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雪風から黒薔薇についての説明を受けた後……。
「なるほど……ちょっと力を入れるぞ。……確かに固いな」
それに雪風の顔を見ると痛そうだ。無理に抜くと傷口が悪化する可能性もある。
「……しょうがないな」
沖長は事情が事情だからと、今度は力ずくで抜くのではなく《アイテムボックス》に回収してみることにした。すると問題なく回収できたようで、雪風の身体から消え去った。
「……あれ? 急に消えたぞ?」
「へ? ほ、ほんとなのです!?」
沖長の言葉通り、刺さっていた薔薇が消えていて雪風は驚愕の声を上げた。
「もしかしたら一定時間で消失する能力なのかもな」
「なるほどなのです……」
まったくのデタラメだが、一応筋の通る考えに納得したように雪風は頷いてくれた。
「身体はどうだ? オーラは練れるか?」
「ちょっと待ってくださいです。ん…………やった、やったのです! ちゃんと出せるのです!」
相当嬉しかったのか、ピョンピョンと跳びはねて喜ぶが、すぐにぐらりと身体を傾けたので、すぐに沖長が支えてやった。
「こらこら無茶しない。まだ完全に回復したわけじゃないんだから」
「ご、ごめんなさいなのですぅ……」
「分かってくれればいいさ」
「……あ、よく見たらお兄様も傷だらけなのです」
「え? ああ……ここに来る前にちょっとな」
さすがにあれだけの妖魔を相手にするのは骨が折れた。重傷を負っているわけではないが、ところどころに細かい傷をもらってしまっていたのだ。
「まあ気にするな。とにかく今は――って、危ないっ!?」
どこから現れたのか、雪風に向かって背後から茨が迫ってきていた。反射的に彼女の身体を押したが、そのせいで茨に沖長が捕まり全身を絡めとられてしまう。
「うぐっ……!?」
「お兄様っ!?」
どうやら窓の向こうから茨は入ってきたようで、そのまま外へと引っ張り出され、その後を雪風が追ってくる。
「――フフフ、鬼ごっこはもう終わりに致しましょうか?」
外では先ほどの女妖魔人が、またも優雅にティータイムをしながら待っていた。
「おやまあ、素顔は可愛らしい少年ではありませんか」
馬面を外していたことで、沖長の顔がヤツに視認されてしまった。
(くそっ! この茨……生半可な力じゃ外せねえ……っ!)
全身を鎖のように巻き付いている茨だが、どうやらその先を見ると女性の髪へと繋がっている様子。この茨が彼女の髪が変質したものだと初めて理解できた。
「お兄様! くっ、お兄様を離してくださいっ!」
「……あら? あなた……何故オーラが? ん? いつの間にわたくしの薔薇から解放したのかしらね?」
雪風がオーラを放出していることに気づき、刺さっていたはずの黒薔薇が無いことに対し訝しむ女性。
「そんなことよりも、お兄様を離してもらいますっ! たあぁぁぁぁっ!」
全身をオーラで覆いつつ、雪風は女性に向かって突撃していく。
(マ、マズイ……ッ!)
ハッキリいって妖魔人相手に真っ直ぐ突っ込むなど愚策にも良いところだ。間違いなく返り討ちに遭ってしまう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
一刻の猶予もならないことを悟り、沖長は全力でオーラを発し力を込める。
「うぎぎぎぎぎぃぃっ、おらぁぁぁぁっ!」
力任せに拘束していた茨を引き千切り自由を得ると、雪風も驚いた様子で足を止めてこちらへと向かってきた。
「お兄様、ご無事ですか!?」
「あ、ああ……俺は大丈夫だ。それよりも雪風、闇雲に突っ込むのは無しだ。今の俺たちじゃ勝ち目なんてないからな」
「お兄様……すみませんです」
「反省は後だ。それよりもお前は今すぐに亀裂があった場所へと走れ」
「え? お、お兄様は?」
「ここで時間を稼ぐ」
「そんな! お兄様を一人にしてはおけません!」
「いいから言うことを聞いてくれ! このままじゃ全滅しちまう! ならお前だけでも外に出て応援を呼んできてくれ!」
「で、でもぉ……っ」
沖長を囮にすることが許容できないのか、その場を動こうとしない。実際のところ沖長一人ならいかようにも逃げることができる。あのユンダでさえ干渉することができない場所――《アイテムボックス》内へと入ればいいだけだ。だから雪風をこの場から離脱させたいのだが……。
「安心なさっていいですわよ。お二人とも、一緒に可愛がってあげますから」
そう言って、再び茨を操作して沖長たちへと放ってきた。
「やらせるかよっ!」
オーラを右足に集束させて、向かってきた茨を、その強化した威力で蹴り飛ばした。
「行けっ、雪風!」
「お兄……様……」
「頼む! 応援を呼んできてくれ!」
「っ…………雪は……足手纏いなのですね……っ、……分かりました」
まだ納得できない様子ではあるが、このままでは自分の存在が沖長に迷惑をかけてしまうと判断したのか、渋々といった感じではあるが了承してくれた。
そうして雪風がその場から亀裂がある場所へと駆け出していく……が、
「…………意外だな。何もしないんだな?」
沖長の予想とは違い、逃げていく雪風に対し女妖魔人は攻撃を繰り出さなかった。
「フフ、こう見えても去る者は追わない主義ですの」
「よく言う。だったら俺も見逃してほしいんだけどな」
「すみませんわね。あなたはわたくしの興味を惹きましたわ。ですから最後までお付き合い願いますわよ」
これが日常でのお誘いなら男性としては嬉しい言葉だが。
(さて……雪風が完全にダンジョンから逃げ出すまで時間を稼がねえと。とはいっても妖魔人相手にどこまで耐えられるか……)
こちらの利点は、まだ相手が本気ではなく完全に遊びモードであること。できればこの状態を長く続かせたい。全力なんて出されたら、それことあっという間に終わるだろうから。
「……それにしても妖魔人ともあろうものが、こんなところにダンジョンを開いて何を考えてるんだ?」
「……へぇ、わたくしたちがダンジョンを開けることをご存じですのね」
「これでも先代の勇者に伝手があってね。ある程度の知識は知ってる」
「なるほど。彼の者たちとの繋がりが……だとしても不思議ですわね」
「は? 何が?」
「あなたは理解されていますの? ご自分がどれだけ不可思議な存在なのかを」
「……?」
「見たところあなたは男でしょう?」
「だったら?」
「これまで多くの勇者やその資質がある者たちがダンジョンに姿を見せましたが、そのすべては女ばかり。なのにあなたというイレギュラーが存在している」
「あいにく、今代は俺の他にも男はいるんだけどな」
「そういえばそういう話もちらほら耳にしましたわね。……時代が変わった、ということなのでしょうか」
興味深そうに思考に耽る女妖魔人。今の内に懐に突っ込んで一発ぶん殴れればいいが、隙があるように見えるのが逆に怖い。
師匠である大悟と組手をする時もそうだ。どう見ても隙にしか見えないのに、何度そこを突いても返り討ちに遭ってしまう。つまりあれは油断なのではなく〝余裕〟による態度なのだろう。
沖長の額から頬を伝って冷や汗が流れる。こうして対峙しているだけで疲弊していくのを感じる。この緊張感はいまだ慣れない。大悟のお蔭で少しはマシになったが、やはり命がかかった戦場では一切の気が抜けずにどんどん体力と気力が消耗していく。
「ではそろそろ踊って頂きましょうか」
「……っ!」
「ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたわね。わたくしは――エーデルワイツ。人はわたくしを『黒薔薇』と呼びますわ。さあ、楽しいパーティに致しましょうか」
「なるほど……ちょっと力を入れるぞ。……確かに固いな」
それに雪風の顔を見ると痛そうだ。無理に抜くと傷口が悪化する可能性もある。
「……しょうがないな」
沖長は事情が事情だからと、今度は力ずくで抜くのではなく《アイテムボックス》に回収してみることにした。すると問題なく回収できたようで、雪風の身体から消え去った。
「……あれ? 急に消えたぞ?」
「へ? ほ、ほんとなのです!?」
沖長の言葉通り、刺さっていた薔薇が消えていて雪風は驚愕の声を上げた。
「もしかしたら一定時間で消失する能力なのかもな」
「なるほどなのです……」
まったくのデタラメだが、一応筋の通る考えに納得したように雪風は頷いてくれた。
「身体はどうだ? オーラは練れるか?」
「ちょっと待ってくださいです。ん…………やった、やったのです! ちゃんと出せるのです!」
相当嬉しかったのか、ピョンピョンと跳びはねて喜ぶが、すぐにぐらりと身体を傾けたので、すぐに沖長が支えてやった。
「こらこら無茶しない。まだ完全に回復したわけじゃないんだから」
「ご、ごめんなさいなのですぅ……」
「分かってくれればいいさ」
「……あ、よく見たらお兄様も傷だらけなのです」
「え? ああ……ここに来る前にちょっとな」
さすがにあれだけの妖魔を相手にするのは骨が折れた。重傷を負っているわけではないが、ところどころに細かい傷をもらってしまっていたのだ。
「まあ気にするな。とにかく今は――って、危ないっ!?」
どこから現れたのか、雪風に向かって背後から茨が迫ってきていた。反射的に彼女の身体を押したが、そのせいで茨に沖長が捕まり全身を絡めとられてしまう。
「うぐっ……!?」
「お兄様っ!?」
どうやら窓の向こうから茨は入ってきたようで、そのまま外へと引っ張り出され、その後を雪風が追ってくる。
「――フフフ、鬼ごっこはもう終わりに致しましょうか?」
外では先ほどの女妖魔人が、またも優雅にティータイムをしながら待っていた。
「おやまあ、素顔は可愛らしい少年ではありませんか」
馬面を外していたことで、沖長の顔がヤツに視認されてしまった。
(くそっ! この茨……生半可な力じゃ外せねえ……っ!)
全身を鎖のように巻き付いている茨だが、どうやらその先を見ると女性の髪へと繋がっている様子。この茨が彼女の髪が変質したものだと初めて理解できた。
「お兄様! くっ、お兄様を離してくださいっ!」
「……あら? あなた……何故オーラが? ん? いつの間にわたくしの薔薇から解放したのかしらね?」
雪風がオーラを放出していることに気づき、刺さっていたはずの黒薔薇が無いことに対し訝しむ女性。
「そんなことよりも、お兄様を離してもらいますっ! たあぁぁぁぁっ!」
全身をオーラで覆いつつ、雪風は女性に向かって突撃していく。
(マ、マズイ……ッ!)
ハッキリいって妖魔人相手に真っ直ぐ突っ込むなど愚策にも良いところだ。間違いなく返り討ちに遭ってしまう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
一刻の猶予もならないことを悟り、沖長は全力でオーラを発し力を込める。
「うぎぎぎぎぎぃぃっ、おらぁぁぁぁっ!」
力任せに拘束していた茨を引き千切り自由を得ると、雪風も驚いた様子で足を止めてこちらへと向かってきた。
「お兄様、ご無事ですか!?」
「あ、ああ……俺は大丈夫だ。それよりも雪風、闇雲に突っ込むのは無しだ。今の俺たちじゃ勝ち目なんてないからな」
「お兄様……すみませんです」
「反省は後だ。それよりもお前は今すぐに亀裂があった場所へと走れ」
「え? お、お兄様は?」
「ここで時間を稼ぐ」
「そんな! お兄様を一人にしてはおけません!」
「いいから言うことを聞いてくれ! このままじゃ全滅しちまう! ならお前だけでも外に出て応援を呼んできてくれ!」
「で、でもぉ……っ」
沖長を囮にすることが許容できないのか、その場を動こうとしない。実際のところ沖長一人ならいかようにも逃げることができる。あのユンダでさえ干渉することができない場所――《アイテムボックス》内へと入ればいいだけだ。だから雪風をこの場から離脱させたいのだが……。
「安心なさっていいですわよ。お二人とも、一緒に可愛がってあげますから」
そう言って、再び茨を操作して沖長たちへと放ってきた。
「やらせるかよっ!」
オーラを右足に集束させて、向かってきた茨を、その強化した威力で蹴り飛ばした。
「行けっ、雪風!」
「お兄……様……」
「頼む! 応援を呼んできてくれ!」
「っ…………雪は……足手纏いなのですね……っ、……分かりました」
まだ納得できない様子ではあるが、このままでは自分の存在が沖長に迷惑をかけてしまうと判断したのか、渋々といった感じではあるが了承してくれた。
そうして雪風がその場から亀裂がある場所へと駆け出していく……が、
「…………意外だな。何もしないんだな?」
沖長の予想とは違い、逃げていく雪風に対し女妖魔人は攻撃を繰り出さなかった。
「フフ、こう見えても去る者は追わない主義ですの」
「よく言う。だったら俺も見逃してほしいんだけどな」
「すみませんわね。あなたはわたくしの興味を惹きましたわ。ですから最後までお付き合い願いますわよ」
これが日常でのお誘いなら男性としては嬉しい言葉だが。
(さて……雪風が完全にダンジョンから逃げ出すまで時間を稼がねえと。とはいっても妖魔人相手にどこまで耐えられるか……)
こちらの利点は、まだ相手が本気ではなく完全に遊びモードであること。できればこの状態を長く続かせたい。全力なんて出されたら、それことあっという間に終わるだろうから。
「……それにしても妖魔人ともあろうものが、こんなところにダンジョンを開いて何を考えてるんだ?」
「……へぇ、わたくしたちがダンジョンを開けることをご存じですのね」
「これでも先代の勇者に伝手があってね。ある程度の知識は知ってる」
「なるほど。彼の者たちとの繋がりが……だとしても不思議ですわね」
「は? 何が?」
「あなたは理解されていますの? ご自分がどれだけ不可思議な存在なのかを」
「……?」
「見たところあなたは男でしょう?」
「だったら?」
「これまで多くの勇者やその資質がある者たちがダンジョンに姿を見せましたが、そのすべては女ばかり。なのにあなたというイレギュラーが存在している」
「あいにく、今代は俺の他にも男はいるんだけどな」
「そういえばそういう話もちらほら耳にしましたわね。……時代が変わった、ということなのでしょうか」
興味深そうに思考に耽る女妖魔人。今の内に懐に突っ込んで一発ぶん殴れればいいが、隙があるように見えるのが逆に怖い。
師匠である大悟と組手をする時もそうだ。どう見ても隙にしか見えないのに、何度そこを突いても返り討ちに遭ってしまう。つまりあれは油断なのではなく〝余裕〟による態度なのだろう。
沖長の額から頬を伝って冷や汗が流れる。こうして対峙しているだけで疲弊していくのを感じる。この緊張感はいまだ慣れない。大悟のお蔭で少しはマシになったが、やはり命がかかった戦場では一切の気が抜けずにどんどん体力と気力が消耗していく。
「ではそろそろ踊って頂きましょうか」
「……っ!」
「ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたわね。わたくしは――エーデルワイツ。人はわたくしを『黒薔薇』と呼びますわ。さあ、楽しいパーティに致しましょうか」
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