんはノックした。
「どうぞ」
 中から男性の声がした。スッと扉を開け中に入る。
「旦那様、コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
 弥生さんは机の上にコーヒーを置き、扉から出ようとした。
「あっ……少し時間いいかな?」
「……何かありましたか?」
「いや、最近みんな良く働いてくれているだろう? 昔は私の戯言にも付き合ってくれていたんだが最近はそれも少なくなってしまったんだ」
「君さえよければ、僕とゲームしないか?」
「……。わかりました。しかし私は難しいものは……」
「大丈夫だよ。僕がこのコインを投げるから君は上を向いているのが表か裏か選ぶだけでいい」
 旦那様と呼ばれる彼の掌の上には、見たことがあるコインが乗っていた。
「それなら私でも……」
 すると遠くから弥生さんを呼ぶ声が響く。
「申し訳ありませんが、呼ばれていますので失礼します」
「ああ、時間をとらせて申し訳ない」
 少し残念そうな雰囲気が彼から伝わる。
「いえ、またの機会がありましたらぜひ」
 そう言い弥生さんはお辞儀をして部屋から出た。廊下を早足で歩いていると視界がぐにゃりと揺れた。

 目を開けるとそこは病院の部屋ではなかった。
 暗闇の中を星のようなものがキラキラと流れている。そこには私とよく似た祖母がこちらを向いて立っていた。
「や、弥生さん……?」
「あなたが葉月ちゃんね。いつも話しかけてくれてありがとう。……あなたは私の孫にあたるのでしょう?」
「は、はい。」
 少しの沈黙の後、祖母は話はじめる。
「ここは、私の記憶の中で合っているわ。ただこの後の記憶はあなたには見てほしくないの……」
 祖母は悲しげな顔でこちらを見て続ける。

「この後色々あってね、あのお屋敷から私は出ていったの」
「あの子を施設に預けて一生困らないようにお金を貯めようとしたの。……簡単に言うと私は延命治療のデータ集めに協力するという名目で自分を国に売ったの」
 祖母が話している間も、暗闇の中星のようなものがキラキラと流れている。
「あなたが私の存在を知ってくれたから、私はあなたに干渉できた」
 でもまだ足りない、そう言って祖母は私を見つめた。

「弥生さんは、どうして眠ったままなの?」
「ある人が私のことを忘れているから……」
 そういえば昔読んだ本に、人は忘れられるともう一度死ぬと書いてあったことを思い出した。

「その人が弥生さんを思い出したら、目は覚めるの?」
 弥生さんは無言だった。キラキラと流れていた星が逆向きに勢いよく流れだす。あまりの光に私は目を瞑った。
 しばらくして目を開けると、そこは病院の祖母の部屋だった。
 私の手は祖母の手をしっかりと握っていた。部屋の中には夏の光が差し込んでいる。いつもと変わらないその空間に、私はまるで白昼夢を見た気分のようだった。

「弥生さん、ある人って誰なの?」
 問いかけに祖母が答えることはなかった。

 私は帰宅の準備をして、部屋を出る。いつものように受付にカードを返却して寮の部屋まで戻る。
「あれは、本当に弥生さんなのかな……」
 そう呟きながらも、今日の出来事をノートにメモする。何か役に立つかもしれない。祖母が呟いた干渉という言葉……もしかしたら、私が記憶を見ていたのではなく弥生さんが私に記憶を見せていたのかもしれないとそう思った。
 私が持っているのは、祖母が映ったペンダントと今までのことをまとめたノート、そして今まで生きてきた間の記憶だけである。これから何をすればいいか見当もつかないが、自分に出来そうなことはやってみようとノートの端に意気込みとして赤ペンで書いた。
 夏が終わるまであともう少し……、流れる時間に少しでも祖母に近付ければ、と私は思いながら目を閉じた。
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