上 下
203 / 220

202

しおりを挟む
 ナクルから羽竹という名前。あまりの衝撃に、沖長はポカンと口を開けたまま固まってしまった。そんな沖長の様子を見て、不思議そうにナクルは首を傾げている。
 聞き間違いではない……はず。それでも一応再度問い質してみることにした。

「あ、あのさナクル、本当に羽に竹藪の竹って書いて羽竹か?」
「ん? そうッスよ。あれ? そういえば羽竹って名前、確か隣の組にもいたッスよね?」

 そう、それが問題なのだ。いや、別に問題ではないが、衝撃的事実だったことには違いない。

(……なるほどな。アイツめ、籠屋の分家について話したくなかったのはそういうことかよ)

 それに彼は、沖長がナクルとともに籠屋本家に向かうなら、その時にすべて理解できると口にしていた。あれはまさしく、羽竹長門と、分家の羽竹が同一であるという意味だったのだろう。

 ちなみに長門に関して、ナクルも知って入るがそれほど接点はない。会話も恐らく一言二言程度なので、彼女の中であまり印象は残っていないかもしれない。だから彼と分家を結びつけることはできなかったのだろう。

「オキくん? そんなムツカシイ顔してどうしたッスか? もしかしてお腹痛い、とか?」
「ああいや、ちょっと考え事をな。もう解決したからいいよ。ほら、次の案内を頼む」
「任せるッス!」

 再びナクルが前を歩き、その後にぴったりと沖長がついていく。

(にしてもナクルがアイツのことを知らなかったってことは、毎年のこの時期に顔を合わせていないってことだよな。まあ、招集は強制じゃないみたいだし、多分アイツから距離を取ってたんだろうな)

 自分の推し以外はどうでもいい長門のことだから、変に物語の主人公に関わることを避けていたのだろう。原作が激しくブレイクしてしまえば、持ち前の原作知識が役に立たなくなり、推しキャラにも何かしらの影響が出ると考えたのかもしれない。
 もっとも他に転生者が多数いる上、その中には積極的に原作に関わって暴れ回る者たちもいることから、最早原作は大幅にブレイクされているが。

 それでも長門が慌てていないということは、今はまだ既定路線であり、いかようにも対処ができるからだと推察することができる。
 するとナクルが角を曲がった直後に誰かとぶつかってしまった。
沖長は咄嗟に尻もちをついたナクルに「ナクル、大丈夫か?」と寄り添うと、

「わわ、あれ? ナクル? ごっめーん、怪我無かった?」

 ナクルと激突したであろう人物から心配そうな声音が聞こえてきた。視線を向けると、そこには慌てて両膝を折り自分たちに目線を合わせてくる女性がいた。

「いたた、こっちこそごめんなさいッス……って、和歌ちゃん!?」

 ナクルが女性を見て嬉しそうな声を上げる。その女性はナクルの手を引っ張って立ち上がらせると、優しくナクルの頭を撫でながら微笑む。

「ビックリしたよもう。けどホントに怪我ない? 大丈夫?」
「はいッス! お久しぶりッスね、和歌ちゃん! 会えて嬉しいッス!」

 和歌ちゃんと呼ばれた女性は、見た目からして蔦絵と同世代くらいだろうか。パーマを当てた茶髪のボブカットで、健康的な小麦色の肌をしている。外見もギャルっぽさを感じさせる軽装でありへそが丸だしなので少し視線に困ってしまう。

「うんうん、ナクルも元気一杯で良いぞ! アタシも会えて嬉しいし!」
「えへへ~。あ、そうだ! 和歌ちゃん和歌ちゃん、紹介するッス! こっちがオキくんっスよ!」

 グイッと沖長を前面に出して紹介し始めたナクル。当然女性の視線がジッとこちらに向く。

「オキくん……? おお、なるほど~! じゃあこの子がナクルの王子様だ!」

 ニカッと白い歯を見せながら女性は的外れなことを言う。

「あー……えっと、初めまして。札月沖長といいます。それと王子様って柄じゃないんで、そこんところ修正でよろしくお願いします」
「まあ確かに王子様って感じの見た目じゃないかぁ。ちょっと地味っぽいし」

 それはそれで失礼な物言いではあるものの、こちらは的を射ているので何も言えない。ただできれば本人がいないところで言って欲しい。

「和歌ちゃん、オキくんはと~ってもカッコ良いッスよ! 見る目ないッス!」
「へ? あはは、ゴメンゴメン。ジョーダンだってばぁ、そんな怒んないで、ナクル~」

 不機嫌そうに頬を膨らませたナクルに対し、楽しそうに笑って謝罪する女性。

「おっと、まだアタシってば名乗ってなかったわ。ごほんごほん。えー、ご紹介します。アタシは――蔓太刀和歌。ピチピチの十九歳でーす! 現在彼氏募集なんで、良い男がいたら真っ先に紹介するように!」

 何とまああけすけな自己紹介だろうか。ただ人当たりも良く好感が持てる人物のようだ。

「――ちょっと和歌? そんなところで立ち止まってたら迷惑に……あら、もしかしてナクルさん?」

 そこへ和歌の背後からやってきた人物が声をかけてきた。

「あ、お姉ちゃん、ほらほらこの子! 誰だと思う?」

 やってきた人物に向かって、さっきナクルがやったみたいに沖長を押し出す和歌。
 沖長も思わず「え!?」とはなったものの、同時に目前の人物を視界に捉えた。

 こちらは和歌と違い、どちらかというと蔦絵に近い清楚系容姿の持ち主だ。涼し気なスカイブルーのワンピースを纏い、肩から小さいポーチをかけている。若干目元はキツイ印象を受ける細目ではあるものの、全体的に顔立ちは整っていてモデル体型だ。また腰よりも長い艶やかな黒髪が緩やかに靡いている。

「初めて見る子ね。誰なの?」
「んふふ~、ナクルの王子様だよ王子様」

 だから違うって心の中で否定しつつ溜息が零れるが、それで理解したように目の前の女性が頷く。

「ああ、なるほど。いつもナクルさんが楽しそうに話していた男の子だったわね。そう、今年は連れてくることができたのね」

 そう言いながら微笑を浮かべる様は母性を感じさせるような穏やかさを含んでいた。その笑みで理解した。この二人は、本当にナクルのことを可愛がってくれているということを。

(つまり、この二人がいつも遊んでくれている人たちってことか)

 ナクルはお姉さんと言っていたので複数だとは思っていなかったが。
 さっそく沖長が自己紹介をすると、それに返すように女性も丁寧に名乗ってくれる。

「私は――蔓太刀聖歌です。認めたくはないけど、そこにいる破廉恥な恰好をしている女の双子の姉をしています」
「ちょいちょいちょい! この格好のどこがハレンチなのさー!?」
「それが理解できないくらいにはおつむも悪い子なの。けれど性格は……良くもないけれど、仲良くしてあげてね」
「さっきから貶してばっかなんだけどぉ!?」

 なるほど。どうやら双子のようだが、対照的な性格だということが分かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...