上 下
166 / 220

165

しおりを挟む
(こいつら、ここを試合会場かどっかと勘違いしてないか? 人が集まってくるぞ)

 だがそうなれば沖長たちにとっても有利になる。さすがに多くの人の目が集まれば、彼女たちも矛を収めるしかないだろうから。

「ね、ねえ札月くん、今の内に逃げた方が良くない?」

 水月が耳打ちしてくる。確かにその通りなのだが、それは難しいと言わざるを得ない。
 何せ驚くことに、あの白銀髪の少女だが、パーカーの少女と戦いながらも、意識をこちらに向けているのだ。つまり逃がしてはくれそうにない。

「下手に動いたら巻き込まれそうだし、少し様子を見るしかないかも」
「そ、そんなぁ……」

 気落ちする水月を見て肩を竦めてしまう。
 相手は絶大な力を持つ勇者だ。先ほどの動きを見るに、全力で逃げたとしても追いつかれるだろう。沖長一人ならまだやり様はあるが、水月を連れたままではそれも難しい。

(あの二人の戦いがもっと激しくなれば逃げる隙もできるだろうけど……)

 今も二人は衝突している。とはいっても専らパーカーの少女が繰り出す攻撃を、白銀髪の少女が防ぐといった形だ。

「ちっ、これじゃ埒が明かねえ。しょうがねえなぁ……」

 その時、パーカーの少女の雰囲気が一変する。

(お、おいまさか……!?)

 嫌な予感がした直後、それを証明するかのような一言が耳朶を打つ。

「――ブレイヴクロス!」

 まさかまさかのパーカーの少女までもが勇者だった件。
 噴出するブレイヴオーラ。それが一瞬にして鎧と化してパーカーの少女を包む。
 それは燃え上がるような真紅に彩られた鎧。ヘッドギアには鬣を模したような造形が施されていて、臀部近くからは尾のような細長いものが生えている。

 そこにいるだけですべてを威圧しているかのような気迫が迸っていた。それだけでなく少女が浮かべる笑みもまた獰猛な獣のソレを彷彿とさせる。

「さあ、こっから大喧嘩の始まりだぜ?」

 二人が対峙しながら、いつ爆発してもおかしくないほどのオーラがせめぎ合っている。
 このまま両者が激突したら公園なんて吹っ飛んでもおかしくない。そんなことになれば、ここにいる水月もまた被害を受けてしまいかねない。

 激しくなれば逃げる隙ができるといっても、想定外な影響は勘弁してほしい。しかしながらこの状況で沖長が止められるはずがない。下手をすれば二人の脅威が同じにこちらに向く危険性もある。
 すでに背後の水月は気絶しそうなくらいに震えてしまっているし……。


「――――――そこまでにせい」


 するとまるで救世主のように聞こえてきた声音に、現場の空気がまたも一変する。
 同時に睨み合っていた両者が、突然膝を折ってしまう。見れば彼女たちの足場に大きな亀裂が走っている。まるで何かに押し付けられているかのようで、その表情は歪んでいた。

「やれやれ、このようなところでクロスを纏っての戦闘とは、些か常識が欠けるのではないかのう」

 そこに現れた人物を見て、沖長は心の底から安堵してその名を口にする。

「――千疋!」
「うむ、遅くなってすまなかったのう。あとはワシに任せよ」

 現状で最も頼もしい存在である十鞍千疋の登場。彼女は沖長に頷きを見せた後、身動きができなくなっている二人に意識を向けた。

「ぐっ……か、身体が……て、てめえ……何でココに……っ!」

 それはもちろん千疋に対しての発言だろう。白銀髪の少女もまた、口には出さないがその顔を千疋へと向けている。

「先も言うたが、お主らはやり過ぎじゃ。少々頭を冷やせ」
「ふ、ふっざけんな……がっ!?」
「見事な胆力じゃが、まだヒヨッコじゃのう」

 千疋もまた鎧を纏ってはいるが、明らかに二人と比べても格上の力を示している。さすがは初代勇者の時代から力を引き継いでいるだけはある。

「っ……十鞍千疋。ここは分が悪い……か」

 そこへ敗北を認めたかのように白銀髪の少女が鎧を解いた。それを見て千疋も「ふむ」と一つ頷いた後に力を緩めたようで、白銀髪の少女はそのまま立ち上がる。
 そして沖長たちを一瞥してから、何も言わずにその場から去って行く。

「……さて、あとはお主だけじゃが、大人しくすると約束するかえ?」
「うぐっ…………ああもう! わーった! わーったよ! てかそもそもアタシはそいつらを守ってやろうって来ただけだしっ!」
「ふむ、では解いてやろう」

 その言葉通り、先ほどまで感じていた重圧が消え、パーカーの少女は盛大な溜息とともに尻もちをつく。それと同時にクロスもまた解いていた。

「はあはあはあ……ったく、何でこんなことになってんだよ……」

 それはこっちのセリフではあるが、確かにパーカーの少女は沖長たちを助けようと介入してくれたようにも見える。一応礼は言っておくべきだろうか。

「あ、あの……」
「あん? んだよ、何か文句でもあんのか?」

 そんな喧嘩腰にならなくても良いと思うが……。

「その……知り合いがいきなり悪かったよ」

 そう言いつつ少女に手を伸ばす。一瞬驚いたように目を見開いた少女だったが、その手は取らずに、そのまま立ち上がった。

「……まあアタシもつい熱くなっちまって、アンタたちのこと忘れてたし。まあその何だ……お互い様ってやつで」

 どこか照れ臭そうな表情でそう言う少女に、何となくだが血気盛んなだけで悪い子ではなさそうという印象を受けた。

「にしてもまさかアンタまでここに来るなんてな、十鞍千疋パイセン」
「その言い方は止めい。それよりも相変わらずのバトルジャンキーじゃのう、戸隠の」
「うっせ。アンタこそ変わらずのデタラメっぷりじゃねえか、クソ」

 二人のやり取りを見て気になった。

「もしかして二人って知り合い?」
「まあのう。とは言うても、一方的に喧嘩を売ってきおったので返り討ちにしたって過去があるだけじゃがのう」

 その言い分に少女は舌打ちをする。どうやら千疋の説明に間違いはないらしい。

「あの時と同じで何ら成長しとらんのう、戸隠の小娘?」
「っ!? んだよ、喧嘩売ってんのか!」
「カッカッカ! 売れるほどの価値があるとは思えんがのう」
「て、てめえ!」
「ちょ、ちょい待ち! とりあえずこっから離れよう! ほら人が……」

 沖長の視線を先では、ちらほらと人が集まって来ていた。

「それに……九馬さんが目を回しちゃってるしさ」

 いつの間にか意識を飛ばしていた水月を気遣い、とりあえずその場を離れることにしたのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

悪役令嬢の兄のやり直し〜侯爵家のゴーストと呼ばれた兄ですが、せめて妹だけは幸せにしたいと思います〜

ゆう
ファンタジー
僕ジョシュアは、侯爵家の長男でありながらかなり存在感の薄い人間だった。 生まれつき属性を持たず生まれてきた僕は、持っている魔力量の多さに対し、全く魔法を使うことができなかった。 両親から疎まれ続け自分の部屋へ引きこもっていた僕は、16歳の時、2歳年下の妹アリスティアが犯した罪の連座で一族郎党処刑されることとなる。 死を直前にして妹や義弟と話し、自分は何もしてこなかったと後悔をした。 その後、なぜか時間が戻った世界で目を覚ました僕は、同じ運命を回避するためーーーせめて妹を死刑から救うため奔走することにした。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

処理中です...