俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

文字の大きさ
上 下
185 / 237

184

しおりを挟む
「フン、いらねえよ! だから出てってくれ!」
「嫌よ! これを食べるまでここにいるわ」
「だからそういうのウザいって!」
「いいから食べなさい! お腹いっぱいになったら元気も湧いてくるから!」

 そう言いながら皿を近づけてくる。そのお節介さが銀河の苛立ちのボルテージを上げていく。

「ほら、食べさせてあげるから!」
「だから! んなもん食べられねえって!」
「大丈夫よ! 今回は割とうまくいった方だから!」
「んだよソレ! いいから止めてくれって!」
「パパとママも心配してるのよ! さっさと元気になって出てきなさい!」

 何故こんなにも関わってくるのか。放っておいてほしいのに。どうせたまたま与えられた家族という関係でしかないのに。

「ああもうっ、鬱陶しいんだよっ!」

 だからつい怒りを爆発させてしまい、皿を払いのけてしまった。

「――熱っ!?」

 ぶちまけられたホットケーキの一部が夜風の露出した腕に付着した。銀河は思わず「あ……」と動きを止めてしまう。
 すると静かに床を掃除し始めた夜風に対し、急にオロオロとし始める銀河。

「え、えっと……その……悪か……」
「……ごめんね」
「え?」

 掃除を終えた夜風は、そのまま部屋を走り去っていった。見間違いでなかったとしたら、その目に涙を浮かべながら。
 残された銀河は呆然としてしまった。

 何故ならいつもの夜風なら、問答無用で殴りつけてきていたからだ。あんなふうに涙を流すようなことはなかった。
 姉のしおらしい姿を初めて見たからか、銀河の胸の内では困惑が渦巻いている。何だかんだ文句を言っても、いつも怒るだけで悲しませることはないとタカをくくっていたからだ。

 正直、自分が女性を泣かせたという事実に、思いのほかショックを受けていることに衝撃だった。

「……んだよ、あんなの……姉貴じゃねえ……じゃんか」

 分からない。今、胸に去来している気持ちが理解できない。何だかとんでもないことをしてしまったかのような焦燥感が込み上げてきている。

(何でこんなにも気にしてんだよ、俺は。どうせアイツらは本物の家族じゃねえじゃんか)

 あくまでも銀河にとってこの世界はいわゆるゲームをしているような感覚でしかない。二度目の人生と言われても、ここは前世にハマっていた物語の中なのだ。だからこそ現実感があまり持てず、ただリアリティのあるバーチャル世界を遊んでいる感覚だった。

 それでも傷つけば痛いし、匂いや味だって敏感に感じ取れるし、触れれば生物は温かい。

「家族……か」

 これまで見向きもしなかった夜風や両親。ただ与えられた設定としか思えず、同じ血が流れる存在であることを認知していなかったのかもしれない。
 けれど彼女たちにしてみれば、金剛寺銀河という人物はともに過ごす大切な弟や息子に違いないのだ。だからこそいつも不遜でワガママし放題で迷惑をかけても、決して見捨てずに、さっきみたいに心配し寄り添おうとしてくる。

 前世、風邪で体調を崩した時に、家族が優しく声をかけてきたり世話をしてくれたことに対し、安心感を覚えた事実を思い出す。

「くそぉ…………物語の世界じゃねえかよ」

 自分は幻想の世界にいるだけだ。そしてそこでは自分の思うがままに事は進み、自然と勝ち組人生を送ることができる。そう信じて疑っていなかった。だが……ここは幻想ではない。現実なのだということを何度も痛感させられている。
 ただただその事実を認めたくないだけ。もうこの世界は、銀河にとって本物なのだ。

「でもどうしろってんだよ……もう何も持ってねえじゃんか」

 本物だと認識しても、自分にはもう何もない。この世界で無事に生き抜けるような力を失ってしまったのだから。
 銀河はしばらく天井を眺めながら呆けていると、不意に起き上がり壊れた扉の前に立つ。そしてゆっくりとだが、確実に敷居を潜って廊下へと出た。

 こうして一週間以上ぶりに部屋から出る。何となく気まずさを覚えつつも、そのままリビングの方へと向かう。確か父はまだ仕事だ。専業主婦の母と先ほど逃げ出すように出て行った夜風は家の中にいるはず。

 部屋の外で対面することに少なからず躊躇してしまう。それが何故だか銀河には分からない。それでもこのまま引き返すのだけはできなかった。そうすれば二度と部屋から出られないような気がしたから。

 そうしてリビングに続く扉を開くと、そこには夜風がいた。彼女も銀河の存在に気づいたようでハッとして振り向き目を見開く。その目元は赤く腫れている。やはり泣いていたようだ。ズキッと胸が痛んだ。

「っ…………あ、あのさ……」

 勇気を振り絞って声を上げるが、夜風は踵を返してその場を去ろうとする。

「ま、待ってくれよ、姉ちゃん!」
「! …………何?」

 振り向きはしないが、それでも足を止めて聞き返してくれた。

「そ、その……さっきは………………………ごめん」

 言えた。言えないと思っていた言葉が口から出てくれた。
 すると驚いたような表情をした夜風がこちらを向いていた。そういえばこうして真正面から素直に謝ったのは初めてかもしれない。それは驚きもするだろう。

「…………ホント、手のかかる弟よ、アンタは」
「……悪かった」
「アンタのせいで火傷しちゃったし! まったく、乙女の肌に傷をつけるなんて、そんなんじゃモテないわよ!」

 モテない。確かにこれまで周りには多くの女性たちはいたが、それも能力あってのもの。真にモテているとは言わないだろう。

「うっせ。これでも顔はいいし、俺が声を掛ければ女の子たちはメロメロになるんだよ」

 それでも強がりが口から出てしまう。

「ふぅん。ま、いいわよ。それで? アンタ、学校行くの?」
「…………行くよ」

 学校へ行くことが目的ではない。ただどうしても確かめないといけないことがある。そしてそれが事実だったら、何が何でも叶えたいものがあるのだ。

「……そっか」

 すると夜風が近づいてくる。もしかして殴られるかと身体が硬直したが、直後に頭に優しい感触を覚えた。夜風の手が軽く頭を撫でてきた。

「んじゃ、頑張ってみなさい」

 そう言うと、夜風は満足そうに笑みを浮かべると、「あーあ、お腹空いた。今日の晩御飯何かな~」と言いながら自分の部屋へと向かって行った。
 残された銀河は、熱がこもっている自分の頭に触れる。その温もりがとてもくすぐったく、気恥ずかしさが込み上げてきた。だが悪い気分ではなかった。

 その時、リビングへ母親が入ってきて、銀河の姿を見ると一目散に抱き着いてくる。夜風の時のように謝って、明日は学校へ行く旨を伝えると凄く喜んでくれた。
 そんな家族の優しさに包まれながらも、銀河は明日のことを考えていた。

(――札月沖長。待ってろよ)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

異世界から帰ってきたら終末を迎えていた ~終末は異世界アイテムでのんびり過ごす~

十本スイ
ファンタジー
高校生の時に異世界に召喚された主人公――四河日門。文化レベルが低過ぎる異世界に我慢ならず、元の世界へと戻ってきたのはいいのだが、地球は自分が知っている世界とはかけ離れた環境へと変貌していた。文明は崩壊し、人々はゾンビとなり世界は終末を迎えてしまっていたのだ。大きなショックを受ける日門だが、それでも持ち前のポジティブさを発揮し、せっかくだからと終末世界を異世界アイテムなどを使ってのんびり暮らすことにしたのである。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

処理中です...