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 目前から大剣が迫ってくる。それを迎え撃とうと雪風が防御態勢を取るが、受け止め切れずにそのまま後方へと弾き飛ばされてしまう。

「雪風っ!?」

 怪我のせいでまともに動けない沖長に代わり、勇者として覚醒した雪風が一人でダンジョン主であるデュランドを相手にしているが、まだ覚醒したてということもあり分が悪い。

(まだここがノーマルダンジョンならアイツ一人でも何とかなったかもしれねえけど、さすがにハードダンジョンの主は一人じゃキツイか)

 沖長の能力でデュランドの防御の要である盾を奪ったのはいいが、やはりとてつもない威力を秘めた大剣をどうにかしないと攻略は難しい。

(やっぱここはもう一度俺が……)

 盾のように一度触れる必要はあるが、そうして回収できればデュランドを丸腰にすることが可能だ。しかしタイミングを見誤ると、気づけば身体が真っ二つということも有り得る上、最悪の事態を想像して恐怖が込み上げてくる。

 それでもこのまま雪風一人に任せることはできない。これで彼女が死んでしまったら悔やみ切れないからだ。

 なら多少リスクはあれど行動を起こすしか方法は……ない。
 そう判断し痛む身体を誤魔化すように動かそうとすると……。

「……おいおい、マジか」

 状況がどんどん悪くなっていることに気づき冷や汗が流れてくる。
 それは、ゾロゾロと沖長の周囲に湧き始めた妖魔たちだ。少なくともコイツらをどうにかしないと雪風の支援すらままならない。

「ったく……まさにハードモードってか」

 目前に迫ってきた妖魔が沖長に向かって飛びついてきた。その動きを見て回避するが、同時にズキッと背中が痛み身体が硬直してしまう。

 その隙を突くかのように、周りの妖魔たちが次々と襲い掛かってくる。こうなったら一旦X界へ逃れるしかないかと思案した直後――。

「――オキくんに何するんスかぁっ!」

 突然カットインしてきた我らが幼馴染の飛び蹴りで、目の前の妖魔たちが一斉に吹き飛んで行った。

「!? ナクル!」

 頼もしい援軍が来てくれたことに胸が熱くなる。

「私も忘れてもらっては困るわよ、沖長くん?」

 傍に駆けつけてくれたのはナクルだけではない。勇者でなくともずば抜けた戦闘力を有する姉貴分――蔦絵もだ。

「よくも弟弟子を傷つけてくれたわね? ――覚悟はいいかしら?」

 蔦絵から殺気とともに大量のオーラが溢れ、そのまま彼女の姿が掻き消える。それとほぼ同時に、妖魔たちの身体が凹まされていき、次々とその姿が消えていく。
 それを成しているのは当然蔦絵であり、目にも止まらない速度で奴らに攻撃を加え、ただの一撃で屠っているのだ。

「……《点撃・烈火》」

 鋭い目つきで蔦絵がそう呟いた。

(す、すげぇ……)

 沖長は改めて蔦絵の強さに舌を巻く。自分も初伝である《点撃》は使えるが、今彼女が見せたのはその派生技。烈火のごとく凄まじい動きで相手の急所を的確に打ち付けていくのだ。これは中伝に相当する技術が必要になる。

 やろうと思えば沖長も行使することはできるが、蔦絵のように一瞬のうちに複数たちをほぼ同時に屠ることは難しい。速く動けば動くほど、急所をピンポイントで打ち抜くのは困難だからだ。
 しかし蔦絵は苦も無くそれを行使しながらも息すら乱さない。さすがは師範代といったところである。

「ボクも負けてないッスよ! オキくんの仇ィィィッ!」

 生きているから仇でも何でもないと思うが、ナクルも負けじとブレイヴクロスを纏いながら、妖魔たちをその拳で吹き飛ばしていく。


 安堵したことで、それまで耐えていた痛みと疲労によって立っていられなくなり尻もちをついてしまった沖長に、妖魔を一掃したナクルたちが駆け寄ってきた。

「オキくんっ、大丈夫ッスか!?」
「沖長くんっ……あなた、ボロボロじゃない!」
「はは……そんなことより俺よりも雪風を」

 沖長が視線を促した先では、今もなお雪風がデュランドと争っていた。やはり覚醒したてということもあり、徐々に押され始めて身体に傷もつけられている。

「!? 雪風ちゃん……勇者に覚醒してるッス」
「みたいね。けれど……あの妖魔相手に一人では厳しいわ」

 ナクルは驚きを見せ、蔦絵は冷静に分析していた。

「悪いけど俺は足手纏いだ。二人とも、雪風と一緒にあのダンジョン主を頼む。アレは完全なパワータイプだけど、まだ何か隠してるかもしれないから気を付けて」

 沖長のアドバイスに対し、二人は同時に返事をすると、そのまま真っ直ぐ雪風のもとへと向かった。
 そんな二人を見送り、沖長は大きく息を吐く。幸い二人のお蔭で妖魔たちは退けられ、ゆっくりと休憩することができるようになった。しかしここで素直に身体を休めている場合ではない。

(……まだ俺にはできることがあるしな)

 チラリとデュランドを見てから、痛みに顔を歪めながらも立ち上がりその場から動き出した。


    ※。


 疲労の蓄積もそうだが、勇者に覚醒してから数分。強敵との戦いで、常に全力戦闘を要求されていたことで、オーラの消費が激しく底を尽き欠けていた雪風。
 そんな彼女を仕留めんがために繰り出されたデュランドによる大剣が、今まさに彼女に迫っていた時だった。雪風の目前に突如として出現した小さな影が、大剣の腹を殴りつけたのである。

 その威力はデュランドの腕力を持ってしても耐え切れず、大剣ごと腕が横に跳ねた。

「加勢するッスよ、雪風ちゃん!」
「え……っ、嘘……どうしてあなたが……!?」

 雪風は、自分と似たような風貌をしたナクルの存在に目を見開く。しかしそれだけではなく、さらにデュランドがバランスを崩したように膝をついた。その原因は、知らぬ間に脚部を攻撃した蔦絵によるもの。

「ナイスッス、蔦絵ちゃん!」
「ナクル、油断しないの! 来るわよ!」

 蔦絵の注意通り、膝をついたものの、いまだに大剣を手放さなかったデュランドが、今度は地面に着地したばかりのナクルを標的として武器を振るってきた。

「わわわっ、ヤバイッス!」

 避けるだけならナクルの速度を持ってすれば可能。しかし近くには雪風もいる。大剣の攻撃によって生まれる衝撃は、間違いなく雪風に大きな影響を与えてしまうだろう。だから回避を選択するわけにはいかない。

「――なら、迎え撃つまでッス! はあぁぁぁぁぁっ!」

 右拳にオーラを集束する度に眩い輝きを発していく。そして向かってくる大剣に対し、

「――《ブレイヴナックル》ッ!」

 か細いその腕と拳で迎え撃った。普通ならどう考えてもデュランドの攻撃で叩き潰されることだろう。しかしブレイブオーラを纏ったナクルの拳は、見事にその大剣を受け止めていたのである。

「ぬぐうぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 ナクルは全力で踏ん張り攻撃を弾こうとするも、互いの攻撃力は拮抗していた。そのため二人の動きはそこで停止しており、少しでも気を抜いた方が敗北を喫する場面になっている。しかしデュランドの不運は、ここにいるのはナクルだけではないこと。

「――足元がお留守よっ! たあぁっ!」

 これまたオーラを右手に込め、デュランドが地面につけたままである左膝に向かって掌底を放ったのは蔦絵だ。その威力は凄まじく、容易にデュランドの体勢を崩した。
 結果、ナクルへと向けていた力が散ってしまい、大剣を手放してしまう事態に陥ったのである。

 ナクルの拳によって大剣は回転しながら放物線を描き、そのまま先にあった建物に突き刺さった。

「よぉし! これで武器はなくなったッスよ! あとはフルボッコするだけッス!」

 無防備になったデュランドを見て、これぞチャンスとばかりにナクルは迫っていく。

「! 迂闊よ、ナクル! 少しは様子を見なさい!」

 慎重な蔦絵の忠告は一歩遅く、ナクルはすでにデュランドの頭部に向かって跳躍していた。そして再び《ブレイヴナックル》をお見舞いしようとするが――。

「…………ナメルナ……」

 それはデュランドから発せられた重低音の言葉。そう、ここはハードダンジョンと呼ばれるランクが一つ上の異界。そしてそこを統べる主がデュランドである。
 これまでのノーマルダンジョンとは違い、デュランドにはまだ〝先〟があった。

 突如としてデュランドの鎧にヒビが入り、瞬時にしてまるで爆発したように弾け飛んだ。その余波は無数の鉄の欠片となって周囲を襲う。
 幸い爆発した鎧の破片のほとんどは上半身の部分であり、蔦絵や雪風には影響は少なかった。

 しかし一番接近していたナクルは違う。特に頭部近くにいたため、それは凄まじい衝撃となる。避ける間も方法も持ち合わせていないため、向かってくる鉄の破片をまともに受けるしかない。

 息を飲むナクル。弾丸の如く飛んでくる破片に対し、咄嗟に両腕をクロスさせて防御態勢を取る。しかしそれで完全に防げるわけがない。大ダメージは必至。
 その場にいる三人が全員、ナクルの致命傷を予感したその時――不可思議なことが起こった。

 周囲に爆散したはずの破片が、一瞬にして消失したのである。ナクルに届く寸前で、だ。
 その光景に誰もが唖然とする中、ナクルの視線は確かに捉えた。デュランドの背後にある建物の屋根。その上に自身が最も想いを寄せる少年が立っていた。

「今だナクルッ、全力でぶん殴れぇぇぇっ!」

 その言葉が鼓膜を震わせた直後、ナクルはすべてのオーラを右拳に込め、爆炎の中から見える巨大な影に向かって突き出した。

 ――ドガァァァァッ!

 見事的中し、影は地面に叩きつけられるようにして倒れたのである。


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