俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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「――――あたしも何かした方が良いって思うんだけど、そこんとこどうよ?」

 不意にそんなことを尋ねてきたのは水月であった。
 今は選択科目である『食育』を学んでいる最中だ。今日は調理実習ではなく、学校の裏手にある畑での手入れをしていた。

 そろそろ夏に近づいてきているし、ここに植えている夏野菜も立派に実ってくれることを祈っている。収穫物の品質を上げるには、細かな気配りが非常に重要となり、必要な養分を吸ってしまう雑草の除去や鳥害対策などに気を付けなければならない。
 さすがに猪や鹿などが出るわけではないが、カラスなどの空からの来訪者対策はしっかりとしておくべきである。

 沖長も他の生徒たちと一緒に雑草の除去に勤しんでいると、同じくともに学ぶ水月が声をかけてきたのだ。
 授業中ということもあって、あまり大っぴらに雑談はできないので、一体何のことかと小声で問い返した。

「ほら、ダンジョンのこと」

 なるほど。どうやら水月は、自分だけが何もしていない現状に疑問を持っている様子だ。原作ではナクルと敵対してダンジョン攻略競争を行っている最中だが、この世界ではそれも沖長の介入によって失われた流れとなっている。

「あー……別に何もしなくていいと思うよ」
「そうなん? でも札月くんやナクルも戦ってるみたいだし……何かあたしだけ一方的に守られてるみたいで何だか悪い気がしてさ」

 守られる側にいることは別段不思議なことではない。水月はまだ子供だし、戦いの経験なども持ち合わせていない。危険なことに自ら飛び込むようなことは推奨できない。

「でもさ、あたしには力があるんじゃないん?」

 前に勇者の資質が彼女にあるということを話した。その時は彼女を納得させるために必要だと思って伝えたが、今思えばあれは勇み足だったような気もしている。

「確か勇者って貴重なんよね? だったらあたしもやっぱり何か手伝った方がよくない?」

 元来真面目で責任感の強い彼女だ。友人たちが自分を守るために戦っていることを知って黙ったままというのが耐えられないのだろう。なまじ戦う力が自分にあることを知っているだけに。

(やっぱ勇者の件だけは伏せとけば良かったな)

 後悔しても遅いが、今はとりあえず水月が勝手に暴走しないようにしないといけない。
 こういう子は、物語において暴走しがちなのだ。もちろんやましい気持ちではなく、力になりたいという思いが強く、そのためには周りに認めてもらわないと、といった思考に陥りやすく、一人で行動をした挙句に悲劇に繋がる。

 そんな取り返しのつかない事態を招く前に、あやふやなままを続けるのではなく、何かしらの決定を示さないといけない。
 水月を戦いから遠ざけることはできなくはない。水月が傷つけば陸丸たち三つ子や、母親である美波が悲しむと言えば退いてくれるかもしれない。けれどそれも絶対ではないだろうし、彼女の責任感が無意識に戦いの場へと向かわせることだって可能性としてはある。

(なら恐怖を煽るってのも一つの手か……)

 実際に現行のダンジョンへ連れて行き、そこで実際に妖魔やダンジョン主と対面させる。もしその時に沖長やナクルが傷つき、水月も死の危険を感じ取ったなら、それがトラウマとして二度と水月をダンジョンに近づけさせないようにできるかもしれない。

 しかしその方法はリスクも高く、失敗すれば取り返しのつかない事態を引き起こす。今の沖長やナクルに対処できない妖魔やダンジョン主が現れた場合、もしかしからトラウマで済まないことも起きる可能性だってあるのだ。
 沖長も絶対に水月を守れるという保証はできない。そこまでの力を自分はまだ有していないことは先日痛感させられたから。

(もし攻略中に妖魔人が介入してきたら……)

 沖長だけなら以前戦った妖魔人ユンダの攻撃から身を守った手法を取ることができるが、そのようなナクルたちを見捨てて自分だけが助かる道なんて選びたくもないし選べない。
 なら一体どうすることが一番いいのか。

(いや、分かってんだよ。原作ってのは結構な修正力があるってことはさ)

 実際ダンジョンから遠ざけようとしても、何かにつけて原作が水月を放置しないのだ。先日のヨルとの一件もそうだ。ああして原作キャラが水月と接触するのは、原作の流れに少しでも戻そうと修正力が働いているのではないかと思わずにはいられない。

 そう考えれば、このまま水月をダンジョンから遠ざけても、いずれ別の形で引き込まれてしまう可能性は十二分にある。なら現状何も対抗手段を持ち得ていない彼女は自衛すらままならないということになってしまう。

(…………しょうがねえか)

 何が真に正しいのかなどは分からない。ただ今後、水月に危険が降りかかる可能性が高いと思うとなら、少しでも抗えるように手段を持ってほしい。何せ常に自分やナクルが傍にいるとは限らないのだから。

(とはいってもどうすっかなぁ)

 現在沖長は大悟とのマンツーマン修行で手一杯であり、水月にまで手を伸ばせない。ナクルも蔦絵とともに修一郎が課す厳しい課題をこなしている真っ最中だ。
 修練内容もレベルが違うし、ここに突然素人の水月が入ってもついていけないだろう。ならどうするか……。

「ねえ、聞いてるん?」
「あ、悪い悪い。えっと……九馬さんは強くなりたいってことでいいのか?」
「……別に」
「え?」
「あ、いや、ほら、あたしってば普通の女子じゃん? ナクルみたいに小さい頃から武術? をやってきたわけじゃないし、その、強くなりたいとかハッキリとした気持ちがあるわけじゃないんよ。ただ……さ、いつも助けてくれる札月くんのお手伝いができたらいいなぁ……とか思ったりなんかしてるわけですよ、はい」

 そんなことを照れ臭そうに言う水月。

(まあ、それもそっか。普通に考えれば、どこにでもいる小学生の女子がバケモノと戦って勝てるくらいに強くなりたいなんて思わんよな)

 どうも脳がアニメや漫画の流れに傾き過ぎているようだ。ナクルが特別なだけで、普通は水月のような思考が当たり前である。
 それでも確実に彼女は原作キャラであり、普通ではない資質を所持している。

「……分かった。じゃあ九馬さんにも手伝ってもらうことにするよ」
「ホ、ホント!? ホントにいいん!?」

 驚愕の声を上げたせいで、少し遠目にいる先生がこちらに気づき顔を向ける。先生だけではない、周りにいる他の生徒もまた同様だ。するとその視線に気づいた水月が顔を真っ赤にして「すみません!」と頭を下げてから、少しして沖長に話かけてきた。

「あ、あのさ……ホントに手伝ってもいいん?」
「うん。けどそのためには結構しんどいことも乗り越えないといけない。……できる?」
「……うん、頑張る! 頑張ることだけは誰にも負けないつもりだし!」

 まっすぐ揺らぎの無い瞳。子供ながらの無邪気さも宿っているが、とても強い意思もその奥に感じ取れた。
 こうして水月も積極的にこちら側にどっぷりと足を踏み込んでもらうことになったのであった。


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