144 / 220
143
しおりを挟む
――【大金病院】。
市内で最も大きな病院であり、その歴史も古く根幹を成したのは室町時代に活躍した薬師だという話。大金の血筋は医術に特化していたのか、その腕は確かで難しいとされる症状の多くを回復させてきた実績がある。
ただ長い歴史の中で、その実力を過信し過ぎた事実が存在し、自身に治せぬものなしと看板を掲げては、膨大な治療費を要求していたとのこと。故に貧乏人には一切救の手を伸ばさなかった。
その傲慢さが祟った結果か、あるいは呪いか、ある病の治療に失敗したことで、そこから坂道を転がるように地位や名声、そして金を失っていったのである。
このままでは血筋が途絶えてしまうということで、時の当主はそれまでのやり方を一新し、助けを求める者すべてをほぼ無償で救っていった。
そして現在、積み重ねてきた贖罪ともいえる先人たちの奮闘のお蔭で市内でも並ぶ者のない一大病院へと名を馳せている。
そんな病院へと駆け込むのは沖長とナクル。放課後になってすぐにやってきたのだ。
その理由は、授業中に沖長のスマホに入ったこのえからのメッセージだった。
内容は、水月の母親が事故に遭ったというもの。
起きて欲しくない平日に起こってしまった悲劇。そのメッセージを見た直後、沖長は顔色を悪くしたが、昨日の件もありすぐに動くことができなかった。
休み時間になると、すぐに水月のもとへ駆けつけたが、彼女は早引きしたようで、理由はやはり親の件だったようだ。詳しいことは分からないとのこと。
そして放課後すぐに確かめるためにこうしてナクルとともにやってきたというわけである。
「――水月ちゃん!」
病院内に入ると、多くの利用者でこの病院の人気ぶりに感嘆していたが、ちょうど精算機がある手前で水月を発見したナクルが声を上げた。
「!? あれ、ナクルに札月くんも……何でいるん?」
当然何の連絡もなしにここへ来た二人にギョッとしている。それと同時に「もしかして怪我でも?」とこちらの心配をしてきた。
「いや、九馬さんのお母さんが怪我をしたって話を聞いてさ」
そう沖長が端的に説明すると、水月は苦笑しながら「そうだったんだ」と答え続ける。
「それで心配して来てくれたん? はは、ありがとね二人とも」
「そんなことよりお母さんの容体は? もしかして……」
原作通り仕事に差し支えのあるような大怪我でもと思ったが……。
「大丈夫。ちょっと左腕を深く切っただけみたい。何針か縫ったみたいだけど、今はピンピンしてるって」
「そ、それは…………そっかぁ」
どうやら原作と比べて、傷は負ったものの程度は低くて済んだようでホッとした。何せ原作では入院するほどの傷だったから。
「でもお母さんは?」
「ああ、チビたちと一緒にトイレに行ってるよ。その間にあたしは清算中。はぁ……痛い出費だわぁ」
まるで子を持つ母親のような溜息を零す水月。
するとそこから少し遠目の角の方で、こちらを見ている一人の人物を発見した。
「あー……何かホッとしたら急に催してきた。俺もちょっとトイレ。あ、ナクルは九馬さんの護衛ね」
「任せるッス!」
「護衛って……」
やる気満々なナクルとどこか呆れ顔の水月という対比。そんな二人から離れ、足早に角を曲がると、そこには壁に背をやって待機していた十鞍千疋の姿があった。
「十鞍、聞いたよ。九馬さんのお母さんを助けてくれたんだってな。ありがとな」
このえから水月の母が事故に遭った時に千疋が手を貸したということを聞いた。
「感謝などよしてくれ。結局怪我を負わせてしもうたしのう」
「いいや、それでも大事にならずに済んだのはお前のお蔭だって。本当にありがとう。十鞍に頼んでやっぱ正解だった」
「っ……そ、そうか。まあ……主様がそこまで言うのであれば、素直に受け取ろうではないか」
それでも感謝されたことが嬉しいのか、口元が緩んでいた。
「ところでじゃ、主様の言うっておった通り、アレはただの事故なんかじゃなかったぞ」
「! ……どういうことだ?」
「うむ、あの水月という小娘の母親じゃが、菓子の生産工場で働いておることは知っておるじゃろ?」
それは以前に水月にも確かめているので既知の事実。
「母親の仕事ぶりは真面目で、トラブルなど起こりそうもないほど平穏なものじゃった。しかし母親が休憩に入り外へ出た瞬間それが起きた」
「……一体何が?」
「工場内に収容されていた大型トラックが突如炎上したんじゃよ」
「炎上だって?」
そしてその結果、トラックが大爆発を起こして、その近くで休憩していた水月の母が巻き込まれたのである。
咄嗟に千疋が彼女の前に現れ、爆風や爆発物から身を守ろうとしたが、少し遅れたために破片が飛んできて水月の母が怪我を負ったとのこと。
「くっ……ワシともあろう者が、護衛を満足にこなせなかったとは……」
それは千疋にとって許しがたいことだったようで、悔しそうに歯噛みしている。しかし軽く深呼吸した後に、冷静さを取り戻した彼女は続けて言う。
「主様よ、伝えておきたいのは、そのトラックの爆発は何者かによって引き起こされた可能性が高いということじゃ」
「……そうか」
「やはり主様には心当たりがあるようじゃのう。まあこの依頼をしてきた張本人じゃし当然じゃろうがのう」
「悪いな。一歩間違えば十鞍だって危なかったってのに」
「フフン、気にせんでよい。言うたじゃろう? 主様のためならばワシはこの身をいかなる場所へでも投じることができると」
「十鞍…………ありがとな」
「よいよい。あ、でも感謝しておるなら、そろそろワシのことは親しみを込めて千疋と呼んでほしいのう。前回は無理矢理言わせたっぽい感じじゃったしな」
「え? ……そうだな、感謝してるぞ、千疋」
「!? ~~~~~っ! フフフ、良いものじゃのう。やはり愛しい主に名を呼ばれるというのは」
心から嬉しそうな笑顔を見せる。その表情は年相応に愛らしく、思わず見惚れるほどの魅力をたたえていた。
市内で最も大きな病院であり、その歴史も古く根幹を成したのは室町時代に活躍した薬師だという話。大金の血筋は医術に特化していたのか、その腕は確かで難しいとされる症状の多くを回復させてきた実績がある。
ただ長い歴史の中で、その実力を過信し過ぎた事実が存在し、自身に治せぬものなしと看板を掲げては、膨大な治療費を要求していたとのこと。故に貧乏人には一切救の手を伸ばさなかった。
その傲慢さが祟った結果か、あるいは呪いか、ある病の治療に失敗したことで、そこから坂道を転がるように地位や名声、そして金を失っていったのである。
このままでは血筋が途絶えてしまうということで、時の当主はそれまでのやり方を一新し、助けを求める者すべてをほぼ無償で救っていった。
そして現在、積み重ねてきた贖罪ともいえる先人たちの奮闘のお蔭で市内でも並ぶ者のない一大病院へと名を馳せている。
そんな病院へと駆け込むのは沖長とナクル。放課後になってすぐにやってきたのだ。
その理由は、授業中に沖長のスマホに入ったこのえからのメッセージだった。
内容は、水月の母親が事故に遭ったというもの。
起きて欲しくない平日に起こってしまった悲劇。そのメッセージを見た直後、沖長は顔色を悪くしたが、昨日の件もありすぐに動くことができなかった。
休み時間になると、すぐに水月のもとへ駆けつけたが、彼女は早引きしたようで、理由はやはり親の件だったようだ。詳しいことは分からないとのこと。
そして放課後すぐに確かめるためにこうしてナクルとともにやってきたというわけである。
「――水月ちゃん!」
病院内に入ると、多くの利用者でこの病院の人気ぶりに感嘆していたが、ちょうど精算機がある手前で水月を発見したナクルが声を上げた。
「!? あれ、ナクルに札月くんも……何でいるん?」
当然何の連絡もなしにここへ来た二人にギョッとしている。それと同時に「もしかして怪我でも?」とこちらの心配をしてきた。
「いや、九馬さんのお母さんが怪我をしたって話を聞いてさ」
そう沖長が端的に説明すると、水月は苦笑しながら「そうだったんだ」と答え続ける。
「それで心配して来てくれたん? はは、ありがとね二人とも」
「そんなことよりお母さんの容体は? もしかして……」
原作通り仕事に差し支えのあるような大怪我でもと思ったが……。
「大丈夫。ちょっと左腕を深く切っただけみたい。何針か縫ったみたいだけど、今はピンピンしてるって」
「そ、それは…………そっかぁ」
どうやら原作と比べて、傷は負ったものの程度は低くて済んだようでホッとした。何せ原作では入院するほどの傷だったから。
「でもお母さんは?」
「ああ、チビたちと一緒にトイレに行ってるよ。その間にあたしは清算中。はぁ……痛い出費だわぁ」
まるで子を持つ母親のような溜息を零す水月。
するとそこから少し遠目の角の方で、こちらを見ている一人の人物を発見した。
「あー……何かホッとしたら急に催してきた。俺もちょっとトイレ。あ、ナクルは九馬さんの護衛ね」
「任せるッス!」
「護衛って……」
やる気満々なナクルとどこか呆れ顔の水月という対比。そんな二人から離れ、足早に角を曲がると、そこには壁に背をやって待機していた十鞍千疋の姿があった。
「十鞍、聞いたよ。九馬さんのお母さんを助けてくれたんだってな。ありがとな」
このえから水月の母が事故に遭った時に千疋が手を貸したということを聞いた。
「感謝などよしてくれ。結局怪我を負わせてしもうたしのう」
「いいや、それでも大事にならずに済んだのはお前のお蔭だって。本当にありがとう。十鞍に頼んでやっぱ正解だった」
「っ……そ、そうか。まあ……主様がそこまで言うのであれば、素直に受け取ろうではないか」
それでも感謝されたことが嬉しいのか、口元が緩んでいた。
「ところでじゃ、主様の言うっておった通り、アレはただの事故なんかじゃなかったぞ」
「! ……どういうことだ?」
「うむ、あの水月という小娘の母親じゃが、菓子の生産工場で働いておることは知っておるじゃろ?」
それは以前に水月にも確かめているので既知の事実。
「母親の仕事ぶりは真面目で、トラブルなど起こりそうもないほど平穏なものじゃった。しかし母親が休憩に入り外へ出た瞬間それが起きた」
「……一体何が?」
「工場内に収容されていた大型トラックが突如炎上したんじゃよ」
「炎上だって?」
そしてその結果、トラックが大爆発を起こして、その近くで休憩していた水月の母が巻き込まれたのである。
咄嗟に千疋が彼女の前に現れ、爆風や爆発物から身を守ろうとしたが、少し遅れたために破片が飛んできて水月の母が怪我を負ったとのこと。
「くっ……ワシともあろう者が、護衛を満足にこなせなかったとは……」
それは千疋にとって許しがたいことだったようで、悔しそうに歯噛みしている。しかし軽く深呼吸した後に、冷静さを取り戻した彼女は続けて言う。
「主様よ、伝えておきたいのは、そのトラックの爆発は何者かによって引き起こされた可能性が高いということじゃ」
「……そうか」
「やはり主様には心当たりがあるようじゃのう。まあこの依頼をしてきた張本人じゃし当然じゃろうがのう」
「悪いな。一歩間違えば十鞍だって危なかったってのに」
「フフン、気にせんでよい。言うたじゃろう? 主様のためならばワシはこの身をいかなる場所へでも投じることができると」
「十鞍…………ありがとな」
「よいよい。あ、でも感謝しておるなら、そろそろワシのことは親しみを込めて千疋と呼んでほしいのう。前回は無理矢理言わせたっぽい感じじゃったしな」
「え? ……そうだな、感謝してるぞ、千疋」
「!? ~~~~~っ! フフフ、良いものじゃのう。やはり愛しい主に名を呼ばれるというのは」
心から嬉しそうな笑顔を見せる。その表情は年相応に愛らしく、思わず見惚れるほどの魅力をたたえていた。
179
お気に入りに追加
1,301
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる